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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
最終章【傲慢】悪魔ルシファー討伐編/マギア侵略編

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7  帝国のスパイ

 スウェルダ王国首都・ストルムの郊外を走る街道の人通りはまばらだった。

 それも当然のこと――ストルムは現在、政府によって封鎖中であり、さらには関門の番兵の制止を振り切って突入しようとした者が見せしめに首を落とされてしまえば、誰もが通行を諦めても仕方がない。

 王都の現状は、その翌朝にも各新聞社によってスウェルダ全体に報道された。

 国民は青天の霹靂の事態に狼狽し、そして畏怖した。

 王が弑逆され、ノエル・リューズという名の暴君による恐怖政治が始まる――皆がそれを正しく理解した。

 そしてノエルも、民からそう見られるのを自覚していた。だがそれを間違いだとは思わない。彼は己の取る手段こそが絶対だと信じ、「力」こそ最上の価値を置くべきものだとしている。民の感情を顧みず、ただ欲望を満たすためだけの「支配」――それを望む国民などどこにもいないことも、知っていながら。


「おい……何だよ、あれ!?」

  

 街道を逸れた先にある、荒涼とした平地。そこに突如として浮かび上がった黄金色の魔法陣に、近辺に住む農民の一人は驚倒する。

 その光は快晴の下にあっても褪せることなく輝き、凄まじい魔力の波動を放っている。魔法などてんで分からない彼らにも、波のように打ち寄せてくるその力の大きさは感じ取れた。

 と、その直後だった。光の中から幾つもの人影が姿を現したのは。

 一人や二人ではない。千人、二千人もいるのではないかと思える程の規模だ。


「何が起こっているんだ……!?」


 もはや農民たちには理解が及ばない。彼らが立ち尽くし、呆然とその光景を眺める中、新たな魔法陣が先ほどのものの後方に出現し、また同じように何千人の人たちが登場していった。

 遠目にも分かる統一された装備は、彼らが軍人であることの証左だ。そしてその軍服の見慣れない臙脂色に、現れたのがスウェルダ軍でもフィンドラ軍でもないことに農民たちは気づく。

 革命により体制や軍服までも再編されたルノウェルス軍が、未知の魔法を用いてスウェルダに降り立ったのだ。そこまで飲み込んだ農民たちは、そこで堰を切ったかのように口々に言い合う。


「ルノウェルス軍がノエルから俺たちを救いに来てくれたんだ!」

「いや、待て、この機に乗じてスウェルダを攻めるつもりかも知れないぞ!?」

「同盟を組んだばかりなのに、そんな馬鹿な話があるわけないじゃない! きっと助けに来てくれたに違いないわ!」

「そんなのどっちでもいい! 軍隊が来たってことは、ここが戦場になるかもしれないってことだろ? 急いで逃げたほうがいいんじゃねぇか!?」


 農民たちの歓喜、不信、動揺――それらはほぼ間を置くことなく、ストルムにも伝播していた。

 王宮からも観測された【転送魔法陣】の光を、魔道具の望遠鏡で覗き込んだノエルの支援者たる女は、彼のもとまで至急戻り、早口に報告する。


「閣下、ルノウェルス軍が動き出しました。一個師団を【転送魔法陣】で西郊外に運搬したものとみられたものであります」


 正当な主なき玉座に掛けて女の報せに耳を傾けていたノエルは、不快感を隠そうともせずに唇を曲げた。


「【転送魔法陣】を使える魔導士がルノウェルスにいるとは聞いていない。『精霊の魔導士』エル……彼女の協力がなくては成し得ないことだ」


「エルという少女は、フィンドラ王城の食客として扱われていたのでありますな。フィンドラ側の関与は確定的でありましょう」


 紫紺の髪の女に気のない相槌を打ちながら、ノエルは予想より早く現れた敵への対処を考える。

 ただの軍隊ならば排除できる。ルシファーの力を用いれば造作もなく、彼らを洗脳することが可能だ。だが、その場にエルをはじめとする上級魔導士や【神器使い】たちがいるとしたら話は変わってくる。


