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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
最終章【傲慢】悪魔ルシファー討伐編/マギア侵略編

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8  狂乱の舞台

 前方で待ち構える槍衾に目をすがめ、エミリア・フィンドラはカイに提言する。


「【スウェルダの巨神】を早々に使ってきましたか。カイ陛下、ここは迂回を。あれは正面からぶつかって崩せるものではありません」


「分かった。――第一旅団、左折! 迂回路を取る!」


 カイの一声で部隊は街道を外れ、舗装のない地面を行く。

 背後を一瞥したエミリアは、手綱から離した右手で【鷹の羽衣】に触れ、その女神の神器に魔力を込め始めた。

 彼女だけが迂回せずに前進していく。

 何をするつもりなのか――目を剥くカイに、トーヤは宥めるような口調で言った。


「彼女は魅了の魔法で、敵のファランクスを無効化するつもりなんだ。敵の兵士たちは恐らくルシファーの【服従の魔法】をかけられている。魅了でそれを上書きすれば、彼らはノエルではなくエミリアさんの支配下に入るんだよ」


「しかし、一人で行かせていいのか!? もししくじりでもしたら、その時点で袋叩きだぞ!?」


「落ち着いて、カイ。たとえ魅了が効かなかったとしても、エミリアさんには他にも武器がある。魔導士でない敵相手に遅れは取らないよ」


 トーヤは至極冷静であった。その凪いだ声音に、カイの焦りは鎮まっていく。


 ――トーヤだって、本当は緊張しているはずなのに。俺を気遣うあまり、無理をさせているのかも……。


 しっかりしなければ、とカイは意識を引き締める。

 エミリアを信じ、自分たちは自分たちのやるべきことを果たすのみだ。

 赤きマントをなびかせて白馬を駆る金髪碧眼の王は、兵たちの信頼を背負って目標の門へと向かっていった。



 戦意に猛る男たちの雄叫びが轟いている。

 その闘気が植え付けられたものに過ぎなくとも、発揮される力が強大なものであることに変わりはない。

 一人街道へ突入してきたエミリアに怪訝な目を向ける兵たちだったが、少女一人に対して「退く」という選択肢を思いつくわけもなく。

 白馬に跨ってこちらを見据える王女の魔法を、正面から食らってしまった。


「女神フレイヤ――貴女様の力、貸して頂きます! 【女神の魅了デア・ファスキナーレ】!」


 凛と背筋を伸ばした王女の容貌は、煌めく黄金の髪とサファイアの瞳に変化している。薄い絹のローブの上に鷹の羽衣を纏ったその姿は、女神フレイヤの生き写しといっても過言ではないほどだ。

 朗々と唱えられた魔法名が響き渡ると同時、彼女の瞳は桃色の光を帯びる。

 そのウィンクと微笑みを目にした瞬間――男たちの脳に甘い電流が走り、痺れるような陶酔感が彼らを満たした。

 

「あ、あぁ……女神様!」


 戦意による興奮は、一転して美の極致にある異性へ向けられる欲望へと成り果てた。

 エミリアは自らの魔法がそうさせているのだと分かっていながらも、彼らのそんな目に辟易せざるを得ない。


「あなたたち……槍を収めなさい。そうすれば、後で相応の対価をあげます。あなたたちが求めてやまない、愛という名のご褒美を」


 衣装の胸元をそっと捲り、瑞々しく実った果実という「餌」を男たちにちらつかせる。

 魅了され欲望に正直になった兵士たちは、彼女の指示に迷わず従った。

 情婦のような真似をしたことに自己嫌悪の念が湧き上がるエミリアだったが、美神の宿し身として慈悲深い微笑を浮かべ続ける。


「うふふっ……道を開けてくださる?」

 

