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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
最終章【傲慢】悪魔ルシファー討伐編/マギア侵略編

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33  英雄たちの過去と現在、未来

 アダマス帝を乗せて進撃する、マギア帝国軍の巨大天空要塞『アイテール』。

 剣を模した塔状のその全長はおよそ1キロメートルにも及び、マギアの兵器としては最大級の規模を誇る。浮遊魔法を常時発動している翼型のユニットを前後左右に展開し、成層圏を超えて宇宙空間にまで上昇可能という前代未聞の空中要塞である。

 階層構造をしている『アイテール』の下層、剣の刃の中央部分にあたる階にある一室にて、皇女エウカリスは悲痛な叫びを上げていた。

 

「なぜ私を生かしたのですか、お姉様! 部下を残して私だけが生き残るなんて、お兄様にどう顔向けしたら良いのか……!」


 沈まんとするスウェルダ海軍第三艦隊の旗艦に乗り込んだエウカリスは、そこで捕虜になっているだろうカタロンを救出するべく牢へと直行した。だが、そこに兄はおらず、無駄足を踏んだ彼女は転覆し始めた艦と部下ともども、最期を迎えるはずだった。

 しかしそれは想定に過ぎず、結果として彼女は【転送魔法陣】によって助けられた。


「だって、大切な妹じゃないか。見殺しになんてできないよ」


 トゥリフェローティタ・ロ・マギアというのが、彼女の名である。

 情熱的な赤い長髪に、反面穏やかな印象を醸す垂れ目が特徴的な傾国の美女だ。

 纏う衣装は黒で統一された、ぴったりと肌に密着している上衣に、スレンダーな脚を際立たせるパンツ。

 長身痩躯の彼女は床に崩れ落ちているエウカリスに対し、屈んで頭を撫でてやる。その愛撫は慈悲そのもので、彼女の中にも他意はなかったが、エウカリスの心を癒すまでには至らなかった。


「君は部下たちを愛していたんだね。今、彼らがどうなっているかは分からないけれど……きっと、大丈夫さ。彼らは『魔導航空機』を用いていたんだろう? 少なくともデッキにいた兵たちは脱出を果たしているはず。まぁ……主君と最期を共にしたい、という精神の者は残ったかもしれないけどね」


「トゥリ、お姉様……私、怖いのです。生き残った者たちに会うのが、誰が死んだのか知るのが、本当に、怖くて……!」 


 敵旗艦に突入した際の勇猛さは、今のエウカリスには微塵もなかった。彼女はただ、自分の中の恐れに震えていた。

 死者の命は、彼女の心を雁字搦めにして離さない。なぜ死なせた、なぜ助けてくれなかった、そんな怨嗟の声は彼女に常に付き纏う。本当は聞きたくもない声なのに、そう思えば思うほど、エウカリスは自分を責めてしまう。


「恐れを恥じることはないよ。それは人として当たり前の感情だ。人の上に立つ者が、下の者を死なせて平然としている……最も悪いのはそれだ。君のような皇族は生きていたほうがいい。君は間違えたかもしれないけど、確かに正しいのだから」


 兄への愛のために行動したエウカリスを、トゥリは肯定する。

 彼女は冷たい少女の身体を両腕に抱いて、その胸の温度を分け与える。


「ね……人の心を繋ぐものは、やっぱり愛だと思うんだよ。単なる情欲に付随するものではなく、そこには精神と精神を結ぶ鎖がある。愛があれば世界を一つにできる……陛下にそう説いたこともあったけれど、あの人は聞き入れてくれなかったよ」


 天井を仰ぎ、トゥリは最上階『神事の間』にいる父を思った。

 理想のために戦う帝や皇太子、【王佐の魔女】を彼女は心から尊敬している。だが、理想に突き進むあまりに人との精神的な関わりを軽視している彼らの姿勢は、道を逸れているのではと考えずにはいられなかった。


「愛、ですか。……ですが、お姉様。愛は時おり人を盲目にします。もし、私が冷静でいられたら、もっと正しい判断が出来たかもしれなかった。お兄様を見捨てれば、部下たちを無為に死なすこともなか――」


