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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
最終章【傲慢】悪魔ルシファー討伐編/マギア侵略編

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5  少年と少女のフィリア

 緊急招集のもと開かれた会議は一時大荒れの様相を呈したが、エミリアの登場によって粛々と進み、無事に終了したのだった。

 決定事項は三つ。一つは予測されるマギアの侵略に備えて軍拡を加速すること。二つ目はトーヤたちがルノウェルス軍に同行し、スウェルダの内乱を収めること。そして三つ目は、エミリア自身も【神器使い】としてノエルとの戦いに臨むということであった。

 会議終了後、その日のうちにエミリアは通信の魔道具でルノウェルスのカイ王に連絡を取った。水晶玉に映るカイの顔には憔悴の色が濃く浮かんでいたが、それでもエミリアの提案を快く受け入れてくれた。


「南方から仕入れたワインです。陛下はお酒好きで、そのコレクションの中から一本、頂いてきちゃいました」


 その日の夜、エミリアは自室にトーヤを呼び、悪魔との決戦を前に最後の談話の時を過ごしていた。

 広々としたバルコニーに椅子とテーブルを用意し、よく冷えた葡萄酒をグラスに注ぐ。王女に酌をさせてしまって恐縮そうにしている少年――エミリアの発言に冷や汗も流している――にエミリアはいたずらっ子の笑みを浮かべた。


「まぁ、気にせずに飲んじゃってください。これは私から父への意趣返しでもあるんです。それにあなたなら、私の共犯者になることも厭わないでしょう?」


「意趣返し、ですか? ……エミリアさん、何だか変わりましたね」


 エミリアとティーナとの間にあったことを知らないトーヤは、意外そうに目を丸くする。

 そんな彼にエミリアは微笑み、視線を星々がきらめく夜空へ向けた。

 雲一つない快晴――今のエミリアの気分をそのまま表したようだ。


「トーヤ君。私ね……君のことが、大好きなんです。とても格好いいと思います。使命のために命を賭して戦う君の姿は、本物の英雄みたいで……君に対して抱いていた関心が憧憬というものに変わっていったことに、最近、気づきました」

 

 ルーカス・リューズとドリス・ベンディクスを巡る戦いで、エミリアは少年の全力を初めて目にした。

 自分のありったけの思いを燃やしてルーカスやドリスにぶつかる彼。その姿に、エミリアは心を揺さぶられた。理性と計算で戦闘をコントロールする自分のスタイルとは正反対の戦い方は、衝撃でしかなかった。

 あんな風になりたい。彼のように、思いを――感情を激しく燃やして戦いたい。

 ティーナの問いかけがなければ、恐らく自覚することもなかったであろう気持ちである。彼女がいなければエミリアはきっと、時を経るに連れて理性の怪物となっていったはずだから。


「憧れ、かぁ……何だか、面と向かって言われると照れくさいですね。でも、もし僕を見てエミリアさんが良い方向へ変わってくれたのなら、それはとっても嬉しいです」


「ふふっ……陛下の望む『欠落の王女』にはなり損ねたけれど。これでいいのだと、心からそう思えます」


 清々しい表情でいるエミリアは、少年に盃を掲げてみせる。彼女と笑みを共有するトーヤは、エミリアという少女の門出を祝って乾杯した。

 喉を通る美酒に陶然と味わいながら、茶髪の王女は話題を明日の戦いの件に移す。


「トーヤ君。君なら必ずノエル氏に勝てます。私が、保証します」


「それは頼もしいですね。あの男とは一度戦って、手の内はある程度分かっている。今度こそ確実に倒してみせますよ」


 リューズ商会と縁を切った日から、トーヤは絶対に超える目標としてノエルを掲げてきた。

『組織』の長はシルであるが、【色欲アスモデウス】や【嫉妬レヴィアタン】、【傲慢ルシファー】と3つもの悪器を管理していたところから見るに、ノエルの勢力は組織内でもかなりの存在感を示している。彼を打倒すれば組織は半壊する――シル・ヴァルキュリアをイヴやリリスの呪縛から救う道も、一歩前進できるのだ。


 胸を張ってみせる少年の顔は、英気に満ちて眩しい。

 ドリスとの戦いから一週間あまりが経ち、十分な休息を取れたことも勿論もちろん)あるだろうが、やはりドリスという強敵を打ち破れたことでさらなる自信をつけられたのだろう。


