14 白い炎
ルーカスさんは腰に剣を差して立っている。その姿は中々様になっていて、格好良かった。
「……お願いします」
僕はルーカスさんに頭を下げた。
ドクドクと、心臓が脈を打つ。
「よく来てくれた、トーヤくん。早速だが、君に剣の稽古をつけてやろう。だが、実はそんなに時間はないんだ。三十分くらいで今日は終わりにしようと思う」
ルーカスさんは抜剣した。反りがかかった長い銀色の刀身が顕になる。
その剣には独特の文字列のようなものが刻まれていて、何だか不思議な雰囲気だった。
「変わった剣ですね」
「そうだろう? この剣はな、鬼蛇の剣なんだ」
……これが、母さんの故郷の国の剣。
故郷の懐かしさを感じるとか、そんなことはなかったけど……見ていて思わずうっとりしてしまいそうな、そんな不思議な魅力があった。
「【カタナ】というんだ、この剣は。切れ味がとても鋭いのが特長だな」
ルーカスさんは愛でるように【カタナ】の刃に指を沿わせた。変わった形の【カタナ】は、キラリと光る。
「美しいですね……」
「ああ。……さあ、始めるぞ。トーヤくん、君も剣を抜け。まずは使い慣れたそのナイフでいい」
ルーカスさんは【カタナ】から目を離し、僕の【ジャックナイフ】を指差す。
まず最初に、僕の実力を見ておこうということなのだろう。
僕は父さんから授かった愛武器【ジャックナイフ】を抜き、柄を持つ手に力を込める。
「俺と、一勝負しよう。手加減は無しでいい」
ルーカスさんは余裕の表情。
僕は【ジャックナイフ】を構え、柳眉をきっと吊り上げた。
「いい顔だ。……来い!」
「行きますッ!」
僕はルーカスさんとの間合いを一瞬にして詰める。
ルーカスさんは僕の瞬発力に僅かに怯みを見せたが、直後、【カタナ】で僕のナイフを受け流した。
「はっ!」
ルーカスさんは剣を振る。
僕は、すぐさま飛び退いてそれを躱した。
「ストップ! 一旦、動きを止めてくれ」
ルーカスさんが声を上げ、僕はその場に立ち止まった。
「僕の動き、何か変でしたか?」
僕が訊くと、ルーカスさんは首を横に振った。
「いや、動きはいい。驚いたのは、そのスピード、瞬発力だ。この俺でも一瞬ビビってしまうくらいのな。そこは、良いところだ」
僕はナイフを片手に、汗をかいた額を拭った。
誉められたのは嬉しい。使用人の服装が結構動きやすかったのもあるけど、速さは僕の数少ない取り柄の一つだ。
でも、一旦止めたのは何か問題があったからだろう。
「ただ……戦い方が少々気になった。君は最初からいきなり俺に突撃してきたが、いつもそんな感じなのか?」
ルーカスさんは問う。
僕はこれまでの戦いを思い起こした。ミノタウロスの時も、マティアスの時も、まず始めに相手に突っ込み攻撃をした。
だが相手はその攻撃を弾いたり、受け止めたりして、逆にこちらが押し返されるようなこともあった。
「はい……いつも、そうでした」
「君には、パワーが足りないんだ。素早いだけではどうにもならない。勿論速さも大事だが、剣と剣のぶつかり合いで最も重要なのは、スピードと、何よりパワーだ。君の剣は【魔剣】のようだが、常に【魔力】を使うのは効率が悪い。君には、【魔力】無しでも充分押し勝てるくらいのパワーが必要になる」
ルーカスさんの言葉は正しかった。
僕には、パワーが足りない。【魔力】になるべく頼らない戦いが出来るよう、修練していかなければならないんだ。
僕は気持ちをビシッと引き締めた。
「はい。確かに、その通りです」
「そうだ。だから、君には基礎的な筋力トレーニングを毎日必ずやってもらう。一日十五分でいい。実は体力がつけば、次第に【魔力】も上がっていくんだ。知っていたか?」
ルーカスさんは芝生に腰を下ろし、立ったままの僕を見上げる。
「いえ……初耳でした」
「そうだろう。知らない人は意外と多くてな。俺は親父に教わって剣を始めたが、それからは魔法が以前よりも上手く使えるようになったんだ」
日が、沈んでいた。少しの時間に感じられたのに、この時間はもう終わりを告げようとしている。
「トーヤくん……少し、話をしないか」
ルーカスさんは言う。僕は頷き、彼の横に腰を下ろした。
「俺はな……親父の話を聞いて、君がどんな奴か、会ってみたくなった。正直に言うと、【神器】を持つ少年と聞いてかなり心が沸き立っていた」
僕はルーカスさんの横顔を見つめる。僕にお兄さんがいたら、こんな感じだったのかな。
「ところが会ってみたら、そいつは細身の小柄な少年だった。実は俺はあの時、少し拍子抜けしていたんだ」
「それは……そう、ですか」
「【神器】を持つくらいだから、物凄くでかくて強そうな奴が来るのかと思い込んでてな。でも会ってみたら、これだもんな」
ルーカスさんはケラケラと笑う。
僕は、少しムッとした。
「そ、それは、それでも良いじゃないですか」
「まぁ、人を見た目で決めつけるのは良くないからな」
「そうですよ! ……ええ、そうなんですよっ!」
「ははは、そう敏感になってしまってもしょうがないな。俺たちだって、この白い髪のせいで苦労したし」
彼らも、僕と同じように苦しい思いをしてきたんだ。でも彼らは、自分たちの実力で地位を築き上げ、今ここまで至っている。
「でも、今でも俺たちを後ろ指を差して見る人はいるもんだよ。まぁ、それでもな……。――話がそれたな、もう時間があまり無いから、俺から一つ、頼みごとをさせてくれ」
ルーカスさんは僕の肩をがしっと掴む。僕はドン、と衝撃のようなものを感じた。
僕は驚いてルーカスさんの赤い目を見る。
彼の目は、炎のように燃え上がっていた。僕を怯ませる程の、強い目力。
「俺は近いうちに【神殿】攻略に出ようと思っている。その時は、力を貸してくれないか?」
僕は頷くことも、首を横に振ることも出来なかった。何故だろう、体が動かなかった。
「トーヤくん、どうなんだ? 俺について来てくれるか?」
「そ、それは――やれるとは、まだ断言はできません」
僕は掠れた声で答える。この不安感は、何なんだろう?
ルーカスさんは、明らかにがっかりした顔になった。彼は立ち上がると僕の肩に手を置き、言う。
「そうか。俺と一緒に来る気になったらいつでも言ってくれ」
そう言った時の彼の表情はわからなかった。ルーカスさんが僕に背を向けて歩き去る足音だけが、この場に残った。
エル……彼女に、今のことを言おう。リューズには、何かある。
これは僕の勘でしかなかったけど、本当に、何か巨大なものの気配がしたんだ。




