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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第10章 【強欲】悪魔マモン討伐編/【嫉妬】悪魔レヴィアタン討伐編

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13 『君の恐怖は美味だった』

 会談初日、この日の会議が終わった直後に『議事堂』内で起こった一人の男の不審死。

 その男はルノウェルスの役人で、会談に参加しているある閣僚の秘書を務めている者であった。

 死体の第一発見者は、獣人とドワーフの両族長。二人の話によると、トイレから出て廊下を歩いていた際、突然天井に穴が開いて男が落ちてきたのだという。


「この男は、ベックマン大臣の秘書で……パルメ、という。何も悪い男じゃない……俺のことも、何度か助言をしてくれた、いいやつだったのに……」


 まだ殆どの出席者が残っていた『議事堂』は、たちまち騒然となった。

 カイは何度も会話を交わしたことのある財務大臣の秘書の死に顔を見下ろし、唇を噛む。

 パルメは健康そのもので、この死が病気によるものとは考えにくい。となると、必然的に他殺されたことになるのだが――その死体には一見して分かる傷は一切なかった。

 毒殺か、それとも魔法による殺害か。警察による死体の調査が済むまでは、カイたちにその死因の断定は出来ない。


「パルメ、パルメっ……!」


 財務大臣のベックマンが秘書の死体の前に崩れ落ち、啜り泣く。

 その様子から痛ましげに目を逸らすオリビエは、壁に背中をもたれかけながら小さく溜め息を吐いた。


「一体、どこの誰が彼を殺したんだろうね? 犯人も何も、会談のタイミングで事件を起こさなくたっていいじゃないか。会談を邪魔したい勢力の妨害、とかかな?」


 オリビエは驚愕はすれど、動揺はしていなかった。

『ルノウェルス革命』の直前の地下街の殺人現場も含め、彼は人の『死に顔』に慣れすぎていた。過去に彼の前から散っていった人間の数は数え切れない。多くの者を喪った末の孤独の上に、彼は立っているのだ。

 人が死んだというのに、こうも冷静になれてしまう自分が嫌いで仕方がない。

 オリビエは内心で自嘲の笑みを浮かべ、無力を嘆くように首を横に振った。


「……ちょっといいかい。確認したいことがある」


 狭い廊下を埋める野次馬の間を掻き分け、オリビエはその死体へと近づいていく。

 革命の功労者であり現在は防衛大臣を務める彼を阻む者は、この場には誰もいない。

 魔導士としての目でパルメの遺骸を観察した青年は、長い黙考の末に一言、絞りだした。


「パルメの死因は、魔法ではないようだ」


 魔導士以外の人間でも、魔法を受ければ体内に魔力は残る。非魔導士であるパルメの肉体からは魔力が感じ取れず、それはつまり死因の候補から魔法という答えが除外されたということになるのだ。

 魔導士が絡んでいたら厄介極まりない――それは、この場にいる『魔法』の知識を持つ者たちにとっての共通認識であった。

 集まったルノウェルスの政治家の一人が、ほっと安堵したように声を漏らす。


「魔法以外の要因によってそのパルメ氏が亡くなったのだとしたら、我々魔導士の出る幕はないかもしれないな」

 

 パルメ氏に持病がなかったとしても、突発性の心停止などで死んだ可能性も十分にある。

 魔法によるものでなければ、この件は警察に任せておいても大丈夫だろう。事件が『議事堂』内で起こったのは不安材料だが、警戒態勢を限界まで強めれば会談の続行も不可能ではない。念のため会場も別の場所へ移せば、何の滞りもなく再開できるはずだ。

 だが――彼らはパルメが天井に開いた穴から落下してきたことと、その顔に刻まれていた凄絶なまでの恐怖を無視していた。

 こればかりは説明がつかない。少なくとも、魔法とは別種の『超常現象』という『未知』を持ち出さなければ、推測もままならない。

 

「皆さん、そろそろ警察の人たちが到着するはずです! 後の事は彼らに任せて、皆さんはホテルへお戻りください! 明日のことは追って連絡します!」


 不安、困惑、恐怖……各々が男の死に動揺しているざわめきの中、オリビエはよく通る声を張り上げてこの場の全員へ呼びかけた。

 この事件が会談にどの程度影響を与えるのか、今は誰もが明確な答えを導き出せない。

 先の見えない闇の中を手探りで歩いていくような危うさが、この『議事堂』には降りかかっていた。


「――カイ、この事件については考えすぎないで。君は王だ。何があろうと、毅然と前を向いていなくてはならない」


 オリビエはパルメの遺骸から離れ、茫然自失と立ち尽くすカイの肩に手を置く。

 その肩を掴む手に力を込めると、海の色をした瞳の青年は自己を取り戻して顔を上げた。


「すまない、ありがとうオリビエ。お前は最高の副官だ」


 自分には支柱(オリビエ)がある――そう思うことで、カイは王としての自身を安定させている。一人では背負いきれない重みを仲間と共有することで、彼は苦難を乗り越えようとしていた。

