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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第10章 【強欲】悪魔マモン討伐編/【嫉妬】悪魔レヴィアタン討伐編

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11  顔合わせ

 スウェルダ、ルノウェルス、フィンドラの三国によって行われる会談。

 その前準備たる『顔合わせ』の場で、カイは二人の王に気を配りながら進行役として話を進めることに努めていた。


「まず、挨拶をさせてもらおう。私はルノウェルス国王のカイ。持つ【神器】はロキの『魔剣レーヴァテイン』だ。よろしく頼む」


 彼は声が震えないように気を強く持ちながら、簡潔に名乗りを済ませる。

 両国の王と外交団をぐるりと見渡し、眼鏡の奥の青い瞳でそれぞれの表情を観察していった。

『何か』を楽しみに微笑む者、探るような目で見返してくる者、彼と同様に緊張で固くなっている者……各人の様相はどれも異なる。一つとして同じなものはない。人の目に現れる感情の機微を読み取ることに長けた青年だったが――そんな彼にも、見通せない者が何名かいた。

 フィンドラのアレクシル王に、エミリア王女。自分の本心を覆い隠す仮面が、この二人はとりわけ分厚い。

 かの王の陣営に列席する黒髪の少年と目が合い、カイは一瞬瞳を和らげるが、次のスウェルダ王の言葉に背筋を伸ばした。


「私はスウェルダ王国国王、ケヴィン・スウェルダである。こちらは娘のミラだ。我が国が有する【神器】は神バルドルの【光の細剣(レイピア)】で、所有者はミラ。そして……巨人族も戦力に数えるならば、ウトガルザ王の【スルトの大剣】も加えての二名が【神器】使いということになるな」


 ケヴィン王から告げられた報せに、フィンドラとルノウェルスの陣営がたちまちざわめき出す。

 トーヤと最後に別れたダンスパーティーの後、もう二度と悪魔に屈しないように強さを求めたミラは、親衛隊を率いてひっそりと【神殿】へ赴いていたのだ。これまで公表してこなかったのは、ひとえに『組織』に目を付けられたくなかったからであった。


「ミラが【神器】使いということは、私としても公表するつもりはない。これはあくまで、諸君らに『組織』の息がかかっていないと信じて明かしたのみ。この事実は門外不出にしておきたいのだ――どうか協力していただきたい」


 秘密を明け渡し、それを極秘のままにしておいて欲しいと求める立場。武器を知られ、弱みを握らせてまでまでケヴィン王がそう口にしたのも、『組織』を打倒するために三国の協力が不可欠と考えたから。

 それについてのカイの思いは、素直に「頼もしい」というものだった。彼は別にその秘密を材料にスウェルダ王国を揺さぶるつもりはない。全ては『組織』に対抗するためなのだとスウェルダ側が言うなら、カイはそれを尊重する。何よりも優先すべきは『組織』と【悪魔】を滅ぼすことだと、カイの腹は決まっていた。


「了解した、ケヴィン陛下。ルノウェルス国は貴国の意思を尊重しよう」

「我々フィンドラも、ミラ王女の【神器】に関しては秘匿を貫こう。対『組織』への熱量は、我々も同じなのでね」


 カイが同意の頷きを返すと、間を置かずアレクシルも追随する。

 対『組織』においては三国の意思は統一されていると、判断しても良さそうだ。『組織』と【悪魔】は滅ぼすべき絶対悪。どんな手段を講じても討たねばならない対象だ。

 ――そこから足並みを揃えていければ、『組織』を倒した後の良好な関係に繋げられるかもしれない。

 カイが望むのは、このスカナディア半島の恒久的な平和だ。この地に暮らす人間や『亜人』が戦禍に苦しむ姿は見たくない。青年は『平和』という『理想』を希求している。自分たちの尽力でそれが叶うと、愚直に信じて。


