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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
最終章【傲慢】悪魔ルシファー討伐編/マギア侵略編

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28  海神降臨

「デバイサー君の様子はどうかしら? 映像までは繋げられなかったのが悔やみどころねぇ」


 エールブルーの港に設けられたスウェルダ海軍の本部、その一室。

 アマゾネス族の科学者、アナスタシアは入室と同時に旧知の男へと問いかけた。

 卓上のモニターとにらめっこしているアズダハークは彼女に目もくれず、耳当てから聞こえてくる音声に意識を集中させていた。


「先程、リルからはカタロン皇子を捕らえたとの報告がありました。彼は現在、こちらの旗艦への帰路を飛んでいる最中です。エインについては発信器の反応を見るに、海中にいるようですが……数分前から動きがありませんね」


 黙りこくるアズダハークに代わって、彼の助手を務めるヴァニタス・メメント=モリが報告する。

 冷静な表情を繕ってはいるが、その内心の不安を見抜けないアナスタシアではない。ヴァニタスの肩にそっと手を置き、近くのパイプ椅子に座らせると、彼女は旧友の机の上に無遠慮に腰を下ろした。


「……おい」


「あら失敬。アンタがそんな辛気臭い顔でいるとねぇ、ヴァニタスの不安も増すだけなのよ」


 白衣のポケットから煙管きせるを取り出して吹かし始める女に、アズダハークは露骨に顔をしかめたが何も言いはしなかった。

 彼女の指摘はまっとうだ。確かにアズダハークの態度は、助手の不安を煽るものでしかなかった。

 素直になれない男は内心で女に礼を言いつつ、立ち上がる。

 彼の視線を受けたヴァニタスは、深々と一礼し――何なりとお申し付けください、と微笑んだ。


「ヴァニタス。水中での戦闘……初めてになるが、やれるか?」


 アズダハークからの頼みにヴァニタスは頷こうとしたが、そこにアナスタシアの声が割って入る。


「あらぁ、3号機を出すの? あれはまだメンテ中――」


「お前が一服している間に最終調整を済ませておいた。……全く、ただ煙草を吸うのになぜあれほどまで時間を食うんだ」


「だってぇ、この戦争で万が一死んじゃったらそれで終わりなのよ? 戦が始まる前に妹とか縁があった人たちと通信しておこうと思って」


「馬鹿を言うな、俺たちが掴む結果は勝利だろう! こっちは昨晩から寝ずに調整を続けてきたというのに……!」


 悪びれず言ってのけるアナスタシアに、アズダハークは彼らしくなく声を荒げた。

 胸ぐらを掴んで真紅の瞳で睨みつけてくる彼に、アナスタシアは僅かの間、絶句し――そして、口許を緩めた。


「……そうよね。あたしの方が弱気だったわ」


 アナスタシアの考えも明確に否定できるものではなかったが、彼女は自身の消極的な姿勢を認め、反省した。

 机から下りた彼女はヴァニタスと正面から向き合い、改めて訊ねる。


「ヴァニタス、いけるわね?」


「はい。コンディションは万全です。いつでも出撃できます」


 ヴァニタスはアズダハークの理想の伴侶となることを決めている。

 この戦いで彼とアナスタシアの発明の偉大さを誇示し、全世界に科学の力を証明するのだ。


「じゃ、あたしがヴァニタスを港まで連れてくわぁ。アズダハーク、あんたはデバイサー君たちの様子を観測しておくのよ」


「言われずとも」


「声出し確認は何より大事よ。――さ、行きましょヴァニタス」


 次の手が決まればアナスタシアの行動は迅速だった。

 無口な男に口を尖らせて諭しつつ、彼女はヴァニタスの手を引いて部屋を出る。

 その場に残されたアズダハークは、モニターの一点で止まったままの光点を凝視しながら呟きをこぼした。


「……どうか、無事に戻ってきてくれ」



 リューズ商会の幹部であり、ノエルを裏切ってエインの下についた男、ラファエル。

 彼は現在、スウェルダ海軍の本部へと赴き、海軍大将への報告を行っていた。


「『フィルン魔導学園』から『魔導砲』が到着致しました。第4艦隊への積み込みの許可を頂けますか」


 この戦争において、リューズ商会は彼らの全額負担で『フィルン魔導学園』から魔導兵器を輸入していた。それだけで償い足り得るとはノエルもラファエルも思ってはいなかったが、少しでも勝利に寄与できるのならば、金を惜しむ必要は一切なかった。


