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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
最終章【傲慢】悪魔ルシファー討伐編/マギア侵略編

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プロローグ  英雄を求めた少年

トーヤ君たちの物語もついに最終章まで来ました。

彼らの戦いの行方を最後まで見届けて頂けたら嬉しいです。

 水鳥が悠々と空を翔け、真夏の日差しが水面に反射してきらめく大海原。

 普段は漁師が遊漁に出ている穏やかな海であったが、この日は様子が違った。


「何だよ、あれ!?」

「で、でけぇ……!」

「あんなもん、どっから来たんだ!?」


 船上の漁師たちが迫り来るそれらを指差し、口々に騒ぎ立てる。

 彼らが目撃しているのは巨大な黒い帆船であったが――次第にそれが違和感を醸していることに気づく。船が風の流れを無視して進んでいるのだ。


「ただの帆船じゃねぇ。どうなってやがるんだ……!?」


 漁師たちは驚愕するが、その答えを導き出すことは出来なかった。

 当然だ。その技術に関して、何も知識を持ってはいないのだから。無知の知、という以前の問題である。

 そして彼らの驚きはさらに膨れ上がっていく。黒い帆船の数は一つや二つでなく、二十を超える艦隊を組んでこちらへ向かっていたのだ。遠目にだが、その後方にも黒い船の影が確認できる。

 これは果たして何事か――今度は、ある者が答えにたどり着いた。

 

「軍艦の群れ……間違いねぇ、戦争だ!」


 その叫びに顔を真っ青にする漁師たち。青天の霹靂の事態に彼らは漁を切り上げ、大慌てで港へ戻っていくのであった。



「あはっ、いい眺めだねー! これが遠征じゃなかったら、海を泳いで遊びたかったなー」 


 地元の漁師たちが真っ青になっているのもいざ知らず、呑気な声が船上で上がった。

 甲板に設けられた柵から身を乗り出し、眼下の水面を見渡しているのは、豊かな橙黄色の髪をした細身の少年であった。

 少年はノースリーブのシャツに太ももが殆ど露出したハーフパンツと、夏を満喫する気満々の格好をしている。太陽のごとき笑みを浮かべる顔はよく整っており、貴公子然とした雰囲気を帯びていた。


「カ、カタロンお兄様っ! これは陛下の命を受けたれっきとした遠征なのですから、少しは自重してください……!」


「なんだいエウカリス。航海中はどーせ暇だし、ちょっとくらい羽目を外してもいいじゃないか」


 唇を尖らせる兄に小言をいう妹――エウカリスは、彼の前に歩み出て半眼を送った。

 兄のカタロンとは真逆で、彼女は紺を基調とした軍服をきっちりと身につけている。兄と瓜二つな顔ながら、その雰囲気は本人の気性を反映してか控えめだ。濡れ羽色の髪と翠の瞳が、落ち着いた美しさを醸している。


「いくら皇族といっても軍の風紀を乱してはダメでしょう。この前だって、女性士官を部屋に呼んで、い、いかがわしいことをしていたそうじゃないですか。わたしにもそのくらい分かるんですからね! 誤魔化そうとしたって無駄ですよっ!」


