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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
最終章【傲慢】悪魔ルシファー討伐編/マギア侵略編

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36 【神器使い】VS【神器使い】

「突破口は私が開くわ。あなたたちはその隙に、あの要塞へ飛び込んで。チャンスはおそらく一度きり――覚悟はできているわね?」


 シル・ヴァルキュリアは目前に迫ろうとしている天空要塞『アイテール』を見据え、背後の少年少女へと指示を出す。

 即答で「はい!」と返事が来たのを快く受け取ったシルは、使命のために戦う彼らの姿を、かつての仲間たちと重ねてしまった。

 パール、ハルマ、グリームニル、ノア、エル、そしてシル。全員が揃うことは二度とない、かけがえのない同志たち。

 平和を願ったパールやハルマの意志を引き継いで、シルは今この場所にいるのだ。


「【時を超え、次元を超え、全ての理をも超え。一瞬を永遠に、永遠を刹那に、時を切り取り固着する、真理を逆転させる反骨の禁術】」

 

 魔力に不足はない。【永久の魔導士】としての全力を、あの要塞へぶつける!


「【時幻領域】――【時幻展開】!!」


 彼女の背後に現れるのは、後光のごとき虹色の光だ。

 七つの光が一つに交わり、極太の光線となって一直線に天空の塔へと進撃していく。


「ありがとう、姉さん!」


 シルが魔法を撃つと同時、エルも姉が敵の防御を打ち破ると信じて飛び出していた。

【神器】による魔力強化で常人離れした加速を実現しているシアンたちも、エルの後に続く。

 四つの影は虹の光線を追って急上昇し、シルの一撃が要塞の防護フィールドと接触した直後、迷わずにそこへ突っ込んだ。


「トーヤ君を頼むわよ、エル、みんな」


 六角形の壁が幾つも密着した作りになっている、緑色の防護壁。

 シルが見守る側から表面に亀裂を走らせていく壁へ、エルたちは各々の魔法をもって風穴をこじ開けていった。



「『アイテール』の自動防御システムが、破られた……!? 有り得ない、設計は完璧なはずなのに……!」


 大広間の壁面をスクリーンとして映される映像に、神ヘパイストスの【神器使い】であるフォティア・クィ・マギアは目を剥いて歯軋りする。

 何度も試験を重ねて防御システムの確実性は実証済みだ。カタロンやエウカリスといった【神器使い】の攻撃も遮断してのけた、最強の防御力を誇る発明であるのは間違いない。

 揺れる弟の隣で呆れた声を漏らすのは、兄である神アレスの【神器使い】ロンヒ・クィ・マギアである。


「大方、防御に回す魔力をケチったんだろう。攻撃ばかり考えて防御の手を抜きがちなのは、マギア軍の悪習だな」


「ううん……魔力の制御は管制室に入れる【神器使い】級の魔導士に限られる。でも、陛下やタラサ殿下が防御を敢えて手薄にするなんて悪手を打つわけないし……」


「トゥリか? いや、ゼステーノって線もあるが……それにしても、分からねぇ。だったら本来防御へ回されるはずだった魔力は、どこへ行った?」 


 フォティアは前髪の下の目を鋭く細めて考え込む。

 弟の言葉にこの事態をもたらした原因となりうる人物の名を挙げるロンヒは、不可解な状況に唸るしかなかった。

 しかし彼はすぐに思考を切り替え、【神器】の槍を担いで出撃準備に入る。


「敵が【神器使い】なら、『アイテール』の外壁もじきに破られるだろう。防御システムを破られた座標に赴き、迎撃――今、俺らがすべきことはこれだ」

 

「その任務、私たちも同行させておくれよ」


 と、そこで、青年へ声を投じた女性が一人。

 鮮やかな赤い髪をポニーテールにした、長身で黒ずくめの上衣とパンツを纏ったトゥリフェローティタ・ロ・マギアである。

 彼女の側には濡れ羽色の髪をした眼鏡の少女、エウカリスもいた。カタロンを敵に奪われたのがショックだったのか、ロンヒらの記憶にある姿よりも悄気(しょげ)て見える。


「おう、トゥリか。一応聞いとくが、お前は管制室には行ってないよな?」


「うん、行ってないけど……君は年上の皇族への言葉遣いをいい加減覚えるべきだね。私は気にしないけど、カロスィナトスお姉様あたりがうるさい」

 