「現物の確認は終えたのだろうな? 不審物が紛れていたらただ事では済まないぞ」

「オースブリング大尉殿により、審査は完了しております。不備はなく、実戦に即時投入可能だということです。『魔導砲』を扱えるフィンドラ軍の兵たちも、既に待機中です」


 淀みなく答えるラファエルに、海軍大将は同席する他の将校たちを一瞥した。

 誰の異論もないことを認め、彼は『リューズ』の使者へ深々と頷いてみせる。


「訓練も試用期間も設けないなど、本来なら有り得ないことだが……手間をかけている余裕はもはやない。使えるものは何でも使え――ミラ陛下もそうおっしゃられていたからな」


 大将のその言をしかと受け取り、天使の名を持つ男は現場へと急行していく。

 彼が『三国同盟』に力を貸すのは、祖国を滅ぼしたマギアへの復讐という面もあった。だが、エイン・リューズをはじめとする少年たちの戦いぶりに奮起させられたことこそが、最も大きい理由だろう。

 大切な国を守るために、身命を賭す少年たち――それはかつての彼の姿と重なっている。



 スウェルダ海軍がマギアの上陸を許した時に備えて、エールブルー周辺の軍事拠点には陸軍の兵たち、並びにルノウェルスの一個師団が配備されている。

 エールブルー近郊の街道沿いにある城塞にて、暇を持て余したケルベロスは快晴の空を仰いで溜め息を吐いた。


「あたしたちは(おか)で待機、か。理屈では分かってても、向こうではドンパチやってると思うとウズウズしますね」


 可能ならば、今すぐにでもこの場を離れて戦場へと飛んでいきたい。

 しかし、彼女にここでの待機を命じたのはヴァルグだ。高飛車な彼女だが、傭兵団と生活を共にする間にすっかり団長には頭が上がらなくなっている。

 随分と人の色に染められてしまった――と、彼女は過去の自分からは想像もつかない現在を感慨深く思った。


「オルトロス、あなたも『お座り』よ。分かってますよね♡」


「……分かってる」


 そう言いつつも不平をありありと表情に滲ませるオルトロス。

 彼もまた、ケルベロスと同じ砦を守るよう命じられていた。

 そして、これまで少年の面倒を見ていたリオも、引き続き同行している。


「最前線で戦えるのは海軍と、【神器使い】及び魔導士隊。海戦にも空中戦にも不慣れな私たちが後方に置かれるのも、無理はなかろう」


 理屈を説くリオにオルトロスは反駁しようとして、止めた。

 戦うことだけを考えて生きてきた少年は、もういない。何を願うのか、何を求めるのかはまだ手探りの段階だが、それでも人と関わって生きることは覚えた。

 とにかく、やれることをやる。そうすれば、何かが見えてくるかもしれない――。

 少女たちは仲間のために、少年は自らの可能性を拓くために。それぞれに思うところは違えど、彼らは戦場に正面から向き合っている。



(……まずい)


 背後からもたらされた衝撃にえづき、エインは自身の失態を悟った。

 敵艦から放たれた砲撃の第一波は防壁魔法で防げた。が、敵が魔力を再充填している間に射程範囲外に離脱しようという彼の目論見に反し、マギア側はほぼ間を置かずして砲を撃ってきた。

 第一波によりひび割れ始めていた防壁は、それを受けて崩壊。彼の【ヴァルキリー・究極式】も、大量の魔力光線を浴びたことでモーターや酸素ボンベを破損、同時に機能不全に陥った。


(……ぼくは、ここで死ぬ? トーヤ君を守れず、皆の役に立てないまま、終わるのか?)


 脚でひたすらに水を蹴るも、重い機械の装備が邪魔をする。

 底のない深淵へ引きずり込まれていくが、抗えない。しかし、そんな状況下にあっても、彼はトーヤだけは手放さなかった。


(たとえ僕が死ぬとしても、トーヤ君だけは死なせたくない! 彼は皆の希望だ、失うわけには……!)


