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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第2章  解放編

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16  アマンダの誘惑

 リューズ邸で働き始めてから、一ヶ月が経った。

 僕らはすっかりリューズ邸の使用人の一員となり、毎日を忙しく過ごしていた。

 お給料を貰った日には並々ならぬ達成感を感じ、お金の価値を身に染みて知った。

 仕事の傍らルーカスさんとの剣の特訓も行い、僕はめきめきと剣の実力を伸ばしていった。勿論、日々の基礎トレーニングも忘れずにやった。

 僕は毎日に喜びを感じ、シアンたちをここに連れてきて良かったと心から思っていた。


 そんな僕らに転機が訪れた。ある日のルーカスさんとの剣の特訓の時に、彼に再度【神殿】攻略の話を持ちかけられたのだ。

 僕は「明日」答えを出すとルーカスさんに伝え、その夜、エルにその事を相談する。




 使用人室では誰かに聞かれる恐れがあるため、夜の中庭で僕ら二人は向き合って話していた。風が吹き付けて寒い。


「エル、どうしよう? これは、行った方がいいのかな?」


 僕は以前感じたリューズ家に対する得体の知れない思いを、暫くの間忘れていた。

 だが、エルの言葉でそれを思い出すことになる。


「君は、あの人たちをどう思うんだい? あの人たちが信用出来るなら、ついていってもいいんじゃないか?」


 ルーカスさんに最初に【神殿】攻略の話をされた時、僕は不安を感じていたんだ。その不安は……まだ、何かはわからない。


 そうエルに伝えると、エルはうーんと唸った。


「君のお母さんは精霊の血を引いていたんだろう? だから、君の中に流れる精霊の血が反応したのかもしれない」


 僕は首をかしげる。エルは説明をした。


「これは私の見立てなんだけど、恐らく、リューズ家の人たちは『魔族(まぞく)』なんだ」


「『魔族』?」


 聞き慣れない単語に僕はますますわからなくなる。


「悪魔の血を引く人たちのことさ。今では本当にごく僅かしかいないようだけどね……。昔は人と異種族とがよく交わっていたから、こういう種族も多かったんだ」


 僕は新たな情報に驚く。今では、人は『亜人』を排斥するようになってしまったが、昔はそうではなかった。

 何故、変わってしまったのだろう。


「それにしても、悪魔と交わるって本当にそんなこと出来るの?」


「出来たんだろうね。人型の悪魔もいるから」


「へえ……」


 エルは僕に向き直り、僕の鼻の頭をつんと指で押す。


「エ、エル、やめてよ」


 エルは真剣な表情になった。


「トーヤくん、私も何も感じない訳じゃない。でも、あの人たちは悪い人では無いと私は思うんだ。だから別についていっても問題はないんじゃないかな。ほら、力試しにもなるし」


