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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
最終章【傲慢】悪魔ルシファー討伐編/マギア侵略編

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14  原初的な笑み

 青年の苛立ちを隠しもしない声が、薄暗い地下牢によく響いている。


「全く……呼びつけに応じて来てみたら、訳の分からない魔道具で拘束だなんて、無法もいいところだ。誇りってもんを備えずに生まれてきたのか、あんたらは?」


 鉄格子の向こう、壁際に寄りかかってその声を聞いていた女は、溜め息を吐いた。

「魔力灯」のオレンジの光に照らされるのは、腰まで伸びた艶やかな黒髪。

 魔導士の黒ローブと相まって薄闇に溶け込む彼女の顔は、女神の如き美しさを誇っている。

 鋭い目元を彩る青いアイシャドーが、その美貌に妖艶な色を差していた。ローブの下に秘めた二つの果実はたわわに実っており、露出の少ない衣装ながら色香を醸している。


「はぁ……ごめんなさいね。でも、仕方ないの。これが陛下の望みなのだから……」


 腰に収めていたグリップを引き抜き、その先に伸びる鞭を彼女は床に打ち付ける。

 妖しい微笑を浮かべる女に、エンシオ・フィンドラは唇を引き結ぶしかなかった。


 マギア帝国の使者が齎した手紙。そこに記されていたのは、帝位継承権第一位である第一皇子からの会談の打診だった。

「侵略戦争を仕掛けない代わりに、我が国の傘下に入って頂きたい」――皇子のその言葉にアレクシルは迷いはしたものの、世界最強の大国と戦争を行ったところで勝てる見込みは限りなく薄い。国の文化や国民の愛国感情など殆ど興味がないアレクシルは、民の命を守れるならとそれに応じるつもりでいた。

 が……実際に指定された会談の場――スカナディア半島の南方に浮く離島だ――に着いた彼らを迎えたのは、皇子ではなくこの女であった。

 大会議室の扉を開いたのと同時、女が振るった鞭が紫紺の輝きを放ち、その瞬間、彼らの持つ【神器】の機能は完全に停止した。

 謀られた、と気づいた時には既に手遅れ。彼らは女の鞭に打ち倒され、囚われの身になってしまったのである。


「……お父さんに会いたい? 一人じゃ寂しいかしら? ねぇ、坊や」


 ウェットな響きを帯びた囁きに、エンシオは無言を返す。

 馬鹿にされている。もはや一人の王子としてすら見られておらず、容易く手玉に取れる子供扱いされているのだ。

 手足を戒める枷と、それに繋がる鎖の金属音すら立てず、ただ息を潜める青年。

 彼のいる独房の鉄格子にぎりぎりまで身体を寄せ、魔導士の女は蠱惑的に笑った。


「うふふっ……ここに来てからもうだいぶ立つけれど、そろそろ溜まってくるものもあるんじゃないかしら? 欲求に素直になってもいいのよ、坊や? お姉さんが気持ちよくしてあげるから」


「黙れ、色ボケババア! あんたなんかが相手じゃ、勃つもんも勃たねえ!」


「あら、ご不満? 子供の癖に、随分と贅沢なのね?」


 隙を見せたらそこで終わりだと、エンシオは理解していた。

 フィンドラの王子として、彼は絶対に屈してはならないのだ。屈してしまえば、同じく囚われている父のためにも、本国で今も戦っているエミリアや臣下たちの信頼を裏切ることになる。


「ふふっ……面白い子。貴方が敵国の王子でなければ、部下に欲しいくらいよ」


 鞭使いの女は、折れる兆候を微塵も見せない彼の精神力に感銘すら受けていた。

 本当に残念そうに呟く彼女は、鞭を収めると踵を返す。

 背中に刺さる青年の視線を感じながら、女は階段を上って地下牢から退出していった。


(嗚呼、退屈。【神器使い】としてわたくしにやれることがこれしかないのは分かっているけど……戦争に出られるエウカリスたちが羨ましいわ)


