29 憤激の皇女
エウカリスは憤激していた。
到着した海軍元帥がトーヤとエインを捕らえ、敵艦隊を【神器】の魔法による荒波で追い詰めた、そこまではよかった。
が、プシュケの報告が正しいのならば、彼は敵の女王からの捕虜の交換の申し出を断ったという。それはカタロンを見捨てるのと同義だ。
帝に最も近い皇族であるタラサが、カタロンを戦略的に不要なものとして扱った――その事実がエウカリスらに齎した衝撃は、あまりに大きかった。
「どういうことなのですか!? スカナディア遠征の最高指揮官を任ぜられた皇子を、捨て石のように扱うなど、ありえてはなりません!」
「まぁ……そういうことでしょ。陛下や皇太子殿下からしたら、カタロンちゃんをここの指揮官に命じたのも最初からそのつもりだったってわけ」
直接的に表しはしなかったプシュケの発言の意味も、エウカリスは正しく理解した。
つまるところ、カタロンは始めから厄介払いのために最高指揮官にされたのだ。元帥はカタロンの実力では敵の【神器使い】に敵わないと知っていながら、彼や周りの者たちを焚き付け、不相応の肩書を押し付けた。
ならば元帥の登場の早さにも頷ける。
カタロンが敵の手に落ちた時点で彼が出撃したのは、既定路線だったのだ。
「少しはおかしいと思いませんでしたの? 軍人としての才があるとはいえ、弱冠15歳の彼が最高司令官だなんて、不自然な話でしたわ。今の戦争をリードするのは【神器使い】の力……その観点からいえば、昨年【神器】を得たばかりのカタロンよりも、先達の【神器使い】を任命すれば良かったのですから」
カロスィナトスはせせら笑うように言った。
帝の理想に忠実な彼女は、周囲の反感を買うのも臆さない。帝と考えを異にする者たちが何を言おうが、彼女にとってそれは雑音に等しかった。
「きっと、カタロンちゃんも迷ったはずよ。自分には実力が足らないんじゃないかって。でも、フォスちゃんやスキアちゃん、エウカリスちゃんたちが彼を持ち上げるから、彼は舞台から降りる選択を閉ざされてしまった。
飄々としてるけど、あの子、負けず嫌いなところがあるからね。アタシがもっと早く気づいていれば、辞退を促すこともできたのだけど」
丁度その時期に帝都を離れていたプシュケには、今回の遠征におけるカタロンの最高司令官任命について、一切情報を得られなかった。
知ったのは遠征の直前だったが、本当はその前から決まっていたのだろう。プシュケなど中立の立場、あるいは帝に反旗を翻しうる者に止められないよう、海軍元帥が意図的に情報を伏せていたのだ。
過ぎたことを悔やんでも仕方がないが、それでもプシュケは俯いて唇を噛む。
男でありながら好んで女装している彼は周囲から奇異の視線を向けられることが多かったが、カタロンは違った。誰にでも分け隔てなく接し、笑いかけてくれるカタロンは、いつしかプシュケの中で特別な存在に変わっていた。
無論、中立を謳うプシュケはカタロンの思想に肩入れしていない。
だが、人として弟のことを大切に思っているのは確かだった。
「カロスィナトスお姉様……貴女は最初から、知っていましたの?」
「知りませんでしたわよ、そんなこと。私はてっきり、元帥閣下御自ら出向くものと考えていましたから……直前に総司令官が発表された時、それは驚きましたわ」
何食わぬ顔で言ってのけるカロスィナトス。
それが真実なのかはさておき、彼女がカタロンの敗北にちっとも悲しんでいないことは明らかだった。カタロンに代わって指揮官を務める獣人の青年を一瞥し、淡々と指図する。
「スキア、といったかしら? このまま進めば元帥閣下の荒波に飲まれますわ、一旦後退なさい」
カタロンを取り戻すべく敵艦隊への突撃を敢行せんとしていたスキアだったが、その指示を跳ね除けることは出来なかった。
もちろんカタロンのことは救いたい。だが、荒れ狂う波に乗り込んで船員たちを危険に晒すことは、他ならぬ主が最も望んでいないのだと彼は分かっていた。
「り、了解しました!」
黒髪の猫人は、カロスィナトスに従順に部下へ指示を出していく。
そんな兄の様子を艦後方の『格納庫』入り口から遠目に見やる妹は、「これからどうなっちゃうのニャ!?」と一人大声を上げていた。
「お兄様……」
アルテミスの【神化】で強化されたエウカリスの視覚は、鮮明に海軍元帥の男の姿を捉えていた。
(私は認めたくない。カタロンお兄様を見捨てるなんて、できない……!)
