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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第10章 【強欲】悪魔マモン討伐編/【嫉妬】悪魔レヴィアタン討伐編

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38  際限なき嫉妬

 王城の中庭で今日も戦闘の訓練を行っていたトーヤたち。

『リューズ邸襲撃事件』から一週間が経ち、何ら変わらない日常を過ごしていた彼らだったが、周囲を通る者たちの様子に異変を感じて顔を見合わせる。


「何かあったのか……?」


 そう呟くのはジェードだった。ベンチに掛けて水筒の飲み物を口にしていた彼は、傍らに立つシアンに目配せする。

 彼からの視線にシアンは頷き、その場を離れて近くにいた役人に話を聞きに行った。


「…………」


 少年たちは密かに苛立ちを募らせていた。

 その原因は、メディアでの『リューズ家』にまつわる報道が不自然なほどに抑えられていることだ。襲撃事件のことはその翌朝の新聞に載ったが、三日も経てば話題にもならなくなった。使用人や衛兵が十数名死んだものの、それ以外の被害はなく、リューズ商会及び傘下のグループに勤める者は恐怖心を抱きながらも、また普段の仕事に戻っていった。ストルムの本部では流石に最大限の警戒体制が敷かれているが、地方支部ではそこまで厳重な警備が行われているわけでもなく、まだ一週間も経たないうちに事件前と同じ日常が営まれている。

 リューズ家が悪魔に関わっていた――その証拠を全国に開示し、『リューズ』を国を挙げて討伐できるような輿論を作る。それが目的であったはずなのに、ラファエルは未だその証拠をメディアに取り上げさせようとしていない。


「おい、エイン……あの男、そろそろ信じられなくなってきたんだけど」

「ごめん、もう少し待ってあげてくれないかな。いくらラファエルさんがマスコミを影から操れる存在だったとしても、全てを一人でどうにかするなんて出来ないんだ。マスコミのお偉いさんはリューズと癒着してるから、彼らを排除しないと、動くに動けない――そう、彼は言っていたよ」


 貧乏ゆすりする獣人の少年を、訓練を共にしていたエインは(なだ)めた。

 ジェードはその返答に歯噛みする。エインの言うことはまっとうに思える。ベルフェゴールの力で臣下や民を洗脳状態に置いていたモーガン・ルノウェルスとは異なり、ラファエルはノエルから悪魔の力の一部を授かっているに過ぎないのだ。そのため、一度に全てのマスコミの重鎮を支配することは叶わない。

 これまでラファエルが行っていたのは、リューズに関する不祥事の「揉み消し」だ。情報を隠すのは容易くとも、様々なしがらみを掻い潜って「不祥事」を表に出すことは困難なのだろう。権力者の欲望、圧力、そしてその後の報復――それらに押し潰されるリスクを考慮すれば、躊躇するのも無理はない。


「保身に走る気持ちも、慎重になる気持ちも、理解できる。でも、それでも……事は急ぐべきなんじゃないのか? この前の会談の時だって、悪魔マモンが現れたんだ。次の悪魔がいつ出てきてもおかしくない状況で、躊躇ってる余裕なんかないだろ」

「それは、そうだけど……」

「だろ? エイン、改めてラファエルさんに言っとけ、『さっさと仕事しろ』ってな。保身なんて考えてんじゃねえ、ってガッツリ怒鳴り込んでやれ」


 腕組みして唇をひん曲げるジェードに、エインは困惑に視線をさまよわせる。

 ジェードの思いも分かるが、それ以上に彼はラファエルとの繋がりを失うほうが怖かった。『組織』を内部から探れる人材はラファエルしかいない上に、彼はエインの力を認めてくれたのだ。自分を買ってくれている人と協力して『組織』に抗う――そのことに、エインは確かな喜びを抱いていた。


