27 再会のノア
いやに早く目が覚めてしまったトーヤは、エルを起こさないようにひっそりと部屋を出た。
剣を携え、まだ寝静まった塔の廊下をひとり歩く。
窓の外に視線を向けると、曙の太陽がほのかに白んで見えた。
「休まないと身体に良くない、ってことは分かってるつもりだけど……」
それでも習慣化した稽古を止めるのがどうしても気持ち悪くて、ついこうして中庭まで足を運んでしまう。
塔を出た所で辺りを見回しても、先週まで早朝から特訓をしていたシアンたちの姿はない。あれだけの事件があった後だ。流石の彼女らもベッドで泥のように眠りこけているのだろう。
「はぁ……」
吐いた息は白い。初夏とはいえ、この時間ではまだまだ寒かった。
トーヤは適当に中庭をうろつき、手近なベンチに剣を置いて、準備運動に体操を始めた。
と、そこに背後から少女の声がかかる。
「おはよう、トーヤ君。随分と早起きなんですね」
振り向くと、そこにはエミリアがいた。
軍人としての鎧姿でも王女としてのドレス姿でもなく、寝巻きを着たリラックスした格好だ。いつもきっちりしている彼女にしては珍しい、とトーヤは思った。
「エミリアさん、おはようございます。散歩ですか?」
「ええ。私、いつもこのくらいの時間に起きるんですよ。嫌な夢ばかり見て、あんまり眠れないんです」
エミリアはトーヤが剣を置いたベンチの隅に座り、苦笑した。
少年が体操を止めて彼女の側に寄ろうとすると、手振りでそれを制される。
「私に遠慮せず、続けてください」
「そ、そうですか。じゃあ、失礼します」
しばらく、無言の時間が続いた。
淡々といつも通りに剣の稽古を進めるトーヤと、それを眺めるエミリア。ただ、その沈黙はトーヤにとって居心地の悪いものではなかった。彼が剣を振るのに集中しているのもあるが――それ以上に、エミリアが醸す気配が柔らかいからだ。
公の場で見る毅然とした王女は、ここにはいない。今、少年を見つめているのは一人の等身大の女の子だった。
「ふッ……!」
トーヤが剣を繰り出す先、何もない場所に見出しているのは白髪の青年だった。
彼の太刀筋、呼吸、癖……それら全てを思い描き、仮想のルーカス相手に剣を見舞う。
リューズとの縁を切ってから、少年はルーカスをいつか必ず戦う相手として想定していた。それがいつになるかは、分からない。だが、その時がすぐ来てしまうのではないかという予感はあった。
「あなたが戦っている相手の剣は、何かに迷っているような……そんな気がします」
「……えっ?」
トーヤはエミリアの言葉に動きを止めた。顎に滴る汗を袖で拭いながら、訊ねる。
「どういう、ことですか?」
「いえ、ほんの思いつきに過ぎないことですから。あまり気にしないで」
首を横に振り、エミリアは少年が持ってきていた水筒を彼へ手渡す。
ありがたく受け取って喉を潤すトーヤは、最後に会ったルーカスを思い起こしていた。
『…………勝手にしろ』
それが、彼が少年たちとの別れ際に発した言葉だった。
失望か、怒りか、そういったやるせない感情が詰まった一言。彼は本当にトーヤらと離れたくなかったのだろう。アマンダもそうだったように、彼らとの日々を心底から楽しんでいたのだろう。その泡沫の日々が失われたショックは、どれほど大きなものだったのだろう。
――ルーカスさん、今はどうしてるのかな。
考えても、知る由のないことだった。リューズ商会の情報は街に出ればいくらでも手に入るが、ノエルやルーカスのプライベートな情報はどこにも出回っていない。ノエルに関しては真実か疑わしいゴシップが流布されているようだが、ルーカスにはそれすらない。大商人の優秀な娘として名を馳せていたアマンダとは異なり、そういう名声すら聞こえてこない。
本当に、何も分からないのだ。そこに危うさを感じてしまうくらい、何も。
「あの、エミリアさんには喧嘩別れしたお友達とか、いませんか?」