 僕は少し汗ばんだ額を拭った。冷や汗が流れてきている。やはり、不安だ。


「で、でも、【神殿】に行って、僕がもし死んじゃったら、エルはどうする

の?」


 僕の問いかけに、エルは答えを返さなかった。


「まさか、君が死ぬわけないだろう?」


「それは、そうなのかな」


「そうだよ! 君が死ぬわけないじゃないか」


 エルは、何かに言い聞かせるように言った。

 僕は空を見上げる。

 月は出ていない。静かで、良い夜だと思った。


「僕、行ってみるね」


 エルが驚いた顔をする。

 僕は、冒険に焦がれていた。使用人としての生活は楽しいが、いつまでもこんな所にはいられない。そういった気持ちが、僕の胸の中にあった。


「本当かい? トーヤくん」


「うん。皆で冒険するのも、悪くないと思ってね」


 僕は小さく笑う。【神器】を抜き、それを闇夜に高く掲げる。

【グラム】は紫紺の光を放つ。美しい花のように、輝いていた。


「私は、トーヤくんの意思なら尊重する。私も付いて行くよ」


「ありがとう、エル」


 僕はエルの手を握る。彼女の手は、冷たかった。




 翌日、仕事を終えた僕はルーカスさんに答えを出した。ルーカスさんは僕の返事を訊くと、顔を綻ばせた。


「君が来てくれると信じていたよ。いやー、本当によかった。いつ行くかはもう決めてあるんだ。親父にも、伝えてある」


 ルーカスさんは、子供のようにワクワクしている。その気持ちは僕にもわかる。冒険は、ロマンなのだ。


「お姉さん……アマンダさんには言ってあるんですか?」


 僕は訊いた。ルーカスさんの表情が強ばる。

 訊くんじゃなかったなと、僕は後で後悔した。


「いや、話してはいないが……どうせ親父からもう聞いているさ。姉さんは親父にベッタリだからな」


 嫌味たっぷりに、ルーカスさんは言う。僕は、姉弟なのにこんな関係は可哀想だと思った。


「はあ……でもいいんだよ。親父たちが反対しても、俺は絶対に行くと決めたんだ。一緒につれていくメンバーにも、予め声をかけてある」


 この人は、用意周到な人だ。僕は心の内で感心する。


「それで、いつ行くんですか?」


「三日後だ。三日後の朝に出立する」


 三日後は、リューズ邸で来賓を招いて大掛かりなパーティーが行われる日だ。そんな日に仕事を抜けたら……僕はモアさんのビンタをもう一度、食らうはめになる。

 自分から行くと言ったくせに、僕はそれをやんわりと拒否しようとした。

 そうしてしまう辺り、すっかりモアさんに『調教』されてしまっている。あの一発だけなのに、恐ろしい。


「あの……その日はちょっと外せなくて」


「大丈夫だ。【神殿】攻略には、モアも一緒につれて行く」


「えっ!? そうなんですか」


 じゃあもう休んでも大丈夫だ。よく考えてみればルーカスさんの命で【神殿】攻略に行くわけだし、サボりにはならない筈だ。


「それじゃ、三日後はよろしくな」


 ルーカスさんが、僕の肩をバンと叩く。


「はい。必ず、【神殿】攻略しましょうね」




 僕は微笑み、ルーカスさんと別れる。

 使用人室へ戻る際、角の柱の陰で一人の女性に声をかけられた。


「トーヤくん、久し振りね」


 白い髪を風になびかせるのは、アマンダさんだ。

 彼女は薄い笑みを浮かべ、僕にすり寄ってくる。


「ねぇ、トーヤくん。今の話、本当なのかしら?」


 アマンダさんの髪の毛が僕の目にかかって鬱陶しい。いい匂いがするそれは、絹のように艶やかに輝く。


「ほ、本当のことですが……ノエルさんからは聞いていなかったのですか?」


 僕は、正直早く部屋に戻りたいと思いながら言う。

 アマンダさんは大きな胸を僕の体に押し付けてくる。今日はやけに積極的だな、この人。


「え、ええ。聞いてはいたのだけれど、とても信じがたくて……でも良かった、あなたも一緒に行くのだとしたら、父も出来るだけの援助をしてくれると思うわ」


「そうですか……ありがとうございます」


 僕は足を進めようとしたが、アマンダさんが僕を逃がさなかった。


 アマンダさんの指輪にはめられたピンクに近い紫色の宝石が、キラリと一瞬光った気がした。


「ねぇ、トーヤくん。今夜は、私と一緒に遊ばない? 大丈夫よ……悪いことは何も無いんだから」


 甘い吐息。僕の頬が赤みを帯び始める。


「……い、いいです、疲れているんで。今日はもう休ませてくれませんか?」


 アマンダさんは僕の言葉を無視し、僕の胸の辺りをまさぐる。彼女の赤い目が、炎のように静かに燃えていた。


「はぁ、つれないわね……ちょっとくらい良いじゃない。私に付き合ってくれたら来月の給料、増やすように言っておくから」


「だから……僕は疲れてるんです。帰ります」


 僕は無理矢理アマンダさんを引き剥がし、走って使用人室へ逃げ帰った。

 さっきのアマンダさんの目は、普通の目ではなかった。何かに飢え、欲しがる欲求の目。

 あの目は、恐ろしかった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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