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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第10章 【強欲】悪魔マモン討伐編/【嫉妬】悪魔レヴィアタン討伐編

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36 【嫉妬】の器

『リューズ邸を謎の覆面集団が襲撃――死傷者は多数』

『警察は現在捜査中。犯行グループの正体、未だ分からず』

『金品が強奪された形跡はなく、テロだと思われる』


 リューズ邸襲撃事件が起こった翌日。

 雲一つない晴天の下、馬車に揺られながらトーヤたちはその日の新聞の一面を眺めていた。

 

「…………」


 彼らの口数は少なかった。自分たちの行為は、まさしく犯罪――『リューズ家』という悪を潰すためだと分かっていても、こうして事実として突きつけられれば何の良心も痛まないわけがない。

 新聞の報道通り、邸の衛兵や使用人からは多くの死者が出た。彼らはリューズ邸を守るために、命を賭してテロリストと戦ったのだ。

 勇敢な戦士と、卑劣にも奇襲をかけた覆面の集団。自分たちが目指していた正義とは何だったのか――無責任な話だが、そう考えずにはいられなかった。

 そんな中、エルは簡素なソファに寝そべったまま、前の座席に掛ける少女らに言った。


「誰からも褒められるような英雄でいられれば、気持ちよく生きられるだろうけど……現実はそうもいかない。目的を果たすためには、汚い手段を使わざるをえないこともある。リューズ家から彼らが悪魔と繋がっていた物的証拠を手に入れようとして、交渉でどうにかなると思うかい? ならないよね。それが分かりきっていたから、トーヤくんはこの作戦を実行に移した。そうだよね、トーヤくん?」


 黒髪の少年はエルに名を呼ばれ、同意した。

 それから彼は、皆の顔を見渡して確固とした口調で言う。


「うん。僕はこのやり方が間違っていたとは思ってない。リューズ邸の襲撃で死ぬ人と、悪魔を野放しにした結果死ぬ人の数――それを秤にかけた上で、リューズ邸襲撃を取っただけのこと。

 罪悪感を覚えるのは当然だよ。だけど……今はどうか、前を向いていて欲しい。この戦いで散らせた命を無駄にしないためにも、僕たちは悪魔を滅ぼさなくてはならないんだから」


 自分たちは罪人だ。人として許されざる卑劣な行いをした。それでも、罪悪感に押しつぶされている暇などないのだ。たとえそれが被害者の尊厳を踏みにじる行為だとなじられようと、今は罪悪感に蓋をして戦い続けなければならない。

 少年の言葉に、シアンたちは静かに頷く。大罪の悪魔を討つというトーヤの使命に賛同し、ここまで共に戦ってきたからには、もはや後には引けなかった。


「どんな道を進むことになっても、私はあなたを信じます。それが私の忠義です」


 皆を代表してシアンがトーヤへ己の意思を伝える。

 少年は彼女に、ただ微笑んでみせた。その横顔に滲む感情は、感謝と謝罪が綯交ぜになったものであった。



 トーヤたちとは別の馬車内で、エインはラファエルと連絡を取っていた。

 隣で聞き耳を立ててくるアナスタシアを横目で気にしながら、今回の戦果を確認する。


『アマンダ・リューズの手記を入手したが、一旦は捕縛したルーカスに逃走された、か。逃してしまったルーカスについては気になるが、アマンダの手記という物的証拠はやはり大きい。これを公開すれば、世間はリューズへの見方を百八十度変えるだろうからな。作戦は成功といって差し支えない』


「ええ。手記は後ほど、エルさんの転送魔法でそちらに送りますね。時機を見てメディアに流してください。それから……」


 エインの懸念は、やはりラファエルの離反であった。

 ラファエルが組織に加入した理由が、祖国を取り戻すための足掛かりとするためであったことは承知している。

 だが、念のため確かめておきたかった。今回の作戦で自分たちはルーカスを本部に移送し終わる直前に、彼に悪魔の力を使われて逃げられたのだ。その点でラファエルがトーヤたちに力が足りないと見て、見限る可能性もゼロではない。


「ラファエルさん。あなたはぼくのこと、まだ必要としていますか?」


『当然だとも。君の実力に惚れ込んで、わざわざフィンドラ王城まで出向いたのだからな。そう簡単に見捨てたりはしない』


「良かった……! 今回の作戦、ラファエルさんがいなければ成功できなかったと思います。本当に、感謝してます。これからもよろしくお願いしますね!」


『ああ、こちらこそよろしく頼もう。君たちへの投資が正しい形で実を結ぶのだと、私は信じている』


 諸連絡を済ませたエインの表情は明るかった。

「実力に惚れ込んで」「見捨てはしない」――自分を認めてくれるラファエルの言葉に、否応なく嬉しくて堪らなくなってしまう。

 浮かれているエインを少々危なげに感じたアナスタシアは、長い脚を組み替えながら提案した。


「エイン君、だったかしらぁ? あんたのこと、あたし気になるのよねぇ。そこでなんだけど、あんた、あたし専属で【超兵装機構】のデバイサーになってくれないかしらぁ? あんたの反射神経や身体の敏捷性なら、十分に扱えると思うのよねぇ」