トーヤの問いにエミリアはきょとんと首を傾げた。
少し考えてから、彼女は半眼で少年を睨みつける。
「私に友達がいないって知ってて聞いたのなら、とっても意地悪ですね」
「えっ? 友達ならここにいるじゃないですか」
特に他意もなくトーヤが口にすると、エミリアは頬をほんのりと赤らめた。
茶髪の毛先を指に巻きつけながら、照れ隠しのように早口で捲し立てる。
「え、えっと、別にそれくらいは理解してます。あなたは私の大切な友達ですものね。エルさんもジェード君もシアンさんも皆、私のとっ友達だって」
「えっとそれで、話を戻しますけど、喧嘩別れした相手とかはいないんですね?」
「き、君のそういうところは何なんですか。天然なの、それとも狙ってやってるの?」
「うーん、いないのかー。こういうことって誰に相談したらいいんだろ」
「ちょっと話聞いてくださる!?」
トーヤがうーむと唸っていると、エミリアは顔を真っ赤にして大声を出す。
その声に驚いたのか植木にとまっていた小鳥たちが一斉に飛び去り、次にはエミリアははっと口元を押さえた。
「す、すみません。柄にもなく大きな声を……」
「い、いいんですよ。僕の方こそ弄ってすいません」
「やっぱりわざとだったんですか……。王族相手によくそんなことが出来ますね」
「だって王族どうこうっていうより、エミリアさんは僕にとって普通の女の子ですから。こうして二人きりでいる時くらい、いいじゃないですか」
友達。普通の女の子。――これまでエミリアが誰からも言われたことのない言葉を、この少年は平然と言ってのけている。
何という度胸、何という常識知らずなのだろう。あまり常識に囚われるタイプではないと前々から知ってはいたが、まさかこんな扱いをしてくるとは。
素直に目を丸くするエミリアに、トーヤはいたずらっぽく笑った。
「あははっ、何だか楽しいです。ね、エミリアさん。今ツッコミを入れたり、しゅんと項垂れたりした姿が素のエミリアさんなんじゃないですか?」
「えっ? そ、そうでしょうか……私にはよく分かりません」
エミリアは困惑した。確かに、公の場で自分がこのような言動をしたことはない。ただ、それが自分の本来の性格なのか、はっきりとはしなかった。
「まぁ、そんなにすぐ分かるものでもないですよ。自分のことって、案外他人の方がよく見えてることもありますから。自分じゃ分からない部分も多いんです」
自分を見つけられずにいるエミリアを安心させるように、トーヤは彼女の隣まで来て腰を下ろすと、そっと彼女の手を自分の手で包み込んだ。
「と、トーヤ君……?」
「温かいでしょう? 運動したばかりの僕の手は」
何を当たり前のことを、とエミリアは言おうとしたが止めた。
この手の感触をもう少しだけ、味わっていたかった。余計なことを口にしたら少年の温度が離れていってしまう気がして、彼女はしばしそのままでいた。
――もしかして、私、彼に心を許しているのかもしれない。
完全に開ききったわけではない。だが、こうして話す中で多少は距離が縮まった気がする。
こうして感じている彼の温度の心地よさも、恐らくはそこから来ているのだ。側にいて安心でき、純粋な親愛の情を向けてくれ……そこに王族のしがらみも、軍人としてのそれもない。エミリア・フィンドラが望んでいたのは、まさしくそういった人間関係ではないだろうか。
「トーヤ君、私……」
「少年、久しいな。――おっと、お取り込み中だったか」
エミリアがトーヤに胸中を明かそうとしたその時、彼女の知らない女性の声が割って入った。
背後から近づいてくる足音。咄嗟に振り向き、緩みかけていた表情を王女らしく直したエミリアは鋭く訊ねた。
「あなたは何者ですか?!」
黒いスーツを着用した、深緑色のショートヘアをした長身の女性。目つきが鋭く鼻筋はすらりと整い、薄い唇に控えめながら紅が差してある。顔立ちからして異邦の者ではないだろう。
