12 三国会談
三国会談初日。
ルノウェルス、スウェルダ、フィンドラの王たちと【神器使い】たちは、昨日の『顔合わせ』が行われたメインホールにて会議を開始していた。
議題は、正式名称を『悪魔教』という『組織』対策。ここ一年で動きを活発化させている巨悪に対し、早急に手を打たなければ各国の内部から蝕まれていく恐れがある。以前のルノウェルスがその例だ。
他の外交団の面々が別の会議室でそれぞれ議論を戦わせ始めている中、この円卓で最初に口を開いたのはカイ・ルノウェルスである。
「『組織』の実態を、我々ルノウェルスは把握できていない。先日の革命の際も対応は後手に回らざるを得ず、苦戦を強いられた。ケヴィン陛下、アレクシル陛下、まずは『組織』に関しての情報共有をしておきたい。どんな些細なことでもいい、知っていることがあれば教えてほしい」
そう言って丁寧に頭を下げる。この件に関しては隠し事は控えて頂きたい――誠意を込めた振る舞いで、彼は言外に王たちへ求めた。
「ふむ……しかし、儂個人としても『組織』の有力な情報は掴めておらんのだ。ウトガルザ殿は何か掴んではおらぬか?」
「いやぁ、俺ら巨人族は、そもそもその『組織』とやらに接触したことすらないのでな。すまないが、貴殿らの求めるものは何も持っていない」
カイの呼びかけに、ケヴィン王も巨人族のウトガルザ王も首を横に振る。
ミラ王女が警察に命じて秘密裏に結成させた部隊が『組織』の調査を行っているものの、尻尾を掴むことさえできていないのが現状だった。
「アレクシル陛下、あなたからは何かないか?」
「ああ……その点については、我々が最も情報を持ち得ているだろう。『フィルン魔導学園』の校長であるヘルガ・ルシッカ女史――悪魔祓いとして【悪魔】の調査を行っていた彼女は、断片的ながら『組織』の拠点について当たりをつけている。そうでしょう、ヘルガさん?」
「はい。――地図を用意してくれ」
アレクシルは双子の神器使いを挟んで隣に座るヘルガに視線を向ける。
頷いた紫髪のエルフの女性は同伴していた助手にスクリーンを運ばせ、それを円環状の卓の中央に設置させた。魔法により幕の両面に浮かび上がった『スカナディア半島』の地図を示し、ヘルガは光のポインターを使って調査結果を報告する。
「これが直近10年間の、私が確認した悪魔が出現した地点のデータになります」
地図上に表示された赤い点の数々を目にし、臨席する一同からどよめきが上がる。
その点の数はおよそ1000を超えていた。スオロやストルム、フィルンといった大都市での出現は稀で、ほとんどが地方。それも、ルノウェルスとスウェルダに集中しており、多くが『スカナディア山脈』沿いに現れている。
「山脈沿いで頻発した悪魔の出現……そこから見るに、『組織』が山脈付近に拠点を構えている可能性は高いでしょう。都市部や郊外とは異なり、地元民や冒険家以外は立ち寄らない大山脈。『組織』が根城にするには格好の場です」
「すみません、質問させてください。ヘルガさんは、これら悪魔の出現を、全て『組織』の仕業だとか考えているんですよね? その根拠は何でしょうか?」
と、ヘルガの発言に質問を投げかけたのはトーヤだ。
彼の問いに、ヘルガは少しの間を置いてから答える。
「……全てがそうだ、と言える根拠はない。だが、『組織』は悪魔を崇め、世界に悪意を振りまこうとしているのだろう? これら悪魔の出現の多くが組織の手によるものだと考えるのは自然だと思うが」
「もう一点、質問させてください。ヘルガさんは悪魔をどう捉えているんですか? 【七つの大罪の悪魔】ではなく、その他の下級悪魔についてです」
「ああ……それもはっきりさせておかねばならんな。【大罪の悪魔】は【神】と同等の高位の存在だが、下級悪魔はそうではない。奴らは『モンスター』に近い存在だ。『悪意』のみに従って行動する、低度の知性を持った怪物と考えていい。ただ、肉体を持たない魔力の塊であるとか、人間に寄生する点など、モンスターに分類するには根本的に違いすぎる。だから悪魔という独立したカテゴリに入っているのだ」