「あの人と連絡を取れるのはお前しかいないんだからさ。頼むぞ、エイン」

「あっ……うん。分かった、言っておくよ」


 どこか気のない返事をするエイン。彼のその態度にジェードの中で猜疑心が首をもたげるが、「トーヤが信じる仲間なんだから」とその疑念を掻き消す。

 無論、エインに組織に与しようという打算など一切ない。トーヤのために悪魔と戦いたい、無理を言ってラファエルとの関係を壊したくない――優柔不断な彼はこの葛藤に決着をつけられず、結果として周囲の疑念を芽生えさせることになってしまっていた。


「皆、聞いて! ――ルーカスさんが!」


 と、エインが休憩を終えようとしたその時、シアンが狼狽えた様子で声を上げた。

 リオやユーミ、ヒューゴらを含む全員が彼女に視線を向ける中、駆け寄ってきたシアンは事の詳細を語りだす。


「あの、今、この王城の門の前にルーカスさんが現れたらしくて。そ、それだけならいいんですけど、彼、通行人とか警察の方とか、門衛さんも皆殺しにしたって……!」


 ジェードは絶句した。アリスは凍りついた。リオやユーミは顔をしかめ、ヒューゴは唇を引き結んだ。そしてエイン・リューズは、目を大きく見開いて、小さな身体を小刻みに震えさせていた。

 ルーカス・リューズはそのようなことをする人物ではない。快活で直情的で、尚且つ爽やかな好青年。それが、ジェードらの知るルーカスだった。

 確かに先日のルーカスの状態は普通ではなかった。が、それにしても、そこまで常軌を逸した行動に出るとはこの場の誰も予感していなかった。脱走できたのも火事場の馬鹿力のようなもので、あの状態ではそのうちどこかで倒れてしまうだろうと、皆が考えていた。

 しかし――ルーカスの執念と、悪魔がもたらす力は想像を遥かに超えていた。


「……これは、城門の様子を窺っていた人が言っていたらしいことなんですけど。彼は、その……トーヤを、殺す、って……」


 その言葉を口にした後、シアンは両手で口元を覆って、吐き気を堪えるように俯いた。

 ベンチから立ったジェードが彼女に寄り添い、背中をさすってやるのを尻目に、トーヤは無言でそこから飛び出す。


「トーヤ君、どこへ!?」

「決まってるでしょ、ルーカスさんの所だよ! 僕が原因で彼が人を殺めたのなら、僕が行かなくて誰が行くっていうんだ!」


 離れゆく背中に声を投じたエインに対し、トーヤは怒鳴るように返した。

 ルーカスがなぜ人を殺めたのか――それがアマンダを殺されたことへの復讐であるのだとしたら、自分が出向いて彼と向き合わなければならない。

 彼の怒りや憎悪を受け止めて、そして対話を試みる。それでも変えられない、止められない場合は――。


「トーヤ君っ! ぼくも……ぼくも一緒に行くよ! ルーカスお兄さんと向き合わなきゃいけないのは、ぼくも同じだから!」


 必死に地面を蹴ってトーヤの後を追いながら、エインは自分の思いを大切な少年へ伝えた。

 嫌な予感がするのだ。ここでトーヤを一人で行かせてしまったら、彼が二度と戻らなくなってしまうような、最悪の予感が。

 エインから僅かに遅れてエルが、シアンたちが、彼に続く。中庭を抜け、塔の回廊を過ぎ、西の城壁まで至った彼らは、門衛に頼んで城壁上へ上がらせてもらう。

 ルーカスが現れたというのは南の城門前だ。トーヤたちはそこを目指してひた走り――そして、たどり着いた。


「ルーカスさん……!」


 城壁上から見下ろした『門前広場』の中央に、その男は佇んでいた。

 まるで少年らが来ることが分かっていたかのように、全く驚く素振りも見せない彼は、トーヤの姿を確認すると口元に笑みを刻む。


「トーヤァ、会えた、やっと、お前にッ! 気づいているかもしれませんが、私は君を殺しに来たんですよ。ふふっ……僕との決闘、受けてくれるよね?」

「ルーカスさん、あなたは……!?」


 血染めの燕尾服を纏った白髪赤目の青年は、蒼の短剣を高々と掲げながらトーヤへ言葉を投げかける。

 口調や一人称が不安定なルーカスに、トーヤは歯を強く食い縛った。ルーカスの心は本来の形を失って、バラバラな「何か」に変質してしまっているのだ。


「何を呆けているんだい、早くおいでよ。来ないのなら……こっちから!」


 鋭く振り上げられる短剣。直後――少年らの足元、城壁に亀裂が走り、崩落を始める。

 

