10 炎の王
【スウェルダの巨神】。
スカナディア地方で最強を誇る彼らは、長きに渡ってスウェルダの武の象徴として栄光を浴びてきた。
領土を勝ち取り、侵略者を退け、国の発展に貢献し続けた伝説の部隊。
そんな彼らの登場は、民家に潜むしかなかった住民たちに希望を与えた。
「エミリア様のために! 何としてでも突破する――ッ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
指揮官の鼓舞に雄叫びで応える戦士たち。
都市の住民たちが雷鳴だと錯覚してしまうほどのその轟は、洗脳下にある敵兵たちを圧倒した。
燃え上がる闘気に、迫る槍衾。今、リューズの兵たちの前に現れているのは、誇張抜きにして「怪物」だった。
「怯むな! 盾、構え――ッ!!」
敵の進路を阻むように大盾が横一列に並べられ、幅20メートルほどの通りを塞ぐ。
が、それらは無為な行為でしかなかった。
最高の突撃力を持つ部隊が、王女の魅了によって命を賭すことも厭わなくなった――それがもたらす結果は語るまでもない。
悲鳴が散った。
その槍は大破した盾もろとも敵兵を貫き殺し、倒れた兵を踏み越えて新たな屍を生み出す。
「待て、止まれっ、命だけは――」
最後の一人の絶鳴は、打ち上がった歓喜の咆哮に掻き消された。
「王女様、やりました!」「王女様!」「王女様ァ!!」
血と骸に塗れた道に立つ兵士たちは、主からの褒美を渇望する。
洗脳されているとはいえ、自国の兵士を躊躇なく殲滅した【スウェルダの巨神】。武勇と人情を兼ね備えたかつての姿はそこにない。
王女のためなら阻む者全てを容赦なく討つ――それ事態は正しい忠義であるはずなのに、窓から彼らを覗き見た民たちは違和感を覚えずにはいられなかった。
王女の狂信者たるファランクスの進撃は止まらない。
鬨の声を上げて次なる敵へと向かっていく彼らは、もはやエミリア自身にも制御できなくなっていた。
*
ファランクスが敵陣を突破したのと同時刻、カイもトーヤと共に東側の進路を切り開いていた。
炎を纏う青年の剣舞は、一挙手一投足に無駄がない。精錬され、かつ人間離れした速度の技に、敵の兵士はまともな反応さえできずに倒れていく。
カイは決して止まらない。敵との接触は最小限に、すれ違いざまに急所を的確に斬る。
勇猛に路を突き進む青年王の背中に、僅か500名まで減らされた第一旅団の兵たちは奮い立った。
気合に満ちた叫びを放ち、敵兵と切り結ぶ彼らは、実力的には相手より劣るはずであったが――押している。
「いいよ、皆! 僕たちなら勝てる! カイ陛下の後に続くんだ! さぁ、全力で行こう!」
兵たちに力を与えているのはカイの姿だけではない。
トーヤの鼓舞――戦場にありながら快活に微笑む彼の声を聞いていると、不思議と胸の奥底から熱いものが湧き出るのだ。
勇気、信頼、闘志……そういったものを彼は膨らませてくれる。カイとは違った形で人々を力づける才が、少年にはあった。
「迷うことなく戦場に咲く! それが僕たちのあるべき姿だよ! 使命を果たすために、平和を掴むために、戦い抜くんだ!」
少年の振るう黒い槍は、兵たちを導く戦旗となっていた。
何者をも寄せ付けない槍術。そのリーチに入った者は生きて戻れず、その騎馬が通過した後には血溜まりが残る。
白髪を紅に染める【神化】の少年は、立ち込める血の香りに覚悟を決めていた。
人を殺す葛藤も、罪悪感も、戦場では要らない。ノエルを倒すまでは、そんな感情は捨てなければならないのだ。そうでないと、勝てない。敵側は最初から、そんな足枷を掛けられていないのだから。
「このまま直進すれば王宮だ! どんな敵が来ようが、突破する!」
カイの視界の奥にはすでに、黄金に彩られた王宮が見えている。