「ほーぉ、箱入り娘なりにちゃんと勉強してたってことか。じゃあさー、この前オレがあの人と寝たことも知ってる? ほら、君がお熱のあのイケメン官吏」


「は、はぁっ!? う、嘘でしょう……というか、何で私が彼を好きでいることを知ってるんですか!? 知っててそんな真似をしたんですか!? 最っ低ですね!」


「あっはは、冗談だよ、じょーだん。いくらオレが男もいけるからって、妹の片思いを邪魔する趣味はないよ。ってか、あの人妻帯者だし。流石にそんな不義理は犯せないね」


 顔を真っ赤にして喚き散らしたエウカリスに、真顔で返すカタロン。

 大声を出して周囲の注目を買ってしまったエウカリスは、両手で顔を隠してその場にうずくまる。

 羞恥に悶える妹の頭を屈んで撫でてやりながら、カタロンは声色を真剣なものに変えた。


「……オレの【神器】の力を高めるには、『愛』の力が必要なんだ。だから許容しておくれ、日頃から悶々としてる君には辛いだろうけど」


「いちいち煽るような発言はよしてください。……嗚呼、なぜ私の神様は処女神なのでしょうか」


 カタロン・ラ・マギアと、エウカリス・デ・マギア。

 異母兄妹ながら二人が行動を共にする理由は、その【神器】にあった。

 双子の神、アポロンとアルテミス――この二つの【神器】は同じ戦場にあれば共鳴してさらなる力を発揮するのだ。

 奔放な兄と几帳面な妹という、本来相性の良くない二人が組んでいるのはそのためである。

 とはいえ、エウカリスは天真爛漫なカタロンを憎めないでいたし、カタロンも自分を律してくれる妹の存在を有り難く思っている。


「しっかし、陛下も思い切った決断をするよね。あんまり大声じゃ言えないけど、正直逸り過ぎな気がしなくもないんだよねぇ」


「ええ……私もそれは同意します。スカナディアの三国同盟は結ばれたばかりで、彼らの士気は最高潮。そんな時期に攻め込むよりも、もう少し間を置いた方が彼らの気も緩んでいるはずです。それなのに……」


 と、小声で本音を吐露したカタロンに、エウカリスも頷いた。

 皇帝が侵略を急く理由は何なのか、彼女には見当もつかない。いや、そもそもこれ以上の侵略を進める意味すら分からないのだ。最近だって一つの小国を傘下に収めたばかりだし、領土は今のままでも十分広い。

 怪訝そうな表情を隠せないエウカリスに対し、柵に寄りかかって遠い目で空を見るカタロンは、帝の感情を理解しているようであった。


「陛下はね、世界を変えたいんだよ。究極の理想家なのさ。マギアの素晴らしい文化と技術で、世界を改良する――そのための一番手っ取り早い方法が、侵略と占領ってわけ」


「……ですが、その土地の文化を破壊してまでマギアの思想を押し付けるのはどうかと思います。現地の亜人だって迫害されてしまっているそうではないですか」


 エウカリスは魔導帝国マギアの皇女で、神器使いだ。

 しかし彼女は、占領された国に実際に滞在し、視察した際に感じてしまった。パズルのピースが噛み合わないような違和感を。余所者から見てもそうなのだから、現地民からすればそれ以上なはずだ。

 本当にここまで徹底した思想教育は必要なのか。魔導士こそが至高であり、帝こそが神なのだと教えるのは、傲慢な押しつけではないのか。

 そう反発の考えを抱きながらも、彼女は帝という圧倒的な権力を前に抗えずにいた。


「おっと、言葉は選んだ方がいいよ。オレと君との絆を壊したくはないでしょ?」


 流し目を送ってくるカタロンの忠告に、エウカリスは素直に口を(つぐ)んだ。

 カタロンは帝を信奉している。その訳はエウカリスの知らないところであったが、彼自身も深く語ろうとはしてこなかった。


「分かればいいのさ。――陛下の王道を阻む者は、オレが断じて許さない。楯突くのなら兄弟にだって剣を向ける。それが忠義ってもんでしょ?」


 まだ十五、六の少年の横顔には、確かな覚悟が刻まれている。

 その不相応に影を帯びた輪郭に、エウカリスは黙って頷くほかなかった。



「魔導士の、魔導士による、魔導士のための世界を創造する! 我らが祖、セトが成した偉業を再び築くのだ!」


 魔導帝国マギアの首都、アンティキア――その北端に位置する学園の講堂にて、一人の男が理想を説いていた。

 学生たちの尊崇の視線を浴びる立ち姿は剛毅にして、優美。黒いローブを纏い、銀の長髪を背中まで流した長身痩躯の壮年の男は、その瞳に爛々と炎を灯しながら言葉を続ける。


「さあ、杖を掲げよ! 炎を燃やせ! 君たちの命が我が王道の礎となり、未来への架け橋となる! 恐るな、歩み出せ! 魔導の叡智と誇りにかけて、我が尖兵となり敵を討て! 若き戦士たちよ、今こそ飛び立つのだ!」