 彼からの信頼に頷きで答え、オリビエは声を上げて皆へ退出するよう促していく。


「この事件はきな臭い。警察に捜査してもらうのと並行して、こちらとしても調査を進める必要がありそうか」


 事件が起これば首を突っ込みたくなる悪癖は、戦友(ヴァルグ)恋人(レア)と出会った少年時代から変わっていない。

 彼は細い顎に指を添え、未知を前にした学者のように薄く笑みを浮かべた。



 パルメ氏の不審死の件で警察の聴取を受けていたリトヴァとサクがホテルに戻れたのは、夜の八時を過ぎた頃であった。

 二人とも何が何だか分からない状況であったにも関わらず、聴取が長引いたのは警察側が彼女らを『亜人』だからと一方的に疑っていたせいである。

 見かねたオリビエが助け舟を出してくれたおかげでどうにか疑いを晴らすことは出来たが、どっと込み上げてくる疲労感には辟易してしまう。

 と、ホテルへ戻ってきた二人に、エントランスホールで少年が声をかけてきた。 


「あ……リトヴァさんに、サクさん。事情聴取は終わったんですか?」


 茶色がかった黒髪に同色の瞳の、小柄で華奢な少年。【神器使い】のトーヤだ。

 初めて直接話しかけてきた少年に、サクは苦笑しながら答える。


「ええ。……何だか根掘り葉掘り聞かれて、疲れちゃったんですけどね」

「おい、サクよ。ここは怒りを露にする場面だろうが。あの頭の固い警察連中といったら――」


 眉を吊り上げて語気を荒げるリトヴァは今にもトーヤに掴みかかりでもしそうな勢いで、サクはいつでも止められるように構えていた。

 が、次に少年が取った行動は二人の予想の範囲外のものであった。

 彼は、頭を下げたのだ。それも、(うなじ)が見下ろせるほど深々と。


「ごめんなさい。あの人たちはまだ、『亜人』が人間と対等な存在だって分かっていないんです。彼らは無知でしたが、どうか恨まないでやってください。このことは僕からカイに伝えておきます。カイの言葉なら、彼らもちゃんと聞き入れてくれるはずです」


 トーヤはルノウェルス警察と無関係な人間だ。リトヴァらに謝る義理などありはしない。

 それにも関わらず『人間』を代表して謝罪した少年に、サクは困惑し、リトヴァは感心した。


「ほう、お主はよくできた人間のようだ。気に入ったぞ、少年」

「い、いや、僕はただ、間違ったことを無視するのもよくないと思っただけで……」

「それが『よくできている』というのだ。誰もがやれることではあるまい。なぁ、サク?」


 トーヤより少し背丈の低いドワーフの女は、下げられた彼の頭に手を伸ばしてポンと叩く。

 顔を上げたトーヤは謙遜するが、リトヴァは眉を下げて獣人の青年にも視線を向けた。

 頷いたサクはにこりと笑い、少年へ握手を求める。


「トーヤさん。改めて、よろしくお願いします。貴方が『イェテボリ』の人間たちとエルフ、巨人族の融和に協力したことは聞いていました」

「こちらこそ、よろしくです。『亜人』の皆さんがより良い暮らしを送れるように、僕としても力を尽くしていきたいと思っていますが――僕は、サクさんやリトヴァさんと利害関係抜きに仲良くなりたい」

「ふっ、それなら問題ない。手前らはとても『ふれんどりぃ』な性格なのでな」


 トーヤの申し出をリトヴァは快諾する。

 握手する腕をぶんぶんと上下に振り、ドワーフの女は満面の笑みを浮かべた。

 少年も微笑んで彼女からの握手に応えていたが、ふと真顔に戻ると小声で言う。


「……『亜人』の長ということで、リトヴァさんたちは目立った存在です。今回のパルメ氏の死の真相は分かりませんが、もしかしたら何者かに狙われる可能性がある。くれぐれも、一人になることのないようにお願いします」