「ご存知かと思うが、私がアレクシル・フィンドラだ。我が国が保有する【神器】は神トールの『ミョルニル』をはじめ、フレイの『勝利の剣』、フレイヤの『鷹の羽衣』、そしてオーディン、テュール、ノルンの三柱の【神器】を加えた8つ。これから四日間、この会談が有意義なものになることを願っている。――さて、ではこちらの人員を紹介しよう。貴国らとは少々毛色の異なる面子だが……皆、国のために戦う優秀な戦士たちだ」


 スウェルダ、ルノウェルス陣営の殆どが当然ながら政治家で構成されている中、魔導士や科学者が多く見られるフィンドラ陣営は異彩を放っていた。

 ヘルガ学長と娘のティーナ、フラメル博士と彼の助手といった面々が順に紹介されていく。

 この知識人たちとはカイは初対面だが、名を聞いたことくらいはある。彼らは政治家ではないため会談の局面に大きな影響を与えないだろうが、どう動くか分からない。慎重に観察する必要がある、とカイは意思を改めて固めた。

 魔法、科学ともに自国は優れているのだと見せつけているフィンドラに、ケヴィン王は露骨に顔をしかめはしなかったが、笑みを浮かべることもなかった。


「……では、『亜人』の族長各位からも挨拶をしてもらいたい。スウェルダの三名から、順に頼む」


 カイがスウェルダ王から離れた位置にかける三名の族長に視線を送る。その席順ひとつをとっても、ケヴィン王と各族長の関係性は明白だった。

 エルフ族のリヨス・アールヴヘイム、小人族のワック・ソーリといった面々が起立して名乗りを挙げていく。小人族の長に続いて席を立った巨大な体躯には各陣営から小さな悲鳴が漏れたりしたが、当の本人は鷹揚(おうよう)に挨拶を始めた。


「俺はウトガルザ・ヨトゥン・ロキという者だ。さっきのエルフの住処のすぐ側、『ヨトゥン渓谷』という所で一族ともども暮らしている。手に入れた【神器】は『スルトの大剣』だ。人間の長たち、そして他『亜人』の長たちよ。我が巨人族は他種族との協調を厭わない。ともに手を取り合っていこうじゃないか」


 5メートルを超す怪物じみた巨体に似合わぬ温厚な笑みを浮かべられ、あまりの意外さに臨席者は呆けた顔で彼を見上げる。

 深々と一礼し、彼専用に用意された巨大な椅子にかけたその態度に、巨人族を粗暴な種族だと偏見していた多くの者たちは認識を改めた。

 次に名乗ったのは、『スカナディア山脈』のルノウェルス側の麓に住むダークエルフ族の青年だ。


「ダークエルフのリカール・チャロアイト。どうぞお見知りおきを」


 男にしてはやや高めの声は、冷静沈着な印象を聞く者に与える。細身な体は華奢で、腰まで伸ばした黒髪に大きな黒い瞳をしている。白地に金の刺繍が施された民族衣装から覗く肌は、ダークエルフ特有の褐色である。

 整った中性的な顔立ちに臨席者の女性陣が見惚れる中、一人の女が立ち上がって声を上げた。


「最近長が変わったと聞いたが、まさか女子(おなご)だったとはな。これは驚いた」

「む……私はれっきとした男だ! 間違えないで頂きたい」

「ははっ、そりゃ失礼! では、手前(てまえ)も名乗らせていただこう」


 軽薄な態度で大仰な礼をしてみせたのは、フィンドラ陣営のドワーフ族の族長だ。

 柔らかな茶色のショートヘアをした小柄な妙齢の女性は、ドワーフでありながらエルフに引けを取らない美貌を有していた。一笑の後に表情を真剣なものに改めた彼女は、鋭い眼差しで一同を睥睨する。


「手前はドワーフ族のリトヴァという。族長である父スロが体調不良のため、娘の手前が代理として参ることになった。未だ族長でない身だが、どうかご容赦願いたい」


 笑みを収めたリトヴァの纏う雰囲気はまさに刃のようで、ミラ王女の隣に掛けるイルヴァ大尉は彼女が自分と同じ武人なのだとすぐに見抜いた。おまけに名前の最後の音まで同じだ。王女親衛隊の女性は内心で、若きドワーフの女に親近感を抱く。