「ノ、ノアさん……! やっと会えましたね!」
「ああ、待たせて悪かったね。ちょっと面倒事に巻き込まれちまって」
やや男性的な話し方のこの女性と、トーヤはどうやら知り合いらしかった。
エミリアが視線で少年に訊くと、彼は立ち上がってノアを指し示す。
「この人はノアさん。この前話した【ユグドラシル】時代の人で、イヴの妹さ。【アカシックレコード】と呼ばれる不死者でもある」
「こ、この者が……! トーヤ君、彼女は味方だと思って良いのですね?」
少年が語った神話の時代の人間が、目の前に存在している。信じられない思いでノアを見つめるエミリアは、恐る恐るトーヤに確かめた。
こくこくと首肯するトーヤは、ベンチに座り直すと体を少しエミリアの方に寄せた。そうして空いたスペースに掛けるよう、彼はノアへ促す。
「ありがたいね。ここに来るまでにだいぶくたびれちまってたから」
右横にエミリア、左横にノアが座り、少年は二人の女性に挟まれる形となった。
女性慣れしているようでドギマギしない彼の態度に、ノアは「やっぱあいつに似てるわ」と内心で呟く。
そんなことはいざ知らず、トーヤはノアに確認した。
「それで、ノアさん。準備は整ったんですね?」
「ああ。あんたに授ける新たな武具……今日はそれを持ってきた」
神殿ノルンで女神たちが神器使いを選定する際、ノアはトーヤに「あんたに必要なのは神器じゃない」と耳打ちした。
その言葉の意味は、神器ではない別の武器こそが少年に相応しいということだったのだ。
ノアが短い呪文を唱えると空中に黒い魔法陣が描き出され、そこから鞘に入った一本の剣が姿を現した。
「これは……!」
トーヤはその剣に見覚えがあった。
神殿ノルンで共闘した時にノアが使用していた、白銀の剣である。
「いいんですか、ノアさん!? これ、確かあなたの武器でしょう?」
「構わないさ。少年、いや……トーヤ。この【白銀剣】はあたしの肉体と同じく、不滅の剣だ。それを持つのに相応しいのは間違いなく、かつての世界の戦士であるあたしより、今の世界の英雄であるあんただよ。だから、どうか使ってほしい。この剣にはあたしの魂がこもってる――この先必ず、あんたを助けてくれる」
力強い声音でノアは言った。
トーヤは彼女から【白銀剣】を受け取ると、その柄を握って武器に内包された魔力を感じた。
ほのかに温かみを帯びた、歴戦の刃。ノアという女傑と常に共にあり、歴史を見つめてきた剣。
――これを、僕が……。
自分などが本当に、という思いはまだ残るが、トーヤは感慨深げにその贈り物を見つめた。
「あの、少し試しに振ってみてもいいですか?」
「もちろん。あたしとしても、改めて君の剣術を見てみたかったからね」
トーヤの申し出をノアは快諾し、エミリアと共に彼を見守る。
鞘から剣を抜いた少年は、両手で握った長剣を中段に構えて深呼吸した。
「フゥ……」
瞳を閉じて集中を高める。指先まで感覚を研ぎ澄まし、剣と己を一つにする。
少年が纏う闘気に呼応するように、刃の周りには微風が吹き始める。
「あれは……!」
「【白銀剣】の特性だよ。持ち主と魔力を上手くシンクロさせられれば、あの剣は自動的に風を帯びるのさ。初めてにしては上々、といったところかね」
エミリアが微細な空気の動きに目を凝らす中、ノアは解説した。
その台詞は既に少年の耳からは排除されている。彼が意識を集中させているのは、【白銀剣】とそれを扱う己の身体のみ。
「――ぜあああッ!」
雄叫びを上げ、剣を鋭く前方へ突き込む。それから連続して斬り上げ、袈裟斬り、横薙ぎと様々な型の技をトーヤは披露した。
剣を振り抜く度に唸る、風。地面を撫でて芝を刈り取るそれは、剣が纏う第二の刃だ。
「素晴らしいじゃないか。使い手が変わっても剣の方もよく適応できているようだし、安心だ。トーヤ、あんたの剣術は誰に教わったんだい?」