「第二皇女様は政治家だからな。少将の俺とは関わりも薄いし、そこは気にしなくていいんだよ。というか俺は少将なんだから、一応軍人としてはトゥリの上司なわけだ」


「皇族が軍に所属してると、その点で少し問題が起こってしまうのも困りものだね。下手したら部下に最大級の敬語を使わなきゃならないんだから」


 形の良い眉を下げて苦笑するトゥリに相槌を打つロンヒだったが、話が脱線していることを思い出して改めて状況を確認する。


「ああ、確かに……って、そんなこと言ってる場合じゃないぞ。確認された敵は四人、あの虹色の光線を撃った女を含めて五人。少数で送り込まれたのを見るに、あれは【神器使い】かそれに匹敵する実力者だ。俺とトゥリ、それからエウカリスで迎え撃つ。ティアは管制室だ、『アイテール』の『仕掛け』を完璧に扱えるのはお前しかいない」


 トゥリとフォティアが頷く傍ら、エウカリスは呆然とした表情でいた。

 ここに来てから挨拶の一つもしていない彼女の様子を怪訝に思ったロンヒは、涼しい顔をしているトゥリを見て何をされたのか悟る。


「トゥリ、お前……『愛の呪い』をエウカリスにかけやがったな」


「消沈されたままではこちらとしても困るからね。やむを得ぬ措置さ」


 悪びれず言うトゥリに、反感を抱きつつも軍人としてロンヒは反論出来なかった。

 トゥリの『愛の呪い』は、エミリア・フィンドラが扱う『魅了』の魔法と同種のものだ。

 現在のエウカリスはトゥリと身体を溶け合わせたこともあり、その呪いにどっぷりと浸かってしまっている。そうなってしまえばもう、エウカリスはトゥリの傀儡だ。


「無垢な彼女を愛で汚したことは、申し訳なく思うけどね。――さぁ、エウカリス。私のために戦ってくれるね?」


 逡巡なく頷くエウカリス。カタロンへの恋を忘れ、トゥリへの愛を指針とするようになった彼女は、その弱さを残さず捨て去っていた。


「――行くぞ」


 四名の【神器使い】たちは行動を開始する。

 壁のモニターに映る敵の少年少女は『アイテール』の外壁を突破し、中層内部の廊下を早足に移動しているところだった。

 目を細めてそれを仰ぐトゥリは、高く掲げた右手の指を鳴らし――そして。



「ごきげんよう、若き【神器使い】たち。といっても、私もまだまだ若輩なんだけどね」


「ここから先は行かせないぜ」


 天空要塞への強行突破を果たしたエルたちの前に、突如出現したのは赤髪で黒ずくめの衣装をした女性と、アッシュブラウンの髪の偉丈夫であった。

 隣に濡れ羽色の髪の少女を伴う女性は、エルたちの顔を順に見渡して微笑む。


「いい顔だ。何かを求め、救おうとする、殉教者の顔。ここで死ぬ覚悟もできているようだね」


 杖を構えるエルたちは、眼前の三人が何者であるのかすぐに察した。

 彼女らが【神器使い】であることを看破し、立ち塞がらんとする者たち。【神器使い】にも勝てるのだと誇示できるのは、同じく【神器使い】しかいない。


「それは、貴女たちも一緒でしょう? 私たちはトーヤくんを助け出すまで、死ぬつもりなんて微塵もない!」


「言うねぇ、緑髪のお嬢ちゃん。気に入った、あんたは俺が相手してやる」


 叫ぶエルの心意気を買い、ロンヒは槍を片腕で回してみせながら言う。

 大切なもののために本気で戦う熱い魂を持つ戦士、それはロンヒという男が最も尊ぶ存在だ。

 戦意を高揚させる青年はニヤリと笑み、軍服の立ち姿に光芒を纏わせていく。

 軍の小隊が滞りなく通過できる広々とした廊下にて、ロンヒは早速【神化】でエルを討たんと戦闘の構えに入った。


「ふふ……あとの三人は私たちで相手しようか」


 トゥリの刃物のごとき眼差しに刺されたシアンたちは、緊張に汗を垂らしながらも後ずさりはしなかった。