 エウカリスの唇をトゥリの細い指先がそっと塞いだ。

 思わず姉の指を咥えてしまった少女は頬を染め、バツが悪くなったようで目を逸らす。

 それも大して気にせずに、トゥリはエウカリスの首元に顔を埋め、耳に妖しく舌を沿わせながら囁いた。


「それも、確かに言えることだね。愛は薬なんだよ、エウカリス。大概は正しく働くけれど、時には自身や他人を傷つけることもある。

 ……ただ、今は。私の愛に身を任せるんだ。そうすれば、痛みもすぐに快楽になる。……辛いことも、忘れられるよ」


 普段ならば、ふしだらだと一蹴しただろう。しかし、この時に限ってエウカリスは抵抗できなかった。

 苦痛から逃げられるひと時が背徳だとしても、酔っていたかった。

 トゥリフェローティタ・ロ・マギア――彼女が持つ【神器】は女神アフロディーテのそれであり、司る事象は「愛」と「美」であった。

 


「ぼ、防壁展開ッ!! 敵艦隊、『魔導砲』を撃ってきます!!」


 前方から迫り来るスウェルダの第四艦隊が放たんとする、『魔導砲』の連射。

 発射直前に魔力を赤く煌めかせる砲口を観測したマギア兵たちは、予想だにしない敵の攻撃に声を張り上げた。

 空気を震わせる唸りと共に直進する極太の光線。

 禍々しいその紅は、スウェルダ軍の第一、第二艦隊を撃沈させた死の象徴だ。

 到達までは一瞬。それを瞳に焼き付けた兵たちは、敵側が感じただろう恐怖を初めて体感した。


「これで、終わるのか――?」


 栄誉ある遠征軍に選ばれたにも拘らず、何を為すこともなく散るのか――ある兵はそう嘆く。

 ある兵は故郷の母を、またある兵は恋人を想った。突然の出来事に思考することさえ出来ない者も、中には多かった。

 崩落の轟音が鳴り響く。

 正面から砲撃を食らった艦は尽くが骨組みから木っ端微塵にされ、兵たちは潰れた絶鳴を漏らして海の藻屑と化していった。



 一方、スウェルダの第四艦隊の一室では、ダークエルフ族の長である青年が隣にいる巨人族の王へと愚痴をこぼしていた。


「【神器使い】の魔力を『魔導砲』とやらの動力源にしようとは……いささか扱いが悪いのではないか?」


 彼らが立つ前に置かれているのは、杯型をした台に載せられた水晶玉の魔道具だ。

 その台から伸びる何本かの太い管は各砲台へと繋がっており、彼らが水晶玉へと注いだ魔力を送れるシステムとなっている。

 口を尖らせる秀麗なダークエルフ――リカール・チャロアイトに、赤髭の巨人王ウトガルザ・ヨトゥン・ロキは嗄れ声で諌める。


「かと言って、俺やお前さんが海上戦に臨めるか? 長時間『浮遊魔法』を発動しての戦闘など、互いに未経験だろう」


「まぁ、そうだが……」


「俺たちがこうして魔力を送っているから、スウェルダ軍が外敵に抗える。それは一族を守ることにも繋がるわけだ。今は人の下で戦う時」

  

 亜人たちはあの『三国会談』で人と手を取る選択をした。もう、古い考えは撤廃しなくてはならない。

 ウトガルザはそれを正しく弁えていた。これは決して「人」に巻かれるということではない。自分たちの文化を保護し、矜持を貫くために人の下に付くのだ。


「時代の流れには迎合していかねばならん。形は変われど、一族の芯にある魂は(いつ)なるものだ。だからお前も、どっしりと構えていればいい」

 

 巨人の長は鷹揚に説いた。後進に生き方を教導する、それが年寄りの役割だから。

 リカールは線の細い顎に指を添え、黙り込む。

 伝えた言葉を噛み締める若者を見つめながら、ウトガルザは深呼吸して魔力の練成に集中していく。



 天空要塞『アイテール』中層の大広間では、隊列を組んだ中隊を前に二人の青年が佇んでいた。

 彼らが目にしているのは、前後左右の壁面に映し出された光魔法による映像だ。

 戦場であるエールブルー沖の海上を俯瞰した図と、自軍の艦と敵艦をそれぞれ二色の点で示した図。マギア軍が発明した敵味方の判別システムを最大限に活用した後者の図は、リアルタイムで戦場の動きを捉えられる。


