9 僕らの怪物戦争
先遣隊であるカイたち第一旅団の後に続いていた第二旅団。
彼らを率いる獣人の男――ルプスは、突如西の方角から響いてきた咆哮に耳を疑った。
割れ金のような雄叫びに、甲高く耳をつんざく鳴き声、唸りを上げる重低音――様々に入り混じる、統一性の欠片もない声の数々。
獣の声ではない。異なる種が一箇所に集って人の群れに近づこうとすることなど、決してあるはずがないのだから。それは怪物に限っても同じことだ。
そこから導き出される解は一つ。
(【異端者】が現れたか。恐らく、ノエル・リューズとやらの仕掛けで……)
「る、ルプス殿! これは一体!?」
「お前ら落ち着け! 隊列を乱すな、前進し続けろ! フィンドラの戦士たちを信じてやれ!」
騎乗しているルプスを見上げ、彼の部下たちは錯乱も露に訊ねてくる。
そんな彼らにルプスは強い語気で指示を浴びせた。
余計なことは考えなくていい、お前たちはただ使命のために戦え。有無を言わせぬ獣人の上官の言葉に、兵士たちは口を閉ざして足を早めた。
(頼むぞ、【神器使い】たちよ……!)
望遠鏡で西方を確認したルプスは、そこに映った蠢く影たちに顔をしかめる。
可能ならば彼もそこへ飛んでいって戦いたい。だが、今のルプスには立場があった。部下たちを指揮し、彼らの命を預かるという役割が。
第一旅団が敵の策に呑まれ、混戦を強いられていたという状況も見過ごせない。斥候によれば、エミリアの魔法でどうにか場の混乱は収まったようだが、彼らが受けた被害は甚大だ。
いち早く彼らのもとに合流し、戦力の補強を図らねば、彼らも進んだ先で袋叩きに遭ってしまうだろう。
行軍を速めるルプスは、助っ人として参戦している少年たちが怪物たちを打ち破ってくれることを祈るしかなかった。
*
「また怪物なの!? この前のルノウェルスでも出てきたから、何となく予感はしてたけど……!」
そう忌々しげに眉間に皺を刻むのはユーミだ。
【過去の杖】を肩に担いで西の方角を見やる彼女は、並走していた部隊の士官に一言告げてその場を離れる。
それは第二旅団と行動を共にしていた他の【神器使い】たちも同じだった。
ノルンの【神器使い】――現在のジェードと未来のシアンもまた、それぞれに思いを抱きながら疾駆する。
(現れたのはきっと【異端者】だ。彼らは『組織』と繋がってる。でも……くそっ、あのガーゴイルは、また仲間の暴走を止められなかったってことかよっ……!)
ジェードはあのガーゴイルの言葉に嘘はなかったと確信している。
過ちに気付いて声を上げても、たった一体ではどうにもならなかった――今回の事態に関しては、そういうことなのだろう。それが無性に悔しかった。
「シアン、ユーミ!」
ほどなくして二人と合流したジェードは、街道から外れた無舗装の荒涼とした平地をひたすらに駆ける。
焦燥からか力みすぎているように見える獣人の少年に、ユーミは背後から声を投げかけた。
「ジェード、いきなり飛ばしすぎよ! 焦るのは分かるけど……ここから怪物たちまでは2キロ強の距離がある! ここは落ち着いて魔力を練って、迎撃に備えるべきじゃないかしら?!」
「っ、で、でも――」
「一人で行っちゃダメです! 私たちの【神器】は単騎での戦いに向いてない、仲間と歩調を合わせないと真価を発揮できないんです! だから、離れないで!」
制止するユーミの提案にもジェードは難色を示すが、次いで発せられたシアンの言葉に足を止める。
ジェードのもとへ駆け寄ったシアンは、ぎゅっと彼の手を握り込み、その陰る横顔を見つめた。
「何か、心配事があるんですか? いつものあなたじゃない、ように見えます」
「いや――何でもない。ちょっと、熱くなりすぎただけだ」
頭を振ってジェードは答えた。シアンは具体的なところまで追及しようとはせず、幼馴染であり恋人でもある少年に笑みを向けた。
「分かればいいんです。『怪物の子』たちや傭兵団の人たち、それにリオさんやヒューゴさんたちと共に戦う――今やるべきことは、それだけです」
