表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第10章 【強欲】悪魔マモン討伐編/【嫉妬】悪魔レヴィアタン討伐編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

340/400

37  相反する愛 

 アナスタシアの研究所に物資を置いた後、トーヤたちは王城へ帰還した。

 彼らの昨晩の不在について、アレクシル王は何を問うこともなかった。

 あくまでもトーヤたちと昨夜のリューズ邸襲撃事件は無関係だと、当然ながら王はシラを切った。それはエミリア王女やエンシオ王子も同様であった。

 誰からの祝福も受けることなく、少年たちは無言の凱旋を果たす。

 リューズ商会の本部の襲撃――それほどの大事件が起こってもなお、フィンドラ王城には何ら変わることなく時間が流れていた。


「おいっすー! 今日も元気に参上、ティーナちゃんでーすっ!」


 食客として研鑽すべき立場であるトーヤたちは、今日も中庭で剣と魔法の練習を始める。

 その矢先にやって来たピンク髪のハーフエルフの姿に、少年はげんなりとした表情を浮かべた。


「ティーナさん、職務はどうしたんですか? こんな真っ昼間から会いに来るなんて」

「えっへへー。トーヤきゅんに会いたいがために、わざわざ仕事を中抜けしてきたんだぞっ★ やっぱ、好きな人と当たり前に会えるって最高だぜ!」

「ちょっ、好きな人だとか大声で言うのは止めてください……! ティーナさんだって余計な敵は作りたくないでしょ」


 辺りをきょろきょろと見回しながら言うトーヤだが、ティーナの気持ちも分かる。

 彼女はトーヤたちの秘密を知る者の一人で、今回の作戦の出資者だ。リューズ邸という危険区域から生きて帰って来たのだから、それを喜ぶのは至極当然のことである。

 普段するようにトーヤにハグしたティーナは、他の誰にも聞こえない声量で彼に伝えた。


「王様に変わって礼を言うよ。明確な証拠を手に入れられたのは、君たちの尽力なくしてなし得なかったことだ。本当に、ありがとう」


 彼女の言葉にトーヤは静かに頷く。

 それに対しにこっと笑ったティーナは、少年から身を離すと彼の肩をポンと叩いた。


「じゃーね、トーヤきゅん! 私、危ない遊び大好きだからさー、また遊ぼーね!」

「は、はい! また」


 ――危ない遊び。

 こういう事が一度で済むとはトーヤも思っていなかったが、それでも、やはり気が滅入る。

 だがそれは表情に出さずに、トーヤは至って快活な笑みを作った。

 そんな少年の上っ面にもティーナは変わらない微笑みで応じる。アレクシル王の家臣として生きると誓った以上、彼女は何があっても彼の意思に殉じようと決めていた。

 

「仕えるべき主、か……」


 少女の背中を見送りながら少年は呟く。

 昨夜のノエルとの対話で出たテーマの一つが、まだ彼の中で尾を引いていた。

 ノエルのような傲慢な男などには付き従いたくない。だが、アレクシル王に最期まで添い遂げるつもりもトーヤにはなかった。


 ――カイ。やっぱり、君のもとに戻ってもいいかな。


 そう考えた直後、トーヤは激しく頭を振る。

 友情に甘えるより、利益や効率を考えなくては。アレクシル王の側にいることが対悪魔において最善の択ならば、それ以外の選択肢は有り得ないのだから。


「……もう、寝よう」


 窮屈だ。生き方も、考えも。目の前のことに追われて精一杯で、未来の希望を仰ぐ余裕さえありはしない。

 ――アレクシル王もこんな風に思ったのかな。

 トーヤは内心でそう一言、こぼすのだった。



 スウェルダ軍のイルヴァ少佐は多忙を極めていた。

 机に着いて柄でもない書き物を進めながら、やって来る部下たちに適宜指示を飛ばす。

 日々の功績が認められて昇進したのはいいものの、より忙しくなったせいで王女様とろくに会えない。

 ――嗚呼、ミラ王女殿下! 小官には、殿下成分が足りなすぎるであります!

 そう自身の境遇を嘆きつつ、彼女は軍人として出世は本望ではないかと初心を思い返した。


「お母様、私は頑張るでありますよ!」


 胸の前でぐっと拳を握り、自分に活を入れ直したイルヴァ。

 と、そこでドアがノックされる音がして、彼女は視線をそちらへ向けた。


「入りなさい」

「は、失礼致します」


 部下に接する毅然とした態度を纏ったイルヴァに、やって来た兵士は深々と頭を下げた。

 彼がイルヴァに運んできたものは、一通の封筒であった。差出人の記名は、なし。


「検閲はきちんとされているのでしょうね?」


 部下がはっきりと頷いたのを確認して、ようやくイルヴァはその封を切った。

 ざっとそれに目を通し――彼女は普段と特に変わらない笑顔で、言った。


「お勤めご苦労。もう行って良いですよ」


 時計に目をやると、もう午後五時に差し掛かろうという時刻だった。

 彼女は全ての部下を執務室から追い出し、それから椅子に一人座り直す。

 見つめるのは先程の手紙。一見、何ら変哲のない友からの近況報告のように思えるが――ある者が読めば理解できる暗号が、文中の各所に散りばめられている。


「時機は、今――でありますか」


 椅子をくるりと後ろに回転させ、硬い表情で窓の夕空を見上げる。

 沈鬱そうに睫毛を伏せた彼女は、それきり、何を呟くこともなかった。


 

