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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第10章 【強欲】悪魔マモン討伐編/【嫉妬】悪魔レヴィアタン討伐編

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28  計画始動

「話って、何ですか?」

 

 正面衝突で痛めた額をさすりながら、トーヤはティーナに訊ねた。

 取り落とした書類を拾い集めるティーナは、ちらりと視線を上げて答える。


「さー、何だと思う?」

「はい?」


 逆に質問で返されてトーヤは困惑してしまう。

 彼の間の抜けた表情がどうにもおかしくて、ティーナは喉を猫のように鳴らして笑った。


「ここじゃ言えないってこと。君、私と一緒にいる時はなんか鈍くなるよね。どーして? 私といると緊張する?」

「……正直に言うと、苦手です。あなたは波みたいに掴みどころがないから」

「褒め言葉として受け取っておこうかな、ここは!」

「べ、別に褒めてませんけど」


 ティーナ・ルシッカの本質は、エミリアともまた異なる。自分の欠落を自覚しているエミリアはそれを克服しようとしているが、ティーナは欠けた部分をありのままの自己として認めているのだ。

 人間関係に深入りしたくない。それでいて、誰に対しても努めて明るく友好的に振舞う。そうして、表面的には綺麗な人付き合いを作り出す。――それがティーナの生き方だった。


「トーヤきゅん、この後時間あるよねー? ここじゃあれだから、『紫玉塔』の私の研究室まで来てくれるかな。情報漏れが怖いから、同行者はちゃんと選んできてね! せいぜい二人くらいっ!」


 落とした書類を回収し終えたティーナは、すれ違いざまに少年の肩をぽんと叩いた。

 どこかアレクシル王にも似たその仕草に、トーヤは彼女が誰に憧れて日々を過ごしているのかを悟る。思えば、彼女の処世術はアレクシルのそれと近しいのだ。


「はい、分かりました。僕の方からはエルとエインを連れて行きます」

「ありがとー。じゃ、朝ごはん食べたらおいでね」


 にこっと眩しい笑顔でティーナは言い、跳ねるような足取りで研究室や図書室のある『紫玉塔』へと向かっていった。

 その後ろ姿を見送ることはせず、歩みを再開したトーヤは思考を先ほどの計画へと戻していく。

 

 ――王族には出来ない作戦だ。僕たちだけで、確実に遂行させないと……。


 少年を駆り立てるのは、これまで以上の使命感と正義感。少々のめり込みすぎやしないか、と助言を出した者は未だいない。なぜならば、彼はその内心を殆ど仲間に明かしてはいなかったから。トーヤは全てを綿密に練り上げた後、作戦実行の直前に話そうと決めていた。


 

 それから一時間後、トーヤは約束通りエルとエインを伴ってティーナの研究室を訪れた。

 予想通りごちゃごちゃと散らかったその部屋を眺めつつ、少年はハーフエルフに訊いた。


「ソファ、座ってていいですか?」

「あー、どうぞー。ちょっと資料探してるから適当に待っててくれるー?」


 魔導士のローブを脱いだ下着同然の薄着のティーナは、間延びした声をトーヤに返した。

 本棚に隙間なく並べられた本の数々。ファイリングされた書類はいくつも机の上に置かれ、ティーナはそれを手当たり次第に開いては閉じていく。

 

「その書類、ティーナさんが書いた大事な研究資料でしょう? 一度お母様でも呼んで、整理の仕方教えてもらったらどうですか?」

「え、ええ……やっ、やだよそんなの! お母さん厳しいし、こんな杜撰(ずさん)な管理見られたら絶対怒られるー!」


 トーヤがヘルガの名を出すと、ティーナは顔を青ざめさせて頭を抱える。

 ガサゴソと彼女が探し物を続けている間、エルとエインは小声で言葉を交わしていた。


「エルさん。ぼく、この前エルさんやトーヤ君が言ってたことの意味、わかった気がしてるんだ」

「へぇ。でも『むっつりすけべ』って辞書に載ってたかな」

「そ、それじゃなくて! その、人を好きになる気持ち、とか」

「ほぉー。誰か好きな人ができたのかな。恋心っていうのは、自分で恋して初めて実感を持てるものだからね」


 エルが微笑むとエインは頬を赤らめて頷く。

 恥ずかしそうに触角のような前髪をいじる少年に、エルは「本当に良かった」と心中で呟いた。

『組織』が生み出した特異な存在であるエイン・リューズを、【ユグドラシル】からやって来た彼女はトーヤ以上に気にかけていたのだ。だから彼が外出する際はエルもついていったし、シャイな彼に積極的に話しかけもした。