砲声を放ちながら、大地を震わせて進撃してくる巨大な怪物たち。
彼らに対し、毅然と杖を構えてシアンたちは仲間の到着を待った。
それから間もなく、第二旅団に割り当てられていたフィンドラの戦士たちが続々とシアンたちのもとへ合流していく。
第二旅団は、今回の作戦において最も人員の多い部隊である。カイたちの先遣隊が切り開いた道を、圧倒的な物量で制圧する――盤面をひっくり返せないほどに固めるのが、彼らの主たる役割だ。
だからこそ、ノエルはここで【異端者】たちというカードを切った。彼らまでもが都市に到達してしまえば、自分たちの敗北は確実になってしまうから。
逆に言えば、彼らを阻みきれば都市内に残された第一旅団の者たちを叩き潰せる。第一旅団とエミリアが従えたファランクスの人員は1000名ほど。市壁内に限れば、ノエル側に数の利がある。
ストルムとその周辺一帯には平地が広がっており、地形を活かした戦略は取りづらい。この戦いでものをいうのは「物量」と「魔法」、この二点だ。
ルノウェルス側は10000の軍勢を用意し、さらにフィンドラから優れた魔導士を多く呼び込んでいる。誰がどう見ても勝ちうるのは彼らだと思うだろう。
しかし――ノエルはルノウェルス陣営が握っていない「武器」と、彼らの常識を破壊する「策」を持っている。
そのうちの一つである【異端者】たちが、今ここに暴威を振るおうとしていた。
怪物の軍団の中に、一人の女が佇んでいる。
全身鎧を纏ったシルエットは人間そのものだが、背中に折り畳まれている蝙蝠のような翼、腰部から垂れ下がる鱗の尻尾は、彼女が竜人であることを物語っていた。
異端者たちの共同体を束ねる長――『エキドナ』は、怪物が人間を殺戮することで彼らを畏怖させ、自分たちが地上の覇者となることを理想としている。
しかし、竜人の女にはその望みなどどうだって良かった。
彼女が求めるのはただ一つ、闘争だ。
異端者の誰よりも強く生まれついた意味は何だ? この力は何のためにある? それを考え抜いた果てに導き出された答えこそが、「戦うこと」であった。
ドリス・ベンディクスのような崇高な理念も復讐心も、彼女は抱いていない。喪われた過去は二度と戻らないのに、それに執着するなど馬鹿げているとしか思えなかったのだ。
ただ強い者と戦いたい。自分の限界を知りたい。そして、それを超えてさらなる境地へ達したい。
雑魚を蹂躙して得る快楽など、安物の酒にも満たない――前方にあるルノウェルス軍の旅団を眺め、彼女は退屈そうに溜め息を吐いた。
「行くぞ、お前たち。その衝動の赴くままに、人間どもを皆殺しにしろ」
彼女が腰から抜き放ったのは、紅の鞭。
鋭く地面に打ち鳴らされたそれに、彼女の統制下にある理智を持たない「怪物」たちが呼応するように雄叫びを上げた。
「吹き飛べ――【風穹砲】!」
エルフの玲瓏な詠唱と同時に、撃ち込まれる風の砲弾。
一直線に突き進むその遠距離攻撃は、怪物たちが彼女らへ肉薄するのを許さない。
三十を上回る凶狼の群れを蹴散らしてのけたリオは、得意げに白い歯を見せて笑った。
「どうよ! この技の冴え、素晴らしいとは思わぬか!?」
「ふぅん、やるじゃん。オレもその技使っていい?」
銀髪の獣人の少年、オルトロスが感心したふうにリオに訊ねた。
彼は「対象の人物の魔法を一つコピーし、一定時間使用可能にする」という能力を有している。ルノウェルスの戦いではこの技でミウを圧倒してみせた彼が、今回は味方として隣にいる――それを非常に頼もしく感じながら、リオは頷いた。
傭兵団の制服を着用した少年は、手のひらに魔力を溜め――リオの十八番の魔法を発動する。
「よしっ……発射!」
1キロ先の凶狼たち目掛けて、極太の風の砲撃が猛進する。
平野に生える丈の短い草花を刈り取りながら、彼の攻撃は敵の布陣に穴を穿った。
先のリオの砲撃を見て予測されたのか、仕留められた数は少なかったが――敵に回避行動を強制させられただけでも十分だ。
「さぁ、どんどん撃ってゆけ! あの狼どもを一歩たりとも近づけさせるな!」
「うん!」