 プラグマ・デ・マギア。

 マギア帝国第一皇女にして、女神ヘラの【神器使い】である。

 その力は他の【神器】の能力を無効化するというもの。それ以外に特殊な力を持ち得ない武器だが――【神器】によって戦争が変革している今、敵のそれを封じられる彼女は無二の戦力だ。

 と、階段を上がりきって廊下に出た直後、待ち構えていた部下から彼女は報告を受けた。


「プラグマ殿下、エウカリス殿下から先程通信が」


「お知らせご苦労さま。何かメッセージ預かってる?」


「は、はい。第一艦隊がマーデル沖まで達したそうで……スウェルダ内の工作員からの報告を鑑みて、計画当初のフィンドラ側ではなくスウェルダからの侵攻に切り換えるとのことであります」


「あら、そうなの? 私はフィンドラ側から崩すべきかと思うのだけれど……あの国はアレクシル王に縋りすぎている。かの王が不在の今、フィンドラを制圧するのは容易いはずよ」


 伝言を聞いたプラグマは持論を述べる。

 しかし、その認識は僅かに遅れていた。少し前までなら確かにそうであっただろう。だが、現在は――自己を確立したエミリア王女の下、才気溢れる臣下たちが防衛を固めている。

 例え為政者が代役だろうと、フィンドラの強さは変わらない。いや、むしろエミリアの下だからこそ、国を守ろうと奮起できるのだ。

 

「まぁ、スウェルダもだいぶ揺れているようだし、そこに付け入るのも悪くないと思うけど……どうせなら本気で戦いたいじゃない? 正面からぶつかって、そして叩き潰す。それが可能なだけの武力が、マギアにはあるのだから」


 プラグマは父が築いた国の力が圧倒的なものだと信じている。

 帝は世界の覇者となるべき人間であり、それを叶えられる「英雄」だと断言できる。

 だから、彼女はわざわざ根回しを行ってまで敵国を予め弱らせたカタロンのやり方が気に食わなかった。


「さて……次はアレクシルおじ様の様子を見にいかなきゃね。嗚呼……万が一を考えてのこととはいえ、牢を別にしてると行き来が面倒だわ」


 そう愚痴りつつも部下を連れて足早に移動を開始するプラグマ。

 窓の外の空は、少しずつ白み始めていた。



 イルヴァ少佐は音声通信の魔道具――トーヤらがルノウェルスで使っていたのと同じチップ型――を耳に嵌め、それからノエル・リューズのもとに参じた。

 指示を果たして戻ってきた紫髪の女を、ノエルは無機質な眼で見つめる。

 

「私の失態で敵の突破を許してしまいました。まずはそれを、謝らせてください。厳罰も覚悟の上ですが――私がいなくては、この都市が魔導士どもによって上空から攻められていたのも事実。全ての罰は戦が終わった後、お下し頂きたいのであります」


 玉座に掛ける男の前にひれ伏し、イルヴァは陳謝した。

 だがそれでいて、自分を切り捨てるのはまだ早いのだと付け加えるのも忘れない。

 自分はノエルにとって価値のある人間――それが揺るぎない事実なのだと突きつける。

 

「私の見立てでは、敵側の侵攻は翌朝までないと思われるのであります。敵側の主力のカイ・ルノウェルス、エミリア・フィンドラ、そしてトーヤ……彼ら【神器使い】の消耗は激しい。彼らはコンディションを万全に整えた上で、貴方を討つべく向かってくるでしょう」


 悪魔に対抗しうる戦力が【神器使い】以外にないため、それは確定事項だ。

 本題はここから――何を考えているのか全く読めない淀んだ瞳を見上げながら、イルヴァは続けた。


「夜襲を行いましょう、閣下。この王宮の兵力を総動員して、彼らを火攻めにするのであります。この都市をまるまる炎上させたって構わない――閣下ほどのお方ならば、その力でどの都市のどんな人間だって従えてしまえるのですから。もはや、閣下のいる都市こそが王都なのであります」