だが、その手前で大通りを占拠する兵たちの存在を無視することはできない。
彼らはノエルが置いた肉壁だ。もとより神器使いに突破されることは分かった上での、時間稼ぎの布陣。
時間稼ぎさえ出来ればカイたちへの対処が可能だ――裏を返せば、ノエルはそう示しているといえる。
(都市外から聞こえてくる怪物らしき声に、戦闘の音――気がかりだな。もし、怪物にやられて増援が来なかったら? ……いや、信じるんだ。あいつらなら必ず来てくれる)
懸念材料はいくつもある。だが、カイは頭を振ってそれらを思考の範囲から外した。
目の前の敵だけに集中する。それが、カイのやるべきことだ。
魔力残量に余裕はない。馬なしで駆け抜けてきたため、体力もごりごりと削られている。
それでも――
「【其は裁きの炎。獄炎の剣。我が呼び掛けに応え、大いなる業火を齎せ】」
詠唱を始める。
疾駆しながらも呼吸は乱さない。玲瓏に神への祝詞を捧げ、剣に魔力を溜めていく。
「【一の供物、我が魔力。二の供物、我が身体。三の供物、我が心】――」
それは彼が初めて使用する魔法であった。
使用者の命を削れば削るほど、威力を増す火炎の技。
加減を誤れば死ぬ。だが、カイに躊躇いはなかった。
誰もが命を懸けている。誰もが必死に悪魔に抗っている。そんな状況で、自分だけが「生きて帰りたいから」なんて言っていられない。
「【我が名はカイ・ルノウェルス、神ロキの代行者。放て、粛清の火焔】――【レーヴァテイン】!!」
武器と同一の名を持つ魔法名が唱えられ、瞬間、走るカイの前方にいる兵士たちの足元に真紅の魔法陣が輝く。
「燃やし尽くせぇ――ッ!」
そこで剣や盾を構えようが、どれほど頑強な防具を装備していようが、関係ない。
回避の猶予も与えない即時発動。
通路に陣を敷いていた兵士たち全てを射程範囲に収めた、出鱈目な規模の魔法陣から放たれる爆炎――紅き柱となって天へ燃え上がるそれは、刹那にしてそこにいた者を灰燼に変えた。
兵士も住民も一纏めに焼け死んだ。その大魔法を撃った当人は、肩を激しく上下させ、荒く息を吐きながらも進み出す。
そして背後を振り向き、消し炭になった通り一帯を呆然と見つめる仲間たちへ彼は声を投じた。
「お前たち、ぼさっとしてんな! 道が開けた今が好機、敵の援軍が来る前に王宮に到達するぞ!」
「「「ぎょ、御意!」」」
ルノウェルス兵たちはトーヤの後に続いてカイを追ったが、主の消耗しきった姿に心配を隠せない。
息を切らし、足を引きずって歩く青年の姿と、彼の魔法によって引き起こされた惨事――この二つを目にした兵たちの動揺は大きかった。
八足馬を降りたトーヤはすぐにカイのもとへ駆け寄り、彼に肩を貸した。
「カイ、大丈夫? 少し休んだほうが……」
「ダメだ! 一刻も早くノエルを討たなければ、ルノウェルスの二の舞になってしまう! それだけは……それだけは、許せないんだよ」
少年の腕を振りほどき、歩調を早めようとするカイだったが、足に力が入らずに体勢を崩してしまう。
よろけたカイの腕を咄嗟に掴んで引き上げたトーヤは、語気を強めて彼に訴えた。
「いや、休むべきだ。君は自分の手でノエルを討ちたいんだろうけど、今の状態じゃ明らかに無理だ。それどころか、王宮に突入することさえ出来ない」
青年の青い瞳が揺らぐ。現実を突きつけられて反駁の言葉を失うカイに、トーヤは矢継ぎ早に続けた。
「さっきの広場に戻って、そこを拠点にするんだ。封鎖状態にあった都市の西側を取り戻す……それだけでも十分な成果だよ。後続を円滑に投入できるよう、エミリアさんと協力して地盤作りを行う。王宮への突入は明日以降に回そう」
「だ、だが! …………いや、お前の言うとおりだ。この状態じゃ何も出来ない」
