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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第2章  解放編

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15  教育

 日が完全に沈み、辺りは真っ暗になっていた。

 僕は仕事と緊張で疲れきった足で立ち上がり、エルの元へ急ぐ。

 ルーカスさんが僕の肩に触れた時、何か嫌な感じがした。彼だけじゃない。アマンダさんも、ノエルさんも……何か得体の知れないものを持っている。

 それが何かはわからないけど、僕の頭が、警鐘を鳴らしているのだ。


 使用人室に向かうと、そこにはシアン、シェスティンさん、モアさんらがいた。エルの姿は無い。


「シアン、エルを見なかった?」


 シアンは首をかしげる。


「私は、見ていません」


 僕は椅子に体を沈み込ませる。

 シアンが心配そうに訊いた。


「トーヤさん……何か、あったのですか?」


 シアンたちには余計な不安を抱えさせたくない。僕は適当に誤魔化した。


「いや、何でもないんだ。ちょっと仕事で疲れただけだよ。エルが来たら、僕が話したいと言っていたと伝えといてくれないかな?」


「わかりました。エルさんを見たら、言っておきます」


 シアンは頷く。僕は、疲れたので自分の使用人室に戻ることにした。


 男子用の部屋に入ると、ジェードが僕を見て尋ねる。


「ルーカスさんとの剣、どうだった?」


「うーん、まあまあかな。基礎的なトレーニングを毎日やれって言われたよ」


 僕は二段ベッドの上の段に梯子で上った。僕の下で眠るのはジェードである。

 身体を横たえらせ、僕はリラックスした姿勢になる。疲れがどっと押し寄せてきた。


「庭仕事、疲れるもんな」


 ジェードが言う。僕は相槌を適当に打った。疲れて、もう考えるどころじゃなかった。


「うん。そうだね……ほんと、疲れたよ」


「シェスティンさん、凄いよな」


「うん。あの人、化け物みたいに体力あるよね」


 ジェードも僕とは違うグループだったが、庭仕事をしていた。シェスティンさんの仕事姿を離れた所から見ていたのだろう。


「ここ、色んな種族の人が、集まってる。皆で協力している。とても、いいこと」


 ジェードは呟く。

 彼の言う通り、リューズ家のやっていることは何ら間違ってはいない。

 この世界からはみ出した者たちを救ってくれる、いい人なんだ。

 僕は少しの自己嫌悪に陥る。ノエルさんたちに何があっても、彼らは良い人たちだ。疑うのは、いけないことだろう?

 そして僕は沈むように、眠りへと落ちていった。


* * *


「トーヤ! いい加減起きなさい!」


 侍女長に怒鳴られて、僕は目を覚ました。

 侍女長はかなり苛立った顔をしている。どうやら僕がいつまで経っても起きないから、業を煮やしてここまでやってきたのだろう。


「お、おはようございます。侍女長」


「何がおはようですか!? もう仕事の時間はとっくに始まっているのですよ!」


 侍女長はプンプンに怒っている。これはまずい。


「すみません! 今すぐ行きますので!」


 僕は慌てて二段ベッドから飛び降りる。だが、着地に失敗して腰を打った。


「いててっ……」


 侍女長は呆れた顔だ。僕は痛む腰をさすりさすり立つ。

 と、ドアを開けてもう一人の女性が入って来た。


「どうしました? トーヤ」


 見目麗しいハーフエルフの、モアさんだった。

 モアさんは昨日のシアンと同じような、心配した表情を浮かべている。


「ベッドから落ちちゃって……でも、大丈夫ですよ」


「そう、なら良いのですが。トーヤ、皆あなたがなかなか来ないので心配していました。私と一緒に早く来てください」


 モアさんは厳しく言う。僕の腕を掴むと、引っ張っていった。


「モア、しっかりとこの子に『教育』しておやりなさい」


 侍女長が目を細めて言った。

 モアさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 何か、嫌な予感しかしない。




「本当にすみませんでした」


 僕は地面に頭を垂れ、一緒に仕事をする仲間たちに謝った。

 今日は調理室での仕事で、この仕事は特に忙しい仕事だ。僕がいなかったため朝食の時間、彼女らはいつも以上にハードに働くはめになっていた。


「もう、あんたが女だったらここから追い出してるところよ」


「そうそう。許してやったんだから、私達の器の広さに感謝することだね」


 二人のダークエルフの女性が言う。一人が僕の背中にドンと乗り、笑った。


「あんた、ノエル様から目、かけられてるみたいだけど……ここでは皆と同じ扱いになるから、今度から遅刻とか、許さないよ」


「ス、スミマセン」


 僕は謝る。……この人、結構重いな。


「何か言った?」


「い、いえ何も」


 ヤバい思考が読まれてる!? この人怖い。


「それじゃ、モアの『お仕置き』を受けて貰おうかね」


 ダークエルフの女性が僕の体から離れた。ひとまずホッとするが、モアさんの『お仕置き』って何だよ……。


「さあ、トーヤ。私の前に立って下さい」


 僕は言われるままにモアさんの前に、立った。


「姿勢を正しなさい」


「は、はいっ!」


 モアさんの目が赤く光る。怖い。これはハーフエルフの目じゃないよ。


「では、行きます」


 辺りがしんと静まる。何なんだこの空気は。


「はあッ!!」


 バチーーーンと、音がした。そして、痛みが僕を襲う。


「痛ったああああッッッ!!」


 僕は悲鳴を上げる。

 張られた。頬を。あまりの痛みに僕は悶絶し床をのたうちまわった。ジンジンと、痛む頬が熱くなる。


「久し振りに見た……モアの『ビンタ』……」

「うわーっ、痛そー」

「流石に可哀想じゃないかしら」

「良いのです。仕置きとしては充分でしょうから」

「モア、あんたのは充分すぎるのよ……」


 モアさんは冷酷な目で、悶絶する僕を見下ろす。 


「これで、わかったでしょう。遅刻した者には、私が罰を下します」


「は、はいぃっ!」


 思わず上ずった声が出た。




「……調教は終わりました」


「よくやりました、モア」


 侍女長が柱の陰から出てきて言った。あんた見てたんですか……。


「ええ。シェスティンの時より、スムーズにいけて良かったです」


 この人、シェスティンさんにもやってたのか……。恐ろしいハーフエルフだ。


「さあ、仕事を始めなさい!」


 侍女長がビシッと命ずる。彼女の一声で、使用人たちはせかせかと働きだした。


 この日、僕はいつも以上に激しく働かされ(というか雑用全て押し付けられ)、昨日よりも疲れた状態で床についた。

 僕はその時、エルに話そうと思っていたリューズ家に対する不安を、すっかり忘れてしまっていた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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