ヘルガの回答を受けて、トーヤは何かを確信したかのように頷いた。
皆の視線を一手に集める少年は、導き出した推察を淡々と説明していく。
「これは僕の個人的な考えになりますが……下級悪魔って、精霊みたいなものだと思うんです。僕は実物を見たことがないから確かなことは分からないんですけど、ヘルガさん、その悪魔って光の粒みたいな見た目をしていたんじゃないですか?」
トーヤに訊かれ、ヘルガは彼の言葉を肯定する。宿主から悪魔を祓う際には多くの場合、黒い光粒のようなものがそこから湧いて出て、怨嗟の声を漏らしながら霧散していくのだ。
「精霊とは亡くなった人や動物など、生命の魔力の残滓です。彼らの意思は多くが生前の意思の反響でしかありません。長く地上に居着けば自我を持って話しかけてくる場合もありますが……精霊の声を聞ける僕でも、『精霊樹の森』以外で精霊の声を聞くことは滅多にありませんでした。
ヘルガさんの言う【下級悪魔】は、つまりその精霊なんですよ。強い怨念を持っていた人が死後に精霊になった結果、人に取り付いて悪意を振りまくようになってしまったんだと思います。僕は精霊の血を引いていて、母が精霊とのハーフなんですが――母の話によると、僕の祖母は精霊に『憑かれて』いたんだそうです。とても珍しいことらしいんですけど、事実、僕は精霊の声が聞けるし力を借りることもできる。【下級悪魔】と呼ばれる精霊たちが人に取り付き、常人を超えた力を与えている――ヘルガさんが直面してきた事件の真相は、おそらくこれです」
精霊に関する知識を持ち合わせていなかったヘルガは、少年の解説に驚倒を露にした。
悪魔にも精霊にも疎いケヴィン王らが懸命に理解しようと頭を働かせている中、トーヤは言葉を続ける。
「【下級悪魔】が起こした事件は自然発生した精霊によるもので、『組織』とは無関係と考えるのが妥当です。悪魔の発生が田舎で多いのも、単純に生活や労働環境が都市部より悪いからでしょう。それに、精霊は基本的に自然の中でしか活動を維持できない。だから都市部で生まれたとしても、すぐに消えていなくなってしまう。つまるところ、着目すべきは【悪魔】の出現が多かった地方ではなく、その逆」
――大都市に出現した【悪魔】こそが、『組織』が関わった本物の【悪魔】。
少年はそう告げて、王たちを見渡した。
スオロやストルム、フィルンといった各国の首都、そして人口の多いいくつかの都市を示して地図上で明滅する光点を凝視し、それぞれの王が沈黙を纏う。
そんな中、ヘルガは合点がいったように呟きを零した。
「……都市の悪魔を祓った時、黒い光粒が現れなかったのは、あれが本物の【悪魔】だったからか」
『言霊使い』として、ヘルガは精霊を含め自然界の生命の声を聞くことができる。だから実は、彼女がこの真実にたどり着く可能性は十二分にあったのだ。それが成されなかったのは単純に、彼女にその『発想』がなかったから。大自然に住まう清らかな精霊と、悪意に染まった精霊――この二つを同一視しようなどと言い出したのは、恐らくは人類でトーヤが初めてだ。
この場にトーヤがいなかったら、自分は今も間違った推測から見当違いの判断を下していたかもしれなかった。無意識のうちに汗を流すヘルガは、精霊への深い造詣と常識をものともしない発想で真実を導き出した少年に感謝するほかない。
ヘルガの呟きから少しの間を置き、トーヤはこの問題の核心となる部分に切り込んでいく。
「『組織』を探る鍵になるのは、『リューズ商会』です。リューズ家当主ノエル・リューズは『組織』に加担しており、おそらくは【悪器】も所持している。【色欲】の【悪魔】と契約したアマンダ・リューズと僕は【神殿】ノルン内で交戦し、それを討伐しています。その当時【神殿】内でアマンダが【悪器】を使用したのを見た証人は何人もいます。その証人の中には僕らの知己の者もいて、信用に足るかと思います」