 次に挨拶を終えたリトヴァと入れ替わりに立ち上がったのは、獣人族の長である青年だった。

 猫耳に黒髪、金色に輝く双眸。上下を黒で揃えた出で立ちは、しなやかに引き締まっている。


「獣人を代表して出席させていただきます、サク・ライッコネンです。じ、自分も未熟者ですが、一族の顔として精一杯頑張ります! よろしくお願いします!」


 まだ二十かそこらの青年は緊張を滲ませつつも、元気な声で勢いよく腰を90度くらいまで折る。

 その様子に周りから苦笑がちらほらと漏れる中、着席しようとしたサクという青年にケヴィン王が訊ねた。


「サク君。きみもだいぶ若いように見えるが……族長の代理なのかね?」

「えーっと、自分が族長です。つい最近、先代の父が亡くなったので跡を継いだばかりなんです。獣人族は平均寿命が短いんで、長の代替わりも早いんですよ」

「そ、そうだったか。……ちなみに、父君は何歳で亡くなったのだ?」

「40手前くらいでした。うちの一族は、父の代からフィンドラ王家と交流を始めたんです。父も、フィンドラ王も尊敬できる偉大な英雄だと思ってます」


 言わされたものではなく、自然と口をついて出た発言なのだろうことは誰が見ても明らかだった。

 まだ年若き獣人の長は、純真にして実直。一族の期待を背負ってやって来た彼は使命に燃えていて、その眩しさにケヴィン王や他の族長たちが目を細める。

 

「『亜人』の族長たちの挨拶は、これで全員終わったな。――アレクシル陛下、先ほど他の【神器】使いたちを紹介しなかったが、良いのか?」

「あぁ、悪いね。忘れていた。しかし、あのカイ君が私に『良いのか?』とはね」


 意識して尊大な言葉遣いにしていたカイに、アレクシルは先達として微笑ましげな目を向ける。

 弄ばれていると理解していながら顔を赤らめてしまうカイは、ごほんと咳払いしてから言った。


「……王として立場は対等だ。俺はもう守られてばかりの『王子』じゃない」

「ふっ、頼もしいね。――ではトーヤ君、君からも一言もらえるかな」


 アレクシルに促され、黒髪の少年が起立する。それと同時にシアン、ジェード、ユーミの三名の【神器】使いも彼に倣った。

『ルノウェルス革命』での悪魔討伐の功労者であり、悪魔アスモデウスからミラ王女を救い出した英雄。少年の名声は今や、スウェルダのみならずルノウェルスやフィンドラにまで広がっている。

 その一言一句に円卓の全員が期待を込めて注目する中、トーヤは口を開いた。


「皆さん、こんにちは。初対面の人ははじめまして、それ以外の人はお久しぶりです。えっと……僕たちは【神器】使いとして、これまで戦い続けてきました。その戦いの中で【怠惰】、【色欲】、【暴食】の悪魔を倒し、残る【大罪】は四つとなります。僕たちの戦いは、全ての悪魔を討伐するまで終わらない。この使命を――悲願を叶えるためにも、皆さんのお力を貸してほしいんです。僕が皆さんに望むのはそれ以上でも以下でもない。どうか……お願いします」


 トーヤがこの場の全ての者へ向けて深々と頭を下げ、シアンらも揃って共にお辞儀をした。

 自分たちの目的を真っ直ぐ、切実に訴えかけてくる少年に、カイをはじめ多くの者から賛同の声が上がる。

 トーヤはそれに安堵したように口元を微かに緩め、着席した。

『顔合わせ』でやることを一通り終えたのを確認し、カイは最後にこう締めくくった。


「三国それぞれ思うところは異なるだろうが、【悪魔】の脅威が取り払われた世界を目指す意思は共有できた。あす以降の会談ではそのための対策をはじめ、建設的な議論をしていきたい。外交団諸君も、経済や環境問題など、各々の課題に精力的に取り組んでほしい。

