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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
最終章【傲慢】悪魔ルシファー討伐編/マギア侵略編

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46  心と、望みと

 青い女巨人の肉体が、光の粒となって徐々に、消失していく。

 先程まで頻りに続いていた嘆きの叫びは、それが始まった途端にぴたりと止んでいた。

 倒れ伏す女巨人を取り囲む【神器使い】たちは、彼女の精神世界で何が起こったのかを悟る。

『魔女計画』から始まった悲劇の連鎖は、これで断ち切れたのだ。彼らの【神器使い】としての使命も、これで果たせたのだ。


「よくやったな、トーヤ君――」


 アレクシルは感慨深げに呟く。

 少年を父親のような目で見守ってきた彼は、その偉業に拍手を贈った。

 ――おめでとう。君は、いや君たちは、【神魔の母】から世界を護る使命を果たしたんだ。

 

「……あいつは、死んだのか? じゃあ俺たちの共同戦線は、これで終わりってことか?」


 と、誰にともなくロンヒが問う。

 そうだ。まだ、戦争は終結していない。

 マギア側には戦を止める選択肢はないだろう。帝の理想を実現するため、強引にでも三国を手中に収めようとしてくるはずだ。

 

「父上――」

「エミリア、エンシオ、落ち着け。マギアの【神器使い】たちは消耗している。今、この瞬間に私たちが敗れることはない」


 娘たちに言い聞かせながら、それが気休めでしかないのをアレクシルは自覚していた。

【神器使い】たちが疲弊していたとしても、帝国には天空要塞『アイテール』がある。その『魔導砲』を稼働させれば、エールブルーのように三国の街々を焦土に変えることは容易だろう。

 放たれた砲を完全に防ぐ手段は三国側は有していない。撃たれる前に対処するしか、策はないのだ。


 アレクシルらが最悪の結末を危惧する中、アダマス帝は淡々と娘たちに指示を出していた。

 

「モナクスィア、トゥリ、倒れた【神器使い】たちに治療を。ロンヒとカタロンは私の脇にいろ。これからアレクシル王に停戦交渉を持ちかける」


「は? お、恐れながら、陛下、今なんと……?」


 目をあらん限りに見開いて仰天しているロンヒに対し、アダマスはしばらく無言でいた。

【神化】で青年の姿に若返った父の表情に、ロンヒは絶句する。

 なんと、微笑んでいるのだ。あの、臣民の前では苛烈な皇帝として振る舞う帝が。

 

「なっ、何故なのですか!? 私たちはまだ戦えます! 『アイテール』も先程『魔導砲』を正常に撃てたのを私が目撃しています! 停戦する理由など、どこにもありはしません!」


 激しく狼狽えるロンヒはもちろんのこと、穏健派のカタロンでさえ帝の真意を読めはしなかった。

 これまでのアダマスならば、何があろうと理想へと突き進んでいた。そこから変わってしまったのは――理想への強い意思が衰えたのか、もしくは理想そのものが別物になってしまったのか。

 どちらにせよ理由を聞かないことには納得できない。ロンヒは父へと詰め寄り、その本意を確かめようとする。


「父上、お聞かせくだ――」

「あの少年、トーヤと話して分かったのだ。私の正義とは異なる正義が、この三国を結束させて平和を築いているのだと。無論、私の理想は正しいものであることは変わらない。だが……トーヤたち三国の理想も、間違ってはいない」


 息子の声を遮ってアダマスは自身の気づきを口にする。

 敵味方問わず誰もが彼に耳を傾ける中、帝は言葉を続けた。


「私に戦争という道を示した【マギ】を信用しきれなくなった、ということもあるが……。マギアの理想と三国の理想、この二つが潰し合わずに共存する道もあり得るのではないかと思えてな。少年との論争の決着は、十年、百年後にそれぞれの理想がどのような治世を果たせたか比べれば良い。幸い、その勝負の審判となれる不死者が私の下にはいる」