 白い大理石の壁に、芝が敷かれた床は、軍の施設というよりも皇室に設けられた庭園と呼んで差し支えない。静かな水音を奏でる噴水や、ほのかに香る金木犀の植木、どこからか吹くそよ風、陽気にさえずる小鳥など、美しくはあるのだが一際異彩を放っていた。


「豪風、雷雨、荒波……そんなもの、美しくない……」


「美しさなんて戦場じゃ関係ねぇだろ。ここじゃ勝ったもんが正義だ。見た目に拘ってばかりだと、勝てる戦も落としちまうぜ」


 悲しげに呟く青年の名は、フォティア・クィ・マギア。

 彼はアッシュブラウンの長髪を後ろで括り、青い眼を隠すように前髪を伸ばした陰気そうな風貌をしている。長身の者が多い皇族の中でもカタロンと並んで小柄で華奢な彼は、中性的で整った顔立ちをしているのだが、本人はそれをあまり好んでいなかった。

 軍服ではなく分厚い生地の着流しを纏い、腰には道具類の入った袋が下げている彼もまた、この場では異彩の存在といえた。

 それもそのはず――この庭園のような大広間、ひいては『アイテール』全体の設計図を作成した人物こそ、フォティアなのだから。


「僕には戦なんて、どうだっていいんだ。僕の作品たちがちゃんと役に立ってくれてるか、確かめられれば、それで……」


「役に立つ前に焼き尽くされちまったみたいだがな。チッ、下の連中はなにしてやがるんだ」


 苛立ちを露にするこちらの青年は、ロンヒ・クィ・マギア。

 弟のフォティアと同じアッシュブラウンの髪を短く整えた、精悍な顔立ちの若者である。弟とは対照的に190センチに届く長身で、鍛え上げられた肉体は軍人の規範として至高と言っても過言でないだろう。

 大胸筋がこれでもかと主張する軍服の胸元にある階級章は、少将。

 彼は若くして武勇を重ね、帝に認められて破竹の勢いで昇進した気鋭の戦士である。

 

 フォティアは鍛冶神ヘパイストスの【神器】、ロンヒは戦神アレスの【神器】をそれぞれ有する、マギア国内でも人気の【神器使い】であった。


「カタロンやエウカリスたちは大丈夫かな……? 僕が作った『魔導航空機』のエンジンなら、あの艦が転覆し始めたタイミングからでも脱出は間に合うはずなんだけど……」


「あいつらが死んだって報告はねぇよ。……にしてもティア、よくあんな奴らの心配できるよな。カタロンが帝の思想とは違う理想を掲げてることくらい、知ってんだろ」


 腹違いの弟妹を慮るフォティアに、ロンヒは容赦なく軽蔑の目を向ける。

 それに怯みそうになりつつも、フォティアはぐっと拳を握り締めて訴えた。


「知ってるよ。でも、ロン兄さん……兄さんにとって、カタロンやエウカリスは競合相手になりうるから敵視してるだけなんじゃないの……? 昔は、普通にあの子達と遊んでたじゃない……」


「うるせぇ、昔の話を今更掘り返すな。俺は俺の道を行く。次期皇帝になるのは、俺なんだからよ!」


 語気を強めて話を打ち切ったロンヒは、顔をしかめて壁に映る地図へ視線を戻す。

 海軍元帥と敵の王が上空で熾烈な攻防を繰り広げている最中、海上では自軍の艦隊が『魔導砲』により三割ほど沈められていた。

 敵艦を示す赤い点も、僅かながら減っている。後方で二、三、連続して消えたのを見るに、荒波に呑まれて転覆したのだろう。

 

「戦略もへったくれもねぇな。天変地異に、出鱈目な威力の『魔導砲』……船乗りの技術なんてまるで関係ねぇ。魔法が発展すりゃあこうなるのは分かっちゃいたが」


 苛立ってばかりだ、とロンヒは刈り込んだ頭を掻き毟る。

 時代は変わりつつあり、帝の理想が実現すればそれが更に加速するだろうことは容易に想像できる。受け入れなくてはならないのだと、理屈では承知しているのだが、彼にはもどかしくて堪らなかった。