「くっ……!?」


 即座に浮遊魔法を発動して崩落に巻き込まれるのを防ぎながら、トーヤはルーカスを睨み据えた。

 ルーカスが使ったのは恐らく、テュールの剣と同種の「斬撃を飛ばす」技だ。軌道さえ見切れれば、避けることも防ぐことも可能。


「あれっ、効かないか。流石だね、流石は【神器使い】のトーヤ」


 期待通りに回避してくれたトーヤにルーカスは笑みを浮かべる。

 あれだけ憎んで嫉妬した相手なのだ。簡単に倒れてしまっては拍子抜けというもの。立ち上がれなくなるまでじっくりと痛めつけ、姉の苦しみをそのまま味わわせる――それがルーカスの望みだった。


「トーヤ君! 俺はね、力を手にしたんだ! 何にも負けない、最強の力さ! くくっ……さあ、食らってごらん!」


 青年の瞳の中に映る、黒髪の少年。かつては信頼できる仲間だと思っていた。共に戦い、共に苦難を乗り越え、共に強くなれた――そんな気がしていた。なのに、彼は裏切った。リューズを裏切り、姉を殺し、リューズ邸を襲撃して使用人や衛兵を無為に死なせた。

 許すことなど、出来ない。たとえ彼が土下座をしたとしても、どんな言葉で謝罪したとしても、ルーカスの気持ちは収まらない。既に、対話でどうにかなる段階は終わったのだ。戦って、殺す。それ以外の選択は有り得ない。


「ぜあッ!!」


 ルーカスの短剣は蒼く輝き、そして形を変化させた。

 彼の感情の高まりに応えるように刃の先端から光が伸び、高出力の実体なき魔力の刃となる。以前青年が愛用していた刀、【紫電】とその剣の姿はよく似ていた。

 彼の刀の一撃は水の魔力を帯びていた。蒼い光が描く円弧が、水の刃と化して少年へ飛来していく。


「オーディン様、力を借ります!」 


 少年が空中で抜いたのは、漆黒の大剣だ。自身の身長にも迫ろうかという巨大な剣を振り抜き、彼は迫り来る水刃を叩き落とさんとする。

 紫紺の魔力を纏う魔剣がレヴィアタンの水刃と激突し、強烈な衝撃波を巻き起こした。 


「あれは――」


 エルの防衛魔法に守られながら、ジェードは小さく声を漏らす。彼はその攻撃に見覚えがあった。ルノウェルスでの三国会談の際、【異端者】の怪物たちが装備していた魔具による攻撃も、今のルーカスの水の刃と酷似していたのだ。

 獣人の少年の呟きに、魔導士の少女はこくりと頷く。彼女はその魔法を実際に体感したことがあった。千年前の【ユグドラシル】時代、彼女はハルマと共に悪魔レヴィアタンと対峙している。


「嫉妬の悪魔、レヴィアタン――海を統べる大蛇の姿を持つ、悪魔の中でも上位の力を有する女。ルーカスさんはあの女から力を授かってるんだ」


 トーヤは浮遊魔法を駆使して空中を自在に翔け、次々と放たれるルーカスの斬撃に対応していく。

 打ち上げられる水の刃を剣の腹で飛散させ、あるいは避け、間隙を突いてルーカスへと炎雷の魔弾を撃ち放つ。

 飛燕の如く空を縦横無尽に駆け巡る少年の動きに、ルーカスは顔をしかめた。

 あれほど重量のある剣を扱いながら、どうしてあのような高速飛行を実現できるのか。なぜ、ルーカスの攻撃がことごとく見切られてしまうのか。


「君はっ……お前はっ! 何で――そうも、強いんだ!?」


 心の底から湧き上がるのは、際限なき嫉妬。

 一朝一夕では埋まらなかった実力差を目の当たりにして、ルーカスは悲痛なまでの叫び声を散らす。

 次の一撃を放つまでにかかる一秒にも満たない僅かな間。しかし、ルーカスの動作は、驚愕に一瞬だが遅れてしまった。

 