 一方は思想や文化を統一し、絶対的な身分制度によって管理することで誰もに役目を割り振る社会。もう一方は異民族、異文化の共存する、文化的な自由が認められた社会。

 管理と自由――どちらにもメリットとデメリットが存在し、簡単には優劣をつけられない。

 その議論の決着は先送りにして、今は自分たちの国をより良く変えていくことに注力するべきではないかと、アダマスは思う。

 しかし、彼の言葉を信じられない者もやはりいた。


「なっ……!? 正気なのですか、陛下!? 私がどのような思いで【マギ】から不死の力を授かったのか、貴方も知っているでしょう!?」


 エウカリスらを治療する手を止めて、モナクスィアは金切り声を上げる。

 依って立つ地面が崩壊していくような衝撃が彼女の心を穿っていた。

 帝の理想は曲げられないものだと信じていた。帝はマギアの父であり、神にも等しい立場の者であるはずだった。そう信奉するからこそ、彼女は帝に全てを捧げられた。


「あなたの為だけに、私はこれまで尽くしてきた! 理想のためなら人として死ぬ権利を捨て、神の子を産むための機械になっても構わなかった! なのに、それを否定するのですか!? あまつさえ、百年後に勝負の審判となれと? ――侮辱しないでください!!」


 モナクスィアの憤激にアダマスは反駁しなかった。

 トーヤを捕らえるための遠征を取り止めることは、【神の母】となろうとしていた彼女の意志の否定だ。自分の意志をへし折られる辛さは、アダマス自身が幼き日に友を守れなかった戦場で体感している。

 それでもなお、アダマスは譲らなかった。


「君には私に怒る権利がある。当然、私のために戦った他の者たちにもだ。私は君たちを裏切ったのだから。……モナクスィア、私を許せないならば撃て。私はそれを避けも防ぎもしない」


 撤回せず、激情に任せて攻撃魔法を撃っても咎めないというアダマス。

 背けることなくモナクスィアを見つめる彼の瞳は、どこまでも真摯だった。

 その目を見てしまえば、モナクスィアには何をすることもできなかった。


「なぜ、なぜ、貴方はいつも……そんな、真っ直ぐな目で私を見るのですか。裏切った、だなんて言わないでください。貴方は絶対の帝なんです、だから……もっと、それらしく傲慢でいたら良いではないですか……!」


 肩を震わせ、涙混じりの声で女は叫んだ。

 少女に手を差し伸べた優しく真摯な彼は、あの頃から変わっていない。

 変わってしまったのは、モナクスィアだけ。


「私は神ではない。失敗もするし嘘だって吐く、一人の人間――アダマス・マギアだ」


 それが帝の新たな意思表明だった。

 その言葉に、モナクスィアはどうしようもなく思ってしまう。――この人に変わってほしくない、と。一人の男として自分の隣に居続けてほしい、と。

 帝と交わしたその視線に、もう怒りの感情は込められていなかった。

 治癒魔法をエウカリスらに再度かけていくモナクスィアの口元は、微かに綻んでいた。


「アダマス帝、こちらからも停戦を申し出たい」


 アレクシル王は共に青い女巨人を討った同士へと、意見を同じくすることを伝える。

 戦闘が終わり、静かに地上へと降りていきながら、アダマスはアレクシルに頷きを返した。

 乾いた地面に足を付け、向かい合う二人の王者。

 と、そこに、一人の青年が割って入る。

 

「ちょっと、いいですか」


【神化】を解除して金色の髪と海の色の瞳に戻った、カイ・ルノウェルスであった。

 面食らうアダマスとアレクシルの肩に手を置いたカイは、図々しくも言ってみせる。


「停戦ではなく、終戦というのはどうですか?

互いに高い理想を持つ者同士、殺し合うよりも話し合う方が平和への近道になる気がするんです」


 沈黙が降りた。

 誰もが一度は考え、夢物語だと切り捨てた選択肢。話し合いでの解決は戦の何倍も複雑で険しい道のりだ。時間もかかるし、膠着すれば打開策を見出すのも難しい。

 だが、誰の命を奪うこともないのだ。それだけは、戦争にはない唯一の利点だ。


「……あ、あのー……」


 これは失言だったか、とカイは冷や汗を流したが、小刻みに震える帝の肩に気がついて口を小さく開ける。

 間の抜けた表情の青年に対し、遂に堪えきれなくなったアダマスは笑声を漏らした。


「く、くっ……ふはははははっ! 面白いな、青年! まさか、まだ二十歳にも満たない若者にそんな意見をぶつけられるとは。三国の未来は安泰のようだな」


 柄にもなく大声で笑ったアダマスに、モナクスィアでさえ唖然とする中、当の帝は皺の深く刻まれた目元をくしゃっと歪める。

 