「父上、お話があります」


 エンシオ・フィンドラは怒っていた。

 王城の『王の間』にて、今日も役目を完遂したアレクシル王の前に立った青年は、父親へ詰め寄る。


「さて……何の話だろうか」


 憤慨する息子から睨まれても微笑みを絶やすことのないアレクシル。

 その態度にエンシオは余計苛立ちを募らせながら、周囲の臣下らに人払いするよう促した。この場に彼とアレクシルだけになったのを確かめ、エンシオは話を切り出す。


「昨晩のリューズ邸襲撃事件についてです。あれはトーヤたちによるものだと思われますが……父上はどう捉えているのですか?」

「あぁ……君の推測は正しいよ。トーヤ君たちは確かにリューズ家を襲撃した」


 事実のみを淡々と述べるアレクシルに、エンシオは本題を突きつける。

 アレクシルはそれを眉一つ微動だにさせず、黙って聞いていた。


「父上、トーヤたちの襲撃は父上が差し向けたものではないのですか。あいつらがあんな手を……テロのような真似を好んでするとは思えない。リューズ家に我々が手を出せずにいた現状は事実です。ですが……彼らにそんな罪を負わせるくらいなら、俺が代わりに戦いたかった! たとえ悪逆王子と呼ばれても、彼らに卑劣な行為をさせるよりはマシだっただろうさ……!」


 青年は純粋にトーヤを信じていた。純真な正義感が彼の怒りを駆り立てた。

 そんな息子にアレクシルは、やはり微笑みを浮かべて言った。


「トーヤ君は自分の意思で行動を決めた。私は何も口出ししていないし、促す素振りさえしていない。あれは、彼が勝手に忖度してやったことに過ぎないんだよ。君が思っていたよりも彼は非道な少年だった……それだけの話さ」


 アレクシルは事実しか話さない。

 彼の言葉が演技でない自然体でのものだと悟ってしまったエンシオは、沈鬱そうな顔で俯いた。唇を噛んで無言になる青年へ、アレクシルは静かに言い渡した。


「要件は以上かな? 私は自室へ戻る、何かあったら気軽に来ることだ」


 去り際に息子の肩に軽く手を置きながら、アレクシルは考える。

 エンシオはルノウェルスのカイ王とよく似ている。正義に溺れ、人の心を過信しているのだ。そのままではいずれ、挫折してしまうことも予覚せずに。

 ――矯正が必要かもしれないな。

 自分の欲も愛も願いも自由意志さえも、捨ててこそ真の王者だというのがアレクシルの持論だ。王となる人物からは、使命を冷徹に執行する以外の要素は除外されるべきなのだ。

 人の上に立ち、象徴としての仮面を被り、無情に民を統べる。それがアレクシル・フィンドラの生き方だった。


「トーヤ……俺には、お前が分からない」


 一人『王の間』に取り残されたエンシオは、苦悩に喘いでいた。

 少年を信じたい。だが、確かに刻まれた事実が重く青年の胸にのしかかる。

 王族としてテロ行為は断じて認められないし、テロリストと親交を深めるなどもってのほか。だが、トーヤやエルたちは共に戦う同志であったはずで――。


「くそっ……くそっ! つくづく王族に向いてないな、俺はッ……!」


 エンシオという一人の人格と、王族としての自己が彼の内部でせめぎ合う。

 窓から差す斜陽が絶えてもなお、エンシオはその場で佇み続けるのだった。



 その翌朝。


「トーヤくん、昨夜は随分と激しかったね。腰とか下腹部がまだ痛むよ」

「…………ごめん」


 ベッドの中、一糸まとわぬ格好で横になるエルは、同じく全裸のまま上体を起こしているトーヤに言った。

 別段責めるような口調でもなく、寧ろ彼らしくないと心配する風であったが、当の少年は俯いて謝る。

 いつもは優しくしてくれるトーヤの様子が変わった理由も、エルは察していた。

 皆の前では毅然と振る舞っていても、内面にはかなりの負荷が掛かっていたのだろう。

 それによる苛立ちを自分との行為で少しでも発散出来るのならと、エルは彼に応えた。


「罪悪感を覚える必要なんてない。私、こう見えて頑丈だから。それに避妊用の魔法薬もちゃんと使ってるわけだし、気にすることなんて何もないんだ」

「そういうことじゃなくて。僕は君への愛も度外視して、ただ揺らぐ心を紛らわすためだけに……。そんな欲に任せただけの行為、君だって望まないでしょ」


 トーヤの脳裏にぎるのは、かつてマティアスから受けた性暴力の記憶。昨夜の自分はあの時の彼と同じだった。

 エルもそれは理解している。だが、トーヤの悔いには一点の誤りがあるのだ。彼女は少年の手を取り、指をそっと絡めながら囁く。


「誰だって、そんな時くらいあるよ。君が悔やんでいるなら、次はそれ以上に優しく私を愛せばいい。でもね……私は君と繋がっていられるだけで嬉しいんだよ。君の温度を、鼓動を感じられるから、君と溶け合っていられるんだよ」