 長い時を生きている彼女は、少女の見た目相応の振る舞いをしていながら母親のようにトーヤたちを見守ってきた。エインにもそれは変わらない。等しく愛を注ぎ、支える――その博愛の心は、ずっと昔からエルの根幹にあったものだ。


「さてと、よーやく見つかったよ! あ、今お茶出すからねー! コーヒーかホットチョコか紅茶か緑茶か麦茶かオレンジジュースがあるんだけど、どれがいいー?」

「や、やたら選択肢が多いですね……」


 皆のオーダーを彼女に伝え、それからほどなくして飲み物を持ったティーナが戻ってきた。

 小さめのソファに僕とエル、丸椅子にはエインが掛け、目の前の小机に置かれた紙の資料をそれぞれ手に取る。

 ティーナは少し離れた机の側の椅子にあぐらをかき、説明を始めた。


「その紙に載ってるのは私が開発した魔道具のリストね。それぞれの詳細は別紙にあるから、そちらも見てほしい。で、何で私がこれを君たちに見せたかと言うと」

「――対『組織』における作戦のため、でしょう? 具体的に言うならば、リューズ邸への襲撃作戦のための」


 ティーナの台詞を遮り、トーヤは彼女の言わんとすることを先取りする。

 目を丸くした魔導士の少女はしばしポカンとしていたが、ニヤリと笑みを纏い直して彼へ拍手を送った。


「さっすがー、分かってんじゃん! もしかして君も同じこと考えてた?」

「え、ええ。王族がやれないなら、僕らがやらないとって」

「実はね、私が君らをここに呼んだのは王様の指示なんだ。組織との戦いで主導権を完全に握るには、こちらから能動的に動くしかない。これまでのように、悪魔が出てから対処するのでは遅い。王様も君も、それはしっかり弁えていたようだね」


 いつもの快活な振る舞いを捨て、真剣な口調でティーナは明かした。

 二人の会話にエルとエインは息を呑む。いつかはやらねばならないことだったが、そこまで早く行動に移すとは彼女らも思っていなかったのだ。ましてマモンを討伐した直後であるなら、なおさら。


「私たちに休んでる暇なんてないってこと。悪魔を一人倒して満足なんかしちゃいけないんだよ。まだ倒されていない悪魔は、レヴィアタン、サタン、ルシファーの三人。こいつら全部を潰して初めて、私たちは安寧を取り戻す! 一秒たりとも気を抜いちゃダメ!」


 語気に激しさが宿る。その高まった感情に、トーヤは「やはりこの人はヘルガさんの娘なんだ」と感じた。

 驚愕から平静さを取り戻したエルは首肯(しゅこう)し、ティーナの言葉を継ぐ。


「悪魔アスモデウスがそうだったように、リューズ家が他にも【悪器】を所持している可能性は高い。あの男――ノエル・リューズが三つのうちのどれかを持っていることは確実だろうね。彼の性格や言動から鑑みると、一番有力なのは【傲慢】のルシファーかな」


 そんなエルに対し、エインの心はまだ揺らいでいた。

 エインにとってノエルは父であり、絶対的な畏怖の対象。冷徹な男の眼光や、振るわれる圧倒的な魔法の暴力、魔力を吸い上げられ死の淵まで追い込まれた恐怖――彼から受けた『教育』という名の虐待を思い出し、少年は震えた。


「ほ、本当に、やるの? あの人は強い。ベルゼブブの【悪器】を持っていた頃の僕が、手も足も出なかった相手だよ……」


 声がわななく。呼吸が浅くなる。不規則になる鼓動に胸を押さえるエインは、縋れる何かを求めて空いた手で(くう)を掻いた。

 白髪の少年の様子に危うさを感じたトーヤはソファから身を乗り出し、彼の手をそっと自身の手で包み込んだ。

 そうしてやるとエインの震えは少し収まり、それを横目にエルは安堵に胸をなで下ろす。


「エイン、君とノエルさんとの間に何があったのか、僕らは知らない。それを話せとは言わないよ、人の過去っていうのは無理矢理に掘り返すものじゃないからね。もし、君があの人と戦えないというのなら、それを責めることもしない。君は君にできることをやればいいんだ」