「なっ……『リューズ商会』、だと!? あの大商会が『組織』に与しているなど、有り得ない話だ。経済を発展させ、繁栄をもたらしてきた彼らが【悪魔】の勢力の仲間であるなど、冗談にしては面白くない」
公の場では初めて暴かれる真実に、ケヴィン王が驚愕の叫びを上げた。
リューズ商会への政府、貴族の信頼は大きい。近年のスウェルダの好景気も、全てはこの国に拠点を置くリューズ商会の勢いのお陰なのだ。ストルムの本部の他、各都市に支部や子会社を持つこの商会が抱える労働者の数は、国内の会社の中で最多である。
そんな商会が『組織』に関係していたと明らかになれば、スウェルダのみならず『ミトガルド地方』全域が確実に揺れる。『リューズ』がもし崩壊でもしたら、大量の失業者が出る事態が起こってしまう――その結末だけは何としてでも避けなければならない。
「トーヤ君の言葉に嘘はない。そうだろう、エミリア?」
「はい、父上。彼の言う通り『リューズ商会』は『組織』と密接に繋がっており、私たちも予てよりその疑いをかけていました。しかし……これは極めて厄介なことなのですが、『リューズ』は決して尻尾を見せようとしない。彼らが悪魔に与している物的証拠は、一切ないのですよ」
そのために、フィンドラ側も『リューズ商会』に強く出られなかった。表向きは何の罪もない『リューズ商会』のフィンドラ各支部をガサ入れなどすれば、無用の反発を招き、国民からの支持率の低下に繋がりかねない。人望の厚さを何よりも武器にしているアレクシルには、そのような強攻策は取れなかった。
この難問に対し、カイは腕組みして唸る。彼は眼鏡の下で青い目を細め、スクリーンの地図のストルムという一点を睨み据えた。
「事実は掴んでいるが、証拠は皆無。それでは現行犯を捕らえる以外に打つ手はないのか……?」
その声に応じたのはトーヤだった。
「いいえ、あります。政府として介入できないのなら、それとは無関係な部隊を突入させればいい。警察には予めお金を渡して邪魔されないようにしておいて、商会の本部を強引にでも探るんです。上手くやればノエル・リューズを捕縛して、【悪器】を手に入れることだってできるかもしれない。どうです? なかなか良い策だとは思いませんか」
それはあまりに極論だった。肩を竦めて苦々しく笑う少年に、円卓の臨席者たちは閉口するしかない。
「……なんて、そんな策が取れないことは理解しています。商会本部を奇襲なんてしたら少なくない数の職員や使用人たちに被害が出ます。罪のない彼らを傷つけるわけにはいかない。かと言って、事情を話しても信じては貰えないでしょう。『リューズ商会』の悪事を暴くには、やはりその証拠をどうにかして掴む以外に手段はないんですよ」
【悪器】などの物的証拠がないと、やはり厳しい。しかしその証拠を得るためには、『リューズ商会』本部に侵入しなくてはならない。
これでは八方塞がりだ。スウェルダ政府も理由なくして警察に家宅捜索を命じることはできない。『リューズ』が脱税などの犯罪を行っていたなら楽だったが、なにぶん商会としては隙がなさすぎた。
「くそっ、これではどうにもならんではないか。組織の拠点についても、本当に『リューズ』が『組織』側ならそこから手がかりが得られるはずであるのに」
悪魔が現れたのは各国の都市部で、その都市全てに『リューズ商会』の支部がある。
地図を眺めながら過去の記憶とそれを照らし合わせて、ヘルガは悪魔に憑かれた被害者の共通点に思い至った。
「都市で悪魔に憑かれた者は、豪商もしくは貴族だった。『リューズ』が接触することも容易だっただろうな。その被害者たちから悪魔に憑かれた当時の事情聴取をして、リューズと関わったある時から自分はおかしくなったのだと聞き出せれば、それは証拠になり得るのではないか?」