気持ちでは今すぐに王宮のノエルを討ちたい。だが、理性の目で自分を俯瞰すれば、それは誤った選択だと認めざるを得なかった。
トーヤに支えてもらいながら部下たちを振り返ったカイは、掠れた声をどうにか張り上げて指示を下す。
「一旦、後退して広場を拠点とする! そこで第二旅団と合流、都市西区角を完全に制圧する!」
トーヤのスレイプニルに乗せてもらったカイの、それからの行動は迅速だった。
前方の敵部隊が壊滅したことで、後退における背中を刺されるリスクは回避できている。500名の兵たちと共に西の大広場へ戻った彼は、通信の魔道具でエミリアに連絡を取った。
エミリアは【魅了】で広場の北へ続く通りの敵兵たちを従え、そこを占拠することに成功していた。カイから状況報告と計画の変更を聞いた彼女は「承知しました」と答え、兵たちに突貫のバリケード建設を命じる。
【スウェルダの巨神】たちも同じく、市壁まで南側へ直進する通路を制圧し、バリケードの工作を始めた。
「カイ! 良かった、無事か!」
と、顔を綻ばせるのはルプスである。
彼が総指揮官を務める第二旅団は西側面からの怪物の襲撃に見舞われようとしていたが、フィンドラの戦士たちの護衛、迎撃によって難なくここまで辿り着けた。
3500名の第二旅団が加わったことで、都市西区角の奪還はより確実になる。
カイは仲間たちと滞りなく合流できたことに感謝しつつ、友である獣人の男を迎えた。
「ああ、何とか生きてる。第二旅団に人的損害はなし……上出来だ。日が沈む前にストルムの西区角を奪還、ここを拠点に夜を明かす」
「その案は賛成だが……お前まで兵と一緒に夜を明かすとか言うなよ? ちゃんと食ってちゃんと寝て、体力と魔力を養っておけ」
「分かってるよ。無理はしない」
今日はもうまともに戦闘できないと、カイも自覚していた。あとは指揮に徹し、西区角の奪還が済み次第、休息する。
自分の状態を認め、管理しようとしている青年王の姿に、ルプスは深い感慨を抱いた。
以前までの彼なら、王としての使命を果たすために無理をしていたはずだ。それがいつ切れるとも分からない綱渡りだと、承知していながら。
だが、今は違う。王が弑逆された怒りを原動力に戦っていつつも、一歩引いた目で自分を見つめることが出来ている。
「ルプスさん、ここからはあなたに全体の指揮を預けます。今のカイは魔力の大量消費によって、判断力が低下している。彼は指揮くらいなら出来ると言いましょうが……大事をとって休んでもらいましょう」
カイに代わって頼んでくるトーヤに、ルプスは快諾した。
それからカイとの少々の連絡事項を消化した獣人の男は、士官たちを集めてそれぞれに短く指示を出す。
手早く仕事をこなしていくルプスの様子を横目に、カイはスレイプニルの手綱を引くトーヤに訊ねた。
「おい、トーヤ……お前はルプスについて行かないのか?」
「うーん、軍隊の指揮系統に、僕みたいな部外者はノイズだからね。僕がルノウェルスの兵たちに認められてるのも、君の意思があってこそだ。彼らに対して鼓舞しかしてあげられない以上、ここは一旦おやすみかな」
淡々と答えるトーヤにカイは頷く。
少年が最も輝けるのは隊列に縛られない乱戦だ。既に通りの敵を排除済みの市街地の制圧がそうならないことは明らかなため、適材適所の観念から見れば彼の言い分は妥当といえた。
「……だけど、外がちょっと気がかりだね。様子を見に行きたいのはやまやまなんだけど……」
仲間たちは今も怪物たちとの戦闘を繰り広げている。自分だけがここに残ることへの後ろめたさが、トーヤには全くないとはいえないが――これが、役割なのだ。
最前線でカイやエミリアと共に戦い抜くことこそ、トーヤの最優先すべきことなのだ。