「実に不愉快だな。魔法の射出範囲を拡大すれば、そのぶん効力は薄まる。そうなれば、あちら側の魔導士どもが防衛魔法を重ねがけするだけで、服従の魔法は通らなくなる。彼らからしたら、予め防衛魔法を張っておいて私の参戦を待てば良いわけだ」


「魔導士同士の戦いも、やはり数がものを言わせますからな。その点、数の少ない我々は不利。困りましたね閣下……何か打開策はあるのでありますか?」


 ともすれば探るように訊ねてくる女に、ノエルはただ微笑を送った。

 女は無表情を繕いながらも、内心ではほくそ笑む。

 彼女がノエルに望むのは「混沌」をスウェルダと周辺国にもたらすことだ。ノエルが暴虐の刃を振るえば振るうほど、祖国マギア)の侵攻も容易くなる。

 そんな思惑を知ってか知らずか、ノエルはここで女に手の内を明かさなかった。


(どこまで読んでいるのでありましょうか。底の見えない男……)


 女の品定めするような目も意に介さないノエルは、「少し一人にしてくれないか」と彼女へ言う。

 少佐が一礼して去っていった後、『玉座の間』に一人残されたノエルは懐の水晶玉を取り出した。

 口元へ魔道具を近づけ、ボソボソと何者かに連絡を取っているらしいノエル。扉の外側に張り付いていた女が、小さな黒い箱を模した盗聴の魔道具を起動しようとした、その時――。

 

「何をしているんですか、お姉さん?」


 ガタッ、と扉に接着しそこねた魔道具が床に落ちる。

 跳ね上がった鼓動に冷や汗を流す女は、その声のもとに顔を向けた。

 浅葱色のふんわりしたミディアムヘアーに同色の瞳が特徴的な、小柄な少年。白いワイシャツに黒のスラックスを履いた学生のような出で立ち――この時代においては見慣れない服装であるが――をしており、体格は細身だ。女性のように線の細い顔立ちからして、全くこの場にそぐわない。


「…………」


 何より女を戦慄させたのが、この少年が声をかけてくるまで気配を決して窺わせなかったことだ。

 スパイとしてマギアで幼少期から専門機関で教育されてきた彼女を欺くなど、そこらの兵士では有り得ない。このような少年とあらば、なおさらだ。

 魔道具を落とす、という目に見える形で動揺を表してしまった以上、主導権は相手側に握られてしまった。

 この失態を認めたくないプライドを胸の底に押し込め、女は無言で腰の短刀を抜く。

 だがその瞬間、それを予見したように少年は親指と人差し指で銃の形を作り、「ばーん」と一言。


「あッ――!?」


 手から弾き上げられる得物。

 だが女は、軍人としての矜持にかけてそれを取り戻そうと腕を伸ばす。

 空を掻いた指先が短刀の柄にかすりかけるが――しかし、少年の「見えざる手」にそれを強奪されてしまう。


「おいおい……こんな幼気な少年に刃物を向けるとは、それが淑女のやることか? 実に物騒だ、野蛮極まりない。まぁ、私は寛大だから情状酌量の余地くらいは与えてやるが……」


 打って変わって尊大な口調になる少年に、女は絶句するほかにない。

 誰だこいつは。何故、邪魔をする。この少年の正体は、一体――?

