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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
最終章【傲慢】悪魔ルシファー討伐編/マギア侵略編

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15  拳の魔女、覚醒の魔王

「……っ、防壁が……!」


 市街地の外側で第3、第4旅団と共に待機していたエルは、都市にかけられていた「耐魔法」の防衛魔法が解除されたのを感知した。

 顔を振り仰ぎ、内から街の光を漏らしている市壁を見据える。

 

「エルさんっ!」


 その異変にエインも彼女のもとに駆け寄り、驚きと喜びを綯交ぜにした表情で声を上げた。

 

「これまで私が解除しようとしても全く受け付けなかった防壁が、向こうから勝手に消えてくれるとはね。喜ぶべきなんだろうけど、少しきな臭さも感じるな」


「……ノエル様の力が暴走した、とかですか?」


 しかしエルは顎に手を当て、懸念を露に唸るのみだった。

 彼女が何を危惧しているのか、エインはすぐに気づく。

 ノエル・リューズが悪魔の力に呑み込まれてしまった結果として防壁が解除されたのなら、戦略的にはこちらの利となる。だが、悪魔討伐を掲げる戦士としては、決して歓迎せざる状況といえた。

 

「休んでる場合じゃない。行かなきゃ――今行かなきゃ、最悪の結末がやって来るかもしれないのだから」


 声音に焦りはない。予てより想定していた状況に、エルは強い口調でエインを促した。

 白髪の少年は迷いなく頷きを返す。ノエルは自分の父であり、狂った過去の象徴だったが、不思議と恐れはなかった。

 きっとそれは、トーヤが彼との話について伝えてくれたからだろう。

 ノエル・リューズという男の信念が浮き彫りになったことで、得体の知れない怪物という像は薄れた。彼は等身大の欲に溺れた人間――そう捉えれば、同じだとエインには思える。自分たちと同じ、人間なのだと。


「エルさん、急いで皆さんに報告を! ぼくは【ヴァルキリー】の最終調整を行ってきます」


「了解!」


 短く言葉を交わし、エルとエインはそれぞれに準備を進めていく。

 月明かりが都市を銀色に照らす夜、戦争の局面は静かに、だが確かに変わろうとしていた。



「魔拳法、壱の型――【炎拳えんけん】ッ!」


 唸りを上げるイルヴァの拳が、ノエルの胴へと肉薄する。

 漆黒の翼が彼の身を包んで防護する。女は一撃が通らないとみると即座に退却、その翼に触れるのは打撃を与える一瞬に留め、男を撹乱するように縦横無尽に広間を駆け回った。

 一秒たりとも静止しない高速戦闘。

 それこそが、【拳の魔女】イルヴァの戦い方だ。攻め手を決して緩めない圧倒的にして苛烈な彼女は、祖国マギアの軍でも一目置かれる実力者として知られていた。

 

「グリームニル!」

「ああ、任せておけ!」


 その呼号に応えて少年は女に大地の加護を授けた。

 彼女の全身を覆うようにうっすらと輝く草色の魔力のベールは、触れるもの全てを弾き、拒絶する。

 小爆撃のごとき拳の攻撃と、鉄壁の防御――最強の矛と盾を備えた今のイルヴァは、まさしく無双の戦士であった。


「ふふっ、追いつけないだろう? マギア最強の拳闘士の実力、とくと味わえッ!」


 閃く紅の拳。何度も視界を過ぎる緑の影。

 動きを捕捉することすら叶わず、ノエルは防戦一方だった。

 抱擁の翼が鎧となって彼を守るが――傷は慈悲なく蓄積していく。

 拳撃の乱打。灼熱の魔力を纏うそれは、獲物が倒れるまで止まらずに暴威を振るい続ける。

 

「はあああああああッ!!」


 雄叫びが轟く。

 王女の信頼を裏切った贖罪とするべく、彼女は悪魔を討たんと全霊を捧げて臨んでいた。

 一撃――羽根をむしり取る。

 二撃――根本から翼をへし折る。

 三撃――輪郭を覗かせた男へと、拳を叩き込む!