 黒ずくめの女が腰元から抜いた鉄製の扇子、そして濡れ羽色の髪の少女が携える弓が輝きを放ち始める中、シアンらの杖も同様に【神化】を発動させんとする。

 と、そこに――。


「二対三じゃフェアじゃないわよ。私も参戦するわ」


 艷やかな黒髪を腰まで流す、黒ローブの上からでも見て取れる豊満な双丘にくびれた腰つきをした妖艶な美女。

 現れたのは女神ヘラの【神器使い】、第一皇女プラグマ・デ・マギアである。

 アレクシルとエンシオを取り逃した汚名を返上するために、彼女は戦場へと舞い降りた。


「可愛い坊や、私が相手してあげる」

「いいぜ……どんな神器だろうが、負けない!」


 紫紺に瞬く鞭を閃かせ、ジェードへと肉薄させるプラグマ。

 蛇のように妖しくうねり、しなる鞭に対し、獣人の少年は勝ち気に笑って床を蹴る。

 足元をすくおうとしてきたそれを跳躍でかわしたジェードは、回避行動と並行して呪文の詠唱も進めていく。


「【背負うは過去、見据えるは未来。我は今に生き、現在いまを統べる者】――」



 戦闘が勃発する。

 トゥリはプラグマの登場に驚きながらも、ユーミの間合いに飛び込むと鉄扇を繰り出していった。

 瞬時に後退して杖で鉄扇を受けた巨人族の女性は、相手の武器から感じた圧力に目を剥く。


「あんた、やるじゃない……!」

「こう見えて、肉弾戦も得意なのさ。互いに大技を撃つまでは時間がかかりそうだし、準備運動といこうか!」


 トゥリは攻勢を緩めない。

 目にも留まらぬ速度で鉄扇の連撃を敵へ浴びせかける彼女は、それと同時に『愛の呪い』を発動させていった。

【神化】により金髪に変化した髪を激しく揺らす彼女の眼は、桃色の輝きを宿し始める。

 身体を重ねない分、意思の侵食は不完全で一時的なものになる。が、それでも十分だ。戦闘中に相手の精神をかき乱すことさえできれば、肉弾戦でごり押せる。

 肉弾戦に持ち込まざるを得ないのは、エウカリスへの『愛の呪い』へ多大な魔力を消費し続けている状態にあるためだ。これは、例えばイルヴァ少佐がストルム全体を覆う防衛魔法を使用した時、他の魔法が使えなかったのと同じことである。

 今のトゥリは魔力を派手に消費する攻撃魔法を使えない。威力を弱めた『愛の呪い』が、せいぜい扱えるラインなのだ。


「魔導士は魔法だけじゃないってこと、教えてあげるよ!」


 魔法ばかりで肉体が貧弱だと思われては、トゥリにとって心外だ。

 上段から振り下ろされた杖を蹴りで弾き、敵の得物が跳ね上がった隙にその腹へ肘打ちを叩き込む。

 ユーミはその姿にアマゾネスのリリアンを重ねて見たが、あながち間違いでもない。

 トゥリの武術は、同じくアマゾネスのモナクスィア直伝のものなのだから。



「お姉様のために! あなたを通すわけにはいきません!」


 爛々らんらんと桃色の光を瞳に灯すエウカリスは、引き絞った弓から矢を一挙に三本撃ち放つ。

 その矢は実体を持たない、魔力の塊が矢の形となったものだ。

 魔力さえあれば矢切れを起こさない、永久に戦える弓矢。

 その攻撃を俊敏な脚で避けていくシアンだが――三発目の矢が、彼女の脚をかすった。

 腿に走る痛みに顔を歪めながらも、しかしシアンは脚を止めない。


「【炎熱鉄靴イグニス・ブーツ】!」


 相手との距離はすでに2メートルを切った。

 当てられる――そう確信してシアンは十八番の蹴り技を繰り出そうとする。

 が、しかし。

 

「守りなさい、精霊よ!」


 シアンの眼前に描き出されたのは、銀色の魔法陣。

 主の呼びかけに応えて出現した、光の粒たち――彼らは寄り集まって牝鹿の形を成し、シアンを阻んだ。

 