 疑問が次々と浮かび上がるが、すぐに冷然とした表情を纏い直した女は、少年へ問いを投げかけた。


「貴殿、只者ではないようでありますな。その気の消し方、接近した上で相手の最も動揺する手を打つ手腕――もしや、諜報畑の出身かな」


「ご明察。昔、気まぐれな女王様の下で働いていたものでね。潜入調査は得意なのだよ。さて……お前には尋問せねばならないことがある」


 浅葱色の髪の少年は退屈そうに答え、それから奪ったナイフを女の首に突き立てる。

 尖った刃先が女の柔肌を傷め、じわり、と血の滴が垂れ始めた。


「お前はノエルの敵か、それとも味方か。私が訊ねるのはこれだけだ」


 お前の真意を言え。

 眼光で物語る少年の意思に、女は偽りのない己の立場を明かした。


「小官はノエル・リューズを利用する立場。貴殿と同じスパイであります。主のシナリオが予定通り進めば、最終的にはノエルは我々の敵になりましょう」


 何一つ、嘘はつけなかった。正体を暴かれるくらいなら自害する覚悟で臨むのがスパイの信念であったが、女はそれさえも忘れてしまっていた。

 何故だろう――自問しても明瞭な回答は出ない。彼の素晴らしい手際に感銘を受けたからか。それとも、死の恐れからか。

 だが、今になってそんなものはどうでもよかった。女の全ては少年が握っている。生きるも死ぬも、彼に委ねるしかないのだ。


「お前はスパイ失格だ。そして悪魔に与した以上、我々の敵でもある。だが……愛した王女に報いたいのなら、目を瞑ってやってもいい。

 ――イルヴァ少佐、ミラ王女を地下牢から解放しろ。お前にはそのための権限がある」


 女はあらん限りに目を見開いた。

 やめろ。その名前を出すな。私を揺るがすな――。

 いつかは裏切ると決定づけられていた。それを承知で信頼を得るべく努力した。共に戦い、共に悩み、共に友情を育んだ。

 情を湧かせてしまった時点で、スパイ失格だったのだ。それでも国のためにこうしてノエルに付き、スウェルダを破壊しようとしているのに――あの笑顔が、平穏な時間が、脳裏にちらつく。


「……小官は……」


 自分はこの少年に敵わないのだから、仕方がないのだと。

 イルヴァはそう言い訳することで、崩れかけた卑小なプライドを守った。


「承知した、であります。機を見てミラ殿下を解放し、貴殿らへ引き渡すのを約束するであります」


「引き渡し場所はこの書面に記してある。当たり前だが、読んだら始末しておけよ。万一にも筆跡から私に辿り着かれたらかなわん」


 イルヴァの返答を受け取ると同時に、少年は彼女へ畳まれた紙切れを押し付ける。

 そう言い残して音もなく廊下を走り去っていった彼の背中を見送り、遅れて湧き上がった屈辱に唇を噛みしめる女は紙面に視線を落とす。

 

「カタロン様……ミラ殿下。小官はどうしたら良いのでありますか……?」


 その問いに答える者はいない。誰ひとり味方のいない王宮の中、二人の主の間で葛藤するイルヴァは、覚束無い足取りで地下へと向かうのであった。



「仁義なき王に宣戦布告など不要! 兵たちよ、俺に続け!」


 白馬に騎乗したカイ・ルノウェルスは真紅の波状剣【魔剣レーヴァテイン】を掲げ、兵たちを鼓舞する。

 先王アーサー七世から継承した赤いマントをなびかせて、彼は荒野を進軍していった。

 先鋒としてストルムへ攻め込む兵は2000人あまり。カイの下で激しく士気を高ぶらせる彼らは、全員が最新鋭の『魔剣』を有している。

 武器内部に予め魔力が込められている『魔剣』は、非魔導士が魔法に準ずる力を扱う唯一の手段だ。カイ王はそれをフィンドラから惜しむことなく大量輸入し、兵員に一律に装備させている。 


「【炎の王】、と言われるだけはあるようですね。我々も行きましょう」


 圧倒的なカリスマを誇るカイを頼もしげに見やりながら、エミリアもトーヤたちを振り返って促した。

 ルノウェルス側は一個師団を五個旅団に分け、波状攻撃を仕掛けるつもりでいる。ノエルの戦力はストルムに駐在しているスウェルダ兵およそ5000。数で押せば勝てる相手だ。