正反対の性格から衝突することは日常茶飯事の兄妹だった。それでも互いに尊重し合い、妥協できるラインで意見の折衷を果たしてきた。今回の戦争では如何に勝つか、マギアからの航行中に常に二人で案を練り続けてきた。
天真爛漫なあの笑顔や、使命に身命を賭さんという真剣な横顔が二度と見られなくなるかもしれないなど――耐えられない。
「私だけでも、飛ばせてください! 私は、お兄様を助けなくちゃいけないんです! ここで黙って見過ごしていたら、私の心が張り裂けてしまう――」
だから、彼女は懇願した。
瞳に大粒の涙を溜め、嫌ってやまない姉に縋りついた。
カロスィナトスはエウカリスの手を振り払い、侮蔑を色濃く滲ませた目で妹を見下ろした。
「好きにしなさい。貴女がそこまで願うなら、私は止めはしませんわ」
どうせ出来はしない、とその笑みは告げていた。
目元を拭い、毅然と顔を上げたエウカリスはそれ以上何も言わない。
海兵たちに見守られながら『格納庫』へ向かったエウカリスは、そのドアの前に立ち尽くしていたフォスへ訊ねた。
「機体のメンテは済んでいますね?」
「ニャ、完了していますのニャ。今すぐにでも出せますニャ」
「技術部に私が感謝していたと伝えなさい。それから――この出撃は私の独断です。くれぐれも後を追おうなどとは考えないように」
『格納庫』にあるのは最新鋭の魔道具、『魔導飛行機』である。
直径2メートル程度の円盤型をした一人乗りの機体は小回りがきき、魔力を最大まで補充しておけば半日は飛び続けられる。エウカリスの最新型は稼働可能時間を減らしたぶん、耐久性と速度を底上げした特注品だ。
『魔導飛行機』は浮遊魔法を発動し続けるよりも魔導士に負担が少なく、これからの戦争を牽引する魔導兵器だと言われている。
「何を言ってるのニャ、殿下。殿下の腕じゃ心配ニャ、ミャーが併走して殿下をお支えするニャ」
フォスはエウカリスを独りにさせなかった。
強がりで堅物な少女が寂しがりであることを、猫耳の少女はずっと前から知っている。
「さぁ、乗るのニャ。カタロン殿下が待ってるのニャ」
「――ええ。共に、お兄様を救いましょう」
この大荒れの天気の中でカタロンを奪還し、その上で無事に帰還できる確率は、決して高くはない。
だが、少女たちに迷いや躊躇いはなかった。敬愛するカタロンと生きて再会するためなら、どんな苦難でも乗り越えられる確信があった。
*
神ポセイドンの【神器使い】であるタラサ・マギアの電撃参戦により、スウェルダ海軍第三艦隊は怒涛に飲まれ、半壊滅状態に追い込まれた。
フィンドラの魔導士隊の尽力により辛うじて沈没は免れているものの、それも限界を迎えるのは近いだろうと推測された。
誰もが自分の死を覚悟していた。倒すべき敵を前に海の藻屑となり、何も果たせずに終わるのだと思っていた。
勇猛な魔導士であるヘルガ・ルシッカでさえも、持ち場を放棄して撤退することを考えてしまうほど、引っくり返しようのない苦境としかいえなかった。
が、しかし――。
「雷神に選ばれし王……アレクシル・フィンドラ、か」
渦巻く潮流の中央に立つタラサは、暗雲を切り裂いて稲光を迸らせた男を仰ぎ見て、呟きをこぼす。
アレクシルとエンシオは女神ヘラの【神器使い】プラグマが捕らえていたはずだったが、どうやら逃してしまったらしい。
プライドが邪魔をして報告できなかったのであろう皇女を内心で罵倒しながらも、帝弟は悠然とした態度を崩さなかった。
「天より至り、地を穿つ雷の使い手……そこから雷撃を放てば、盤面を容易く覆せるだろうな。だが……私の手にはトーヤがいる。【マギ】の言葉が正しいのならば、彼を死なせる選択をあの王が取ることはない」
男はほくそ笑む。
帝と自分、そしてモナクスィアしか知り得ないことだが、この遠征の最大の目的が、トーヤを手中に収めることだったのだ。