 剣や槍、弓で戦う訓練も、必死に磨いた操船の技も、近い未来では必要なくなってしまう。そこに先人が注いできた情熱も、全ては遺産に――いや、『戦争のない世界』を作るとしたら葬り去られるのだ。

 

「なぁ、ティア……例えばだが、『アイテール』の『浮遊機関』が今後一切、新兵器に導入できないと言われたらどう思う?」


「……何で、ってまずは思うかな。納得できる理由が提示されるのなら、呑むけど……そうでなかったら、文句を突きつける」


「だろうな。……戦争がなくなったとして、これまで作った兵器が否定され、製作者のお前までも悪人扱いされるようになったら?」


「それは……随分と、堪えるね。戦争をなくすために戦ってきたのに、用が済めば捨てられるなんて……都合のいい話だよ」


 ロンヒはそれ以上、何も言わなかった。言ってしまえば後に引き下がれない気がした。――自分が突き進んだ先にある運命を実際に口にしたら、呪いのごとく彼の生を縛る気がした。

 懐から取り出した煙草に、指先に灯した炎属性の魔力で火を点ける。

 吸って気持ちを紛らわせた後、捨てられる――自分たちは所詮、そんなものに過ぎないのかもしれない。


「何があっても、家族だけは……母上も、ティアも、守り抜いてやるからな」


「兄さん……」


 進む先に軍人の未来がなかったとしても、それだけは譲れない。

 部下たちに聞こえない小声で呟くロンヒを見上げ、それからフォティアは視線を哀しげに伏せるのだった。

  


 暗雲を切り裂いて出現した、巨大な魔法陣。

 青白い輝きを放つ八芒星の陣が上げたのは、周囲の雲から魔力を貪る「呼吸」の音だった。

 それはマギア兵にとっては悪魔の産声であり、スウェルダ兵からすれば聖母の福音に等しかった。

 