 

「ぐぅっ!?」


 拳撃を「飛ばす」魔法、【空拳くうけん】。

 以前トーヤたちに討伐された【異端者】のミノタウロスが用いたそれと、自身のオリジナルの【魔拳法】を併せ、彼女はノエルを着実に追い詰めていた。


「ノエル・リューズッ!!」


 が――違和感が頭の片隅に生じたのも事実だった。

 なぜ、こうも受け身なのだ。なぜ、最初なら攻撃を放棄している。この男の目論見は、何なのだ――?

 その疑念は狂おしいまでの暴力による高揚を冷めさせる。

 イルヴァは拳の乱打を男へ飛ばし続けるが数瞬前までとは違い、彼から距離を取っての戦闘に変更した。

 

「イルヴァ、やはりノエルには何か奥の手がありそうだ! 気をつけろ」

「承知している。お前も足元を掬われるなよ」


 意味もなく攻撃を受けるなど、戦術としては失格だ。敢えて攻撃を受けているのなら、必然そこには意味がある。


(カウンターは間違いなく飛んでくる。問題は、そのタイミングだ。おそらく――私の攻撃を耐え続け、消耗して動きの鈍ったところを狙うのだろう。私ならそうする)


 体力的な猶予はわずか。

 ノエルへ高威力の一撃をち込み、一気に片をつける。これまでのダメージの蓄積を加味すれば、崩せるはずだ。

 

「魔力を分けてくれ、グリームニル! 次で決める!」


 女は疾走りながら少年へ呼びかける。

 小柄な足元に描き出される魔法陣。高まる魔力は彼の手の中で小さな球体となり、投じられたそれは吸い込まれるようにイルヴァへと向かっていく。


「さあ行け――イルヴァ!!」


 言葉が運ぶ【心意の力】が、イルヴァの背中を目一杯押した。

 ノエルは未だ翼で自身を守ったまま、微動だにしない。


 ――いざ、勝負!


 駆ける脚を加速させ、女は歌を口ずさむ。

 それは彼女の決意の結晶だった。数多の裏切りの果てにある、彼女の本当の願い。

 

「【未来とは絶望を越えた先にある。理想とは勝利者にのみ授けられる。我が願いは唯一にして究極、主の『世界』を生み出すことなり】」


 もたらされた破壊と絶望。全てを投げ出すことすらせず、理不尽に抗うのも諦めた彼女に手を差し伸べたのは、カタロンであった。

 国や文化を破壊し、平らにならした後に生まれる『一つの世界』――そんな帝の理想ではなく、皇子はもっと小さな所に目を向けていた。

 それこそが、人の心。

 誰もが笑って暮らせる理想郷を作りたいとカタロンは言っていた。たとえ偽善だと蔑まれても構わない、自分は自分の夢を追うのだと。

 神童と呼ばれた7歳のカタロンは戦災孤児や行き場のない亜人たちを集め、軍内に居場所を与えた。彼の導きで訓練を受けたイルヴァたちは今、こうして立派な兵士として各地で戦っている。


「【輝きよ、この手に宿れ】! 【我は太陽の皇子の眷属、イルヴァ】! 【焦土の果てより這い上がりし、求道の信念】!」


 陽光の加護が女の拳に宿る。

 体を捻転させ、敬愛する主の神器と同属性の魔力を宿した正拳を溜め――そして、全身の筋肉を振り絞って打ち放つ。


「【ポリュデウケースの拳】!!」


 咆哮と共に脚を踏みしめ、イルヴァは眼前の男への殺意をあらん限り拳に込めた。

 黄金の光線のごとくノエルへと驀進する拳撃。

 迸る輝きが視界を白く染め上げる中、その一撃は男の翼と激突を果たした。

 