 そう小首を傾げるエミリアに逆らえる者は、誰一人としていない。

 女王の行進は熱狂の信徒によって見送られ、彼女は阻む者の消え失せた街道を悠々と通過していった。



「弓兵部隊、最前列構え!」


 女の号令で市壁上の兵士たちは一斉に、迫る敵の騎馬軍を睨み据えて矢をつがえた。

 しかし、馬蹄音を轟かせるカイの一個旅団がその迎撃の構えに怯むことはない。

 騎馬兵の最大の武器は重量と速度、そして突貫力だ。足を止めればその強みが損なわれ、敵の矢で蜂の巣にされてしまう。

 ルノウェルスは長らく戦争がなく、兵士たちの中にはこれが初めての実戦という者も多かったが――、


「恐れるな、進めぇ――ッ!! ここさえ突破できれば、俺たちの優位は決まったようなものだ!」


 ――カイの勝ち気な叫びが、兵たちに勇気という名の翼を与える。

 門までの距離は残り100メートルを切った。矢の射程範囲に入るまで、あと数秒。

 一斉射撃の雨を走り抜け、門まで辿り着ける者は果たしてどれだけいるのか。自分は生き残れるだろうか――若い兵たちはそう、緊張に手綱を握る手を強張らせていた。

 全霊で駆け抜ける最高速度。疾走る脚は止まらない。

 彼らを先導するカイの額にも脂汗が否応なく垂れる中、トーヤだけは、まるでこの状況を楽しんでいるかのように笑っていた。


「大丈夫だよ、みんな! 僕が必ず突破口を切り開く! みんなを守ってあげるから!」


 華奢な体からは想像もつかないような赤い闘気が、少年から燃え上がる錯覚を兵たちは一様に抱く。

 が、カイにはそれが錯覚などではないのだとすぐ見抜けた。

 神化の前触れ。溢れ出す魔力が火焔のごとく迸り、彼を包んでその身に神の力をもたらす。

 

「トーヤ……!」


 短い朱色の髪に、晒け出された筋骨隆々の上半身。下半身に履くのは白無地のカルサンで、腰には控えめながら金の輪飾りが付けられていた。

 抜き放たれるのは黄金の片手剣。軍神テュールの【神化】である。

 少年の滾る朱色の瞳が、カイと視線を絡めた。それだけでカイはトーヤの言わんとするところを理解する。互いの能力や戦いの癖を知り尽くした二人に、もはや言葉は要らなかった。


