2 簒奪の白髪鬼
武装した男たちが王宮を取り囲み、その門の前で睨みをきかせている。
その数はおよそ千を超えている。整然と組まれた隊列は、烏合の衆のものでは決してない。完璧な統率によって動かされている武装集団――竜の頭を象ったリューズ家の紋章が胸に貼り付けられているが、紛れもないスウェルダ軍の兵士たちであった。
「開門せよ!! さもなくば、ここにいる人質どもの命はない!! 繰り返す、開門せよ――」
王宮前の広場には人質として捕らえられた住民たちが、兵士たちによって首元に刃を突きつけられていた。
横一列に並べられた人質たちの殆どが、女子供。混乱の中で上がる子供の悲痛な泣き声に、王宮の守衛たちは唇を噛み締める。
「奴ら、卑劣な真似をッ! しかし、分からんことだらけだ……なぜ、これだけの数の兵士たちの動きを察知できなかったのだ!? このような事態になるまで、本当に誰も気付く余地はなかったというのか……?」
指揮官の男がこぼす疑問に、答えを返す者はいない。
王宮の外周には強固な壁が建てられているが、それが突破されればもう砦はない。壁上から広場に陣取る反逆者たちを見下ろす守衛たちは脂汗をたらりと流しながら、狼狽の中で武器を手に取った。
「どうしますか、隊長!? このままでは、人質が――」
「馬鹿を言え、我々が最優先に守るべきは陛下だ! 逆賊どもの侵入は絶対に許してはならん!」
一人の子供が泣き出せば、連鎖するように一人、また一人と泣き声が増えていく。
人質を押さえる兵たちは子供たちを黙らせようともせず、ただ無言で彼らの首に剣を当てていた。こいつらはいつでも始末できると、そう誇示するように。
兵たちに捕らえられた女たちは、騒ぎ立てずに正規軍の救出を待っている。壁上にいる守衛たちは彼女らの乞う視線に、目を背けられなかった。
助けられはしない。だが、目を逸らせば彼女らの希望は潰え、絶望の中で死んでいくしかなくなるのだ。
「我々の要求に応えないと言うのだな? では――処分しろ」
人質と使命との間で揺れる守衛たちの動きは、硬直していた。
それを心底くだらなさそうに見上げた反逆者側の指揮官は、無機質な声で部下たちに指令を下す。
「――――」
絶鳴すら上がらなかった。無慈悲に散る真紅の花弁が守衛たちの目に焼き付き、彼らの動揺と、次いで焦熱のごとき怒りを呼び覚ます。
王に反旗を翻した上に、民衆をも冷酷に殺害した逆賊。同じ軍人でありながらそのような非道な行為に及んだ彼らは、守衛たちの目には理解不能な怪物として映った。
「この光景を見てもまだ、動かずにいられるか!? 貴様らの選択肢はただ一つ、開門せよ!」
*
反逆の首謀者たるノエルは彼の居城『リューズ邸』に据えた玉座に着き、戦況を魔道具の映像で確認していた。
葡萄酒のグラスを傾ける彼は、傍らに立つ女へ満足げに微笑みを向ける。
「初動は順調。ふふ……スウェルダ軍の者共はなかなかに有能じゃないか。協力感謝するよ、少佐殿」
そんな彼からの礼に、女は黙って頷くのみであった。
ノエルの手駒として使える人員は、女の指揮下にある大隊ふたつ。その全員がルシファーの【悪器】により洗脳されており、【悪器】が破壊されない限りそれが解けることはない。さらに『リューズ商会』が事前に軍に忍ばせていたスパイも用いることで、ノエルはストルムに駐屯する軍を内部から侵食することに成功していた。都市防衛における主要な軍人は既に悪魔の支配下にあり、今日この時をもってその悪意が一斉に開花したというわけである。
スウェルダ軍は「味方による裏切り」を全く考慮していなかった。彼らの意識はもっぱら『マギア』などの外敵、及び『組織』に向けられており、内部からの反逆は軽視されていたのである。それだけではなく、安定したケヴィン王の治世の下でクーデターが起こるなど、王自身でさえ想定していなかったのだ。その驕りとも取れる油断が、より被害を広げる結果となってしまったのは言うまでもない。
「都市の封鎖は済んだ。残る王宮さえ落としてしまえば、私の王国は完成する。くくっ……民たちの平伏す様を見渡すのが楽しみだよ。この私の覇道はもはや、誰にも止められはしないのだ」
肥大した利己心が男の【傲慢】を増長させ、彼にこのような暴挙を起こさせた。
しかしそれを止めるだけの力を持つ者は、彼の下にはもういない。
いるのは傲慢の悪魔と、『協力者』の女だけだ。
「スウェルダを転覆させた暁には、閣下の新たなる国が出来上がる。悪逆の王の統べる、恐怖の王国が。嗚呼、小官も楽しみで仕方がないのであります」
喉を鳴らして笑うその女の様子に、ノエルはますます気を良くする。
――悪魔との関わりが露見した以上、日和った立ち回りなどしても意味がない。この力を存分に振るい、私だけの支配を築く。そして私こそが世界の王者となるのだ!