「ベースにあるのは、父から教わったナイフ術です。他にもルーカス……リューズ家の息子さんに師事したり、カイたちと一緒に戦う中で自分流に磨いた技もあるんですけど」
「なるほど、ごった煮の剣術ってわけか。あたしのお堅い剣術よりはよっぽど柔軟性があっていい」
ノアの剣術はイヴが軍人を雇って叩き込ませた、貴族たちの「魅せる」ことを重視した流派だ。一撃の派手さや動きの流麗さを意識した、型にはまることを求められた剣の技。
「そ、そんなことは……。ノアさんの剣だって、一切のブレがなくて一貫した威力を出せるじゃないですか」
「ふん、ものは言いようだね。……さて、あたしはそろそろ行かせてもらうよ」
そう告げて席を立とうとしたノアの肩を、少年は咄嗟に掴んだ。
まだ話したい。ユグドラシル時代にエルやハルマと懇意にしていた彼女と、もっと時間を持ちたい。そう、トーヤは願っていたのだが――。
「止めないでくれ。あたしは、あたしとしてやらなきゃならないことがあるんだ。あんたには任せられない大事な仕事がね」
詳細は語らず、有無を言わせぬ強い語気で彼女はトーヤに凄んだ。
かつて【冷血】と呼ばれていた女の睨みに、流石のトーヤも反駁できない。
「そうだな……またすぐに会えるだろう。と言っても、会うということは何らかの有事が起こるということでもあるけどね。
一つ、警告しておこう。近いうちに『リューズ』は牙を剥くよ。彼らは全力で神を潰しに来る。不穏な動きをされる前に叩いておくことだ」
ノアはどこまで把握しているのか。自分たちと行動を共にできない理由は何なのか。トーヤはそれらを問いただしたくて堪らない思いに駆られるが、全部押しくるめて頷いた。
――きっと、彼女には彼女の意図があるのだ。今はそれを尊重しよう。
ベンチを立って杖のひと振りで足元に【転送魔法陣】を描いたノアを、今度は少年も呼び止めはしなかった。
彼女がどこかへ姿を消した後、残されたトーヤとエミリアは顔を見合わせる。
「……近いうちにリューズが牙を剥くと、あの人は言っていましたね」
「ええ。不穏な動きをされる前に叩く……つまり、先手を打って敵の拠点を潰せってことかな」
会談の中でも話に上がった敵の拠点については、位置も規模も特定できていない。たった一箇所、『リューズ邸』を除けば。
ノエル・リューズは多忙であるが、少なくともトーヤたちが勤めていた時期では、リューズ邸を三日以上空けたことはなかった。ただの家族思いと言われればそれまでだが、トーヤはそこに怪しさを見出していた。あそこには何かある。使用人であったトーヤたちが気付かなかった『何か』が隠されている――そんな予感があった。
「リューズ商会に容疑がかかっていても、政府も警察も手出しは不可能。そうでしたね」
「え、ええ。我々がスウェルダに本拠地を置く彼らへ干渉するのは困難です。スウェルダ側も、世論を納得させるに足る証拠が見つからない限り、対処まではいかない。せいぜい、監視を続ける程度に留まるでしょう。経済界の要であるリューズには、多くの企業や投資家が結びついています。彼らの機嫌を損ねるような手は打てない。だから、どうしても及び腰になってしまうのです」
この問題における最大の壁を、エミリアは改めて確認した。
癌だと判明していながら、取り除けない腫瘍。放置すれば確実に全身を蝕むが、当人――『富裕層』から『中間層』はそれを望まない。宣告したとしても、信じはしないのだ。「私はそんな病になどかかっていない」、彼らは恐らくそう言い張る。
気づけば日は先程より高く上り、中庭にもちらほらと人影が増え始めていた。
雲の合間から顔を出す太陽を仰ぎながら、トーヤは不敵に笑った。
「政府や警察が手を出せないのなら、公的な肩書きを持たない人が力を振るえばいい。幸い、僕は丁度いい人材を知っています」