 トーヤにも、エルにも、ティーナにも踏みにじられたくない過去の傷は存在する。だから、黒髪の少年はエインの気持ちを尊重することにした。

 

「トーヤきゅんは優しいね。ただ私から一言いわせてもらうと、戦力は多ければ多い方がいいんだよ。エインきゅん、王族の【神器使い】が参戦できない中で、君という魔法剣士は貴重な存在なんだ。リューズや組織に関する知識も持っていて、元【悪器使い】……そんな人材は、私たちの陣営では君しかいない」

 

 彼の気持ちを読み取りながらも、ティーナはそれを正面から無視した。敵との戦いに、過去も私情も要らない。求められるのは力のみ――どんな強敵も破りうる実力を。

 相反する二人の意見。エインは助けを欲するようにエルに視線を向けるが、緑髪の少女は微笑んで首を横に振るだけだった。


「……ぼくは……」


 エインは拳をぐっと握り、臆病な自分を追い出そうと頭を激しく振る。

 歯を食いしばって漏れ出た吐息は、彼の懊悩を形容するように重かった。


「ぼくは……過去から、目を背けたくない。父から……逃げたくない。彼を超克しないと、ぼくの傷は癒えないままだから……」


 精神を蝕む、いつまでも消えない古傷。エインの心に暗い影を落とし続けている、【悪魔】に蹂躙された記憶。

 それらと向き合い、トーヤたちと共に戦おうとエインは決意した。

 自分も変わりたい。彼らのように強くなりたい。自分だけでなく他人も守れる、強さが欲しい。その『強さ』とは単純な戦闘能力ではないことに、エインは気づいていた。


「トーヤ君、エルさん、ティーナさん。心配しないで、ぼくは大丈夫だから。きっと……ううん、必ず、この傷を克服してみせる」


 弱い自分を戒めるために、彼はそう言い切った。

 トーヤとエルはエインの瞳を見つめて微笑み、ティーナは不敵な笑みを浮かべる。


「さーて、そんじゃ大まかな決め事は済ませちゃおうか!」


 ティーナが号令をかけ、それからすぐに彼らは計画を組み立て始めた。

 リューズ邸を襲撃するに当たって、必要となる人員、物資、装備……それらを白紙に書き込み、まとめていく。


「メンバーは『影の傭兵団』と、フェンリルたち『怪物の子』にティーナさん、それに僕らを加える……って感じですかね」

「物資の方は『フィルン魔導学園』の予算でなんとかするよ。お母さんに頼めば、その辺は工面してもらえると思う」

「装備だけど、これはフロッティさんの力を貸してもらおう。えーっと、お金に関しては……」

「まっかせといて! うちの学園はなかなかに儲かってるからね。心配ご無用!」


 フィルン魔導学園は学生から徴収する学費のみならず、魔道具の開発、販売で利益を出している。王家の足がついてはいけないということで今回はアレクシル王を頼れないため、資金面ではヘルガに頼ることとなった。


「その『影の傭兵団』とのコンタクトはトーヤ君、君に任せるよ。具体的な日時はメンバーが揃ってから決めよっか」

「了解です。あ、それと言い忘れてたんですけど、メンバーの方はもう一人……」


 と、そこで思い出してトーヤがエインを一瞥した。

 白髪の少年は咳払いすると、昨日起こった事件を簡潔に語り出す。


「――というわけで、直接一緒に戦えはしませんが、ラファエルさんもこちらの思うように動かせます。リューズの内と外、両方から潰しにいけるかと」

「へぇ、やるじゃん! その人が本当に信用できるのなら、お手柄だよエインきゅん! 無論、裏切るリスクも念頭に入れておかなきゃいけないけどね」


 ラファエルには最低限の情報しか与えてはならないと釘を刺しつつも、ティーナは素直にエインを賞賛した。

 エルは頷き、それからパンと手を叩いて言う。


「うん、今後の作戦はラファエルさん込みで考えなきゃいけないね。……さて、それじゃあ今日はこの辺でお開きにしようか」

「そうだね、ひとまずお疲れ様ー」

 

 彼女の言葉で、この集まりは解散となった。

 が、先にティーナが口にしたようにトーヤたちに暇はない。この後もトーヤはエルと共に『影の傭兵団』と接触するべくフィルンの『ギルド』へ足を運び、エインはシアンらと一緒に「魔法剣術」の鍛錬に励むことになるのだった。 