「ぼ、ぼくがですか? そんな重装備、ぼくの戦闘スタイルには合ってないように思えるんですけど……」


「んー、まぁ、あたしが昨夜使ったのは試作品だし……あんたに合うように改良はするつもりよ。あんなゴテゴテの鎧が嫌なら、もっと軽装にすることも理論上は可能なの。どぉ、ちょっとやってみるだけでいいからさぁ」


「うーん……まあ、ちょっとだけなら……」


 誘われれば断れないお人好し。ますます放っておけない、とアナスタシアは危機感を抱いた。

 誰かが見守り、忠告してやらないと、この子は確実にどこかで騙されて痛い目を見ることになる。ならば(しばら)くは自分が側に付いていてやろう――彼を作品のデバイサーとするのを口実に、アナスタシアはそうしようと決めた。

 何故かと問われれば気まぐれ、としか答えようがない。強いて理由を挙げるならば、似合いもしない母性が働いた……とでも言えるか。


「【悪器】がなくなってあんた自身の能力が落ちたこと、気にしてたでしょ? 【超兵装機構】ならそれを完璧に補える。その魔剣、【紅蓮(グレン)】とか言ったっけ? それと併せて凄まじいパフォーマンスを発揮できるはずよぉ。うふふ、楽しみねぇ。うふふっ……」


 が、エインに対する心配はすぐ脇に置き、彼女は自分の発明品と少年がどれだけ適合するか想像してニヤニヤと笑みを浮かべだした。

 低く笑い声を漏らし続ける女に流石のエインもドン引きするが、当人は全く気にせずに妄想の世界へ没入していく。


「アズダハークぅ? あたしの作品がどれだけ素晴らしいか、すぐに思い知ることになるわよぉー」


「それはこちらの台詞だ。おい……エインと言ったか。こんな女のものではなく、私の製品を使いたまえ。君と同型のフェンリルのデータを持つのは私だ、その女よりも更に君に合ったものを作り出してみせよう」


「リル君のデータがエイン君に完全に合致するとは限らないでしょ? そんなの何のアドバンテージにもならないわよぉ。エイン君、あんたはあたしを選んでくれるわよね?」


「え、えっと、ぼくは……」


 二人の科学者の間で板挟みにされるエイン。どちらにもノーとは言えず困惑しっぱなしの少年に、他の怪物の子の面々は匙を投げてそっぽを向いた。プライドの高い科学者の争いは面倒なものだと、アズダハークのもとで生まれた彼らは幼少の頃から知っている。


「オルトロスのこと、やっぱり気がかりだわ。結局、回収できませんでしたから」


 エインと科学者たちを放置して、ケルベロスはリューズ邸で遭遇した弟を慮る。

 戦いに明け暮れて、ろくに姉弟らしい関わりを持てなかった弟。互いに興味を示さず、会話すらなかった相手なのに、今となっては気になって仕方がない。

 トーヤと出会って自分は変われた。もう、オルトロスと同じ場所には戻れない。だからといって、強引に弟を自分たちのもとへ引きずり込むのも違う気がした。ケルベロスは自分自身で決断して、組織へ反逆しようと決めたのだ。オルトロスにも、自分の生き方は自分で決めさせてやりたい。


「彼は『組織』しか知らないから……彼にとっての世界は、そこしかない。教えて、あげたいなぁ……」


 ケルベロスはぼんやりと天井を見つめ、溜め息を吐いた。

 リルとヨルも彼女の側で首肯する。オルトロスだけではなく、まだ組織にいる他の怪物の子たちにも、世界は広いのだと伝えたい。


「…………」


 ヴァニタスは己を見つめ直していた。

 彼女はケルベロスやリルたちとは異なり、最初から怪物の子として作られた存在ではない。亡国の王女であった彼女は、流れ着いた『組織』という場所で自ら志願し、『怪物の子』となるための身体改造手術を受けたのだ。それはひとえに、力を得るため。国を守れなかった自身の弱さを呪った少女は、目の前に提示されたその選択肢に迷わずしがみついた。


 ――思い返してみれば……(わたくし)、彼らのように意志を持っていなかったかもしれない。組織に従っていたのは、力を与えられた恩に報いるため。けれど……そもそも自分が何のために力を求めたのか、それを見失っていたような気がする。