エルフと怪物の子のコンビは、互いに交代で魔力の蓄積と発射を行うことで間断ない連撃を実現する。
それを遠目に観察する凶狼の頭目である人狼の男は、小さく舌打ちした。
「めんどくせぇ……おい、てめぇ、さっさと竜どもであいつらを焼き殺せ! これじゃ近づけねぇじゃねぇか!」
「他人よがりか? 粗野な上に情けない……【異端者】の顔に泥を塗るな」
「あぁ!?」
竜人の女は同胞の頼みを一蹴する。彼女は鞭を振るい、待機させていた竜の何体かを男に遣った。
「話が分かるじゃねぇか! さぁ、飛べよワイバーン!」
前回、【異端者】たちは自らが出撃して戦闘を行い、神器使いの前に敢え無く散った。
同じ轍を二度踏むわけにはいかない。今回の作戦では【異端者】が指揮官となって理知のない通常のモンスターを戦わせることで、『共同体』の同胞の損失を減らそうという目論見があった。
「飛竜が来るわよ! 魔導士隊、防壁展開!」
上空から火を吹いてくるワイバーンたちに対し、傭兵団の魔導士たちは副団長の号令で防壁魔法を一斉展開する。
膨れ上がる爆炎。立ち上る黒煙と、魔力と魔力が激突する衝撃波。
震撼する大地に足を踏ん張ってどうにか倒れずに済んだ魔導士たちだったが、見上げた先の敵は煙によりにわかに姿を消す。
「団長ッ!」
エルフの青年ルークの呼びかけに、彼らの長である男は獰猛な笑みを浮かべた。
煙を突っ切って空を翔け、旅団へと急速に接近していく竜を睨み据え、ヴァルグは二刀を地面に突き立てた。
「おらァッ!!」
彼の刀は呪いの武器だ。斬り殺した相手の魔力を吸い取り、力にする。人を殺し続けないとしまいには持ち主の命さえも刈り取ってしまうという、伝説の呪剣である。
刃を振り下ろした男の足元で魔法陣が光芒を帯び、彼の頭上に紫紺の髑髏が浮かび上がる。
「【怨嗟の無限掌】!」
彼がその魔法名を雄々しく叫んだ途端、死者の怨嗟の声がどこからか重奏を響かせ――髑髏から半透明の白い手が、無数に生え出して上空の竜へと伸び上がっていく。
死霊たちの恨みがもたらした力は物理法則も超越し、生身の竜を無慈悲に絡め取った。
足を掴み、翼をもぎ、顎を押さえ、首を絞め、尾を引きちぎり。
『アアアアアアアアアアアアアアア――……!?』
それはまさしく悪夢だった。
旅団へと接近していた竜たちは続々とその死者の腕に捕らえられ、一匹たりとも逃れられたものはいなかった。
糸がぷつりと切れたかのように落下していく竜たちに、ヴァルグは汗を垂らしながらも苛烈な笑みを刻む。
専門職の魔導士でない彼の魔力の総量は、決して多くない。だが、魔導士以外には防ぐすべのない霊的能力――これを持つのが彼しかいない以上、出し惜しみするつもりもなかった。
「飛行型の怪物どもは俺が全部相手取る! お前らは地上戦に集中しろ! 見たところ、数だけは一丁前に揃えてるみたいだからな!」
「「了解です!」」
副団長と魔導士隊長が威勢良くヴァルグの命に応じる。
が、それと同時に、敵陣の奥で黄金の光柱が再び屹立した。――転送魔法陣の光だ。
そして増援の到着のタイミングで、これまで動きを潜めていた敵側の怪物たちが一気に突撃を開始した。
『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
凶狼、黒獄犬、角兎などの動物型、雪男や馬人、豚人などの亜人型、骸骨や木乃伊などのアンデッド型、子鬼や黒妖精のような小妖精のモンスターまで、押し寄せる怪物の鯨波は多岐に渡っていた。
種族も習性も何もかも異なるモンスターたちが、同じ目的のために戦うこと――これはもちろん、彼ら自身の意思によるものではない。理知のない彼らが本能を無視して他種族と共闘しているのは、ひとえに彼らの統率者がいるから。
今回の作戦は、調教師――【異端者】の中でも数少ない、下等の怪物たちを従わせることの出来る技術者たちの存在があって、初めて成り立つものであった。
「……人間ども、私を失望させてくれるなよ」
竜人の女は目を眇め、怪物の波に圧し潰されようとしている人間たちへ呟くのだった。