【原初の神】の写し身たる少年こそ、魔導士が統一する世界において象徴となりうる人物。そして、少年自身はまだ自覚していないようだが、彼の中には前世であるハルマやセトの記憶が眠っている。
彼の記憶さえあれば、この世界に【神】を再び生み出すことができるはずだ。【神】が統べる、戦争や格差を最小限まで減らした理想郷――それが帝とタラサの描く新世界の姿だった。
「…………」
腕の中で気絶している少年二人を見下ろしてタラサは一瞬、微笑む。それからすぐに視線を上空の敵へと向け、彼は右腕の三叉槍を握る手にぐっと力を込めた。
トーヤを抱えている限り、自分は攻撃の対象にならない。強引にでも接近して少年を奪還しようという者があれば、【三叉槍】の餌食になるまでだ。
風雨の激しさは衰えることを知らない。殴りつける波に船体が大きく揺れ、何度も打ち付けてくる衝撃に軋みを上げ始める。
「何としてもこの艦隊を守り抜く!」
「私たちの、魔力が尽きようが……構わないわ!」
汗を流す魔導士の叫びが、兵たちの最後の希望であった。
浸水した側から徐々に重みを増し、沈みゆく艦を、魔女たちは浮遊魔法で強引に引き上げている。
彼女らの魔力は既に限界寸前だった。魔力を練り出す頭は、鈍器で殴られたかのような痛みに襲われている。それでも彼女らが集中の糸を途切れさせずにいられるのは、そこにある「重み」を実感しているから。
艦の重みは船体のそれだけではない。そこにいる海兵や水兵、非戦闘員や、彼らの家族、艦に関わった全ての人の想いが、そこには詰まっているのだ。
「魔導士様、どうか我らをお救いください!」
「魔導士様!」「魔導士様っ!」
兵たちは縋るしかなかった。その光景を目にして、タラサは不快感を露に唇を曲げる。
非魔導士など、所詮は玩具で戦うだけの矮小な存在に過ぎないのだ。その矮小な存在を死なせまいと足掻く魔女たちの心を、彼は理解できない。
(なぜ劣等種に手を差し伸べる? 非魔導士が支配した世界は、【ユグドラシル】時代よりも戦争と格差に満ちた世界になった。至高の魔導士である【神】が、下等の人や亜人を管理する――それこそが完璧な世界のあり方だというのに……)
非魔導士に手を貸す魔導士は、もはや同胞ではない。
マギアが目指す世界に、彼女らのような魔導士は必要ない。
だから、ここで根絶やしにしてしまおう――と、一途な正義と使命感がタラサを突き動かした、その時であった。
彼が掲げた【トライデント】を振り下ろす直前、雷鳴が轟き、その後方から爆音と津波を引き起こすほどの衝撃が迸ったのは。
「くっ……なんですの、この威力は!?」
女の眼前で、彼女が展開した防壁に亀裂が入る。
稲光が瞬いたのを視認した瞬間、女神デメテルの【神器使い】であるカロスィナトスは十八番である【大地の神護】を発動していた。
ミラ・スウェルダの全力の攻撃を難なく防ぎきったその防御に、女は絶対の自信を有していたが――それは今、打ち砕かれた。
「カロスィナトス様っ!?」
艦全体をドーム状に覆った緑色の魔力フィールドに敵の雷撃が落ち、穿たんとしたそこから波紋を広げている。
槌のひと振りに乗せて放たれた雷が宿す、膨大な魔力。それを真っ向から受けたカロスィナトスの防壁は凹み、兵たちにこの遠征で初めての「恐れ」を抱かせた。
ある者は悲鳴を漏らし、ある者は慄くあまり硬直し。誰もが畏怖や恐怖に支配された状況に、プシュケは舌打ちした。
カタロンのやり方はぬるかったのだ。
兵たちと過度に馴れ合い、戦争の恐怖を和らげるあまり、本物の「怪物」が現れた場合の心の持ちようを教育しなかった。
加えて、この場にいる兵の多くが戦争経験の少ない若者だ。戦場でのトラウマを乗り越えたこともない彼らが、初めて体験する恐れに正しく抗えるはずもない。