「いつか死ぬことを忘れるなかれ――。我が家訓の意味が、ようやく分かったわ。人はいつか死ぬのだから、いつ死んでも悔いを残さないように、今を精一杯生きろ、と。ご先祖様はきっと、そう言いたかったのかしらね」


 やりたいことを全力でやる。生き様など、それで十分だろう。

 清々しい気持ちで、ヴァニタスは内心で青年に礼を言った。あの時――ルノウェルス革命の際、大切な人や国を守るべく懸命に戦った王子。彼と戦ってから自分は変わったのだ。

 馬車は誰に咎められることなく首都ストルムから距離を離していく。それから人気のない道端で【転送魔法陣】を発動した彼らは、フィンドラにあるアナスタシアの研究所へ転移していった。

 


「ドリス! ドリス! 君はどこへ行ったのかなぁ? 俺が見つけてあげるからね、ドリス!」


 ルーカス・リューズはストルム中央にある時計台の頂上に立ち、都市中を見渡していた。

 レヴィアタンの力を覚醒させた両眼を蒼く輝かせ、魔法で一時的に高めた視力で愛する女を捜す。

 時計台の下で野次馬が騒ぎ立てるが、彼にとってはそんなもの些事でしかなかった。


「ドリス……なぜ君はいなくなったんだい? たっぷりのラヴを僕が注いであげたのに、どうしていなくなっちゃうの? 君も……俺を裏切るのか? 俺の元から離れていってしまうのか? 嫌だよ、そんなの……」


 鳥のごとき視覚で片端から都市を眺めまわしながら、ルーカスはドリスが消えた理由について考察する。

 おそらくは昨夜の襲撃事件が関わっているはず。あの襲撃から逃げたか、捕まったか、どちらかだ。


「トーヤ、トーヤぁ! あいつだ、あいつが現れたから……ドリスはあいつが奪ったんだ!」


 青年の胸に燃える感情は二つ。

 一つはドリス・ベンディクスへの無償の愛。彼女を渇望する際限なき情欲。

 そして二つ目は、少年への怒り。唯一無二の姉を奪われたことへの、深い憤怒。


「トーヤ、お前をキル! それから『リューズ』こそが正しいのだと、ぶちのめせ!」


 ――あいつを殺す。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!


 あれは人の心を持たぬ悪鬼だ。何の罪もないアマンダを、罪人と決めつけて斬ったのだから。

 ルーカスはそう信じて疑わない。彼の中ではそれが真実で、自分の行動こそが絶対の正義なのだ。


「君を潰す、イコール、ドリスに辿り着く? ふふ、真実みえた!」


 この街に生きる人間たちの魔力の輝きが、今のルーカスには可視化できる。彼が割り出した情報からは、ドリスらしき反応は検出されなかった。他のどの女とも異なる特別な光を、ドリスは有しているのだ。少なくともルーカスはそう思っている。

 そして高い魔力を秘めた集団も、どこにもいない。つまり、トーヤたちはこの都市から離れたか、別個に行動しているかのどちらかだ。

 ストルム内に見られる高い魔力を持つ者は、リューズ邸に一人、王宮に多数。テロまがいの襲撃を行った直後に王宮に受け入れてもらえるとは考えにくいため、トーヤたちはそこにはいないだろう。


「すぐに破壊! 細切れ! あっはは、楽しみにしといてよー?」


 白髪の青年は人外じみた跳躍力で時計台から近くの建物上に着地し、そこから城壁の関門を目指して一直線に猛進していく。

 必要な装備を揃え、体のコンディションを整えるのに若干の時間を要したせいで、トーヤたちの都市からの脱出を許してしまった。だが、それくらいなら許容範囲だ。要はトーヤを殺し、ドリスを取り返せばいいのだ。


「あははっ、あっははあははははは!!」


 青年は笑い、狂う。ドリスが育てた悪魔の「器」として、彼はこれ以上ないほど良質なものへと昇華していた。自らが狂っていることにも気づかずに、彼は【嫉妬】を増幅させ続ける。

 あまりに眩しい少年。同じ場所に立てたら。同じように力を持てたら。そう願って【神殿】に挑みはしたが、結果は少年が全てを手に入れただけ。自分には、何もなかった。

 あまりに憎らしい少年。同じ場所には立てなかった。同じような力は持てなかった。彼との隔たりを痛感させられて間もなく、齎された報せ――それは青年に決定的な少年への憎悪を芽生えさせた。

 悪魔が一度息を吹き込んだ罪の感情は、彼が目的を果たすまでは決して消えない。トーヤも、ノエルでさえも予測していなかった青年の暴走には、もう誰も歯止めをかけられない。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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