 


 フィルンの大通りは今日も盛況だ。

 曇り空の下でも人々の活気は衰えることなく、店は客を呼び込み、客はそれぞれ店を吟味する。

 住民と観光客が入り混じる喧騒を心地よく聞きながら、トーヤとエルは肩を並べていた。

 

「今朝、ノアさんと会ったよ」

「えっ……それは本当かい、トーヤくん!?」

 

 旧友が彼を訪ねたと聞き、エルは一驚する。

 にこりと頷くトーヤは、ノアからの贈り物の鞘を腰から外した。

 通りで剣を抜くわけにもいかないので刃を少しだけ上げて見せると、エルは目を見張る。


「それって、【白銀剣】だよね……?! ノアさん、本気(マジ)でこれを手放しちゃったの!?」

「う、うん、マジだよ。『あたしよりもあんたが持つべきだ』って」


 仰天するエルの気持ちもトーヤには分かる。自分を含め【神器使い】が【神器】を誰かに譲渡したと聞いても、絶対に信じられない。ノアにとっての【白銀剣】は、それほど特別なものだったのだから。

 ノアもきっと迷ったはずだ。だが、自分の考えが正しいのだと信じて、トーヤに分身を託した。


「この武器は【神器】に匹敵する――ううん、剣としての性能は【勝利の剣】や【グラム】をも凌ぐ。そうだよね、エル?」

「ああ。ノアさんと戦いを共にする中で、その剣も成長していたからね。千五百年もの間、その剣は彼女の戦いのデータを蓄積していた」


【白銀剣】はノア本人と同様に、不滅の記録装置という属性を具有しているのだ。

 そこに刻まれた戦闘の記憶は、シルが【ユグドラシル】で自身の記憶の海を泳いだ時と同種の魔法を用いることで引き出せる。

 つまりトーヤは、武器だけでなく彼女の記憶の一部まで手にしたことになる。そうエルが解説すると少年は驚嘆した。


「記憶を引き出す魔法は私が教えてあげるから。長ったらしくてめんどくさい『魔法式』の魔法だけど、君なら習得できるよ。断言できる。君はもう、私に追いつけるほど強い魔導士になれている」


 自分の実力に太鼓判を押され、トーヤは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。

 彼の魔力量や、魔法のセンスはエルとそう変わらない。異なるのは単純に魔法の知識量だ。


「でも、何だか信じられないよ。僕、神器を手に入れる前は、魔法なんて全く使えなかったのに」

「それはきっかけがなかっただけだよ。人の中の才能の種は、きっかけさえあれば簡単に芽吹くものさ。最初から才能のない人間が大半だけどね」


 真顔でつまらなさそうに説くエルに、トーヤも口を引き結んだ。

 自分は幸運だったのだと、その言葉に改めて理解する。そして、その幸運も才能の種子も持たない人の上に自分たちは立っているのだと、初めて強く意識した。


「傲慢になっちゃいけないよ、トーヤくん。才能ある者もそうでない者も、皆等しく人間なんだ。このことを忘れちゃいけない。それを忘れた結果が、【ユグドラシル】の悲劇なのだから」


 トーヤは彼女の言葉を噛み締めた。

 神と悪魔――人の身でありながら、人の名を捨てた強すぎるだけの魔導士。彼らが自分たちを一人の人間でしかないのだと戒めていれば、あの悲劇は止められたかもしれないとエルは言った。

 

「そうだ――僕らは皆、変わらない人間なんだ」


 それだけは忘れないようにしよう、とトーヤは胸に刻み込んだ。

 と、そこで――『ギルド』の建物前に到着した彼らに、背後から女性の声がかかった。


「いいこと言うじゃない、あんた。『トーヤ君』って名前が聞こえたからつけて来ちゃったんだけど、あんたが『神器使いのトーヤ』で間違いないわね?」

 

 黒髪に灰色の目、褐色の肌をした異邦の若い女性。白衣の服装からして、科学者だろうか。

 気だるげな垂れ目を少年に向ける彼女は、くつくつと喉を鳴らして笑う。


「えっと、あなたは?」

「あぁ、あたし? あたしはアナスタシア。『魔導帝国』から追い出された、憐れな科学者よ」 

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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