 エルはトーヤに許しを与える。彼女の彼への深い慈愛が覆ることは、決してない。

『魂の管理者』との契約――愛した人の魂を追いかけて転生し続ける――を抜きにして、彼女はトーヤという一個人を心の底から愛していた。


「そういう考えは、依存的で少し危ないんじゃない?」

「ふふっ……見損なうなよトーヤくん。もし君が世界の敵になったとしたら、私は君を迷いなく殺す。それだけは確実だよ」


 エルの声音はざらついていた。そしてその瞳には、強い覚悟の光が宿っていた。

 トーヤはエルをまっすぐ見つめ、一言、いった。


「ありがとう」


 彼女への信頼、愛、尊敬、感謝――そういった様々な感情を凝縮した言葉という名の、契り。

 少年からのそれを、エルは微笑んで承諾した。上体を起こし、彼に身を寄せて、唇を重ねる。



 それから一週間後の出来事である。

 真新しい燕尾服を身に纏った青年は、フィルンの大通りを行く者の注目を一手に引き受けていた。

 白髪に真紅の瞳。それは渦中の『リューズ家』の象徴だ。だが人々は、誰も彼に声を掛けようとはしない。腫れものを扱うかのように――いや、そもそも関わらないように、彼が歩む先にいる者は自ずと遠ざかっていく。


「ふふふっ……あはははっ……トーヤァ、トーヤァ……待っててね、すぐに殺してあげるからさぁ……!」


 その手に提げているのは蒼き短剣。かつてエイン・リューズがアマンダに渡した【嫉妬の悪器】をもって、ルーカスはトーヤを始末しようとしていた。

 血走った眼に、呪詛を唱えながら涎を垂らした、ひと目で正気を失っているのが分かる青年は、誰に阻まれることもなく王城へと一直線に向かっていたが――ふと、その進路を武装した兵士たちが横列で塞いだ。


「君、止まりなさい! 都市内での抜剣は法により禁じられている! 早急にその剣を鞘に収めるんだ!」


 通報を受けて駆けつけた剣と盾を構える十名余りの兵士たちは、青年を過度に刺激しないよう、あくまでも「法」を根拠に彼を止めようとした。

 しかし、悪意に精神を支配された青年に対しては、「法」などというものは何の抑止力にもなりはしない。

 ルーカスは兵士らの警告を無視し、短剣を大上段に構えると叫んだ。


「君たちィ! ぼくに壊されたくなかったら退くんだよ! さもないと……ぶっ殺す!」


 レヴィアタンの【悪器】が蒼い輝きを放ち始める。青年が一歩踏み出すごとに魔力は高まり、空気を震わす。軟弱な者は腰を抜かし、あるいは逃げ惑うほどの威圧感が場を支配する中、それでも勇敢な兵士はルーカスへ抗う覚悟でいた。


「その者を捕えよ! リューズ家の子息だろうが、四肢の一つや二つぶった斬っても構わん!」


 その指示に込められた意味は、「ルーカスを殺すな」。どれほど錯乱状態にあろうが、ルーカスはあのノエルの実子なのだ。彼を死なすことはリューズ商会を敵に回す、すなわち世間を敵にするということだ。そんなことは断じて起こってはならない。


「すみませんが、止めさせてもらいます!」

「――黙れよ、愚図」


 先陣を切って飛び出した一人の兵士は、そう宣言した直後、二度と口を利けなくなった。

 ルーカスが刃を軽く横に振った、その動作だけで、彼の首は胴体と永遠の別れを告げたのだ。

 刃が直接触れた様子ではなかった。魔力が見えざる刃となって、彼へと迫った――それを初見で理解できた者は、この場には誰もいなかった。


「親父……俺だって、この技が使えるんだぜ? これだけじゃない、他にも沢山の魔法を必死に身につけた。剣技も魔術も一流、それがルーカス・リューズって男なんだ! なのに……どうして、認めてくれない!?」


 能力は十全。なのに境遇は満たされることがない。自分と同じ教育を受けた姉は、立場にも【悪器】にも恵まれていたのに――。

 理不尽な不遇は青年の精神を歪め、【嫉妬】の器として最上のものへと変容させた。

 本音を吐露しながら、青年は無作為に「見えざる刃」を周囲へ撃ち放っていく。兵士も一般人も関係なく巻き込んだ殺戮の刃は、わずか数分の間に通り一帯を血に染めた。

 着ている燕尾服――行商人から剥ぎ取ったものだ――に返り血が付いたのを不快そうに見下ろしたルーカスは、剣を提げたまま歩みを再開する。


「さぁ、トーヤぁ! 素敵なお城からは出る時間だよ、俺のために戦え!」


 血の足跡を残してルーカスはフィンドラ王城に辿り付き、仇敵の少年の名を叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