執務室の椅子から立ち上がったノエルは、手に持ったグラスを床に打ち捨てて哄笑する。
天井を仰ぎ、両腕を広げ、己の【傲慢】を賛美するかのように、彼は笑い続ける。
「くくくくくくっ……くははははははッ!! 私の力を直に世に知らしめるのも、一興かもしれないな。……おっと、少佐殿は手出ししないでくれたまえよ」
そう呟いて女に釘を刺すノエルの背には、3対の漆黒の翼が顕現していた。
【神化】を発動したことで生まれたその堕天使の象徴に、赤い魔力の光を纏わせながら、ノエルは窓辺から飛び立った。
羽ばたいて目指すのは、王の座す場所。彼が簒奪すべきものの全てはそこにある。
その禍々しい影を見送る女は、溜め息を吐いて手元の魔道具に視線を落とす。透き通った水晶玉の表面に映るのは、橙黄色の豊かな髪であった。
『仕事は順調かい?』
友人にでも話すかのような口調で訊いて来た少年に、女は「ええ」と肯定した。
全ては祖国のために。それが彼女の信念だった。役目を果たす時はようやく訪れ、決戦の刻も迫って来ている。
それなのに――この、煮えきらなさは何なのだろう。
「イエス・サー、滞りなく進行しているのであります。殿下のご武運も、お祈り致します」
『あぁ、頑張るよぉー。じゃあねー』
緊張感のない別れの挨拶に、女は重ねて嘆息する。
自分の使命は、祖国に救われたあの日から胸に刻まれている。しかし、それに相反するこの地で抱いた情も、確かに彼女の中にあった。
どちらを取るか、彼女に決定権はない。迷う選択肢などない――主に殉じることこそが、彼女のすべきことなのだから。
「裏切りこそ我が本望――。さぁ、あの牙城を崩してごらん、ノエル殿」
女は乾いた笑みを漏らし、窓際に背中を預けた。
背後の人々の叫喚が心地よく耳を撫で、その光景を瞼の裏に描きながら、女は鼻歌を口ずさむ。
*
王宮前の広場は屠殺場と化していた。
時間の経過と共に人質が一人、また一人と始末されていくが守衛たちは断固として開門を許さず、反逆者たちへ迎撃を開始する。
壁上から射出される弓矢の雨は人質ごと敵を射ち、宮殿の門への侵入を一人たりとも許さなかった。
「射て、射てぇッ――!! 命を賭してでもこの門だけは守るのだ!」
鉄の臭いが充満する。泣き叫ぶ声は止まない。攻撃に伴い連鎖する絶鳴、累々と転がる屍。平和だったストルムは、一日も経たず惨劇の舞台となった。
が、戦況は王宮の守衛たちに傾きつつある。人質を無視せよとの指揮官の命により、一切の慈悲を捨て去った彼らの矢は躊躇いなく迫る者を射ち殺した。
しかし、安心など出来はしない。ストルムがリューズの策で閉鎖されてしまった以上、籠城戦に臨んでもやがては物資が尽きて終わってしまう。短期決戦に持ち込み、反逆者たちを制圧する――それ以外に、勝ち目はないのだ。
「人質を見殺しにした非道を責められようが、構わないわ。私は勝たねばならない。ケヴィン陛下の名にかけて!」
真紅の長髪が風に舞い、高らかな王女の宣言が反逆者たちへ届き渡った。
王宮南側の壁上に立ったミラ・スウェルダは神器を携え、抜き放ったその細剣に魔力を込める。
毅然と謀反者たちを見下ろす彼女だったが、その胸中は不安に揺れていた。
無二の副官、イルヴァ少佐の姿が今朝から見当たらないのだ。何の言葉も残さず、忽然と彼女はいなくなった。
悪魔に対抗する力を希求した決意の時から、常にイルヴァは隣にいた。ミラを献身的に支え、戦闘だけでなくプライベートな時間も共有した。そんな存在がいないだけで、こうも心に空白を抱えることになろうとは思ってもみなかった。
(イルヴァ、どこにいるのよ……!?)