「みんな、団長を守るっす! 団長の魔法が途切れれば、飛行型モンスターの襲撃を許してしまう――それだけは、絶対にダメっすから!」
エルフの若者が声を振り絞って皆へ訴える。
怪物たちが迫りくる中、傭兵団員たちは彼の指示に迷いなく従った。
頭目を中心とした円陣を組み、彼らは各々の武器を構えて防御に徹する。それに加え防衛魔法も張ることで、彼らは鉄壁の守りを編み出した。
「攻撃はあたしたちがやるわ! 相手は理性のない怪物――うふ、殲滅しちゃいます♡」
「ケルさん、前に出過ぎないでくださいね。あの数に囲まれたら、一瞬で呑まれてしまいます」
「エインくん、その呼び方は遠慮してって言ったじゃない! ……まぁ、いいですけど」
張り切った様子で腕を回し、舌を出して小首を傾げる銀髪の美少女。
そんな怪物の子・ケルベロスに、エインは冷静な眼差しで忠告する。
ケルベロスは不満げだったが、彼の言を聞き入れて一歩踏み出していた足を引いた。
『オオオオオオオオオオオオオオッ!!』
割れ鐘のごとき咆哮と、彼らの背後に立ち込める土煙。
血走ったその瞳に対し、この上ない嫌悪を口元に滲ませるケルベロスは鎧を脱ぎ捨て――【魔獣化】を発動した。
3つの顔に6本の腕を持つ人ならざるものに変貌した彼女は、それぞれの手に魔力の光を灯す。
「あたしの辞書に手加減なんて単語はない。覚えておくことね、怪物さんたち!」
その魔力は蓄積から一瞬で臨界点を迎えた。
高密度に圧縮され、弾けた魔力は、対象を屠るまで追尾し続ける死の狩人と化す。
【三ツ首魔犬撃】――彼女の代名詞とも言える、威力と持続性を両立した切り札である。
『アアアアアアアアアアッ!?』
彼我の距離は既に100メートルを切った。
ケルベロスの魔弾が怪物たちの間を高速で飛び交い、彼らを無差別に殺傷していく中……それを見ていたリルはもう、我慢できなかった。
「前に出過ぎるなだって? くだらねー……こっちからぶつかってこそが、オレの戦い方ってもんだぜ!」
「あ、ちょっ……この、早漏野郎」
ヨルが止めようとしても遅かった。
あらぬ誤解を招きそうな悪態――明らかにヴァルグの影響だ――を少女が吐いているのもいざ知らず、リルは魔獣化を果たしていた。
ケルベロスの魔法で敵陣の最前線が混乱に見舞われているのをいいことに、白い光芒を帯びる少年は疾駆していく。
「遅えんだよ、愚図ども!」
地を蹴るごとに加速する、神速の突進。
白い光を纏ったその直進する姿は、まさしく一本の槍であった。
触れた側から腕を刈り、目を抉り、首を落とす無敵の槍。
荒々しく唾を吐きながら敵陣を穿つ彼の通った後には、屍の道が完成していた。
「負けてられない……。ねえ、あんたたち。ちょっと力を貸してくれない?」
パートナーが全力で怪物を葬っている様子を見せつけられて、流石のヨルも対抗心を湧き上がらせた。
白羽の矢を立てられたのは、ボウガンに矢をつがえていた小人族の兄妹である。
「良いですよ。では、何を致せばよろしいですか?」
アリスの問いにヨルは行動で応えた。
腰のホルスターから取り出した瓶に、口から垂らした緑色の毒液を入れる。ヨルムンガンドの毒液――ルノウェルス王宮での戦いでミウを大いに苦しめた、敵を麻痺させる即効性の毒である。
「これをあげる。私はケルみたいに魔法に優れるわけでもないし、リルみたいな速さもない。私の強みはこれだけ……どうか、あんたたちにこれを活かしてほしい」
「君の思い、確かに受け取ったよ。任せといて、これでも弓術には自信があるんだ」
矢先をヨルの毒液にさっと浸し、ヒューゴは暴れ狂う怪物たちに狙いを定めた。
その間、僅か一秒にも満たない。
アリスと同時に撃ち放った矢は的確に二頭のミノタウロスの心臓を射止め、次いで射た矢もその隣の怪物を仕留める。
吸い込まれるように獲物を正確に狙撃する弓矢の腕に、ヨルは驚愕のあまり絶句した。
(トーヤだけじゃない。彼の仲間も、決して劣らない技術を持っているのね。これなら――勝てる!)