「アンタたち、しっかりしなさい! カロスィナトス殿下が必ず防ぐわ、だから落ち着くのよ!」
兵たちの叫喚は収まらない。指揮官であるスキアも視線を移ろわせたまま何も出来ていない。
荒波と雷鳴が鳴り響く中で声を張り上げるプシュケだったが、殆どの者の耳に届いていないと悟って甲板を蹴りつける。
「カタロンちゃん、アンタほんとに馬鹿ね! 信じらんない、こんな腰抜けどもを従えてたなんて皇族の恥晒し、指揮官としての風上にも置けないわ! アンタは船の上で友達ごっこをしてただけ。何が理想よ、何が平和よ――力なき軍隊が、それを目指せるとでも思ってたわけ……!?」
普段は冷静なプシュケが、彼らしくなく取り乱して弟への悪罵の言葉を吐き散らした。
彼が知っていたのは弟としてのカタロンだけで、軍人としてのカタロンについては考えてこなかった。もう15の男なのだし放任しても構わないだろう――そう見なしていたが、先達として指揮官の心得を叩き込んでおくべきだったのだ。
教導すべき立場にありながら、その役割を放棄した。故に今の混乱を招いた責任の一端は、プシュケにもある。
「カロスィナトスお姉様! アタシの魔力をあらん限り注ぎ込むわ、使って!!」
言葉が狂騒に掻き消されて届かなくても、行動でなら示せる。
プシュケはデッキ中央に立つカロスィナトスの元に駆け寄り、彼女の肩を掴むと腕を通して自身の魔力を送り込んでいった。
それを見た海兵たちは、続々とカロスィナトスを囲む円陣を作り、プシュケに倣って魔力を譲渡していく。
その中には、スキアの姿もあった。僅かでも自分が恐怖に屈していたことを、彼は痛烈に悔やんでいた。
「総員! 持てる3分の1で構わない、魔力をカロスィナトス殿下へ送るんだ! ここを乗り越えて次の戦いへ進む! カタロン殿下のために!!」
プシュケが行動を、スキアが言葉を以て、兵たちの意志を一つにした。
艦内からデッキ上に兵たちが集結し、魔力を皇女へと集束させていく。
女を中心として集められた魔力は、緑色の光柱となって曇天の下に輝いた。
「良いですわ、これならば……!」
カロスィナトスの表情に再び勝ち気な色が宿った。
凹んでいた防護壁が、敵の雷撃を弾きかえさんと原型を取り戻す。
既に艦には恐れはなく――一致団結した【心意の力】を以て、女神の防御は絶対の加護を彼らに齎した。
閃光が途切れ、雷鳴が止む。旗艦全体を揺るがしていた衝撃波も艦の一揺れを最後に収まったことで、兵たちはトールの魔法を防ぎきったのだと悟った。
「や、やり、ましたの……?」
【大地の神護】を発動した当人は、息も切れ切れに問う。
滝のように汗を流し、甲板に膝をつくカロスィナトス。プシュケは彼女に水筒と魔力回復薬を手渡しながら、力強く頷いてみせた。
「ええ、お姉様の防御がアタシたちを守り抜きましたわ」
「……他の艦は? 私の防壁範囲外にいた、他の者たちは……?」
その姉からの質問にプシュケは何も答えなかった。
マギア側の旗艦は、彼らの技術の粋を結集して作られた空母。『魔導航空機』や『魔導砲』を完備した最新鋭の戦艦はあまりに巨大で、カロスィナトスの防壁が覆い隠すのもぎりぎりなほどであった。
無論、隊列を組んで続く他の艦も、防壁や結界魔法で守られてはいた。だが、その防衛力はとても【神器】には及ばない。
あの敵の雷撃は、カロスィナトスが全艦員の魔力を集束させてやっと防ぎきれたものだ。他の艦がどうなっているのかは、推して知るべしだろう。
エウカリスはフォスと共に、その光景を目撃してしまった。
後方で瞬いた閃光。そして、砲撃にも等しい雷鳴に、遅れて発生した爆風。
敵艦隊への接近を敢行しようとしていたエウカリスらのもとまで及んだ豪風は、彼女らの『魔導航空機』を容易く突き飛ばす。
(くっ――止まれ!)