そう内心で叫びながら、ミラは【光の細剣】に溜めていた魔力を一気に解放する。
広場に敷かれた敵の陣へと一条の光が疾走り、その直線上にいた兵を焼き切る。
白熱の光線が穿った胸を見下ろして倒れる男の一人は、最期に視界に映った赤髪の女へ悪罵の言葉を吐きちらした。
「貴様も、無道を行くか……!」
ミラ・スウェルダは取捨選択を冷然と下せる女であった。逆賊は逆賊。元臣民だろうが関係ない。罰すべき悪は容赦なく裁く――その結果、己の手を汚すことさえ厭わない。
「反逆者たちに告ぐわ! この威光を目にしてまだ抗う気力が残っているのなら、全力でかかってきなさい! しかしそうでないというのなら、その命だけは見逃してあげる! さぁ、選んで! 降伏か、死か――道は二つに一つよ!」
民たちは恐怖に押し潰されている。その現状を打破し、この危機を乗り越えるにはミラが反撃の象徴となる以外にない。
ここで活路を切り開く――覚悟を胸に【神化】を発動し、ミラは神バルドルと同じ白い長髪をなびかせる。
掲げられたレイピアの切っ先から溢れ出る陽光のごとき灼熱のエネルギーに、反逆者たちは確かに気圧されていた。逃げることも許されず、かと言って動くことも叶わない。ミラが光魔法を広場全体に放つだけで、遮蔽物のない戦場にいる彼らは敢え無く全滅するだろう。
しかし、呪いが彼らを駆り立てた。
その目に浮かぶのは紅き血の炎。リューズの呪縛が彼らから降伏の選択を奪い、無謀な攻撃を強制する。
「うおおおおおおおおおお――ッ!!」
そこに彼ら自身の意思はなかった。ノエルの操り人形として散っていく宿命を負わされた彼らは、剣や弓、槍を各々構え、王女への突撃を開始した。
血走った眼、滾る咆哮。それは戦場の最前線の兵士たちに、上官が求めるものであるはずだった。それらに対してミラが「哀しい」という感情を抱いたのは初めてのことであった。
あの赤い目には見覚えがある。あれは、悪魔に支配された者の瞳だ。恐らく彼らには何の悪意もないのだろう。単なる駒として、使役させられているだけなのだろう。
――絶対に、許してはならない。人の意思を踏みにじり、私欲のために利用する。そんな傲慢を、これ以上犯させてはならない。
「ごめんなさい。でも……止めるには、これしかないの」
白雪のような羽衣に包まれたミラは、ふわりと天へ舞い上がる。
太陽を仰ぐように掲げられたレイピアの切っ先から生み出されるのは、白熱する魔力の球だ。
純白の少女は戦場を見下ろし、最後にそう呟きをこぼして――そして、慈悲なき魔法を炸裂させた。
「【我は光の神の代行者。罪を裁き、罰を下す者なり。この背に宿すのは慈愛の光、この手に握るのは執行の剣。解き放てよ、汝が神罰】――【神光解放】!!」
光の巫女の歌は玲瓏に紡がれ、断罪の調べを奏でる。
直後、膨大な熱を一点に凝縮した魔力球が弾け――死の雨が降り注いだ。
「――――――――ッ!!?」
ホワイトアウトしていく世界。その中で一瞬にして灰燼と化した、兵士たち。
激しく点滅する閃光の散弾は、数秒間に渡って広場の者たちを徹底的に穿ち――最後には、消し炭となった残骸がその場に積もるのみであった。
城壁上に降り立ったミラは怒号の止んだ戦場を見渡し、行き場のない後悔と虚無感を胸に抱えながら、切れ切れの言葉で状況を確認する。