「あっ、そこの兵士さんたち、天幕を張ってくれませんか。カイ陛下に休んで頂きたいので」
関門から物資を運び入れていた兵士たちにトーヤが声をかける中、カイは視線を王宮のある東へ向ける。
黄金の王の居城を睨み据え――絶対に敵を撃つ、とカイは関節が白く浮き出るほど強く拳を握り締めるのだった。
*
イルヴァ少佐は一人、ルノウェルスの兵たちの目の及ばない東の市壁上から都市を眺めていた。
「西区画の奪還はもはや避けられない。西の市壁を守る部隊は壊滅。都市に残った兵どもをかき集めても、あれだけの兵の侵入を許してしまった以上、押し返せる可能性は低い、か」
溜め息を吐く。
失望、諦念、疲弊、哀切……様々な感情が綯交ぜになった息だ。
「軍人でもなく、兵たちからの信望は皆無。魔法で従わせただけの駒を使い捨て、挙句、敵の数と【神器】に押されてしまう。……失敗でありますな、ノエル殿。あぁ困る、これでは殿下にお仕置きされてしまいます」
彼女は両手で頭を抱え、芝居がかった動作で天を仰いだ。
イルヴァの張った外部からの魔法を遮断する防壁は、未だ破られていない。が、この魔法には威力、範囲の大きさと引き換えに、一つの重大なデメリットがあった。
防壁の発動中は他の魔法を一切使えない。
それが彼女に科せられた制限だ。ノエルの支配下にあるスウェルダ兵たちを自由に扱えるとはいえ、魔法もなしに彼女がルノウェルス側に勝てる算段は皆無に等しい。
そもそもイルヴァは指揮官ではなくスパイなのだ。敵国の「王」――この場合はノエル――に寄生して自国に都合いいように動かすのが彼女の役割。だが、そもそもその「王」に「王」たる力が備わっていなかったのだから、彼女は初めからハズレくじを引かされていたようなものだ。
「負け戦をのうのうと眺めているのも面白くない。とはいえ、他にやれることもないし……少し、行動を変える必要がありそうか」
スパイ活動にイレギュラーは付き物だ。この程度の誤算で全てを諦める彼女ではない。
この戦場にある、あまねくものを活かすのだ。敵も味方も関係ない。使えそうなものは、手当たり次第。
思考を巡らせていく中で思い至った人物は二人だった。
一人は数時間前に自分がしてやられた浅葱色の髪の少年。彼の目的はよく分からなかったが、ノエルに利する者でないのは確かだ。しかし、そんなことは関係ない。彼はイルヴァより強力なスパイであり、帯びていたオーラから察するに魔導士としてもそれなりの実力を有しているはずだ。
そしてもう一人は、牢に囚われた王女、ミラ・スウェルダ。【神器使い】である彼女は戦力としても十分であり、拘束されて弱っているため接触は容易だ。
だが、結局は彼らを操るのにはノエルの【服従の魔法】が不可欠である。
「他力本願でしか目的を果たせない寄生虫……だけど、それでも構わない。私の行動の結果、マギアが勝てればそれで十分なのだから」
イルヴァは自嘲など一切しない。人を騙し、人を裏切り、人を好き勝手利用する生き方が汚いものだとは思っていない。胸を張って、これが己の生き様だと主張できる。
市壁内部の階段を下り、路地裏へ。暗く人気のないそこを駆け抜けた彼女は、息も乱さずに王宮を一直線に目指していく。
空は雲に覆われ、風は凪いでいた。西から兵たちの喧騒が響いてくる中、住民たちは死んだように気配を潜めている。
この時、彼女はまだ知らなかった。ノエルが用意した本当の切り札を。
だが、知らないのは幸いだったかもしれない。たとえそれを察知していたとしても、彼女にやれることは何もなかったのだから。
*
スウェルダ王宮『王の間』にて。
玉座にゆったりと背を預ける白髪の男に、一人の女が話しかけた。
「……なかなか優れた魔導士が味方にいるのね、ノエル?」