海面へ激突する寸前、斥力魔法を用いてそれを回避する。
物理法則を無視した上昇を果たす『魔導航空機』は、その勢いのまま宙返りして体勢を立て直した。
その一瞬、航空機の前窓から彼女が捉えたのは――無惨にも原型を留めずに大破し、炎上している艦の数々であった。
「――――」
絶句するしかなかった。信じたくなかった。悪戯な神が見せた幻覚なのだと、思い込みたいくらいだった。
冷たい雨が降る中で、炎だけが激しく熱を発し、黒煙を吐き出し続けている。
薄い鉄越しに悲鳴が聞こえた。しかし、エウカリスは引き返せなかった。
一目見て察してしまった――あの壊滅状態は自分一人でどうにかできるものではないと。助けられる命には限りがあり、等しく扱ってきた彼らの中から「選別」しなくてはならないことも。
「ごめんなさい……この世界で誰か一人しか救えないのならば、私はお兄様のもとへ飛んでいきたいのです」
少女は振り返らなかった。
前方に見える敵艦隊、その隊列の中央にある旗艦を見据えて、無我夢中に突き進んでいく。
タラサの大魔法に呑まれた艦隊は、もはや機能していない。アレクシル王が雷撃でマギア艦隊の旗艦以外を壊滅させたところで、その事実は揺るがない。
好機は今だけだ。ここを逃せば、カタロンはエールブルーの軍港に移され、捕虜として幽閉されてしまう。
『エウカリスちゃん、聞こえる!?』
と、そこで彼女の脳内にプシュケの声が届いた。
「ええ、聞こえます! どうしました!?」
『――撤退なさい。旗艦を除く全艦が壊滅した現状で、アタシたちが勝つ確率は限りなくゼロに近くなった。貴女だけが敵旗艦に乗り込んだところで、ミイラ取りがミイラになるだけよ』
プシュケの言い分は全くもって正しかった。冷静な目で戦況を俯瞰すれば、こちら側が敗勢であることは明らかである。
だが、エウカリスは強情さを捨てきれなかった。兄と離れ離れになるくらいなら、自分も共に捕虜になる方がましだと思えた。
だから――
「プシュケお姉様。お姉様のことは、ずっと昔から尊敬してきました。お姉様がいてくれたから、私は皇女として、軍人として真っ直ぐ育つことができた。本当に、ありがとうございました」
『待ちなさいエウカリス! なに今生の別れみたいなこと言ってんのよ!? そんなの、今言うことじゃない――。戻ってきなさい、エウカリス! 聞いてるの、ねえエウカリス!?』
エウカリスはそれきり、何を言うこともなかった。
頭の中で何度プシュケの声が響こうが、彼女の意志は変わらなかった。
『魔導航空機』はみるみるうちにスウェルダ海軍の旗艦へと距離を詰める。
その機体を仰いで杖を構える魔導士たちへ、彼女は高らかに名乗りを上げた。
「我が名はエウカリス! 女神アルテミスの【神器使い】にして、【太陽の寵児】カタロンの妹! スウェルダの兵たちよ、覚悟せよ! 兄を奪われた我が怒り、とくと受けるがいい!」
そこに慈悲など欠片も存在しなかった。
円盤型の『魔導航空機』前方の砲門から放たれる砲撃は、沈みつつある敵艦へと容赦なく降り注いだ。




