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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第10章 【強欲】悪魔マモン討伐編/【嫉妬】悪魔レヴィアタン討伐編

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39  生と死と

 怒りに燃えたエルたちはルーカスを一斉攻撃で叩き潰さんとし、それ故に、彼へと全神経を注力させていた。

 が――それが、仇になってしまった。

 ルーカスの魔眼をエルたちは直視し、瞬間的に送り込まれた魔力が彼女らにまやかしを見せる。

 対象者が嫉妬した人物の虚像をルーカスと強制的に重ね合わさせる、レヴィアタンの魔法――それは本人も自覚しない深層心理の嫉妬心をも呼び起こし、彼女らの思考をかき乱した。


「姉、さん……!? なぜ、ここに……!?」

「えっ、エルさん――!? 嘘、エルさんは私達と一緒に戦っていたはずじゃあ!?」


 直前までルーカスが立っていた場所に、彼女らが嫉妬した者がいる。少し考えれば幻だと判断できたはずだが――この一瞬でそう情報処理しろというのは酷な話であった。

 嫉妬した者。それは大抵の場合、自分とある程度接点を持つ人物に限られる。そして彼女らの側には、おあつらえ向きに眩しすぎる人たちがいた。

 獣人の少年はトーヤに、巨人族の女性はシアンに、エルフの少女はエルに。それぞれ対象は違えど、彼女らが無意識のうちに嫉妬心を芽生えさせていた者たちだ。


「……そんなっ」

「ダメじゃ、撃ったら――」


 ジェードが喘ぐ。リオが強引に詠唱を中断する。大切な仲間を幻に見た彼女らの攻勢は、そのとき確かに止まった。そして、それは彼女らにとって致命的な隙となる。


「はぁ、散れよ」


 ルーカスは笑みを浮かべることもなく、つまらなさそうに刀をひと振りした。

 緩慢な動作から放たれた一撃の威力は甚大。空気を切り裂いて迫り来る水の刃を回避する猶予は、エルたちには残されていなかった。

 視界が蒼で染まる。エルは防衛魔法を詠唱破棄――詠唱なしでの発動――で使用しようとするが、間に合わない。魔力を練り上げ、魔法という形に変える――刀を振るだけで発動可能なルーカスの魔法に比べ、彼女のそれは手間がかかり過ぎた。

 シル・ヴァルキュリアの幻影が撃ち出す、蒼い刃。心中で姉の名前を呼びながら、彼女は目を瞑ってその一撃を甘んじて受けようとした。

 が――


「ぼくが皆を、守るッ!」


 彼女らの前に飛び出したのは、純白の影であった。

 そう高らかに告げた彼は真紅に輝く二刀を閃かせ、次々と放たれる水刃を打ち弾いていく。

 圧倒的な熱エネルギーで相殺された水の魔力。それを目にしたルーカスは驚愕した。――有り得ない、予想外、まさしくイレギュラー。なぜ、彼にはレヴィアタンの魔術が通用しなかったのか。


「あー……なんだい、その装備は?」


 エインを睥睨するルーカスは訊ねた。

 白髪の少年が身に纏っている装甲は、青年がこれまで目にしたこともないものだった。少年の身体の表面をコーティングしたような、極限までの薄さを追求した純白のスーツ。科学者アナスタシアの発明に、アズダハークが『怪物の子』の優れた再生能力を組み込んで完成させた、魔力により最高の耐久性と回復能力を実現した極薄の装備だ。

 首から下、四肢の指先までを覆うそのスーツの上に、黒い上下の短衣を着用したエインは、ルーカスの問いに得意げに答える。


「【超兵装機構(ちょうへいそうきこう)】をぼく専用に改良した装備、【ヴァルキリー】だよ。魔法と科学を融合させた、最新鋭の武器さ」


 聞きなれない単語にルーカスが眉をひそめる中、エインは間髪入れず青年へと肉薄した。

 漆黒の刀身に灼熱の赤を宿す二刀、【紅蓮(グレン)】。元来の俊敏さと【ヴァルキリー】による加速を併せた超高速での二撃を、ルーカスは目で追うことが叶わなかった。


「――――!?」


 その時、青年が感じたのは、ドクン、という心臓の鼓動だけ。

 生命の危機を本能的に感じ取り、身体が強張る。踏み縛った足も、刀を握る手も、動かそうと思った瞬間にはもう遅い。

 先ほどルーカスはエルたちにまやかしを見せ、その隙を突いて彼女らを殲滅せんとした。が、エインにはそのような小細工は必要ない。彼の速度に追い縋れる者は、この場には誰ひとりとして存在しないのだから。