少し低められたトーンの彼の発言に、エミリアは目で続けるよう促した。
「……『影の傭兵団』。『ルノウェルス革命』や神殿ノルン攻略戦において僕たちを支援してくれた、ヴァルグという男性が率いる腕利きの戦士たちです。彼らをテロリストに仕立てあげちゃいましょう」
「なっ……テロリスト、ですって!? 王女の前でよくそのような単語を口にできましたね」
思わず大きくなった声を無理やり潜めながら、エミリアはトーヤから距離を取る。
二人で掛けたベンチに開いた、人ひとり分の隙間。だがトーヤは動じることなく、静かに言葉を続けた。
「あなたの反応は正しいです。王族がテロリストを利用しようだなんて、言語道断ですからね。まぁ、テロリストというのは分かりやすい名称を使っただけで、呼び方は何でもいいです。とかく、『正体不明の集団がリューズ邸を襲撃した』という体にすればいい。そして、この件にフィンドラ王家は一切関わらない」
些細なことでも関われば、要らぬ疑いをかけられる。そうなってしまえば、民からの信頼は土台から揺らぐ。
だからトーヤは、「この計画は聞かなかったことにしてください」と微笑んでエミリアに言った。
「ええ。私はあなたと他愛のない世間話をしていただけ。わざわざ誰かに言いふらすような内容でもなかった」
「ふふ、ありがとうございます」
あどけない少年の顔をしておきながら、胸の内では暴力的と取れる手段を思案していたのか。それも平然と、笑いながら言っていた。
何と恐ろしい子なんだろう、とエミリアは忌避感に似た感情を抱いてしまう。
トーヤのことは嫌いではない。彼は優しくて、明るくて、一緒にいると温かいのに――その綺麗な面に対し、いま見せた冷たい面が強烈な違和感を生んでいるのだ。
――これが本当のあなたなのですね、トーヤ君。
人の暗い感情が見え透いてしまうのだと、古の森から帰還した日にトーヤはエミリアの問いを肯定した。
トーヤがただの「いい子」ではないのだと、察してはいたのだ。だが、そのほの暗い『彼』が露見した瞬間、エミリアは思わず目を逸らしてしまった。
「……あなたも、ある意味では王に向いた素質を持っているのかもしれませんね。アレクシル陛下やカイ陛下、ケヴィン陛下とも異なる『王』の素質を……」
「じょ、冗談はよしてください。そんな素質、あったとしても何の意味もないんですから。第一、王だなんて……」
少年は首を激しく横に振って否定した。
エミリアが彼に視線を戻すと、その目は凪いだ海のように穏やかなものに戻っている。
「さ、エミリア殿下。そろそろ塔に戻られた方が」
「はい、では……」
「ええ、ではまた」
少年の言葉遣いは友達へのものではなく、王女に対するそれに変わっていた。
彼の方から二人の時間に幕を引き、この場は解散となった。
――ヴァルグさんとなるべく早く連絡を取らないと。確かノルンで別れた後、彼らはフィルン周辺で仕事を探すって言ってたな……。
中庭を囲む回廊を早足に歩きながら、トーヤは思考を巡らせる。
使える材料は徹底的に使う。そうしなければ悪魔は、組織は倒せない。
――エインが手に入れた『鍵』、ラファエルという男も利用できるね。リューズを内から掻き回すのも可能になるかも。それから僕たちも、顔を隠せば突入できるかな。
と、少年が思索に没頭していると、当然ながら目の前が見えなくなる。
そして不幸なことに、彼の前方からやって来ていた相手も同じ状態であった。
「うあっ!?」
「きゃっ!?」
ゴッツーンッ! と正面衝突し、互いに思いっきり尻餅をつく。
涙目になる二人は顔を上げて相手が誰か確かめ――大声を上げた。
「トーヤきゅん!?」
「ティーナさん!?」
床に散乱した書類の持ち主であるピンク髪のハーフエルフは、引きつった笑みを浮かべながら黒髪の少年に手を振っていた。
「これはこれは、グッドタイミングだね……。実はね私、君と話したいことがあって」