 人は持ち上げられれば気持ちよくなるもので、それは自尊心の強い【傲慢】な者により効果を発揮する。

 ノエル・リューズには奇妙な変化があったようだが、彼の欲望に素直な精神性はそのままであろう――イルヴァはそう見込んでいた。


「小官めが独自に入手していた魔道具、『火炎石』なる起爆剤を用いれば、魔導士がいなくとも彼らのそれに匹敵する火炎を起こせるのであります。

 さあ、傀儡どもにお命じください、閣下! 準備は整っております、後は貴方様が強い【心意の力】で念じるだけで、支配下の兵どもは作戦を実行致します」


 イルヴァは強い語気で進言した。

 自分へとノエルの注意が向き続けるように、彼女はここまで長々と台詞を連ねていた。

 

「さあ、閣――」

「お前が入手していたという魔道具、それはどこから仕入れたものなのだ?」


 イルヴァの言葉を遮ってノエルは訊ねてきた。

 その問いに顔色一つ変えずに、女は答える。


「それは、いくつかの行商人からであります。心配せずとも、足が付かないよう配慮いたしましたので――」

「私への嘘に、よく『行商人』という単語を使えたな? スウェルダ国内の流通の全てはリューズ商会が握っている。それは外部からの輸入品に関しても同様だ。そして私が把握している限り、『火炎石』がスウェルダ国内に輸入されたという記録はない」


 ノエルはそう言い切った。リューズの目から逃れた闇のルートでの輸入があったのだ――等、言い逃れは幾らでも出来たはずだったが、余りにもそれが絶対であるかのように言うノエルに、イルヴァの反駁は一泊遅れてしまった。

 そこで見えた隙に、白髪の男は鋭利な刃を滑り込ませる。


「お前が持つ連絡用の水晶にしろ、火炎石にしろ、本来はスウェルダ国内で生産不可能なものだ。フィンドラと繋がっていれば入手は可能だろうが……そのようなことをすれば、軍内で話に上がるはずだ。例えスウェルダ側に漏れなくても、フィンドラ側の者がそのことを吐いてしまう恐れもある。そんなリスク、お前には踏めない。

 ――では。漏洩の危険もなく、輸入路を嗅ぎつけられることもなく、軍事用の魔道具を入手できる手段とは何か」


 イルヴァの表情が固まった。

 それはノエルに秘密が露見してしまうことへの恐れよりも、遥かに大きな「恐怖」を孕んだ顔であった。

 ――言うな。言わないでくれ。この場の音声は、ミラにも聞こえているのだから――。


「【転送魔法陣】、だ」


 しかし、彼女の祈りも虚しくノエルは暴露を始める。

 無慈悲に、残酷に。ゴミを踏みつけるのを躊躇する道理など、彼にはなかった。


「魔導帝国マギア……かの魔導大国から魔道具をお前宛てに直接転送した、と考えれば自然だ。イルヴァ少佐、お前はマギアと内通しているのだろう。私に取り入ろうとしたのも、一少佐に過ぎないお前が急に動き出したのも、マギアからの指令があったから……そうではないのか?」


 あくまでノエルにとっては推測の域を出ない。

 が、それは紛れもない真実であった。

 イルヴァはじっとりと湿った両手を握りしめ、歯を食い縛る。

 玉座から立ってイルヴァににじり寄ろうとするノエルに、彼女は後退りした。

 疑惑を持たれた時点でスパイとしては敗北だ。だが、もうそんなことはどうだっていい。イルヴァが今、願うのは――ノエルの打倒なのだから。

 一歩、二歩、三歩。ノエルの赤い眼を睥睨しながら後退する彼女は、玉座の間の中央の床を踏み、そして――。


「今です、殿下ッ!!」


 あらん限りの声で呼号した。

『玉座の間』の階下に予め設置しておいた「魔法陣」。ノエルがその陣の真上を踏むのと完全にシンクロしたタイミングで魔法を発動するしか、気取られないように魔法を直撃させることは出来ない。

 が――。


「……殿下が、どうしたのかね?」


 ノエル・リューズの顔に浮かぶのは、原初的な笑みアルカイック・スマイル)

 悠然と歩んで距離を詰めてくる男に、イルヴァの額に脂汗が滲んだ。


(何故です、殿下……!?)