 思考すら許さない圧倒的な「速さ」。腹をかっ捌いた刃の熱――それを感じたルーカスは、口から濁った喘ぎを漏らす。


「がはっ――!?」


 地面に倒れ伏したルーカスが視線を持ち上げると、エインが冷めた目で見下ろしてきていた。その状況は、皮肉にもルーカスがトーヤにしたのと全く同じもの。

 トーヤに止めを刺すことも叶わず、自分はこれから『リューズ』の裏切り者に殺される。

 その命運を理解したルーカスだったが――執念が、それを受け入れることを拒んだ。

 自分がここまで生きてきた意味はなんだ。この力を手にした意味は。アマンダの思いを裏切るような真似をして、本当にいいのか。


「ルーカスお兄さん。ぼくは今、怒ってるんだ。トーヤ君ならあなたを生かしておくだろうけど、ぼくには……ぼくには……っ!」


 エインは相反する二つの感情の間で揺れていた。トーヤを瀕死まで追い詰めたルーカスは絶対に許せず、殺したい。だが、人を殺すのは怖い。

 悪魔の支配から解放された少年には、非道を躊躇なく突き進む力はもうないのだ。とはいえ、腹を斬られたルーカスは放っておけば二、三分と経たずに息絶えるだろう。

 

「トーヤくん……っ!」


 その間、エルはトーヤに駆け寄ってすぐさま治癒魔法を施していた。

 崩れ落ちた少年を抱き起こし、リオやユーミたちから魔力を受け取りながら彼の身体を急速に回復させていく。出せる魔力全てを注ぎ込んででもトーヤを生かしたい――その思いが形となり、翠の雫となって少年の胸にすうっと染み渡っていった。


「え、エル……? ルーカス、さんは……?」

「大丈夫だよ、トーヤくん。彼はエインくんが倒した。でも、まだ【悪――」


 エルの言葉を最後まで聞かずにトーヤは飛び起きた。だが、病み上がりの体にそれは無茶な動きでしかなく、彼はよろけて地面に膝をつく。

 喘ぎながら少年は白髪の青年を見据えた。彼がそう簡単に終わらないと、分かっているかのように。


「はぁ、はぁ、エイン……ッ! はや、く……止めを!」


 トーヤの声にエインの揺らいでいた瞳は定まった。

 ――自分がやるのだ。この人を殺し、悪意の連鎖を断つ。

 エインが【紅蓮】を構え、虫の息の青年に最後の一撃を浴びせようとした、その瞬間――。


「この……餓鬼どもがッ!!」


 風前の灯の命だったルーカスが、地面を掻きむしり、そして叫んだ。

 それは彼の憎悪を体現した雄叫びであった。少年を己の手で裁く。それこそが姉への供養となると信じて、ルーカスは再び剣を執ろうとした。

 

「俺の、剣ッ……ドリス……姉さん……!」


 二人の女性の顔を脳裏に過ぎらせ、ルーカスは転がり落ちたレヴィアタンの【悪器】へ手を伸ばした。

 視界が霞む。指先の感覚が徐々に薄れていく。呼吸が苦しい。寒い、冷たい、周囲の音さえ遠ざかっていく。

 死の淵にありながら、しかし、彼は闘志だけは捨てていなかった。

 まだだ。まだ、終われない。仇を討たなければ。トーヤを殺さなければいけないのに――体が、ついて来てくれない。


「……ッ」


 目だけが大きく飛び出した蒼白な顔を見下ろして、エインは立ち竦む。

 彼の胸の底から這い上がる感情は、純然たる恐怖だった。自分が追い込んだ者が見せつけてくる、敵討ちへの執念――何が彼をそこまで動かせるのか、大切な人へ抱く情の重さを知ってしまった少年には、それが分かってしまった。だからこそ、恐ろしかった。