「だが、戦況に明確な決着が見られない現状での『終戦宣言』は、両軍の理解を得られないだろう。ここは停戦を事実上の終戦扱いとすることで、妥協してくれ」


「あ……は、はい。スミマセン、浅い考えで発言してしまって」


 かあっと顔を赤らめるカイに、ミラからは「ホントよぉ」とかロンヒからは「()()奴だが度胸あるな!」などとヤジが飛ぶ。

「浅いを強調するなっ!」と口を尖らせる青年にアレクシルまでもが小さく吹き出し、にわかに場の空気は弛緩した。

 そんな中、エミリアは精神世界から未だに戻る気配の見えないトーヤたちの様子が気に掛かっていた。

 

「グリームニル殿、彼らは今どうなっているのですか……?」


 地面に横たえられる四人を見守る浅葱色の髪の少年は、エミリアの質問に首を横に振る。

 

「私からは彼らのいる領域を観測することはできない。あとは、彼らが帰還するのを待つしかないのだ」


 不安なのはグリームニルも同じだった。

 青い巨人が倒れたとはいえ、その魂の内部で何か異常が起こっている可能性はゼロではないのだ。もし、彼らがそのために目覚められずにいたとしたら――そう考えるだけで、胸が張り裂けそうになる。


「トーヤ君、エルさん……!」


 胸の前で手を組んで瞳を閉じ、エミリアは祈った。

 どうか彼らと再会できますように。

 無事に戻ってきて、また笑い合える日々が訪れますように――。



 胸に刺さった杖を伝ってそれを握るリリスの肉体へと、トーヤの魔力は流れ込む。

 その温かい力に女の足が、一歩下がった。


 ――やめてくれ。


 彼女は呟こうとしたが、声が出ない。


 ――やめてくれ。そんな優しい光で、私なんかを照らさないでくれ。私は君とは違う。君の側にはいられない。相応しくないんだ。だって――


「言わせませんよ。僕はあなたに笑ってほしいんです。あなたに、自分は無価値だと言わせたくないんです」


 少年の言葉に嘘はなかった。彼の素直な心がそう願い、リリスという一人の人間へと手を差し伸べる。

 そこに、善悪の区別はなかった。

 たとえ過去に過ちを犯していようが関係ない。トーヤは、今のリリスを見ていた。

 二人を見守るシルは、かつて自分がリリスと相対した時を思い返す。あの時、リリスはシルの救済を確かに受け入れた。なのに今トーヤを拒もうとしているのは、単に意固地になっているだけなのか――シルにはどうも、違う気がした。

 

「……っ!?」


 杖を離そうとしても手が動かず、リリスは狼狽する。

 少年の魔力がそうさせているのか。いや、違う。そんなはずはない。彼の言葉は自分の願望を告げているだけで、リリスを縛りはしていない。

 縛っているのは、リリス自身の心だ。トーヤの心との繋がりを断ち切りたくないと、彼女自身が望んでいるのだ。



「見損なったよ、リリスさん。母さんの親友だった人だというから、期待していたのに……結局、あなたでは【神】を降ろすには足らなかった」



 失望に塗れた青年の声。

 エルとシル、ノアが見上げた先に、空中で足を組んで座す彼はいた。

 トーヤと瓜二つな顔立ちや体格の彼は、一切の衣類を纏わない生まれたままの姿でこの空間に現れていた。

 

「セト……!」


 ノアに名を呼ばれて青年は微笑する。


「その怖い顔は相変わらずだね、ノア」

「……あんたもね。少しは老けてみせたらどうなんだい?」

「それは無理な話だね。僕に肉体の寿命なんて関係ないんだ。僕という個人に設定された寿命という値を書き換えてしまえば、この生命に限界はなくなる」


 自分も不死者だ、とセトは言っている。それは分かる。

 ただノアが引っかかったのは、設定だの値だのという単語だ。単に彼の言葉選びなのか、それとも――。


「君たちが戦うところをずっと観測してきた。戦いの中で散っていく者、生き残った者……その運命を分けたのは、何だったんだろうね?」


 セトは問う。トーヤたちは彼を見つめたまま、口を動かせなかった。

 なぜか。弱肉強食の真理を、明言するのが怖かったからだ。


「君たちが戦う理由はなんだい?」


「それは……平和がほしいからだよ。僕たちが願うのは、悪魔のいない平穏な世界だ」


 今度は少年は回答できた。

 エルから授かった使命というだけでなく、旅の中で出会った沢山の大切な人を守るために、トーヤは剣を執る。

 彼の答えにセトは満足げに頷いた。

 