「くっ!?」


 甲高く鳴く牝鹿ケリュネイアの頭突きが、シアンの炎を纏う脚を弾き返す。

 相手が体勢を崩した間隙に、すかさずエウカリスは魔力の矢をつがえ、射出した。


「その脚、穿ちます!」


 獣人の目があらん限りに見開かれる。

 もはや回避の猶予はない。

 右足を貫く衝撃に、脚が不自然な方向へ跳ね上がる。

 膝を壊されたのだと、その瞬間に彼女は悟った。

 それでも――諦めはしない。

 新しい生き方を教えてくれた大切な彼へ報いるために、シアンは足掻く。


「私は、あの人と未来を掴みたい! だから……!」


 本来、スクルドの魔法は単体では機能しない。攻撃魔法の使い手と組むことで初めて、数秒後の未来へ攻撃を飛ばせるのだ。

 だが、炎はここにある。

 彼女の脚の魔具は、まだ火種を残している。


「何を言うのです!? 未来はマギアのためにある! あなたたちが掴むものなんて、ありません!」


 激昂する皇女の矢が【炎熱鉄靴】を穿ち、その下の脛を串刺しにする。

 筋肉と骨を焼き切る痛みにシアンは意識を手放しかけるが――執念が、それを拒んだ。

 牝鹿の精霊の突進を身体に受け、無様に吹き飛ばされようとも、彼女は顔を上げていた。


「……っ!」


 一撃で決めねば勝機は失われる。

 自分を信じろ――シアンは出来る。シアンならやれる。少なくとも、トーヤがこの場にいたら、彼はそう言ってくれる。彼は、信じてくれる。

 ならば――応えなくては。

 小声で紡ぐ詠唱。手で触れる、魔具の火種。

 この火種はシアンの戦う意志だ。これを爆発させ、敵を倒すのだ!



「へえ、お嬢ちゃん、随分と硬い防衛魔法だな。相当場数を踏んでると見える」


 ロンヒの槍撃にもエルの防壁はひび一つ入れさせていなかった。

 感嘆する青年にエルは素直に「どうも」と返す。

 どうやら、エルのことは相手のデータにないようだ。マークされているのは【神器使い】だけか、と彼女は推測する。


 ――互いに初見の相手。まずは相手の攻めのパターンを読むんだ!


 防御に徹するエルだが、そう考えるのは相手側とて同じはずだ。

 情報を得て、見えてきた隙に攻め込む。それが戦いの常道。

【神化】により赤銅色の髪となり、黄金の鎧を纏った筋骨隆々の槍使いは、その丸太のごとき腕で槍を突き出していく。

 

「俺のこと、力任せに突っ込むだけの男だと思ったら間違いだぜ」


 不敵に笑うロンヒに、エルは眉を微かに上げた。

 何かがある。神アレスの【神器】がもたらす恩恵が、彼にさらなる力を与えようとしている。

 鋼鉄の硬度を誇る防壁を槍の穂先が突く音が、甲高く響く。

 打ち上がる快音のテンポは徐々に、だが確かに上がっていく。


「どうだ? 感じるだろ、俺の鼓動を! さあ、もっともっと熱くなろうぜ!」


 エルは文字通り、衝撃に胸を揺さぶられていた。

 防壁は未だ破壊されていない。それでも、ロンヒの槍は打ち付ける度に一撃の重さを増していた。

 破城槌を打ち込まれているのではないかと思えるほどの、馬鹿げた膂力りょりょく

 赤い呼気を吐き出し、同色の光芒を帯びたロンヒの肉体は――槍が威力を増すのに比例するように、『巨大化』していた。


「俺に対して耐久戦は最悪の手! 見ろよ、でけぇだろ――これがアレスの、俺の力だ!」


「っ……なかなか強烈だねッ……!」


 いまや身長3メートルにも達しようとしているロンヒを見上げ、エルは喘ぐ。

『アイテール』の天井は通常の要塞よりも高く設計されているが、これはフォティアがロンヒの能力を念頭に置いたためであった。

 霧のように彼の周りを漂う赤い呼気は、青年の闘志の顕現だ。

 身体と共に長さを伸ばした槍を振り回しながら、ロンヒはこの戦闘を心から楽しむように声を上げて笑う。


「はははっ! なぁお嬢ちゃん、あんたはどう来る? あんたの『攻撃』を見せてみろ! 全力でぶつかり合おうぜ!」


 相手を殺しても構わない戦場に立ってようやく、「手加減」という抑圧から解放される。

 ロンヒは生き生きと瞳を輝かせ、眼下の防壁を突き飛ばしながら、後退を余儀なくされたエルへ追撃を食らわせた。

 青年にとって、球形の防壁に囲まれたエルはピンボールの玉に過ぎない。

 本気で遊戯に臨む彼に対し、エルは自身に回復魔法をかけながら思考を巡らせていく。


 ――相手の力が際限なく増す、なんてことはないはず。どこかでキャパオーバーを迎え、増幅する魔力を制御しきれなくなった体は崩壊するか、『マインドブレイク』を起こす。それまで耐えきるべきか、反撃に移るべきか……。


「お兄さん、私はお嬢ちゃんなんかじゃない。エルっていう、名前がある!」


わりぃな、エルちゃん。俺は陸軍少将のロンヒ・クィ・マギアだ、覚えときな!」


 名乗りを上げたのは、隠れずに真剣に向き合おうという意思の表れ。

 エルは防衛魔法を解除すると、リオから習った風の付与魔法をもって加速し、ロンヒへと急接近していった。


 ――体の崩壊も、マインドブレイクも、彼には起こしてほしくない。熱く高潔な戦士に、そんな散り様は似合わない!