 人は愛や憎しみのためならこれほどまで力を出せるのかと、慄きが止まらなかった。


 ――彼に止めを刺すんだ。そうすれば、彼はアマンダお姉さんと同じ所へ飛び立てる。


 理性がそう囁きかけるも、生を――復讐を渇望するルーカスの眼を見てしまえば、それを無情に手折ることはどうしてもエインには出来なかった。

 一度は悪魔に心を明け渡した自分が、この人を殺す資格があるのか。この人に改心する余地は本当にないのか。彼の復讐心を鎮められる何かが、どこかにあるのではないのか。

 そんな問いの連続に苦悶するエインは、その責の重さに耐え切れず、【紅蓮】を鞘に戻した。

 それからルーカスの前に跪き、彼の額に掌を当てて、治癒魔法を発動する。


「誰か、彼の【悪器】を破壊して! そうすればもう、彼にレヴィアタンの力は使えなくなる!」

「――お、おう! 任せとけ!」


 肉体と肉体を触れ合わせ、直接魔力を送り込みながら、エインは切羽詰まった口調で言った。

 その声に応え、ジェードは地面に転がっていた蒼の短剣に杖を向ける。ユーミやリオらと共にその【悪器】を取り囲み、彼らはそれを破壊するべく各々の魔法を繰り出そうとした。

 だが、しかし――その直前、彼らの前に一つの影が飛び出し、叫ぶ。



「余計な真似を、するなッ!!」



 白銀の光が一条、彼らの視界を走り抜け、目の前の【悪器】を掻っ攫う。

 何が起こったのか咄嗟に飲み込めないながらも、その光を追った先にあったのは、手に【悪器】を提げた少年の姿だった。

 銀髪に同色の瞳、鋭さを帯びた美しい顔立ち、獣人の犬耳。そして何より異質なのが、彼が一切の衣服を身にまとっていないということ。

 その特徴から話に聞いていた「怪物の子」のオルトロスだと、彼と直接あいまみえていない者にもすぐに分かった。


「この武器はドリス様のものだ! 誰にも壊させはしない!」


 ルノウェルスではダークエルフのリカールに敗れ、リューズ邸ではトーヤに一瞬で片付けられた彼には、もう後がなかった。

 トーヤに敗北したオルトロスにドリスは一切の接触をしなかった。それは彼女が彼を見限ったということにほかならないのだが……当の少年はそれを認めなかった。自分はまだドリスに信用されている、そう信じて彼は武勲を挙げようとし、独断でルーカスを追ったのだ。

 今こそがドリスに力を示せる最後の機会。ルーカスと目的は違えど、彼もまたある種の執念に基づいて行動を起こしていた。


「そいつを返せ……って言っても聞かないよな。――リオ、お前に力をやる!」

「私を頼ってくれるのか。そりゃあ光栄じゃのぅ!」


 オルトロスの瞳に双眸を射抜かれても、ジェードは怯まなかった。今の彼は何故だか、酷く冷静になれている。それはもしかしたら、死の淵に追いやられた者の光景を間近で目にしたせいかもしれない。

 ルーカスへ抱いていた激烈な怒りは収まった。杖を構えて中断していた詠唱の最後の仕上げを行い――無情にオルトロスを見つめる彼は、リオに【現在の女神(ヴェルザンディ)】の力を与えた。

 