「た、確かにそうですわ。一人の証言では半信半疑でも、それが幾つも集まれば流石に無視はできなくなる。【悪魔】の存在は、私が被害を受けたことでスウェルダ国民は承知しています。ですから、過去のように噂話として流されることはありませんわ」
ヘルガの意見にミラ王女が同調する。
もう【悪魔】は噂話や伝説の類いの存在ではないのだ。一人の王子を狂わせ、一国の女王さえも蝕みその国を腐敗させた、恐るべき悪。
次いでアレクシルはミラの言葉を継ぎ、いつものごとく微笑んで言った。
「聴取した事実を新聞等のメディアに取り上げさせ、国民に大々的に流布する。そうすれば、世論は間違いなく『リューズ』に疑いの目を向けるだろう。我々の介入もしやすくなる」
「はい。それではまず、会談が終わり次第私の方で事情聴取を行います」
「ただ……聴取の結果が出たところで、『リューズ』が関わっていると誰もが納得するのか? 『リューズ』側が『言いがかりだ』と跳ね除ければ、そちらを擁護する声も出てくるだろう」
「言論弾圧など私は好まないが――この際やるべきなのだろう、ケヴィン陛下。貴方は専制君主だ、圧力をかけるのは難しくないはず」
リューズ側がどう言おうと、強引な世論操作で彼らを「悪人」にする。
民というものは流されやすいものだ。「誰かが言っているから」と自分もその意見に染まってしまう者は少なくない。メディアにその情報を渡す前に『リューズ』の悪い噂でも流しておけば、下地作りとしても十分だろう。
アレクシルのその主張に、ケヴィンは首を縦に振る以外の選択を取りようもなかった。
悪魔の被害者から事情聴取をし、裏付けを取った上でメディアにその情報を与える。そして、『リューズ』が民の敵になった頃合を見て【悪器】とノエル・リューズの身柄を押さえる。
『組織』対策としてこれからやるべきことは、決まった。
「全てが上手く運べば『リューズ商会』の信用は崩れ去る。商会は規模を縮小するか、最悪の場合消滅するだろう。……やはり、どうしてもこの選択を取らねばならぬか」
「悪魔を滅ぼすためですわ、お父様。ルノウェルスの悲劇を繰り返してはならない。【怠惰】による薬物汚染がどれだけの者の人生を狂わせたか、お父様もご存知でしょう?」
ケヴィン・スウェルダは民の安定した生活を最優先に慮る王だ。目の前で苦しむ民がいたら、どんな状況だろうと救済する――そんな優しい理想を抱いた男だった。
【悪魔】を早期に討伐することで、ルノウェルスのような惨状を未然に防げる。それは長い目で見れば、より多くの民を傷つけない未来に繋がるのだ。
娘の言葉を聞き、彼は『リューズ』が崩れ去った際の失業者の発生を必要な代償として受け入れる。
「失業者のケア……新たな受け皿は今のうちに用意しておく必要があるな。公的事業として数年は補填が効きそうだが……むぅ、また悩みの種が増えるな」
だが、それでもケヴィン王は前向きだった。苦渋の決断だったが、決めた以上はその後の対処も完璧にこなしてみせる――彼はそう覚悟していた。
そんな王の横顔に、ミラやイルヴァら側近たちも頼もしさを覚えて頷いた。
会談は続いていく。対『組織』における協力のため、三国の王たちは自国が抱えるカードを可能な限り公開し、共有する。
カイに躊躇いはなかった。全ては悪魔を討ち、使命を果たす為。元より極秘の戦力など持ち得ていなかったこともあるが、自分の手札を明かした上で、足りない戦力を共同戦線を張ることで補っていきたいと二国の王に頼み込む。
ケヴィンはミラが指揮する『対組織』の部隊の規模と、戦力を開示した。軍の精鋭を募ったその部隊の人員はおよそ30名。決して大所帯とはいえないが、存在の秘匿された部隊ということでそれ以上の拡大は望めなかった。