 先のノエルとの戦の中でも、彼は正義の象徴として兵たちの士気を高めていた。カイと並んで彼がいたことで、ルノウェルス軍は悪魔の支配下のスウェルダ軍を撃破できたのだ。

 希望、光、道標、象徴。そういった存在を喪失してしまえば、兵たちはどうなるか――考えずとも分かる。

 

 最後の力を振り絞って、エインはトーヤに浮遊魔法をかけようとした。

 残り少ない魔力でも、華奢な少年一人くらいならば浮き上がらせられるだろう、と見込んでのことだった。

 が――酸素の供給を止められた彼には、その余力もすでになかった。

 

 身体の末端から徐々に冷たく、冷たくなっていく。

 視界が霞む。思考が止まる。

 何も見えず、何も聞こえず、ただ闇だけがある場所へ、少年二人は沈みゆく。

 

 ――と、その時だった。

 彼らの身体が温かさを孕んだ渦に飲まれたのは。

 螺旋を描きながら水面へと巻き上げられていく二人の先には――三叉槍さんさそうを携えた男の影があった。



【ヴァルキリー・究極式/3号機】をもって海上を飛翔するヴァニタスは、インカムから届く主の声に耳を傾けていた。


『エインの発信器が破損した。彼がその場から動いていないとするならば、座標は現在地より2.5キロメートル先。可能な限り、最大出力で飛べ』


「了解です」


 アズダハークの口調は淡々としていたが、彼の感情が平静でないことはヴァニタスも察していた。

 海中での装備の破損は、死に直結する。酸素ボンベがったとしても、長くはない。【究極式】はもともと長時間の潜水に対応しておらず、ボンベの容量も多くないのだ。

 

(ボンベが無事だとしても、猶予は5分もない。あの子が自力で人ひとり抱えて泳ぎきれるとも思えないし……限りなく詰みに近い状況。私が敵だったらほくそ笑んでるところね)


 ヴァニタスは悔しくて仕方なかった。自分の身体が、【究極式】に対してエインやリルのような適性を示さず、最大限の力を発揮できずにいることが、もどかしくて堪らなかった。

 眼下の艦隊を一瞬で追い越す彼女の姿は、弾丸のごとし。

 それでも足りない。風を切って翔けるだけでは駄目なのだ。音も光も超えるような神速を実現しなければ、到底、間に合いはしないだろう。

 

「【ヴァルキリー】、応えて! 私の魔力に――この心に!」 


 彼女は自身のありったけの魔力を【ヴァルキリー】へと送り込んだ。

 頭を覆う兜型の装甲を通じて、背後のエンジンへと魔力を伝導させていく。

 操縦技術ではエインやリルに劣るかもしれない。だが、「魔力」だけは負けるつもりはなかった。

 俊秀たる魔法剣士を多く輩出した、メメント=モリ家の名にかけて――ヴァニタスはその刹那、音速を超越する。


「あれは……!?」


 見上げた空を横切る灰色の影に、ヘルガ・ルシッカは息を呑んだ。

 エウカリスの魔術で身動きを封じられているティーナも、自身の危機を一瞬忘れ、瞠目していた。

 空を泳ぐように翔ける少女が、目的の座標に到達しようとした、その直前――海中より突如として渦が巻き起こり、その中央から彼女の見知らぬ男が二人の少年を抱えて出現した。