 エミリアたちフィンドラ陣営はルノウェルスの各旅団にそれぞれ同伴し、サポートする。敵の魔術に対する防衛が彼女らの主な役目であった。


 騎馬の群れに併走するのは、エミリアの馬とトーヤの馬・スレイプニルだ。

 凛と美しい白馬に、禍々しく猛る魁偉の黒馬。対極をなす二騎は【炎の王】に合流し、先陣を切って街道を駆けていく。

 生きて戻れとのミウの言葉を思えば、先頭に立って戦に臨むカイの選択は愚かなものなのかもしれない。だが、彼の瞋恚の炎がそれを拒んだ。誰よりも早く王宮を突破し、ノエル・リューズを討つのは自分だ――自分でなくてはならないのだ。それがカイの強情にして強固な信念だった。


「カイ陛下、焦りは禁物ですよ。激情に振り回されぬよう」


「あ、ああ……分かっている。先生オリビエ)にも、母さんにも口ずっぱく言われてるからな」 


「カイは大丈夫だよ、エミリアさん。僕が隣にいる限り、彼は道を逸れない。ね、カイ?」


 道の先に映るストルムの市壁を睨み据えつつ、エミリアはカイに忠告する。

 そんな王女にカイはそう内省し、トーヤの一瞥に首肯を返した。

 緊張感を常に意識させてくれるエミリアと、隣にいるだけで心を落ち着かせてくれるトーヤ。二人が側にいてくれることに感謝しながら、カイは背後の兵士たちにも気を配った。

 騎兵隊の歩調は整然で、逸ってはいない。その真後ろを行く歩兵たちの足音にも、乱れは見られない。


「ここで勝ち、平和を掴む。オリビエ、見ていてくれ」


 カイはその決意を声に出して改めて表明し、戦場に至れなかった友を想った。国防における最高責任者として、王が不在の国を守るためにオリビエは残留を決めたのだ。彼の思いも背負ってカイは戦場に至っている。

 これは彼の王としての初の戦争だ。そしてカイは、これを最後の戦争にしたいと切に願っている。

 

 だが、運命は残酷だ。彼の理想の前には数多の欲望と思惑が立ちはだかり、現在もその魔の手は迫ろうとしている。

 しかし、たとえ過酷な道のりであったとしても、カイは諦めない。己の理想をひたすらに突き詰めれば、必ず何かを為せる――彼は愚直にその所信を貫いている。



 ストルム市壁の西の関門には、イルヴァの指揮もあって既に兵たちが集い始めていた。

 ルノウェルスから【転送魔法陣】を用いて急襲してきた敵軍にも、彼らは一切の動揺を見せない。ノエルの洗脳下にある彼らは感情さえも奪われ、単なる盤上遊戯の駒として扱われていた。

 そのため、恐怖に震える住民たちは何かが起ころうとしているのを察しつつも、明確にそれが何か悟ることは出来なかった。

 家に閉じこもって窓から辺りを窺う彼らの目には、整然と門前に隊列を作る兵たちが映っている。


「指揮官、という柄でもありませんが……混沌が生み出す泥沼の争いを演出してみせましょう」


 市壁の上部、物見櫓に陣取ったイルヴァはそう独りごつ。

 浅葱色の髪の少年の指示通り、彼女はここに来る直前に捕縛されているミラ王女のもとに顔を出した。

 そこで伝えたのは、「必ず助ける」という一言のみ。それ以上の行動は今の彼女には起こせなかったが――イルヴァの思いが本物だと信じ、ミラは目に涙を溜めて笑っていた。

 

「嗚呼……あんな顔をしないで、と、言えれば良かったのに。本当に、お人好しで優しい王女様でありますな、貴女は」


 王女へ告げたい思いは胸の内に沢山ある。今にも決壊してしまいそうなその感情たちを、イルヴァは激しく頭を振って捨て去ろうとした。

 しかし――。


「チッ……お前たち! 仕事の時間だ、その玩具じみた武器を構えておけ! 『非魔導士』は『非魔導士』なりに、その価値を示してみせろ!」


 唾を吐き散らしてイルヴァは眼下の兵どもに指令を飛ばす。

 普段の彼女なら使うことも忌避する単語を口にしてしまったことに、当の本人は気づけない。彼女の頭の中は赤毛の王女のことで埋め尽くされ、他の事柄に本腰を入れる余裕が一切なかった。