 心臓が狂ったように警鐘を打ち鳴らす。

 内心で王女に問いかけながらも、彼女はその理由に最初から気づいていた。

 イルヴァがマギアのスパイだと判明して、彼女が動揺しないわけがなかったのだ。例え彼女がイルヴァに対してどれだけ寛容であったとしても、「敵側リューズ)についていたのが敵国マギア)のためであった」と聞いて許容してくれるなど、夢物語に等しい。

 だからイルヴァはそれだけは隠そうと思っていた。

 リューズの悪事は【悪魔】を討てば終息する問題だが、マギアの侵略はその国が沈まない限り終わらない。一方が滅びるか、一方が下るか……結末はどちらか二つで、両者が相容れることは、恐らくないのだから。


「ミラ・スウェルダを利用して私を討とうとしたのか。考えは面白い。攻撃さえ通れば私を倒せる、その読みは良かったよ。だが……お前が愚かだったばかりに、その作戦は潰えたわけだ」


 イルヴァは腰に差していた小刀を抜き、眼前の男を睨み上げた。

 魔法は使えない。しかし、この状況になってまで、都市を防護することに意味などあるのだろうか?


「リューズを侮ったのが、お前の最大の失態だったな。お前はもう、必要ない――消え失せろ」


 ノエルはイルヴァを見下し、そう唾棄する。彼の目にはもはや、相対する女が醜い肉塊としか映っていなかった。

 瞬間、ノエルの背から膨れ上がるように三対の翼が展開される。

 音もなく忍び寄る闇の魔手。

 冷徹に邪魔者を排除せんとする彼の魔法に、対抗したのは土の防壁だった。


「――おい、イルヴァ! 私が守る、お前が攻撃するんだ!」


「すまない。助かった」


 光魔法を用いて自身の体を透明化させていたグリームニルが姿を現し、二人を囲うように土属性の防壁をドーム状に築き上げる。

 敵の翼が殴りつけてくる衝撃に歯を食い縛りながらも、浅葱色の髪の少年に恐れはなかった。


「大丈夫だ、ノエルは私の防御を崩せない!」


「……信じるぞ、少年。【悪魔】が帝の覇道の障壁となるならば、全力をもって排除するまで!」


 裏切りは慣れている。が、こうして正面から啖呵を切ったのは初めてだった。

 少年と肩を並べるイルヴァは獰猛な笑みを口元に刻み、彼女は発動し続けていた都市の防衛魔法を解除した。

 女を縛る枷は、もうどこにもありはしない。

 小刀を捨て、篭手こてを嵌めた拳に魔力を溜め始めた女は、一言呟きをこぼした。


「【拳の魔女】の本気、見せてやる」


 少年と魔女の共同戦線が、今ここに幕を開ける。



 高等士官たちによる会議が終わり、兵たちが寝静まった夜。

 それぞれ雑魚寝する兵たちの中から数名、ひっそりと抜け出す者がいた。

 見張りを受け持つ兵の一人が、視界の隅に映ったその男に気づいて声をかける。


「おい、そこのお前! 用を足すなら関門から外に出てしてくれないか? カイ陛下の意向で、都市をなるべく汚さぬよう――」


 が、男はその言葉に耳を貸さずに通りの方へ早足に進んでいく。

 不審に思った見張り番は後を追った。何度も声を投じても男が応じる気配はなく、彼は男が何か不審な動きをしたらすぐに押さえられるよう腰の剣に指を添わせる。

 昼間から一転して静寂に満ちた通りに、二人の兵の息遣いだけが響いていた。

 と、何の前触れもなく男が振り返り、


「ご苦労だったな。ぐっすり眠れよ」


 投じられた針が見張りの額に突き刺さり、直後、彼はよろけて地面に膝をつく。

 霞む視界に何が起こったのか把握することも叶わない彼に、男は笑みを贈った。


「さて……言いつけは守らにゃいかん。あの方の拳は怖えからなぁ」


 そう声を震わせる男は、いきなり自分の腹に握り拳をめり込ませた。

 胃液と共に吐き出されたのは、紅の小石。えずく男の口からそれが次々と出てきて、地面に落ちる。

 持ち物検査に引っ掛からないよう、彼ら魔導帝国の工作員たちは『火炎石』を体内に隠していたのだ。『火炎石』は可燃性の人工鉱石であり、非常に激しく燃えるのだが、濡れていると発火しないという特性を持つ。