「ハァ、ハァ……。この場の敵は、殲滅できた。あとは、北と西、東の門を囲む奴らを……同じように、潰せば……っ」
「し、しかし! それでは殿下の御身が……!」
「私の、身体なんて……どうなったっていい! 守るべきは、国よ。民たちの命よ。……私という、個人じゃない。王に仕える、立場なら……弁えているはず、よね」
部下の気遣いをミラは拒絶した。自分の立場を引き合いに出されては、部下たちも反駁できない。
俯く彼らに歩み寄った王女は、彼女らしい勝気な笑みを浮かべて言った。
「私が力を得たのは、この国を守るためよぉ。例えここで翼が折れたとしても、その願いを果たせるのなら本望なの。だから……止めないで。私を信じて!」
そして王女は飛び立つ。あと三ヶ所、そこさえ押さえれば反逆勢力は壊滅する。
西門へと急ぐミラの鼓動は乱れていた。魔力の大量使用による肉体の消耗だけではなく、大量殺人を犯してしまったことによる罪の意識も彼女を追い詰める。だが、空を翔ける勢いは落とさない。この国を今救えるのは、彼女しかいないのだ。
ミラの意識は逸っていた。そして、使命を背負い込むあまりに一点しか見えていなかった。
だから、気付けなかった。
堕天使の襲来に――ノエル・リューズが下した守護天使への鉄槌に。
「がはっ――!?」
無音で彼女へ急迫し、殴りつけてきた漆黒の翼。
衝撃に吹き飛ばされる間際、それを目にしたミラはただ、恐怖を覚えた。
こちらを見下ろす男の赤い瞳には、冷ややかな侮蔑のみが宿っている。
「無力を知れ、【神器使い】。君は我が覇道を阻めない。どのような手を尽くそうと、それは変わらないよ」
伸ばした腕のごとき闇の翼を引っ込め、ノエルはミラにそう言い捨てて去っていった。
彼が向かう先は王宮の本殿だ。その人ならざる後ろ姿を睨み据えながら、胸壁の一点に身体をめりこませたミラには唇を噛むことしか出来なかった。
「……無念……っ」
スウェルダ軍は魔導士の部隊を置いていない。これは非魔導士の保守層に忖度したためであったが、それが悪魔の侵攻を許す結果を呼んでしまったのは言うまでもない。
ノエル・リューズは悠々と王宮敷地の上空を行く。眼下から射たれる矢も、彼の防衛魔法の前には何の意味も持たない。
彼には一本の道が見えていた。スウェルダの王から玉座を簒奪する、決定づけられた運命という道が。
「【従え】――それが君たちの使命なのだから」
彼の囁きひとつで阻む者は武器を収め、敬礼する。降下したノエルは王宮の建物内に侵入し、『玉座の間』を目指して孤独なる進撃を悠然と続けた。
誰も拒めない。誰も阻めない。なぜなら、ノエルこそがこの場で最も強者だから。単純な力、それこそがこの世界の主導権を握る。力ある者が絶対の王者だ――その一つの真理を、ノエルは弱者たちに見せつけた。
何も、邪魔をする全員に術をかける必要すらなかった。仲間が思考を奪われ、ノエルに服従する様を見れば、脆弱な者は恐れをなして逃走、あるいは降伏する。
闊歩するノエルの背後には今や、何十にも及ぶ臣下の行列が生まれていた。
この廊下を抜ければ、『玉座の間』は目前だ。だがノエルは期待に高揚感を覚えたり、緊張に震えたりなどはしていない。泰然と、この先で起こる結果だけを見据えている。自分のもたらす行為が成功するのだと確信し、その上でその後に何を為すのかまで彼は既に考えていた。