「っ、あの者は……!?」


 海のごとく透き通った青の三叉槍を持つ、巨躯の人物。

 剥き出しの上半身は筋骨隆々で、煌めく魚鱗に覆われた脚も引き締まって丸太のよう。

 右側を黒い眼帯で覆った碧い眼に灰色の長髪、そして鋭利な目元が帝に瓜二つな、壮年の男だ。

 彼の名はタラサ・マギア。帝の実弟にして海軍元帥も務める、海神ポセイドンの【神器使い】であった。


「海上で私を阻もうとは……勇敢と無謀を履き違えたか」


 上空から自分を見下ろしてくる少女に対し、タラサは何ら動じることなく呟く。

 彼にとって敵対者は哀れむ対象だった。何故なら――海という戦場において、彼は誇張抜きで「最強」であったから。

 彼が参加した海戦はマギア側の全勝。彼と相対した者はことごとくが海の藻屑と化した。

 この少女も数分後には死んでいるだろう。タラサは殺戮を好む性質ではなかったが、兄の理想に殉じると決めて以来、それへの躊躇いは捨て去っている。


「ヴァニタス、退くのよ! あの男に貴女は敵わない!!」


 ヴァニタスを制止したのはミラ女王だ。

 彼女はカタロンを下した後、トーヤを移送するエインを守るべく海上で砲撃に備えていた。

 魔導の知識で他より劣る自覚のあるミラだが、敵の【神器使い】の能力くらいは予習してきている。

 自分たちの実力を凌駕しているであろうタラサ・マギアの登場に、彼女は限界まで声を張り上げて警告を発した。


「し、しかし陛下、トーヤとエインが――!」

「私に考えがあるわ! 貴女は下がりなさい!」


 鬼気迫る形相で振り仰いでくるミラに、ヴァニタスは反駁することが出来なかった。

 己の無力を認めないプライドなど、彼女はカイ・ルノウェルスに敗れて以来棄てている。

 ヴァニタスが降下することなく後退し始めたのを確認したミラは、トーヤとエインを片腕で抱えている【神化】の偉丈夫へと声を投げかけた。


「私はスウェルダ王国女王、ミラ! マギア海軍元帥にして皇太子であるタラサ・マギア殿に、私自ら交渉を申し込ませていただきたい!」


 若き女王の発言に帝国の皇太子は不敵な笑みを浮かべた。

 どんな手が来ようが対処は容易い――そう表情で示してくる男にミラは闘争心を駆り立てられるが、それは内心に留めておいて冷静な口調で持ちかける。


「貴方がいま捕らえているトーヤとエイン・リューズを、我が軍が捕縛したカタロン皇子と交換していただきたい。カタロン皇子はそちらの旗艦の要だと聞いている、呑む選択肢しかあるまい」


 ミラは語気を強めて言い切った。

 彼女にとって敵の指揮官の身柄より、トーヤとエインの命の方が優先すべき価値のあるものであった。そして、彼女の性質ならばそう持ちかけてくるだろうことは、タラサも当然の前提として頭に入れていた。

 故に――


「否。その要求に応じる理由はない」


 彼はミラが突き付けたカードを、真正面からへし折った。

 厳然たる瞳で女王を見据え、渦潮の中心に立つ海神の化身は断言する。

 剛毅木訥な心の奥底に親族への想いを封じ込め、タラサは非情にもカタロンを切り捨てた。

 

「……なっ……!? カタロン皇子はそちらの兵たちの精神的支柱だと聞くわ、そんなことをすれば、貴方の兵たちからの信用は地に落ちるのよ!? どうして……!?」


 臣下との信頼関係を何より重視するミラには、眼前の男の心理を理解することができなかった。

 彼女のあり方とタラサのあり方は相反し、決して混じり合わぬもの。

 歩み寄れないならば折衷案を出すことも不可能であり、残された手段は武力で相手をねじ伏せることだけだった。


「――沈め」


 その瞬間、男の呟きを聞いていたのはミラ一人であった。

 彼が握る【海神の三叉槍(トライデント)】が強烈な魔力の輝きを帯び始め――次には、彼を中心として渦巻いていた潮流が、波紋を描きながら狂的な速度で同心円状に押し寄せていく。

 異常に気づいたヘルガらが防衛魔法で対応しようとしたが、それは無為なものでしかない。

 (さざなみ)が立っていた海は、途端に怒涛(どとう)と化した。快晴の空は暗雲に塗り替えられ、海鳥の調べは轟く雷鳴にかき消される。


「何よ、あの男……!?」「何だ、急に天気が――」「この魔力、まさか【神器】!?」


 空中で防壁魔法を展開しているヴァニタスも、港へと帰還せんとしているリルも、(エウカリス)の策によって身動きが取れないでいるティーナも、皆等しく変貌した海と空を見つめるしかなかった。

 知識の範疇にない現象が、現実として彼女らの前で起こった。

 理解が追いつかない。対処法など知識の範疇にない。天候を操り、大海をも統べてしまう神の魔法に、誰もが畏怖し――そうした者の多くが、その念を胸に焼き付けたまま命を散らしていく。


「止めろおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」


 慟哭に等しい女王の絶叫。艦内で打ち上がる兵たちの悲鳴。混乱の中でも「力魔法」を駆使して苦境を切り抜けようとする魔導士たちの詠唱の声。

 幾重にも折り重なった人の声は、果たして、何を遺したのだろう。

 