 口内や胃、さらには肛門から直腸内にまで、とにかく入れられる所に詰め込まれた『火炎石』――それが文字通り日を吹く時が、来た。


(これから西区画は火の海と化す。ふひひっ……自分たちが張ったバリケードが仇になるぜ、【炎の王】さんよぉ)


 体内に仕込んでいた火炎石の全てを出し切った男は一人、下卑た笑みを浮かべた。

 彼は地面に置いたその石に手のひらをかざし、風魔法で微弱な冷風を起こして乾かしていく。

 そうして手早く準備を終えた男はそれをポケットに忍ばせ、その場から移動しようとした。


「ちょっといーい、お兄さん?」


 が、その時――何者かに背後から腕を掴まれ、目を剥く彼はがばっと振り向いた。

 そこにいたのは、ピンク色の髪をしたハーフエルフの少女だった。魔導士の黒ローブを身にまとった見覚えのない彼女に、男はすぐにフィンドラの戦士であろうと当たりをつける。

 目撃者を排除するべく彼は即座に懐に手を突っ込み、毒針を取り出そうとするが、


「お痛するならお仕置き。お母さんに教わらなかった?」


 ハーフエルフの少女がにこりと笑うと同時、彼の両の手首と足首に氷の輪がかかる。

 絶対零度の枷に顔を蒼白にさせる男は、指先が動かなくなっていくのを自覚しながら少女に訊ねた。


「いつからいたんだ、てめぇは」


「貴方が恥ずかしい姿で『火炎石』を出し始めた頃かな。

 ――ルノウェルス軍の兵士の中に、奇妙な魔力反応を示した者が数名紛れているのは把握していた。本来、魔道具なんて支給されていないはずの兵士たちからその反応が見られるなんて、通常は有り得ない。軍に所属する魔導士のデータはオリビエ氏が詳細に纏めているそうだけど……彼らは国防のためにルノウェルスに残留している。……じゃあ貴方たちはいったい何者なのか? この戦争が始まった直後から、私はそれを探るために『虫』を付けていたんだ」


 四肢が硬直していき、逃走が不可能になった男は盛大に舌打ちした。

『虫をつける』とは魔導士特有の隠語で、「追尾魔法」をかけることである。発動した際の小さな光の粒が対象の周囲を回る様子が、飛んでいる羽虫に似ていることからそう言われる。


「いつから虫をつけていた? 俺たちに気取られないように、どうやって?」


「敵にわざわざ技術を漏らすわけないでしょ? さ、そのばっちい『火炎石』は没収だよ。今頃は貴方のお仲間たちもお縄にかかっているんじゃないかな」


 ティーナは男の言葉を封殺し、男のポケットを弄ってその魔道具を奪取した。

 魔力の魔力反応を一定範囲からから割り出せる魔道具、【顕現の水盤】。盤に向けて詠唱し、魔力をそこへ送り込むことで、水に映る遠く離れた対象へと魔法をかけることが出来る『フィルン魔導学園』の最新の発明品。それこそが今回のカラクリであった。


「……ふぅ。貴方たちは武装解除させた上で捕虜にする。私はルノウェルスの軍法に詳しくないから何とも言えないけど、それなりの罰は覚悟しときなよ」


「……言われなくとも」


【顕現の水盤】に類似する魔道具は、もちろんマギア本国にもある。敵側に同じものが存在すると男が考えもしなかったのは、ひとえに彼らマギア人が他国人を見下しているためだ。

 イルヴァがリューズを侮ったのも、根底にあるその思想の影響が大きかったのだ。

 だが――それきり押し黙った男を連行するティーナもまた、スウェルダの兵たちを「魔法も持たない弱者たち」と下に見ていることは否めなかった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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