「射て――ッ!!」


 弓がしなり、弦の弾ける軽やかな音が響き――そして、矢の弾幕が無作為に降り注ぐ。

 一人でも多くの敵兵を射殺さんとする矢の雨に、少年は、剣の黄金を閃かせた。


「はあああああああああッッ!!」


 八足の黒馬を高々と跳躍させ、円弧を描くように剣を振り抜く。常人を超越した速度で何度も何度も、この空間の全てを切り裂くように。


「あいつ、何を――」


 敵兵の一人が怪訝そうに呟くが、無理もない。

 それは刹那の出来事だった。彼らの目には少年の動きを追うことは不可能であり――気づいた時には、斉射の第一波はその斬撃の餌食となっていた。

 空中に「残った」斬撃の軌跡。無秩序に見えて実は緻密に張り巡らされたそれは、矢が通過した側から切断していく。

 敵に降りかかる前に木っ端微塵となった矢に、スウェルダの兵たちは仰天のあまり言葉を忘れてしまう。


「今が好機! 頼むぞトーヤ!」


「了解だよ、カイ!」


 青年王の呼号に、トーヤは獰猛な笑みを浮かべて応える。

 スレイプニルが着地した瞬間、彼は腕や肩、上半身のあらゆる筋肉を躍動させ、黄金の剣を振り上げた。

 大上段に構えられた軍神の剣。

 少年は敵兵が次の矢を放つまでの間隙を突き、破壊の一刀を繰り出す。


「ぶっ飛ばせ――【武神光斬】ッ!!」


 雄叫びに乗せて振り下ろされた刃は、黄金の斬撃の軌跡を描き。

 そして、それは巨大な光の剣となって門扉へと猛進していく。


「行けぇえええええッ!!」


 少年の紅炎のごとき昂りが、剣の魔力をさらに後押しする。

【心意の力】によって威力を増幅させたテュールの切り札は、敵の反応も許さないまま閉ざされた扉を灰燼へと変えた。


「なっ……!?」


 刹那にして破壊された門扉に、壁上の兵士たちは驚倒する。

 だが、それでも彼らは使命を遂げるべく弓矢を射ち放った。何としてでも止めなければ――市内に侵入されてしまえば、敵に都市を奪還される危険性が限りなく高まる。


「ッ、貴様ら剣を取れ! 絶対にここを通させるな!」


 洗脳下にありながらも判断力は明瞭な指揮官の一人が、部下たちに特攻まがいの防衛を強制する。

 彼らは高さ5メートルほどの壁上から飛び降り、迫り来る騎兵たちに剣を向けた。

 剣、弓矢、槍、投石。可能な全ての手段で扉の壊された関門を死守せんとするスウェルダ兵には、神器使いのトーヤやカイといえども一筋縄ではいかなかった。


「くっ、このッ!」


 門は目と鼻の先にあるのに、一歩及ばない。黒髪の少年は焦燥に顔を歪めた。

 踏み潰される覚悟で剣を騎馬に斬りつける敵兵。

 馬たちは痛みにいななき、脚を振り上げて大暴れする。愛馬を御しきれなくなった騎手は次々と落馬していき、前方で突撃が滞ってしまったことで追突したり、衝突する者も少なくなかった。


「不味い、これでは……!」


 馬は機動力や速度に優れるが、同時に繊細な生き物でもある。

 激痛に焼かれ、混沌の様相を呈する戦場に、彼らは一様にパニックを起こした。もし歴戦の軍馬が揃っていれば、この叫喚も少しはマシなものになっていたかもしれない。だが、兵たちと同じく軍馬たちもまた経験不足であり、訓練でこのような混乱を体感したこともなかった。


「邪魔を、するなッ……!」


 カイは唇を引き結ぶ。

 天性の動体視力をもって肉薄してくる敵兵を的確に切り払っていく彼にも、この状況をどうにかすることは叶わなかった。

 旅団全体を突入させるのは諦めるしかない。最悪、自分だけでも市内に侵入する。

 と、その時――。


「ヒヒィイイイイイイイン!!?」


 彼が斬った兵による置き土産がカイを襲った。

 地面に倒れ込んだ兵が白馬の脚に刃を滑らせ、馬の狂乱を引き起こしたのだ。


「っ、くそっ!!」


 悪罵を吐き散らしながらもカイの判断は迅速だった。

 手綱を離し、馬から即座に飛び降りる。ここまで付き合ってくれた馬を混沌の戦場に捨てるのは心苦しかったが――今ばかりは仕方がない。

「すまない」と一言だけ内心で呟いた彼は、決死の疾走を開始した。


「おおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 死ぬわけにはいかない。死んだら何もかもが終わる。姉の笑顔も、王の仇討も、民の希望も全てが潰えてしまう。それだけは、それだけは許せない。

 カイは全ての感情を叫びに変えて、血眼になって特攻を仕掛けてくる敵兵たちを打ち破っていく。

 振り抜かれる刃に宿るのは業火。朱色の髪と瞳、紫紺のマントに身を包んだ【神化】の姿に変じたカイは、流れるような剣さばきを以て閃く敵の白刃を往なす。

 上からの振り下ろし――斬り上げ。正面からの刺突――剣の側面で受け、その灼熱で刃を溶かす。頭上から降ってくる矢には――姿勢を低くし、今しがた武器を無力化した敵兵の胸倉を掴み、そいつを盾にする。

 カイが先頭にいたのは幸いだった。もし彼が後方にいたならば、味方と敵の入り乱れる混沌という地獄を駆け抜けなければならなかったのだから。

 

「あの子……カイ王が、抜ける」


 市壁上で戦場を俯瞰していたイルヴァは、本来彼を阻む立場であったが、この時ばかりは賞賛の念が勝った。

 猪突猛進にして、流麗な剣技。そして、生命への渇望を隠しもしない雄叫び。

 イルヴァの心は揺さぶられた。今、門を突破した青年の姿は、彼女の尊崇する少年が【神殿】で見せたそれと重なっていた。



 もう何人薙ぎ払ったのかも分からない。

 テュールからオーディンへと【神化】を切り替え、【神槍グングニル】で周囲の敵を寄せ付けずにいた僕だったが、斬っても斬っても後続が出てくる敵陣に門まで到達出来ずにいた。


 どうする、どうする、どうするっ!?