「何を――」


 オルトロスの体が眩い銀光に包まれ、彼は【魔獣化】を行使しようとしたが、それ以上の動作を続けることは一切叶わなかった。

 何が起こったのか、知覚できる者は魔法を発動した当人のジェードと、彼から加護を授かったリオ以外にはいない。

 一定範囲内の時の流れを引き伸ばす、ヴェルザンディの魔法。多大な魔力を消費する切り札であるがその分、抗うことの不可能な絶対の禁術だ。


「【風穹砲(ヴェントゥス・バリスタ)】!」


 リオの十八番である風の大魔法が放たれる。鋭利な槍のごとき風の砲撃は狙いたがわずオルトロスを捉え、変身中の彼の身体を穿った。

 防御も、反撃も、何もかもを許容しない、まさしく神業。そんな代物を発動してしまったジェードは、時の流れが平常に戻った後のオルトロスの姿を目にして、自らが背負った力の異質さに(おのの)いた。

 鮮血に塗れた少年の肉体。中途半端に獣と化したままの歪な格好の彼は、右胸に文字通りの風穴を開けられ、呆然と傷を見下ろすことしか出来なかった。


「……なぜ……ッ」


 乾いた呼気を漏らしながら、オルトロスは地面に崩折れる。胸を押さえて吐血しつつも、彼は眼前のジェードを睨み上げた。

 

「ヴェルザンディの、神器……その、力……」


 怪物の子への手向けに、ジェードは切れ切れの口調で告げた。大幅に消耗し、杖に縋ることでやっと立っていられる彼は目配せでリオに促す。

 獣人の少年の意図を正しく察したリオは、オルトロスのもとに歩み寄り、ある呪文を囁きかける。

 エルフの少女の青い瞳がオルトロスの視界に映ったと思えば――次には、それもぼやけていった。


「待て……ッ! 何をした、お前……! 俺は、まだ、戦わなきゃ……あの人に、報いなきゃ…………」


 彼の言葉はそこで途切れた。瞼を閉じ、眠りに落ちた彼に寄り添ったリオは、続けて高位の治癒魔法をかけていく。母から受け継いだ、エルフの癒し――それを惜しみなくオルトロスへ注ぎ、リオは哀しげに目を伏せた。


「戦うことでしか誰にも認められない境遇……そんな修羅の道を、この子は強制されていた。人は育て方次第でそれを当たり前だと思い込み、他の選択肢に気づきもしないのだから、恐ろしいことよのぅ」


 オルトロスの出現は想定外のことではあったが、こうして彼を保護できたのだから結果としては良かった。彼が完全に回復を果たした後、郊外に滞在している『影の傭兵団』と行動を共にしているケルベロスらと再会させれば――彼にも、新たな世界が開けることだろう。


「ルーカス、お兄さん……」


 エインの治癒魔法によりルーカスの出血は止まり、傷も塞がりつつあった。

 少年の膝の上で意識を取り戻したルーカスは、側で見下ろしてくる赤い瞳に涙を浮かべた。


「姉さん……会いたかったよ、姉さん……」


 震える手を伸ばし、青年は眼前の顔に触れ――そして、その頬を優しく撫でた。

 エインはそんなルーカスに、何を言うことも出来なかった。自分に姉の面影を見出しているルーカスの思いを打ち壊すような真似を本当にしてもいいのか、分からなかった。


「姉さん……俺だよ、ルーカスだよ。何で何も言ってくれないの……? 俺のこと、忘れちゃったの?」


「……そんなこと、ないよ」


「そっか、良かった。俺ね……姉さんがいなくなってからずっと心配してたんだよ。二度と戻ってこないんじゃないかって、胸が張り裂けそうだった……」


 エインが返答してもルーカスはその声に違和感を覚えなかったらしく、姉に話しかけ続けていた。

 ルーカスの精神状態について聞き及んでいたエインは、澱んだ青年の目を見つめて考えてしまった。彼は、幻の中に生きていた方が幸せなのではないかと。既にこの世にいない姉をリアルに感じていられるような、そんな幻想の国で暮らしていた方が良いのではないか、と。