煌めきを帯びて流れる金色の髪に、青の瞳。黒いローブの上からでも分かる細く優美な身体のラインに、豊満な双丘。その顔立ちは絵画が現実になったかのような、俗世離れした美しさ。
シル・ヴァルキュリア。
【永久の魔導士】という異名を持つ、『組織』の首領の女である。
「ああ。ただ、あれは臭い」
【転送魔法陣】を用いてこの場にやって来ていたシルは、イルヴァの実力に感嘆していた。
イルヴァの防壁は、彼女が認めた者だけは自在に通す。単純な防壁を生み出すのは簡単だが、こうして様々な条件を設定できるのは魔導士の中でも高位の者に限られるのだ。
ノエルは彼女に頷きながら、不愉快そうに眉間に皺を刻む。
【服従の魔法】が効かない、強い【心意の力】を宿した魔導士――だが、イルヴァが単なる強者ではないことに彼は感づいている。気を抜けばいつ背中を刺されてもおかしくはない。
「……で? 私に何をお望みかしら?」
微かな笑みを口元に湛え、シルは訊ねた。
ノエルの傍らにいる彼女の立ち姿に、力がこもった様子は見られない。
まるで試すかのような視線を向けてくるシルに、ノエルは繕った笑みで答えた。
「悪魔の力をさらに引き出したい。今のままでは足りないのだ。私の支配、私の王国を築くには……絶対的な限界という壁がある。――それを超える方法を教えてくれないか、シル?」
「あなたが私を頼ろうというなんて、意外ね。これまで私を遠ざけてきたくせに」
くすくす、とシルは肩を小刻みに揺らした。
唇を尖らせ、娼婦のように甘い声を出してノエルの肩に額を擦り寄せる。
それが油断を誘うための演技だと分かりきっているノエルは、不快感を内心に封じ込め、静かな口調で応じた。
「出来ることなら取りたくなかった手段だがね。トーヤ君たちの動きが思ったよりも迅速だった。まさか、私が王となった翌日にルノウェルス軍まで引き連れてくるとは……本当に彼には驚かされる」
「ええ……彼は運命に導かれた、特別な子供なの。【原初の神】から続く、超常の力を宿した子。ノエル、あなたにとって彼は最大の障害となって立ちはだかるでしょう」
シル・ヴァルキュリアの肉体には、イヴとシル自身の魂が同居している。
現在、彼女の精神の表層に現れているのはイヴの魂だ。彼女が望むものは不変――世界の支配、管理。それだけだ。
【ユグドラシル】は結果として崩壊し、イヴの求めた新世界が生まれた。だが、そこに支配者の席はなかった。
――世界は私の為にある。私こそが世界の支配者でなくてはならないの。
悪魔を復活させ、【悪魔の心臓】をも目覚めさせ、不完全なこの世界を破壊する。
そしてその後に生まれた新世界で、彼女が真の王となるのだ。
枷となりうるリリスの魂は、この身体から追放した。元々の肉体の主であるシルの魂を引き剥がすまではいかなかったが、それも殆どの時間、押し込めることが出来ている。
「そして、ノエル……トーヤ君にとっての最大の障壁となるのは、あなたよ。うふふ……悪魔の力を解放する術、教えてあげる。簡単よ……少し、頭の中を弄るだけでいいんだもの」
ノエルの背筋に寒気が這い上がった。
女の白く冷たい手が自身の体内を蹂躙していく、そんな幻覚が一瞬脳内に閃き、消えていった。
だが、その悪寒はすぐに武者震いへと変わっていった。
「くく……く、くくくくっ……! 力が得られるのならば、何だって構わないさ。俺は覇者になる男だ――全てを見下し、支配する! そのためなら手段だって選ばない!」
ノエルの欲望は際限なく溢れ、止まることはなかった。
自分の手を取ってきた彼に、シルは慈愛に満ちた微笑みを贈る。
「ふふっ……さあ、目を閉じて、力を抜いて?」
玉座の前で男を見つめ、シルは囁いた。
儀式が始まる。人の心に干渉し、狂わせる禁術が――。