 得物が屠る柔らかい肉の感触に、鼻腔を突き抜ける鉄の臭い。蔓延する恐慌は、もはや敵と味方の分別も付けやしない。

 まるで兵を道具のように、死なせること前提で投入してくる敵のやり方――それがスウェルダの武人の流儀に則ったものとは思えない。悪魔の意思が、彼らにこうした行動を取らせているのだ。

 こんな戦闘、こんな戦争、誰も望んではいなかったのに。ノエル・リューズというたった一人の男の欲望のために、スウェルダ兵もルノウェルス兵も犠牲になるなんて……。


「許せない――僕はお前を許さない! ノエル・リューズ!!」


 瞋恚が漆黒の炎を呼び覚ます。

 感情の激流に任せて猛り狂う僕は、兵たちを導くことも忘れて槍を振るった。

 スレイプニルの腹を蹴り付け、特攻兵という障害物の中を真っ向から突っ切らせる。


「あああああああああああああああああッッ!!」


 血飛沫が舞い、僕の顔を赤く彩る。肉塊を馬蹄が押し潰す音が耳朶を打ち、死ぬ寸前の兵の恐怖と絶望の表情が網膜に焼き付く。

 その絶叫は自分の行為について思考しないための誤魔化しだった。

 戦争では人を多く殺せば英雄になれる。ここを突破すればノエルの打倒に着実に近づける。戦局だけを眺めれば、僕の行為は正義だ。

 でも……彼らは悪魔に操られていただけなのだ。彼らは元々、ノエルに従おうという思想は持っていなかったはずだ。


 ――ごめんなさい。


 今更になってこんな罪悪感を抱くなんて。リューズ邸襲撃作戦を実行した時点で、使命のためならばこの手を血に汚すことだって厭わないと決めたはずなのに。

 最後の一人の首を落とし、僕は関門を突破してその先の広場へと転がり込んだ。


「カイっ……!」


 正方形の広場に到着していたのはカイだけ。

 真紅の波状剣【魔剣レーヴァテイン】を中段に構える彼の名を僕は呼ぶが、見渡した周囲に並ぶ兵士たちの数に続く言葉を失った。

 恐らく二百人はいるだろうか。全身鎧を纏った重歩兵たちが広場へ繋がる北、東、南の通路を封鎖し、ここまで突入してきた敵を袋叩きにするべく待ち構えていた。

 前後左右、退路はない。浮遊魔法ならば彼らを飛び越えて王宮へ向かえるだろうけど、先ほどの転送魔法陣に加えて【神化】しながらの魔法の使用もあって、僕の残存魔力は尽きかけている。

 魔力に関しては出し惜しみせず、補給前提で作戦を進めていた。しかし、頼みの綱のエミリアさんやヘルガさん、ティーナさんら魔導士たちとまだ合流できていない以上、それも望めない。

 まさに袋の鼠。冷や汗を垂らす僕は、馬上から親友の表情を窺おうとしたが――俯いていて分からない。判断できたのは、彼の精神が僕以上に磨り減ってしまっていることだけだった。