 エインがアマンダになりきってルーカスと言葉を交わしている中、トーヤの介抱を終えたエルはレヴィアタンの【悪器】に杖を向け、厳かに呪文を詠唱していた。


「【眠りなさい、怒れる魂よ。長い悪意の呪縛より解き放たれ、静かにお眠りなさい――】


 それは鎮魂歌、いや子守唄とでも呼ぶべきだろうか。

 悪魔の過去、リリスの過去を知った上で悪魔へ送る、エルの思い。負の感情に支配されたまま二千年もの時を生きた魂の安息を願う、聖少女の御言葉。

【悪器】は翠の光に包まれ、その悪意が穏やかに浄化されていく。悪魔が散り際に放つ断末魔の叫びすらもなく、エルの魔法は滞りなく完了した。


「これで、終わったのですか……?」


 アリスが呆然と呟くが、エルは彼女の台詞に素直に頷く気にはなれなかった。

【悪器】を浄化し、その力の全てを失わせることには成功した。しかし――ここに来てから全く悪魔の声が聞こえなかったこと、悪器を浄化する際の手応えが全くなかったこと、それらを鑑みて導かれる結論は、一つしかない。

 

「いや……レヴィアタンは死んでない。この【悪器】には、彼女の魂は宿っていなかった」


 そうとしか思えない。だが、だとしたらルーカスはなぜ悪魔の魔法を繰り出せたのか。彼自身の努力によって習得されたものだとも、考え難い。あの精神状態でまともな練習を重ねられていたとは、到底言えないだろう。

 これだけの手がかりから真実を掴むことは、エルには出来なかった。それは彼女以外の面々も同様だった。【悪器】を壊せば悪魔は消える――その常識から外れたケースに直面し、彼らは次の行動を決めかねていた。

 が、そこでトーヤが何かに気づいたかのように空を振り仰ぎ――鋭く叫んだ。


「エインッ! ルーカスさんから離れて! 早く!!」

「えっ――何!?」


 困惑しながらもトーヤの指示に迷わず従い、飛び退くエイン。

 そして次の瞬間、天から降り注いだのは、一条の蒼い光の滝であった。

 トーヤに遅れてエインらもそこにいる者の存在を確認する。その蒼い光を放った魔導士――メイド服を纏った金髪の女の姿を。眼鏡の下で弓なりに目を細める、【嫉妬】の悪魔との契約者を。

 

「ごきげんよう、皆さん。皆さんの素晴らしい戦いっぷり、見せて貰いました。流石は【神器使い】……ルーカスやオルトロスの速度をも苦としない実力、痺れましたよ」


 乾いた拍手の音が響き渡る。

 彼女にとってこれは舞台だった。トーヤ達やルーカスは演者、街の見物人は観客、そして彼女は総監督。全ては彼女の手の中に――死んだアマンダ・リューズの趣向を汲んだように、ドリス・ベンディクスという女はそうほくそ笑む。


「私がここに顔を出した意味、分かりますか? まぁ、分からなくて良いのですが。だって……あなた方は間もなく、それを悟らざるを得なくなるのですから」

「どういう、意味ですか!?」


 トーヤがドリスを睨み、詰問したのと同時――ルーカスに降り注いでいた光が消え去り、そして、彼自身が蒼い光と魔力を放ち始めた。

 少年たちは目を細めつつも、各々武器を構える。これから何が起ころうとしているのか、シルの語りを通して彼らは既に察していた。

 

「さぁ――思う存分、暴れまわりなさい! あなたの嫉妬の炎、その激烈さを、私に見せつけるのです!」


 ドリスというメイドは高らかな声で、変貌していくルーカスへ命じた。

 そして主人に呼応したように打ち上がる、怪物の咆哮。――少年らの視界を塗り尽くさんばかりに広がった蒸気の中から顔を覗かせたのは、禍々しい龍の首であった。


『オオオオオオオオオオオオッッッ!!』


 まるで歓喜に駆られているかのような雄叫びに、大地が震撼する。

 ぐらりと一瞬不安定になる足元に、必死に足を踏ん張りながらトーヤは【魔剣グラム】を握る手に魔力を込め始めた。


「オーディン様……行きます」


 ――海を統べる最強の龍にして、七つの大罪の嫉妬を司る悪魔、レヴィアタン。

 その魔物との戦いが、今、幕を開けた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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