「その剣筋、その体捌き、僕は全て理解しています。僕の剣術の半分は、あなたが教えてくれたものだから!」


 ルーカスの戦いの癖。彼はその敏捷性を活かして常に動き続け、敵を翻弄させる戦闘スタイルを取る。一撃を外したとしても、体勢を即座に立て直してすぐさま次の一撃へ。つまるところ彼の戦いには、緩急がない。

 トーヤはルーカスの弱点を理解している。それは過去にルーカス自身がトーヤに指摘した問題点と同様のものだ。それは、最初からスパートをかけるあまりに持久戦が不得手だということ。

 蛇のようにうねる、一見不規則に見える太刀筋も――少年にはそこに隠れた規則性が読めていた。ルーカスは言葉で教えはしなかったが、共に修練を重ねた日々の中で彼は感覚的に記憶していたのだ。

 ――次に来るのは、右下からの斬り上げ!

 連射される水刃に正確無比の予測で対応するトーヤ。どれほどルーカスの技が速かろうが、その全てを理解しているのなら、完璧に迎え撃つことが出来る。


「馬鹿な……有り得ない! 君には、未来が見えているとでもいうのか!?」 

 

 ルーカスは叫喚した。心の乱れはそのまま太刀筋の乱れとなり、少年を狙ったはずの刃が逸れた方向へと飛んでいってしまう。

 だが、それでも――彼の思いが折れることはなかった。


「負けるわけには、いかない! 姉さんのためにもッ……!」


 肉薄する黒き稲妻。それを蒼き光の刀で受け、ルーカスは雄叫びを上げた。

 上空から急降下してきた勢いと重力を加えた、トーヤの必殺。彼の全力を直接浴びながら、青年は眼前の少年の瞳を見つめた。

 そこに宿っているのは、激しく燃え上がる瞋恚の炎だった。無差別に人を殺害したルーカスの行為への怒り。悪魔を絶対に討伐するのだという、使命感。少年を支えているのは、そういった義憤だった。


「ルーカスさん……! あなたの剣は、何のためにあるんですか!? 僕に復讐したいのならそれでもいい――だけど、関係ない人まで殺すなんて間違ってる! あなたが殺した沢山の人にだって、それぞれの人生があったのに……!」

「綺麗事を言うな! 君だって姉さんの命を奪ったじゃないか! この街の有象無象よりもずっと価値のある、優秀な人間を君はこの世から葬り去った! それがどれほど重い罪か、君は理解していない!」


 (しのぎ)を削る二人は、互いの主張をぶつけ合う。

 トーヤの一般論に対し、ルーカスのそれは優生思想的なものであった。無知蒙昧な民衆たちよりも、一人の優秀な人間の方が余程価値があると、彼は論じる。


「あなたの言う通り、僕も罪人です。罪人だから、償わなくちゃならない――そう思って、僕は戦っているんです! ここであなたを止めて、悪魔の悲劇の連鎖を断つ! それこそが、アマンダさんの死に報いる唯一の手段なんだ!」


 トーヤはルーカスの言葉に頷いた。アマンダの魂に引導を渡した自分の罪を認め、その上で償いのために戦うのだと青年へ表明する。

 だが、ルーカスは少年の発言が理解できなかった。悪魔に身を捧げたアマンダに報いるのに、どうしてその遺志に反するようなことをするのか。悪魔と結託し、悪意を世界に満たすのが彼女の望みではなかったか。生前の姉の考えは、少なくともルーカスにはそう思えた。


「そんなことが何になる!? お前が罪を償おうというのなら――姉さんを生き返らせてみせろ! お前は【神器使いのトーヤ】なんだろ、誰よりも優秀で、誰よりも信頼されていて、誰よりも強いお前なら、やれるだろ!? なぁ、トーヤ君!?」