そしてアレクシルは自国が抱える【神器使い】の能力と、【神器】の模造品である『神杖』の存在を語った。神をも恐れぬその発明に、ミラやウトガルザ王など【ユグドラシル】の真実を知らない【神器使い】たちが顰蹙するが、当のアレクシルは涼しい顔を崩さない。『神杖』は近いうちに量産体制に移ることが可能で、対『組織』での新兵器として投入するつもりだと王は言った。
それらの戦力を踏まえた上で、この先どうしていくか。
王と【神器使い】は銘々に意見を口にしていき、議論は『対組織』の枠を超えて近年急速に発達しつつある南方の『マギア魔導帝国』への防衛へと広がっていく。
野心ある帝国の皇帝はいずれ、この『スカナディア半島』にも勢力を伸ばしてくるだろう。十二の【神器】を有するという大帝国に対し、三国としても【神器使い】を結集し、同盟を組むことで侵略を躊躇させようと意見が一致した。
そう、注意を払うべきは『組織』だけではない。全ての悪魔を倒したとしても、国を守るというカイの使命は永劫に続くのだ。
それだけの重みを今の自分は背負っている。この国の命運は、カイ・ルノウェルスという一人の男が左右する。
だが、カイは自分が一人ではないと自覚している。孤独に戦うアレクシルとは違うのだ。
王として、【神器使い】として彼に劣っていたとしても――仲間と力を合わせて困難を乗り越えてみせる。
会談初日の終わり際、カイは退席していくアレクシルを強い意志を宿した瞳で見上げた。
「…………」
そんな彼に対し――優男の王は普段と何ら変わらない微笑を返すだけであった。
*
「ふぅ、スッキリした~。会議は長いし緊張でつい水飲みたくなるしで、もう膀胱が破裂するかと思ったよ……」
緊張から解放され、安堵に表情を弛緩させる獣人の青年。
六時間にも渡った会議が終わり、トイレに直行した彼は洗い場でそんなことを独りごつ。
と、鏡の前で髪と猫耳を撫で付けている彼に、廊下から女の声がかかった。
「む、その声は獣人の……」
「ドワーフ族のリトヴァさん、でしたよね。会議ではあまり話せませんでしたね」
石造りで冷え冷えとした廊下に立っていたのは、小柄な体躯をした茶髪のドワーフの女だった。
猫人の青年――サク・ライッコネンはリトヴァに笑みを向け、歩き出した彼女の隣で話しかける。
「うむ。……手前らの仕事はフィンドラの政治家との交渉が主だったからな。『亜人』は『亜人』で手を組めば良いのにと思わなくもないが……父上の方針でそれは出来そうにない。偏屈な一族で申し訳ないな」
「あ、謝る必要はないですよ! リトヴァさんの舌鋒は若いのに凄くて、自分なんかが同じ土俵に立ってていいのかって思っちゃうくらいでしたから。自分はあなたに尊敬しかしてないです」
「そこまで言われると照れくさいな。サク、といったか。お主はお主でいいものを持っておる。それを大切にするのだぞ」
リトヴァに言われてもそれが何のことか分からず、サクは首を傾げた。
頭の後ろで手を組んで鼻歌を歌いだしたドワーフの女は、無言で目を細めるが――ふと、足を止めて目を見開いた。
「おい、何か気配を感じないか」
「え、気配……ですか?」
獣人の青年はきょとんとした顔で辺りを見回す。
懐からナイフを抜き、鋭い眼で周囲を睥睨するリトヴァだったが、その気配がどこから来たものなのか気づくと顔を振り上げた。
直後、ガコン!! と激しい音が鳴り響く。
天井から落下してくる『何か』。目の前の床に衝突したそれを見て、リトヴァとサクはただ絶句する。
「――――」
彼らの足元に横たわるのは、正装を着た一人の男性。
その顔は何かに怯えたようで、眼が飛び出さんばかりに見開かれている。口は叫ぼうとしていたかのように大きく開かれており、彼が切迫した状況にあったことを伝えてくる。
リトヴァは驚愕からすぐに脱し、素早い動きで地面に膝をつくと男の手首に触れ、それから鼻に耳を近づけた。
「……ダメだな。この男、もう死んでおる」