「……【雷の神よ、汝に願う。我が名はアレクシル・フィンドラ、王の器なり】」


 アレクシルの詠唱が始まる。タラサが発生させる水を孕んだ竜巻をものともせず、防護フィールドに身を包む雷神王は悠然と魔力を練り上げていく。

 敵艦の後方上空に見える、塔のごとき巨大な飛行物体――あれこそが敵の本命であり、あそこにトーヤやエインがいるのだと彼は悟った。

 偶然でも直感でもない。マギアの帝とトーヤが対面しなくてはならない理由を、アレクシルは知っている。

 彼も、【マギ】の福音を受けた子供の一人だったのだから。【特異点】たる少年が次なる【神】を生む鍵になるのだと、知った上でトーヤと接触していたのだから。


「【其は偉大なる雷神の裁き。烈空の雷槌よ、降臨せよ】」


 もはや、敵艦内にアレクシルが守るべきものはなく。

 彼の雷槌(ミョルニル)は、一切の慈悲なく敵へと下されようとしていた。


「――潰えよ! 【神雷滅却】!!」


 瞬間、世界の全ては爆発した。

 無数の稲妻が迸り、海上を穿つ槍と化す。

 視界を真っ白く染め上げる閃光に、鼓膜を引き裂く轟音。


「兄さんの、理想を――邪魔するなッ!!」


 タラサ・マギアはその信念を以て雷神の裁きに抗わんとした。

 無詠唱で発動される大魔法。

 海神の怒りが大海を震撼させる叫びとなり、渦巻く水に力を与えていく。

 水のカーテンが立ち上がり、アレクシルの雷撃と正面から激突する。


「我が艦隊を、我が兵たちを、君などに殺させたりなどしない! 殺させてたまるものか!!」


 血走った瞳で上空の雷神を睨み据え、タラサは唾を散らして絶叫する。

 過去に味わった喪失の痛みが、彼の魔法の力を何倍にも増幅させた。

 水のカーテンは分厚い壁へと変わり、降り注ぐ光条を遮って艦隊を守護する。

 魔力を帯びて鉄のごとき「硬さ」を手に入れた水壁だったが――しかし。


「所詮は、水」


 王の口元が弓なりに曲がる。

 雷が受け止められて静止したように見えたのは、一瞬のことに過ぎなかった。

 直後――崩落。

 密集して氷よりも硬い壁に変じた海水は、その威力に耐え切れず分子単位で分離し、崩壊を開始する。


「このッ……力だけ持つ愚か者めがァァあああッッ!!?」


 怒りと絶望が綯交ぜになった男の絶叫。

 それが兵たちのもとに届くことは、なかった。槍が崩された防御を貫いて獲物を仕留める光景は、男の網膜に鮮明に焼き付いた。

 白く眩い光の海が艦隊を呑み込み、押し流していく。


「やめろ――私から、これ以上、同胞を奪わないでくれ……!」


 願いは灰燼と化す。

 防衛魔法を粉砕して船体に達した雷撃は、そこにいた兵たちの命を刹那のうちに根こそぎ刈り取った。

 絶鳴を上げることも許されず、文字通りの消し炭となった彼らの姿を、タラサは直視できない。

 叶うならば彼らとともに死にたかった。だが、海上で限界を超えたポセイドンの防御は、男の生を辛うじて繋いでしまった。

 全身に火傷を負い、髪も焼け落ち、槍を支える腕が痙攣していても、彼は生きていた。


「……君を、責めたり……恨み、言を、言いはしない。私も……同じ、ように、スウェルダ兵に、酷い死に様を……強要、したから、な」


 無人の艦に燃える炎が爆ぜる音だけが耳朶を打つ中、タラサはニヒルな笑みを浮かべる。

 これも因果応報――戦では常に起こりうることなのだ。決して理不尽ではない。


「私の、防御を……君が、突破し……結果、として、我が艦隊は、壊滅、した。――君の、勝ち……だ、アレクシル。だが……私は負けたが、『マギア』は、まだ、負けていない……」


 引き連れた艦隊は全滅した。旗艦内にいたプシュケやカロスィナトスも恐らくは死んだ。エウカリスの消息も分からず、アポロンの【神器】も海底に失われた。

 それでも、タラサは最後に一つ、役割を果たしたのだ。

『三国同盟』最強の【神器使い】、アレクシル・フィンドラの魔力を限界まで消費させる大役を。


「この海戦は、前哨戦に過ぎなかった。そういうわけか、アダマス帝よ……!」


 肩を上下させ、荒く呼吸するアレクシルは唸る。

 天空要塞『アイテール』、これさえあればマギア軍は勝てるのだと、帝は確信しているのだろう。


「……君との戦いは、十分に、刺激的だったよ。さらば、だ……アレクシル、王よ」


 タラサの足元に出現したのは、【転送魔法陣】だ。

 アレクシルは去っていった男がそれまでいた宙空を見つめていたが、やがて溜め息を吐くと、眼下を進むスウェルダの旗艦へと降下していった。



「トーヤくん……絶対、助け出してみせるから」


 緑髪の魔導士の少女は、徐々に静まりつつある海上を最大出力で翔けていく。

 アレクシルが躊躇なく敵艦隊を壊滅させたことから察するに、トーヤはあそこにはいなかったのだ。

 いるのだとしたら――上空に浮かぶ塔のごとき要塞。


「あれに突入するんだ。どんな障壁に邪魔されようとも、トーヤくんを救い出さなきゃ……!」


 彼と二度と会えなくなるくらいなら、死んだほうがましだ。

 エルの生涯は彼と添い遂げるためにある。そのために、彼女は『魂の管理者』による輪廻の運命を施されたのだから。


「エルさん、私たちもいます!」

「何一人で行こうとしてんのよ、あたしたち仲間でしょ?」


 と、そこで彼女の背中に声が掛けられる。

 振り返りはしない。一直線に目標へと突き進む足を、止めてはならないから。

 

「へへっ、実はスペシャルゲストもいるぞ」


 しかし、ジェードが齎した報せに、エルは思わず速度を緩めて振り向く。


「やっほー、エル。トーヤくんを助けに行くんでしょ、私もご一緒させてくれるかしら?」


 金髪碧眼の、黒ローブを纏った長身の魔女。エルがよく知る出で立ちに、よく知る声。

 見紛うはずもない――シル・ヴァルキュリアその人が、少年の危機に駆けつけてきていた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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