 エルは魁偉の青年を見上げ、そして叫ぶ。

 彼女の意思表明に、ロンヒも豪快な槍捌きで応えた。


「――真っ向勝負だ!」

「いいぜ、そう来なくっちゃ!」



『アイテール』上層、管制室にて。

 この天空要塞の設計者である青年、フォティアは一人の少女と対面していた。

 紅のツインテールが目印の、軍服を着こなした長身痩躯の皇女。

 第四皇女ゼステーノ・ロ・マギア――彼女はトゥリの実妹にして、女神ヘスティアの【神器使い】である。

 彼女は温厚な性格で争いを好まず、民からは【炉の皇女】として親しまれていた。


「本来防衛に宛てられるはずであった魔力が、別のところで使われた。……君が、その主犯なの?」


 ゼステーノに限ってそんなことはありえない――そう思わずにはいられなかったが、しかし、事実として彼女はこの場にいたのだ。

 否定してくれ、と願いながら返答を待つフォティアに、ゼステーノは微笑みを向ける。

 その表情は柔らかく温かで、慈悲に溢れていた。フォティアには、彼女が何故そのような顔をするのか全く理解不能だった。


「ええ、私がやりました。これは、【マギ】の意思なのです。【神】を目覚めさせるためには多大な魔力が必要になるのだと、あの御方は仰られていました」


「【マギ】……? 【マギ】って何なの? ゼステーノ、教えてよ! 僕には知る権利があり、君には話す義務がある。君の行動は明らかな軍法違反だ」


 鷹揚おうように答えるゼステーノにフォティアは詰問した。

 彼は相手より上位にある権限を以て情報を引き出そうとする。だが、それでもゼステーノは首を横に振るのみであった。


「真実を話せないなら、ここから出てもらうしかない。……君に手荒な真似はしたくないんだ。だから、頼むよ。【マギ】と陛下の意思は異なるものなのか――それだけでも、教えてくれないかい?」


「陛下の願いは、永久とわに【マギ】と同一のものです」


 清々しいほどに迷いなく、ゼステーノは言った。

 彼女の言葉が真実なのか嘘なのか、フォティアには分からない。

 引っ込み思案な性格の彼はこれまで、人との関わりを極度に避けてきた。長い前髪で目を隠し、自分の殻に籠っていた。他者との交わりは自分を揺るがせ、「作品」を生み出す支障になる。それでフォティアが良いものを作れるならと、ロンヒらも彼のその態度を咎めはしなかった。

 しかし……最悪のタイミングで、それがあだになってしまった。


「君を信じてもいいの? 【マギ】っていう人は、本当に陛下のために行動しているの?」


「【マギ】はいつだって陛下と共にあります。【マギ】の啓示あってこそ、マギア帝国は繁栄してきたのですから」


 啓示。【マギ】というのは、人の上に立つもの――神、のようなものなのか?

 フォティアには、分からない。何が正解で、何が間違いで、自分はどちらを取るべきか、それすらも。


「【マギ】は常に正しさを示します。なぜならば、彼は絶対の正義だからです」


 ゼステーノは笑う。不可思議な存在の正義を振りかざして。

 少女の影には一人の青年の姿が潜んでいる。彼女を蝕み、己の目的を実現するために。帝にさえ明かしていない真の理想を目指すために、名も無き彼は牙を剥く。


「フォティアお兄様、お兄様も共に行きましょう。私の手を取れば、栄光ある未来に名を伝えられます。私たちが、百年後、千年後の未来を創るんです!」


 創る、という単語にフォティアの興味は否応なしにそそられた。

 一瞬、傾いた意思。表情筋の微細な動きを鋭敏に読み取ったゼステーノは、すかさず兄へと駆け寄り、その手を握り込む。


「さあ、一緒に! 【神】を降ろし、より良い世界を築き上げましょう!」

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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