 少年の剣を受け止めるルーカスの身体は、その時、トーヤが瞠目するほどの膂力を発揮した。

 ぐぐっ、と押し返してくる蒼い光の刀に、トーヤは空中で体勢を崩す。


「あッ……!?」


 眉間に皺を寄せ、歯を食いしばる少年。彼はルーカスの叫びに何を答えることも出来なかった。死んだ者は生き返らない。あのイヴ女王でさえも、蘇生の魔法は遂に編み出せなかったのだから。だが、トーヤはルーカスの気持ちに痛いほど共感できてしまった。亡くした家族を取り戻したい、また会いたい――その切なる願いは、いつだって彼の胸にもあったのだ。


 ――マティアスは僕への償いとして、神殿で僕に殺してくれと頼んだ。なら、アマンダさんを葬った罪を犯した僕も、彼と同じように刃を受けるべきなのか。


「っ、トーヤ君!!」

「手を出さないで! これは僕と、ルーカスさんの戦いなんだ!」


 少年にルーカスの水刃が肉薄しようとしたその瞬間、エインは鋭く彼の名を呼んだ。

 が、トーヤはエインの救援を拒む。これは自分の罪と、悪魔を倒すという使命と向き合うための戦いなのだ。他の誰の介入もいらない。


「そのとぉぉぉぉり! 私達の戦闘を邪魔するなど、決して許されることではないのだッ!」


 ルーカスは狂しく笑い、狂しく刀身を少年の肉体へと斬り上げた。

 蒼い魔力の奔流と、鋭利で滑らかな刃の閃きが、トーヤを一撃のもとに吹き飛ばす。

 血飛沫と共に空中に高く弾かれ、弧を描いて地面に叩きつけられたトーヤは、再起不能な状態まで追い詰められる。


「ルー、カス、さん……っ」


「はははっ……はははははははっ!! どうした、他愛ないなぁ。俺を失望させてくれるなよ、トーヤ君? なんたって君は、俺にとって最も倒すべき敵であり、ヒーローなんだから」


 倒れ伏した黒髪の少年を見下ろして、ルーカスは哄笑した。

 トーヤの頭を踏みつけ、侮蔑しているような彼だったが、少年を「ヒーロー」と呼称したのは本心からのことだった。

 その強さ、その優しさ。それは紛れもなく憧憬だった。年下ながら頼もしい少年への、心底からの賞賛。


「もう、見守っていられる段階は過ぎたね。ルーカスさん、あなたは踏み越えてはいけない一線を冒してしまった。その意味を、分かっているかい?」


 杖を携え、二人のもとへと歩み寄っていくエル。その眼に宿っているのは、冷たくも激しい怒りだ。そして、少年の矜持を尊重するあまり手出しをしなかった、己の失態を悔やむ思い。


「戦士の美学に反すると嘲笑われようが構わない。私も、他の皆も、あなたを許してはおけなくなった。一斉に叩き、確実に潰す!」


 その言葉に応じて、リオが、アリスが、ヒューゴがそれぞれの得物を構える。シアンたち神器使いも、既に待機状態にあった魔法を一気に完成へと練り上げていく。

 彼女らにとって、トーヤを傷つけられることは自分の身を引き裂かれることと同義なのだ。

 瞋恚の炎をその身に宿し、エルの宣言のもとに彼女らはルーカスへ一斉攻撃を敢行しようとする。


「――ごちゃごちゃと、うるさいな」


 ルーカスがその時抱いた感情は、単純な「苛立ち」だった。目の前の敵に止めを刺そうとしたのを妨害された、何にも変え難い不快感。

 白髪の青年は刀を振り抜きはしなかった。

 彼が行ったのは、その眼を限界まで見開くこと。真紅の瞳から放たれる蒼き眼光が、少女たちの瞳を差し、視神経を通して悪魔の魔力を送り込む。


「この力に反抗できると思うなよ。人を超越した、真の英雄にしか突破できない絶対遵守の力――それこそが、レヴィアタンの魔眼」

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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