 では、本日の『顔合わせ』はこれにて解散とする。この後すぐに明日の準備を行うため、諸君は速やかにホテルへ戻るように」


 ようやく終わったな、とカイは内心でため息を吐く。

 そんな青年の安堵を知ってか知らずか、アレクシル王は去り際、彼に微笑みかけた。

 

「明日以降も期待しているよ」

「…………」


 お世辞なのか本音なのか判別がつかず、カイは無言を返す。

 それでも微笑みを崩さないアレクシル王に、拭いきれないやりにくさを胸に青年もその場を後にするのだった。



「エル、皆、久しぶりだな。――ちょっとトーヤを借りたい。いいか?」

「ああ、うん。私たちなら平気だから、トーヤくんが良ければ」


 その後、カイはまず『議事堂』の門から出る間際だった少年たちに声をかけた。

 少し急いているような青年の口調を心配に思いながらも、トーヤは頷く。

 少年の了承を受け、カイは既に三国の陣営が去った『議事堂』内へ、少年の手を引いて早足に引き返していった。

 無人の会議室にトーヤを連れ込んだカイは後ろ手にドアの鍵をかけ、それを終えてやっと、詰めていた息をふっと吐き出す。

 格好つけるためにかけていた眼鏡も外し、力を込めがちだった目を閉じた。

 

「はぁ……胃が痛い……。他国の王を相手取るのがこんなにしんどいとは思わなかった……」

「あはは……。まぁともかく、無事に『顔合わせ』が終わって良かったじゃない」


 王として絶対に他人に晒せない、等身大の青年の姿。張り詰めていた糸がぷつりと切れたように、カイはドアに背中を預けて脱力する。

 黒髪の少年はそんな親友の様子に苦笑した。彼もまた『顔合わせ』中の固い表情ではなく、自然体に目を弓なりにしている。


「王様になってから、もう一ヶ月と半分くらい経ったね。君の評判は聞いてるよ。王だけの政治じゃなくて『国民議会』を組織して民意が政治に反映されるように変革した、いい王様だって」

「お前も……腕はちゃんと義手になってるし、【暴食】の悪魔もいつの間にか倒してたみたいだし、極めつけは【神殿】ノルンも攻略してシアンたちが【神器】使いにまでなっちゃってるし、そっちでも色々あったんだろ?」


 ひと月と少しという短い間に、お互いの状況は大きく変わっていた。

 特にカイは、ルノウェルスの『王』という立場を、政治から軍事まで全てを絶対的に支配する存在ではなく、あくまで象徴としてのものに変えたという大改革を行った。それは、悪魔に憑かれた女王に全てを委ねて過ちを犯した歴史を繰り返さぬための新たな道であった。

 今のカイは象徴としての『王』であると同時に、一政治家として政権のトップに立っている。未熟な点は残るが、その平和への強い意志と民からの絶大な支持を受けて彼は選ばれた。

【平和の旗手】、【炎の英雄】、【革命の王子】など、民が彼を慕って付けた二つ名は数多い。

 これまで自分が政治の場で行ってきたことを、カイはトーヤに語った。何もかもが手探りで苦戦することもあったが、ミウやオリビエ、ルプスといった仲間たちの力もあって、三国会談を自国で開けるまでに国の体制の安定化に成功したのだと――そう、誇らしげに。

 そしてトーヤも、悪魔ベルフェゴールを討って以後の出来事をカイに話した。

 フィンドラで出会った人々、見聞きした物事、戦った敵、新たに得た仲間。それら全てを、凪いだ瞳の少年はゆっくりと口にしていった。


「無理をするなと……別れる前に、言っただろう」


 自分が国のことにかかりっきりになっている間に、少年は【神殿】ノルンでの冒険と、悪魔との戦いを二度も乗り越えてきていたとは。

 先程の『顔合わせ』の際に既に少年が報告していたことではあるが、カイは改めてその冒険譚を聞かされ、彼の過労を憂う。

 