 市壁の門が開放され、そこから迅速に出たスウェルダの兵士たちが迎撃のために横列展開する。

 スウェルダ軍の標準装備である長槍を掲げる彼らは、前方3キロほど先に迫り来る敵軍に対し方陣を組んだ。


 斜め前方に長槍を構えた兵たちの密集陣形、ファランクス。その槍衾やりぶすまによる突撃と大盾による防御は、正面からの敵を踏み潰す圧倒的な力を誇っている。

 フィンドラが魔法という武器を得る以前、スウェルダがこの地方で絶対的な強者でいられたのは、この陣形――ファランクスを周辺国よりも優れた精度で機動することが出来たからだ。


 ただ、ファランクスには弓矢による遠距離射撃や、側面からの騎兵の突撃といった弱点がある。しかしスウェルダは、『スカナディア山脈』の自国側の麓から採掘された特殊な超硬質金属を加工し、並の矢では貫けない鎧を生み出すことで、弓矢という一つの弱点を克服していた。


「さあ吼えよ、狂え、壊し尽くせ! スウェルダの戦士たちよ、閣下の邪魔をする者は全て、排除するのだ!!」


「おおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 葛藤を戦の昂りで塗り潰してしまいたい――そんな一心でイルヴァは豹変したように叫んだ。

 足を踏み鳴らし、雄叫びを上げる重装歩兵たちの放つ威圧感は本物だ。

【スウェルダの巨神】とまで恐れられたファランクスは進撃を開始し、街道での会戦に臨んでいく。


(――街道の脇には民家や商店が軒を連ねている。騎兵が回り込んでファランクスを挟撃するのも不可能。街道を迂回して門に接近してくる場合には、弓兵部隊が迎撃する。最悪、私が魔法で足止めすることになりそうだが、そうなれば数的に長くは持たない……)


 洗脳兵たちの演出された熱気も、イルヴァを戦という世界に没入させるには十分だった。

 王女に引き寄せられていた意識が眼前の戦争に向き、頭がすっと冴えていく。

 先の展開を予測、確認する作業を滞りなく進めながら、イルヴァは懐の水晶玉に視線を落とした。


「ルノウェルス王国の一個師団の出現を受け、【スウェルダの巨神】を目覚めさせたのであります」


『おおっ、いきなり本気じゃん! いいねぇ、オレも実際に見てみたかったなー』


 こちらこそ、殿下が側にいてくれたら。

 そんな願いが首をもたげるが、イルヴァはそれを隠して笑みを繕う。

 だが水晶玉に映る主の顔は、イルヴァを心から慮っているように曇っていた。


『長い間一人きりで働かせちゃって、ごめんね。君が役目を終えたら、必ず迎えに行くから。この腕で抱きしめて、いっぱい愛してあげるから。だから、ね……もう少し、頑張っておくれよ』


 カタロンの愛は平等だ。彼にとっては部下の皆が友人で、家族で、恋人なのだ。

 イルヴァは彼のそんな姿勢が好きだった。その博愛の精神は彼の思想と密接に繋がっていて、彼女は共にその理想を追い続けると誓っていた。


「了解であります。殿下のことを思うと、小官、不思議と力が湧いてくるのであります!」


 カタロンへの想いはきっと、この先も色褪せることはないのだろうと思える。

 だが、それとは別に同じくらい大切な人が出来てしまったことを、イルヴァはついにカタロンに言い出せなかった。

 

『あはっ、ありがとー。愛の力って偉大だねぇ。じゃあまた、ハニー』


「ご武運を、殿下」


 ちゃらけた別れの挨拶にそれだけ返し、イルヴァは目を細めてルノウェルスの騎兵たちを見据える。

 先頭の三騎が見知った若者たちであると望遠鏡で捉えた彼女は、戦意に滾る口元に凄絶な笑みを刻んだ。


「使命のために戦うのは、こちらも同じ。容赦も慈悲も、貴殿らには必要ない。正々堂々、打ち砕いて差し上げましょう!」

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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