「そうだよね。それが正義のヒーローとして最も求められる解答だ。君は聡い。この世界での自分の役割を理解している。さっきの問いに答えられなかったのは、弱い人を弱いと言い切れない優しさ故だ。

 ――優しく強い正義の味方。それが、物語の中で君に割り振られた『キャラ』だ」


 きゃら。知らない言い回しにトーヤは困惑する。

 セトがこの問答に何を見出そうとしているのかが、彼には分からなかった。

 

「そんな、役割だとか、割り振られただとか、気にした覚えはないよ。僕は僕の意思に従ってるだけだ。守りたいから守る、それだけ」


「尊いね。だけど、それは不気味ですらある。過去に傷を受け、それでも未来へ進んでいこうという、無償の正義を掲げる姿――現実にそんな人間が、果たしてどれだけいるか? きっと君は、【神】の希望なんだ」


 セトの視点とトーヤたちの視点は隔絶していた。

 少年たちにセトの言葉の真意は全く伝わっていないだろう。だが、セトはそれで構わなかった。今は気づけずとも、少年の聡明さなら10年後、あるいは50年後の未来に答えを導き出せるだろう。


「母さんが神を生み、リリスさんが悪魔を生み、【ユグドラシル】が生まれ滅び、この【アナザーワールド】が栄える……この長い歴史に何の意味があるのか、僕は知りたい。この世界の事象には必ず意味がある、それを証明したいと思えた」


 トーヤとリリスは杖で繋がったまま、エルとシルは肩を並べて立ち尽くし、青年を睥睨するノアは剣を抜く。

 青年の言葉は歌であった。

 彼の奏でる音は、独特の乾いた響きで少年たちの耳朶を打つ。

 そこには切なる願望があった。夢、と言い換えても良い。

 強く胸を揺さぶる感情が、少年たちの心に流れ込み、かき乱す。


「なぜ人は生まれ、死ぬのか。なぜ人は心を持ち、争うのか。なぜ僕らは欲望を持つのか、なぜ僕らは禁忌を犯すのか。なぜ、なぜ、なぜ……僕の人生には常にこの疑問が付きまとった。それらに正しく絶対の解答を導ける存在を知ったとき、僕は狂喜した」


 凄絶な笑みを浮かべてセトは天を仰ぐ。

 当時の喜びを蘇らせる彼は、目に涙さえも滲ませて歌を続ける。


「それこそが、【神】なのさ。世界を想像し、観測している外界の存在。誰もが知らなかったその者へ干渉する手段を、僕は知り得たんだ。空間の一点に多大な魔力をかけ、次元の狭間――座標にできるエラー――を発生させる。【悪魔の心臓】は、その『多大な魔力』としての役割を果たすはずだった」


「神、ですって……!?」

「まさか、あの【創造主】を再び降臨させるつもりなのか!?」


 シルが畏怖に打ち震え、エルは慄きと好奇心が半々といった声を上げる。

【創造主】とは【ユグドラシル】が崩壊した時、その光の御手で世界を修復した超人的、超自然的な存在である。

 誰よりも不遜で無謀な青年に、エルは質問を投げかけた。


「本気、なのか……!? あの【ユグドラシル】が崩壊した時に等しい破壊を、この世界にも起こすつもりなのか!?」


「そうだとも。【悪魔の心臓】を破壊する際に【神器使い】たちが放った魔力、それを集約して僕の【使徒】は生まれる。こうして喋っている間にも、【使徒】は世界を破壊しているのさ。もう誰にも、止められはしない」


 黒髪の青年は微笑む。

 その微笑は人々への祝福だ。その破壊は人間たちへの慈悲なのだと、彼は疑いもしていない。


「――許せない」


 少年の声が、握りしめられた拳が、震える。

 青年の瞳は細められ、興味深げな色を宿す。


「そう言うと思ったよ。でも、君が怒ったところで何も変えられない。君たちは囚われたのだから。僕の術式で、この精神世界にね」


「だったら! あなたを倒せば出られる、そうでしょう!?」


 柳眉を吊り上げ憤激の形相のトーヤに、セトは首肯した。

 ノアやエル、シルを見渡して彼は「試練」の開始を宣う。


「ああ。僕を倒せば【使徒】は倒れ、精神世界からも抜け出せる。――さあ、トーヤ君! そして彼と共にある者たちよ! 戦おう、その先にある真理を求めて!」

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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