「ねえ、トーヤ君。一つ、お願いをしてもいいですか?」


「あ、はい。何ですか?」


 グラスを卓上に置き、椅子から腰を浮かした彼女は身を乗り出して、少年に顔を近づけた。

 縮まる距離に、少女の胸が否応なく高鳴る。瞳を潤ませて上目遣いを送ってくるエミリアに、トーヤも視線を落ち着きなく彷徨わせた。

 次にエミリアが口にした言葉は、少年がシルとの対面を終えて帰還した夜と同じものであった。


「あの……キス、して頂けませんか。君にエルさんという大切なパートナーがいることは、承知の上ですが……この先、私が結婚することになったとしても、本当に愛した人と添い遂げられるとは限りません。むしろ、そうでない可能性の方が高いんです。こんなこと言っても、戸惑われるだけかも知れませんが……私は、愛を知りたくて、知りたくてたまらなくて。君のような人が現れてくれたら、どれだけ良いかと……そんなことを、無性に考えてしまうのです」


 ただ、あの時と違うのは。

 エミリアが己の感情をこれほどまでに発露している、ということだ。

 声を震わせて、少年の手を取って、彼女は訴える。王族の結婚に恋愛など絡まない。王家の血を引く家柄の誰かと、半強制的に結婚させられるだけだ。選ぶ権利などない。あったとしても、それは『王家の血を引く者』という狭い世界に限られる。


「君がいれば、私は私らしくいられる。君と、そしてティーナがいなければ、私は自分が何を望んでいるのか見つけることが出来ませんでした。君は私にとっての『特別』です。この感情を言葉として表すならば――『愛』だと、思うんです」


 エミリアはこれまで、自分の感情を押し殺して生きてきた。王女として相応しくないものを何もかも削ぎ落とし、王の望む「支配の機構」になろうとしていた。

 だが、それを止めてしまえば――ゴミ箱に押し込めていた「感情」を拾い上げてしまえば、芽吹く恋慕をどうしても抑えられなかった。


「エミリアさん……」


 伏せた睫毛を震わせる少年は、胸に手を当てて逡巡していた。

 しかし彼は、やっと己の在るべきところを見出した彼女の願いを拒否することも出来なくて。

 意を決したように葡萄酒ワイン)のボトルに手を伸ばし、それをグラスになみなみと注ぐ。


「んくっ、んっ……」


 グラスを傾けて一気飲みした彼は、服の袖で乱暴に口元を拭うとエミリアを見つめた。


「いいよ。さあ――おいで」


 トーヤは席を立ち、エミリアの前まで移動する。

 自分より僅かに背の高い少年を見上げ、少女は彼の肩に手を伸ばし――抱き寄せて、キスをした。

 口内に満たされるのは、ワインの滑らかな酸味と甘味。

 瞳を閉じ、彼と共有する仄かな熱の感触を味わったエミリアは……やがて、唇を離す。


「ありがとう、トーヤ君」


 少年の夜空のような瞳と視線を絡め、エミリアは感謝の言葉を彼に贈った。

 鼓動は不規則に速まり、身体は熱を宿している。これで渇きは潤されたのだと、エミリアは思った。その安堵感から弛緩した笑みを浮かべるエミリアに、トーヤは少し目を見開いて言ってくる。


「そ、そんな僕のキス良かった?」


「うふふっ……さぁ、どうでしょう?」


「えー、なにそれっ」


 エミリアが小首を傾げてはぐらかすと、トーヤはやや欲求不満そうに苦笑した。

 一歩後ろに下がって彼との距離を取ったエミリアは、凛と背筋を伸ばし、決然とした口調で告げる。


「君にはこれからも、私の友達でいてほしい。この先の未来――大人になっても、お婆さんになっても、私は君と友達でいたいんです」


 その言葉をもって、彼女は少年への恋情にピリオドを打った。

 彼が特別な存在であるのは変わらない。対等に親愛の情を抱く、換えのきかない友でありたいと願っている。

 そんなエミリアの申し出に、トーヤは当然だと言わんばかりに勢いよく頷いた。

 彼女の手を握り込み、穏やかに言葉を返す。


「僕も同じことを望みます。近い将来、悪魔を討つ使命を果たした後も、僕はあなたたちと共にいたい」


 そう口にしてから静謐な星空を見据えるトーヤに、エミリアも同じように空を仰いだ。

 かつて、大切な人を守るために命を捧げた青年がいた。その青年の願いを背負って、人々を守る魔法を編み出した神がいた。その神の意思を継ぎ、悪魔の攻撃から都市を守り抜いた王子がいた。

 この星空は脈々と受け継がれる平和の象徴だ。共に歩み、それを守っていこう――少年と王女は二人きりで肩を寄せ合い、その決意を新たにするのであった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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