12 憧憬
使用人室に入った僕たちをまず迎え入れてくれたのは、初老の厳格そうな白髪混じりの女性だった。
彼女は僕らが来ると、品定めするように少し目を細めた。
「ヴィルヘルミーナ、彼がトーヤくんだ。可愛がってやってくれ」
ルーカスさんが僕を女性に紹介する。
ヴィルヘルミーナと呼ばれた女性は一歩前に出て、品の良い所作で小さくお辞儀した。
「宜しくお願いしますね、トーヤ。私は侍女長のヴィルヘルミーナ・ヴァルカーレ。長いから、侍女長とだけ呼んでくれればいいわ」
「はい、侍女長。これからよろしくお願いします」
僕は侍女長と握手を交わし、部屋を見渡してみた。
使用人室は広く、壁際にロッカーや二段ベッドが幾つも並んでいた。
部屋の中央には軽く腰掛けられる大きめのベンチとテーブルが置いてある。
「あーっ、新入りさんもう来たんだー!」
「それは本当ですか? シェスティン」
「ほんとだよ、モア! だってさっき歩いて来るのを見たんだから!」
二人の女性が会話をしながら使用人室の裏口から入ってくる。背の低い女性は重そうな食器を何枚も重ねて持ってきていた。
この使用人室は邸の西端に位置していて、調理室と隣接している。今入ってきた彼女らは、丁度調理を終えて戻って来たところのようだ。
「今夕食の用意が済んだようです。とりあえず簡単に邸内を見て回ってから、夕食にしましょう」
侍女長が言った束の間、シェスティンと呼ばれていた女性が僕に話し掛けて来た。
「君たちが新入り? やだー、可愛いじゃない!? ねぇねぇ年幾つ?」
「じゅ、十四です……」
「きゃー、若ーい! いいなー! ねぇねぇ女性との経験はあるの?」
「いや、それは……」
「シェスティン、初対面の男の方にそのようなことを訊くのはどうかと思いますが……」
やや興奮気味に僕に詰め寄るのは身長120センチくらいで茶色い髪のドワーフの女性、シェスティンさん。
彼女をなだめようとするのは、金色の透き通るような髪に青い澄んだ瞳、尖った耳が特徴的なエルフの女性、確かモアさんだ。
二人共使用人の制服であるメイド服を着用している。
「失礼。このシェスティンが無礼な質問をしてしまって……この落とし前は必ずつけさせるので、どうかお許しを」
強烈なシェスティンさんに辟易していた僕に、モアさんが頭を下げる。彼女はシェスティンさんの頭を掴み、無理矢理下げさせた。
「い、いえ……大丈夫ですよ」
アマンダさんやルーカスさんはそれを見て苦笑している。だが侍女長は表情を一切変えずに、アマンダさんたちに言った。
「ここからは私がやりますので、お二人は戻って頂いて結構です」
「そう。後は頼んだわよ」
二人は僕にちょっと笑いかけてから部屋を去った。
「では、行きましょうか。シェスティン、モア。どうせならあなた達もついてきなさい」
「はーい、侍女長!」
「わかりました」
僕が頷きかけると、後ろからエルが耳打ちした。
「何か、トーヤくんばっかりで私たちはおまけみたいじゃないか。面白くないなぁ」
「しょうがないよ。僕らがここに入れたのも多分僕の【神器】があったからだろうし……。我慢してくれ。まずは自由に動けるだけのお金を集めたいんだ」
僕は、ここで働いて稼いだお金を元手に何かやってみようと考えていた。まだ具体的には決まっていないけど、何をするにもお金は不可欠だ。だからしばらくは働くことに専念するつもりでいた。
「まずここが、あなたたちが主に生活する場となる使用人室です。と言っても、食事は別にある使用人用の食堂で取り、男性の使用人はこの部屋でなく、男性用の使用人室があるのでそこを使用してもらうことになります」
侍女長が説明する。
僕とジェードが寝起きすることになる部屋は、この部屋の隣にあった。中を見てみたが、女性用の部屋に比べて中は少し狭かった。
「ここじゃ男の子は少ないから、狭い部屋になっちゃうんだけど……ごめんねー」
シェスティンさんはそう言うが、僕は部屋が狭くても特に文句は無いし、(むしろ今まで暮らしてた家に比べれば広い方だ)ジェードも不満ではなさそうだった。
「では、調理室、食堂を見に行きましょう」
僕たちが次に向かったのは食堂。 使用人用の食堂は人はまばらだった。この時間はまだ仕事をしている使用人が多いのだろう。
食堂の奥には調理室があり、見てみると沢山の小人やドワーフ、獣人、ハーフエルフが忙しなく動いていた。
調理室は使用人用の食堂よりもずっと大きく広々としていたが、何しろ人が多すぎるため広さの割には窮屈に見える。
「大変なんですね……」
僕はため息をつく。
「でも、頑張った分だけ喜んでもらえるのは嬉しいことだよ」
シェスティンさんが顔を綻ばせて言う。働いてる人達を見ている彼女の目は、楽しそうだった。
見ると、ここで働いている人たちは皆良い表情をしていた。
「ここにいるのは、迫害され、仕事も住む場所も無くした者たち……ですが私たちは皆、ノエル様に救われ、今ここであの方のために働いている」
モアさんが凛とした真剣な面持ちで言った。
ノエルさんは、社会から溢れてしまった人たちをその手で救い、仕事を与えている。
僕も彼のような人に、なれたらいいなぁ……。
「いい人なんですね、ノエルさんって」
僕が呟くと、侍女長が応えた。
「あの方は、かつては奴隷だったそうです。しかし、自らの手で鎖を引き剥がし、逃亡した。そして色々な経緯があって、大商人となった。……彼のその境遇が、私たちのような立場の人間を救いたいと思う気持ちを生んだのでしょう」
僕は驚愕した。ノエルさん、奴隷だったのか……奴隷から大商人に成り上がったなんてどうしたらそんな事が出来るんだろう。
僕は、使用人室へ戻った後もどうしたらノエルさんのようになれるか考えていた。
ノエルさんには、力と、才能があったのだろう。
そして僕には【神器】という力がある。
……だが、それだけだ。まだ使いこなせてもいない力があるだけ。僕にはお金も地位も人脈も無く、ただ漠然とした力があるだけ。
この力を上手く使えるようになったら……どんな巨大な障壁もぶち壊せる。
いち早く、神様から授かったこの【神器】を僕のものにしていかないといけない。