「行けぇえええええええええええッッ!!」


 燃え盛る魔力は【心意の力】によって更に加熱していく。

 目を細めつつもノエルを睨み続けるグリームニルは、その勝負の結末が訪れるのを静かに待つ。イルヴァもまた、己の魔法が敵に打ち勝つと信じて叫んだ。

 その黄金はやがて途切れ――漆黒の羽根が舞い散る中に、男は立っていた。


「……それが君の全力か。素晴らしい、【拳の魔女】を自称するだけはある。だが……」


 男を守る翼は、イルヴァの殴打によってへし折れて原型をとどめていない。

 が、そこに佇む男が損傷を被った様子は見られなかった。

 眼鏡の下で光る赤い眼は、ちらちらと妖しい炎を踊らせている。感情を殆ど表に出さなかったノエルが初めて見せた、この戦闘を楽しんでいるかのような目に、イルヴァは絶句するしかなかった。


 ――なぜ倒れていない。なぜ……なぜ!?


 カタロン)王女ミラ)のために必ず成功させると誓いながら、届かなかった。

 これが最大出力であり、他に攻め手は残っていないというのに。


「――君の実力では、私を倒せない。もっとも、そこの少年のせいで私の側からも君を殺すことはできないがね」


 ノエル・リューズの口元にはっきりと笑みが刻まれた。

 細めた瞳が無遠慮にイルヴァを捉え、絡め取る。物品を吟味する商人の目が冷然と女の価値を測り、そして彼は告げた。


「君は換えのきかない優秀な人材だ。唾棄すべき裏切り者との評価、撤回しよう。人間性はともかく、君の力には価値があるのだから」


 そうイルヴァを評す彼は攻撃の素振りを一切見せなかった。

 口以外を動かさないノエルを怪訝に思いながら、グリームニルはイルヴァの側に駆け寄る。防壁魔法を展開し、そのドームの中で女へ回復魔法をかけていく少年は早口に囁く。


「一応訊くが、転送魔法は使えるか?」

「いや」

「そうか。ならば……私がノエルを足止めする。その隙に逃げろ」


 少年の確認にイルヴァは頷いた。

 彼が冷静でいてくれなければ、切り札を用いても倒しきれなかった動揺から抜け出すことは出来なかっただろう。そのことに感謝しながら、イルヴァは手に小刀を握り締める。

 と、防壁の外でノエルが再度口を開いた。


「私がここまで受身の戦法を取らざるを得なかったのは、能動的な行動が不可能だったから。解放された悪魔の力が身体に完全に馴染むまで、私の動きは制限されていたのだ。しかし、今――私の身体・精神と悪魔の魂の同期は完了した。

 悪魔と一つになるのには多量の魔力が必要だ。本来、力を溜めるのにもう少し時間がかかるはずだったが……君が莫大な魔力を放ってくれたから、堕天使は最上の力を振るえるようになったわけだ。ほかならぬ君のおかげだよ、イルヴァ少佐。感謝してもしきれないね」


 皮肉な笑みを向けてくる男に、イルヴァは歯ぎしりした。

 先程まで消極的な戦いをしていたのも、感情を表出していなかったのも、心身が悪魔との同調の最中で万全ではなかったためだった。戦術としての意味があったわけでもなく、単なるハンデだった。そんな相手に、自分の攻撃は遂に通用することはなかった。

 バサリ――羽ばたきの音が高らかに鳴る。

 それを耳にしてイルヴァもグリームニルも否応なしに悟った。堕天使は再臨したのだと。

 粉砕される戦士のプライド。【拳の魔女】の仮面ペルソナ)が剥ぎ取られ、一人の女の弱い顔が露呈する。


「ふふふふッ、ふはははははははッ!! 私の命は、世界を統べるためにある! 【拳の魔女】イルヴァよ――我が軍門に降れ! 拒否権は、ゼロだッ!」


 瞬間、膨れ上がる魔力。

 土の防壁は轟音と同時に崩壊し、殴りつけてくる衝撃波に彼女らは吹き飛ばされる。

 壁に激突して崩れ落ちたイルヴァがどうにか床を掻きむしり、どうにか再起しようとすると――既に顔を上げた視線の先には、ノエル・リューズがいた。

 見下ろしてくる無情な真紅の眼。それを直視してしまった時点で、彼女の敗北は決定している。


「ノエル・リューズが命じる。さあ――俺に従い、忠誠を誓うのだ!」

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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