 彼からの忠告に二人は緊張の面持ちになる。

 疲れからすぐに部屋に戻りたい二人は長話することなくトーヤへ別れを告げ、足早にエレベータへと入った。

 その時はまだ、彼らは事態を重く見ていなかった。いや――見ようとしていなかった、というのが正しいか。

 一人の男の不可解な死。恐らくは毒でも飲まされたのだろう、リトヴァはそう決め込むしかなかった。またサクも、考えても分かるまいと解を出すのを放棄していた。


 スウェルダ陣営が滞在するホテル内で、王の近衛隊長の男が死んだ――その報が各陣営に届いたのは、翌日の朝のことであった。



 時刻は少し前に遡り、夜。

 ルノウェルスの財務大臣秘書が不可解な死を遂げたことは各陣営に知れ渡り、それぞれが不穏な空気を感じながら眠りに就こうとしていた。

 そんな中スウェルダ王の近衛隊長の男は、ホテルの自室の窓から奇妙な人影が見えることに気がついた。

 夜遅くに外を出歩く者自体珍しいが――何よりも珍妙なのは、その人影が窓と平行した位置に見えていること。

 窓の外にはバルコニーなどない。この高さで人が立っていられるような足場など、ありはしない。


「何なんだ、あれは……幻覚なのか……?」


 長い馬車旅の果てに異国の地にやって来て、普段以上の緊張を強いられた会談中の護衛を行ったのに加え、不審死の事件まで発生した。

 疲れから幻を見ても不思議ではない。彼はカーテンの開け放たれた窓際へ近寄り、目を擦りながら今一度その影を確認した。

 だが何度目を瞬かせ、頬をつねろうが窓に映る影は消えようとしない。


『幻覚だと、そう思っているのだろう?』


 その時だった。彼の耳に少年のような穏やかな声が聞こえてきたのは。


「誰だ!? どこから――!?」

『呆けてるのかい? さっきから側にいるじゃないか』


 声がしたのは背後からだった。

 窓の外に見えていた人影はいつの間にか消え失せていたが、そのために彼は安堵などしてはいなかった。

 まさか、と振り向くと――そこにいたのは、黒いマントに身を包んだ細身のシルエット。


「ひっ……!?」


 鳥を象った白い仮面は、嘴が鉤爪のように下曲がりとなっている。眼があるべき場所に開いた穴から覗くのは、虚ろな眼窩。頭には大きな山羊の角が生え、それは否応にも悪魔を連想させた。

 

「お前は、何だ!? あ、悪魔なのかっ!?」


 肌が粟立つような戦慄、恐怖。

 全身から脂汗を流す男は、裏返った声でその影に誰何を問う。

 

『ご名答。僕は悪魔だよ、名をマモンという』


 どこからか聞こえてくる荘厳な響きのクラシックに乗せて、少年はその名を告げた。

 マモンという名称に、神話に疎い男は聞き覚えがなかった。

 それは不幸中の幸いであっただろう。なぜなら、知っていたら恐怖に震える程度では済まなかったから。

【強欲の悪魔】が何を求め、何を奪うのかを理解してしまえば、その者は自己同一性(アイデンティティー)を喪失して深い絶望へ叩き落とされるのだ。


『君は同期より人一倍努力し、ひたむきに訓練を重ねてきた。だからこそ現在の地位に就けたし、スウェルダ一の武人とまで言われるほどの実力を手にすることができた』


 悪魔はひと目で男の経歴、人生を見抜いてしまう。

 音もなく男へ歩み寄ったマモンはマントの下から手を伸ばし、だらりとぶら下げられた男の手を握り込んだ。

 人間のものと変わりのない青白い右手――それに包み込まれた瞬間、男の体はびくんと大きく背を跳ねさせた。

 考える猶予など与えはしない。空いている左手で男の顔を鷲掴みにしたマモンは、仮面の下で嗜虐的な笑みを浮かべた。

 くぐもった哄笑の声が、部屋中に反響する。


『くく、くくくくっ……! 美味しいよぉ……ふふ、もっと……ッ!』


 ノエル・リューズの『主人』だった男の元にいた頃から――いや、それ以前、この世に生を受けた始まりの時から、彼は渇望していた。

 力が欲しい。人の魔力を、魂を喰らい、そこにある『力』を手中に収めたい。

 粗暴で下劣な【暴食】とは違う。全ては(リリス)の望みのために――いつか訪れる【悪魔の心臓】の復活に備えて力を蓄えるために、彼は活動しているのだ。


『あぁ……もう少し。もう少しで、僕の魂の欠落は埋まる』


 男の顔から手を離すと、棒きれのようにそれは床へ仰向けに倒れた。

 顔が干上がったように骨と皮になり、豊かな黒髪も老人の白髪へと変わり果ててしまった男の姿を見下ろし、悪魔は光のない黒い目を眇める。


『おっと、吸いすぎてしまったね』


 罪悪感など微塵も匂わせない声音でマモンは言った。

 スウェルダ王の近衛隊長であった男の骸から視線を切り、彼はマントを翻す。


『じゃあね……君の恐怖は美味だった』


 その言葉を最後に、黒い影はそこから跡形もなく霧散するのだった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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