 ここに集っているのは、学園を卒業して軍へ入隊しようという魔導士たちだ。

 一様に使命に燃え、決意を胸に帝の御言葉を噛み締める彼ら――それを見下ろす当人は、苛烈な語気に反して内心は酷く冷めていた。


 ――気色が悪い。何だ、その目は? 何を期待して目を輝かせる? 本物の戦場を……本物の地獄を経験した者は、決してそのような顔でこの場に望めまいよ。


「「「皇帝陛下万歳! 神聖マギア万歳! 皇帝陛下万歳! 神聖マギア万歳! 皇帝陛下……」」」


 むせ返るような熱気が講堂内に満ち満ちる。限界まで高まった士気が爆発し、賛美の唱和となって帝の耳朶を打つ。

 無知蒙昧な彼らへ、帝は完璧な為政者の顔で応じた。彼は現人神であらねばならない。誰よりも強い武力と、人知を超越した魔導の力、それらを兼ね備えた『英雄』として、彼は世界を統べねばならないのだ。

 若き者たちへ贈るのは微笑みだ。君たちには期待している――彼らの背中を押すように心情にそぐわない表情を浮かべ、帝は割れんばかりの大歓声を浴び続ける。


 ――全く……良いものだな、人の敷いた道を行くだけの者は。


 舞台から退場間際、帝は背後の学生らをちらりと見やって皮肉った。

 と、舞台袖に入ったのと同時に、彼に声をかけた者がいた。

 ざらついた女性の声――帝が視線を向けた先に立っていたのは、くすんだ灰色のポニーテールに褐色の肌を持つ妙齢の女性であった。睫毛の長い切れ長の目、高く通った鼻梁、薄く紅を差した唇。長身の立ち姿は背筋が伸びて凛々しく、何より特徴的なのは、胸や秘部を隠す黒い布のみの衣装であった。


「陛下、ご苦労様です。しかし、薄ら寒いものを感じますね、あれには」


「……モナクスィアか。わざわざここまで足を運んでいたのか」


 皇帝へ話す口調から、彼女がただの臣下でないことは歴然としていた。

 呆れたように溜め息を吐く帝に、モナクスィアと呼ばれた女はにこりと笑ってみせる。

 

「最近の陛下の様子は、いかんせん妙だと思いまして。何か心境の変化でもあったのですか?」


「君に話すことはない。君は君のやるべきことをやれ」


「相変わらず人との会話が下手ですね。話すことはない、なんて論外ですよ」


「苦手なのは君との話に限るがね。まぁ、そういう部分も楽しんでいる自分を否定はしないが」

 

 まるで旧友と軽口でも交わすかのようなやり取りに、帝を案内していた学園長は啞然としていた。

 そんな彼にも構わずに、モナクスィアは帝に話しかけ続ける。アマゾネスの血を引く彼女は遠き北の地にいる親戚たちと同じく、かなりマイペースな人となりであった。

 少年時代からの付き合いである側近と深い意味もない談話――こんな話が出来るのは彼女とだけだ――をしながら、帝は己について考える。


 ――私は争いのない世界を作ると、あの始まりの焦土で誓ったはずだ。しかし、戦い以外に能のない私は結局、世界を統べることしか手段を選べなかった。


 帝の願いは、世界平定を成すという壮大な理想の果てにある。それが叶うまでは、彼は侵略に執着する支配欲の悪魔だ。

 幼い頃に憎んだ支配者に自らなり、かつて味わった苦しみを多くの者に強いている現状を、全く悔いていないというと嘘になる。

 だが、回りだした歯車は止められない。投げられた賽の目を書き換えることは出来ない。


 黙り込んでしまった帝に嘆息したモナクスィアは、何の前置きもなく、子供に本でも読み聞かせるように語り始めた。


「過去に……英雄の救いを待ち望んだ少年がいました。しかし彼に、救いは訪れませんでした。英雄がこの世界にいないのならば、自分がなってやろう――自分が世界を変えてやろう。少年は、そう胸に刻んで立ち上がりました。

 ……何度も語った昔話ですね」


 帝が迷いを見せた時、決まってモナクスィアはそう語る。

 彼の中に眠る、『英雄を求めた少年』を呼び起こすために。少年が瞳に宿していた瞋恚の炎を再燃させるために。

 

「さて……誰の話だったかね」


 素直になれない男ははぐらかすような声を返し、歩く足を早めた。

 その歩調にもう逡巡はない。支配こそ平和を齎し、文化の差をなくせば思想の衝突は減らせる――その理念を掲げ、彼の兵たちは今日も杖を振るい続ける。

 疑うことも知らず、従順に、振るい続ける。

次回、「束の間の平穏」

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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