驚きの後にやって来たのは、胸を震わせる感動だった。
これ程まで優れた人たちと共に戦えることに歓喜する。
「ヨル殿、毒液の補充を! 今の兄上の調子なら、一分と経たずに使い果たしてしまいますよ」
アリスの指示に、ヨルは予備の瓶を全て出して液の補充を始めた。
ヒューゴとアリスが射抜いた怪物はその瞬間、動作の精細を欠き、程なく停止する。それらはすぐに他の怪物たちに踏み越えられる結果となったが、障害として僅かでも効果を上げたのは確かだった。
半永久的に飛び回り、獲物の体躯を穿つ三つの魔弾。神速の白槍のごとき、少年の無双の突進。エルフと怪物の子が放つ、風の砲撃。そして、小人族の兄妹の矢に塗られて怪物を蝕む、世界蛇の麻痺毒。
白髪の少年も最前線のトーヤやカイたちの身を案じながら、【超兵装機構】の【ヴァルキリー】と魔剣【紅蓮】を駆使して怪物を次々と討伐している。
ジェード、シアン、ユーミの三人は、自分たちも魔法で怪物たちを退けながら、【神器】の取って置きをいつ使うか思案していた。
「【雷光鉄拳】――【スパーク】!」
少年の魔具であるグローブに雷の魔力が集積し、彼の叫びが引き金となってそれは一挙に周囲へ放散される。
青白い閃光を迸らせて怪物を感電させるジェードは、隣で舞うように炎を繰り出しているシアンを一瞥した。
視線だけで言いたいことを察したのだろう。シアンは頭を振ると、釘を刺すような口調で言った。
「いいですか、【神器】の魔法を発動するのは、他の魔法では倒せないと判断される場合だけです! 逸ってはいけません――これを使わずに済めば、それが一番なんですから」
現在、怪物たちの進撃はフィンドラの戦士たちによって阻めている。
だが、懸念は消えていない。
怪物たちが出現している大元、【転送魔法陣】がある限り、怪物は湧き出し続けるだろう。無論、怪物も無限に生まれるものでもないため、時間をかければそのうち尽きるだろうが……やはり、【転送魔法陣】を解除するのが手っ取り早い。
しかし悲しいかな、この場の面子でそれに長けた魔導士はいない。そもそも転送魔法を使えるのがエルとトーヤ、そしてノアしかいないのだ。前者二人は前線に、後者は自軍の【転送魔法陣】を――いつでも撤退できる、もしくは増援を送れるように――守っている。【転送魔法陣】は展開時に最も魔力を消費するため、魔力面でも発動しっぱなしの方が効率がいいのだ。
だからノアはそこを動けない。……動けない、はずだったが。
「あたしが敵の【転送魔法陣】を解除する。化物どもの相手を延々と続けるなんて、面白くないからね」
「ノ、ノアさん!?」
緑髪に黒スーツの女傑の登場に、ジェードたちは目を剥く。
持ち場を離れていいのか――そんな彼らの詰問に、彼女は肩を竦めて答えた。
「ちょっとは仲間を信じてやりな。あんたらにはフィルン一の魔導士と、その娘がついてるんだから」
少年の肩を軽く叩き、すれ違いざまに「安心しな」と笑みを向ける。
浮遊魔法による飛行術で上空へ躍り出たノアは、重力を無視した駆動で飛竜たちをいなしていく。
風の抵抗も感じさせない、地上を駆けるかのような飛翔に追随できる者は、彼女自身を除けば誰もいない。
「――ほぅ、あれは……」
魔法陣の傍らに佇む竜人の女は、竜たちの間隙を縫って空を泳ぐ影に目を細める。
あの者だ。自分が戦うべき強者は。あいつしかいない。そう、直感的に確信していた。
だからだろうか。彼女は、ノアがこちらへ降下してくるのを見上げながら、無意識のうちに片頬に笑みを浮かべていた。
「さあ、かかって来るがいい! この私――プグナが受けて立とう」