「死は戦の常。その涙が枯れ果てる前に、それを知るがいい、スウェルダの女王よ」


 タラサの言葉はミラには届かない。激しさを増している海神の魔法を中断させるべく、命を顧みない突貫攻撃を仕掛ける赤髪の女王に、タラサは眉一つ動かすことなく応じた。

 閃光を迸らせ、音速で突き出される刺突。

 絹を裂くような痛哭を載せて、その一閃は男の三叉槍を捉える。


「ああああああああああああああああああああッッ!!?」


「――(さえず)るな」


 男は吐き捨てる。

 彼にとって戦場での人の叫びは、聞くに耐えない雑音にほかならない。

 ――だからタラサは戦場が嫌いなのだ。耳にこびり付く断末魔の声に、いつまでも消えることのない血液と臓腑の臭い――それに幼い記憶を呼び起こされ、いやが上にも精神を摩耗させられる。

 それでも彼が戦争に臨むのは、叶えたい理想があるから。

 理想の前には過去は些事に過ぎない。輝ける未来がその先にあるならば、偽らざる太平がそこに見えるならば、彼は全てを捧げられる。


「お前に使命があるように……私にも掴むべき理想がある! 陛下の夢は私の夢――共に始めたこの王道、お前などには阻ません!」


 三叉槍が男の感情の昂ぶりに呼応して、青い炎のごとき魔力を燃え上がらせる。

 その直後、その【神器】は実体なき「水」へと転じ――敵の刺突をすり抜けさせた。

 器用にも少年二人を片腕に抱えたまま彼は身を捻り、ミラの突撃を躱してみせる。

 

「あっっ!?」


 その勢いのまま海面へと突っ込んだミラは、牙を剥く狂涛に呑み込まれた。

 風浪(ふうろう)が少女の腕から【神器】を絡め取る。彼女は離れゆく細剣へと手を伸ばすが、届かない。

 たちまち見えなくなった【神器】に、ミラは敗北を認めざるを得なかった。最後の抵抗とばかりに発動した防壁魔法と、戦の前に一夜漬けで覚えた【水の呼吸】で自身の身を守った彼女は、己の魔力が切れるまでに味方の艦へと流れ着くのを祈るほかなかった。


「ダメです、浸水が止まりません!?」

「既に艦の三分の一まで浸水しています、沈没の回避は不可能です!!」

「魔導士隊は何をしている!? このような非常事態をどうにかするのがお前たちの役割だろう!?」

「我々も手を尽くしている! だが、足りないのだ――莫大な魔力さえあれば、この艦隊を浮遊させてやれるものを……!」


 クルーたちが涙混じりの悲鳴を上げ、旗艦の艦長が怒鳴り散らし、魔導士隊隊長のヘルガ・ルシッカは自分たちの不甲斐なさに唇を噛む。

 横っ腹を荒波に打たれた艦は斜めになり、転覆寸前。魔導士たちが力魔法で支えることでどうにか保っているが、それも長くはないだろう。


「……くそっ」


 彼女らの思いに反して激しさを増すばかりの波に、ヘルガは決断せざるを得なかった。

 艦隊を捨てるか、それとも心中するか。

 ヘルガの選択は早かった。今の彼女はスウェルダ軍に同伴しているが、あくまでもフィンドラの『フィルン魔導学園』の長なのだ。

 

「恨むなよ、とは言わない。結局、これは私のエゴでしかないのだから。『魔導学園』の長として生き残らねばならない――そんなものは、単なる言い訳に過ぎないのだから」


 自嘲の笑みを女は浮かべる。

 命に縋りつく己の浅ましさに屈してしまったことに、彼女は眼下の兵たちへ「すまない」と一言呟いた。

 雷光が項垂うなだれる女の姿を映し出す。

 兵たちは彼女ら魔導士に一縷の望みを託す。

 その望みを、女は断ち切らんとした。

 

 が――。


「随分と派手な技を使うのだな、マギアの海軍元帥殿は。自分が神にでもなったつもりか」


 暗雲を切り裂く稲妻と同時に発された声を、エルフの耳は確かに捉えた。

 空を仰いだ先に見えたのは、はためくマントを纏い、巨大な槌を携えた男の姿。

 雷神トールの【神化】を発動したフィンドラ王国の王、アレクシルであった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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