「【神器使い】が三人いれば、敵なんてない……そんな大口を叩いてしまったのは僕だ。ごめん、と言って許されることかは分からないけれど……力を貸してくれないかな。

 こんな悲しい戦いは、早く終わらせるべきだ。そして、僕はまだ諦めちゃいない。ここで活路を開き、後続の仲間たちの道を作るんだ。さぁ――一緒に戦おう!」


 僕の呼びかけにカイは振り向いて、頷いてくれた。

 その目には弱気も諦念も一切映っていない。怒りだけが、そこに宿っていた。


「敵はまだ動かないな。もう少し獲物が集まってからかかるつもりなのか……それとも」


「相手側の思惑は二の次だよ。とにかく、ここを強行突破して王宮に辿り着くんだ」


 と、僕らが顔を見合わせた、その時。

 背後から打ち寄せて来ていた狂騒の鯨波が、ぴたりと止んだ。

 そして少しの間を置いて、響く玲瓏な声。


「私の魔法で混乱は鎮めました。兵士も馬も、敵味方関係なく私の魅了下にあります。そして……【スウェルダの巨神】も、共にいますよ」


 白馬に乗って現れたエミリアさんは、本物のフレイヤ様のような美麗さと将としての凛とした力強さを帯びていた。

 彼女に率いられて門を潜ってきた重装歩兵たちは、その言葉に応じて大呼した。

 

「損傷の激しい者には現在、衛生兵部隊が応急処置を施しています。あの混沌を経て、戦える者はそう多くはいませんが……それでも後方の被害の少なかった者たち――500名あまりが残っています」


 エミリアさんは淡々と状況を説明した。

 塞がれている進路は3方向。【スウェルダの巨神ファランクス】500人、第一旅団の残存兵500人、そして僕たち三人の【神器使い】。

 たった1000人。だけど、動きの制限される街中で戦うには、数の多寡はそこまで問題じゃない。

 敵側の増援とこちら側の増援、多いのはこちらだ。関門の再封鎖さえ防げば、持久戦に持ち込まれても勝てるはず。


「北側は私、【スウェルダの巨神】は南側、そしてトーヤ君、あなたはカイ陛下と共に東側を」


「了解です!」

「ああ、分かった!」


 エミリアさんの指揮の下、僕らは障壁へ抗っていく。

 第一旅団の500名の兵士をすぐさま取りまとめたカイの隣で、僕も眼前の敵を見据えて槍を構えた。



(エミリア・フィンドラの魔法、あれを潰さなければリューズに勝ち目はない。今後の戦争のためにも、彼らに負けてもらっては困るが……)


 リューズ側の全員が共有する苦悩を、イルヴァもまた抱えていた。

 ああいった精神に関与する魔法は、より高位の術で上書きする、あるいは打ち消す以外に対処のしようがない。

 だがノエルの【服従の魔法】がエミリアの【魅了】に塗り替えられてしまった以上、リューズ側に対策はもはや望めなかった。


「――っ、敵の魔導士の干渉か……」


 と、イルヴァは自身が予め展開していた防衛魔法を何者かが解除せんとしていることを察知した。

 ストルム全体を覆うように発動された、巨大な魔力の防護壁。透明で魔導士以外には存在すら感知できないそれは、人の通行など物理的なものを阻むことはないが、外部からの魔法を完全に遮断する。

 転送魔法も浮遊魔法による上空からの侵入も、一切許さない。魔導が未発達のスウェルダ軍では、兵士による地上戦を強要しなければ勝てない――それを認めた上での作戦だった。


(ノエルは何か策を隠しているようだったが、過信は出来ない。本国からの艦隊がフィンドラ沖に到達するまでのあと3日、どうにか長引かせねば……)


 ノエルが組織とどれほど結託しているのか、まだ彼との付き合いが浅いイルヴァにはいまいち判然としない。

 結局は寄生先頼りか、と彼女は己に【神器使い】のように単騎で戦局を左右する力がないことを呪った。


 その時だった。


 彼女の耳に、獣の咆哮のような轟きが届いたのは。

 咄嗟に望遠鏡を目に押し当て、ルノウェルス軍が現れた西方を確認する。

 行軍を開始しているルノウェルスの第二、第三の旅団から、僅か1キロほど離れた平地に魔法陣が描き出されていて――。


「そんな奥の手を持っていたのでありますか……!」


 イルヴァは初めてノエルに感心した。

 口元に薄ら笑いを浮かべる彼女の見る先には、その数100を超す怪物たち。

 ドリス・ベンディクスの置土産たる『共同体』出身の【異端者】たちが、人類への怨嗟を瞳に滾らせ牙を剝いていた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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