「さあ……その王位、貰い受けようか」
扉を開き、彼が指さした先には、玉座に着いたケヴィン・スウェルダがいる。
彼は王宮が襲撃されている有事にあっても、逃亡していなかった。王として逃げるわけにはいくまいと思っていたわけではない。ノエルがここまで侵入して来ていると、彼は部下の誰にも知らされていなかったのだ。ケヴィンは決して愚鈍な王ではなく、もし察知できていたら対処も打てたはずだ。が――ノエルの絶対遵守の魔法に対し、王宮の者たちはあまりに無力だった。
「ノエル・リューズ……! 悪魔に手を貸すのみならず、我が玉座まで奪おうというのか?! どこまでも愚かな男よ!」
「減らず口を叩いてくれるな、ケヴィン殿。最後の言葉くらい、綺麗なものを選んだらどうかね?」
握り拳を震わせるケヴィンに、ノエルはせせら笑った。
この会話はまさしく茶番だ。一切の価値もない。ケヴィンという男の終焉を飾るための、手向けという慈悲に過ぎない。
白髪の男と相対する王の胸中には、驚愕と焦燥、そして得体の知れない忌避感が渦巻いていた。
そして何より――自分とは隔絶した相手の実力への畏怖と、無力感。王として露呈させてはならないその感情を押し込め、ケヴィンは腰に差していた「王家の剣」を抜き放った。
「何が最後の言葉だ。民を虐げ、王位をも簒奪せんとするその凶行、万死に値する!」
その叫びに反して、彼の腕は否応なく震えていた。心では抗いたくとも、身体はそれを許さない。
ノエルは笑っていた。彼の微笑みはこれから命をそぎ落とす者への手向けであった。
貴方の死が私の覇道の礎となる――そう感謝を込めて、【傲慢】の契約者の男は背の翼を大きく広げた。
三対の翼の偉容にケヴィン王や、彼の側近たちは足を竦ませる。赤い炎を纏って揺らめくそれはまさしく、怪物の象徴。
「「「リューズ! リューズ! リューズ! リューズ! ……」」」
そして男の背後から響く重奏をもって、この場の主導権は完全にノエルのものとなった。
一歩、また一歩。静かに距離を詰めてくる白髪の男に、ケヴィンは硬直したまま何を言うことも出来ない。
稼働を拒む喉を、振り絞った意志の力でどうにか動かしたケヴィンの最期の問いに、ノエルは答えなかった。
「娘は……ミラは、無事なのか!? それだけでも、教えてくれ……頼む……!」
「――さようなら、ケヴィン王」
王の眼が張り裂けんばかりに見開かれ、次の瞬間――彼の肉体は堕天使の翼に包み込まれた。
「やめろ、嫌だ……私は、まだ……倒れる、わけには……!」
ケヴィンの痛哭も、ノエルの耳には雑音としか捉えられない。
今際の際に王の脳裏に過ぎったのは娘の笑顔であり、彼女の幸せだけを願いながら、不可逆の死という運命に彼は身を預けた。
人の肉体が潰される湿った音。次いで、事切れたそれが床に落下する鈍い音。
骸を見下ろし、その頭から冠を剥ぎ取ったノエルは、玉座へと足を運んだ。
「ふふっ……良い眺めじゃないか」
一人の男を殺した後にも関わらず、傲岸不遜に笑みを浮かべるノエル。
王の証たる黄金の冠を白い頭に載せた彼は、この場に集った偽りの臣下たちを見渡して宣言した。
「これより、スウェルダという国は滅び、新たに『リューズ王国』が誕生する! さあ、お前たち――我に平伏すのだ!!」