「心配しないで。休息はちゃんと取ってる。前みたいな無茶も、流石にもうしてないよ」

「そうか。ならば、良かった」


 机に突っ伏し脱力した様子のトーヤは、カイを見上げて言う。

 そんな彼にカイも微笑しながら、瞳を閉じて今後の事を考えた。

 二人の間に沈黙が流れるが、それは決して居心地の悪いものではなかった。

 トーヤと一緒にいると不思議と心が落ち着いてくる。姉やオリビエ、ルプスと談笑するのも楽しいが、それとは異なる奇妙な感覚。

 それはきっと、少年の黒い瞳のせいだ。夜の闇に似た彼の目を見ていると、その暗い影に吸い込まれていってしまうような錯覚を覚えてしまう。手を差し伸べて黄昏へと誘う――少年はそういう人間なのだ。


「何か、あったのか?」

「え? どうしたの、いきなり」

「いや……俺の思い違いかもしれないが、前よりもお前が老けて見えてな」

「ふふっ、それ、この前ジェードにも言われた」


 儚く笑って、少年は深く語ろうとしなかった。

 誰にでも踏み込まれたくない過去や、事情がある。カイは気になりはしたが、追及はせずに口を噤んだ。

 その無言をトーヤはありがたく受け取って、彼の方から別の話題を持ちかける。


「カイ。君も僕らと同じく、組織を滅ぼす覚悟があるんだよね。――それなら、聞いてほしい。既にアレクシル陛下には話したことで、ケヴィン陛下にもこれから伝えるつもりな話だよ。『組織』の長、シル・ヴァルキュリアさんについての物語さ」


 それからトーヤは長い時間をかけて、シル・ヴァルキュリアが紡いだ【ユグドラシル】での物語を語っていった。

 組織の長が本来は正義のために戦った魔導士で、【悪魔の母】リリスとぶつかりあった果ての異常事態(イレギュラー)によって滅びをもたらす【悪の魔女】へと変貌してしまったこと――その事実はカイを激しく揺さぶった。そして同時に、自分が力を授かったロキという【神】が【ユグドラシル】を破壊しようとしていたことに、彼は酷く狼狽えた。


「俺が信じていた神は……民に犠牲を強いることも厭わないような、卑劣な人間だったというのか。俺は、そんなやつの力をありがたがっていたというのか……」

「神ロキの思想や信条について、僕たちにも詳しくは分からない。でも一つ確かなのは、ロキ様が【悪魔】に対抗するために【神器】を後世に残したということだ。過去に何があっても、今の彼は【悪魔】のいない世界を望んでいる。それで十分なんじゃないかな」


 過去と今を切り離して考えろ、トーヤはそう言ってカイを納得させようとする。

 胸にモヤモヤしたものは残るものの、カイはこれから先もロキの【神器】を使い続けるつもりだ。その迷いを抱えたままでは、いつか障害になり得るだろう。

 ふぅ、と息を吐き、青年はそれで気持ちに整理をつけて表情を引き締めた。


「悪魔を倒し、シル・ヴァルキュリアという女性の心を救う――それがお前の最終目標なのだな、トーヤ。その使命は俺も賛同する。シル・ヴァルキュリアが正義の人であるなら、俺たちに与えてくれるものも多いだろうからな」


 カイはシルと会ったことはない。だが、トーヤの語りから彼女という人間に少なからず親近感を覚えていた。

 世界を作り変えようとしたイヴを阻止するために立ち上がった彼女の意志は、ベルフェゴールから本当の母とこの国を取り戻そうとしたカイの決意と同質のものだ。

 会ってみたい。話してみたい。その女性の姿を思い浮かべながら、カイは内心で独りごちた。


「あ、そういえばカイの方は何か出会いはあった? もう王様なんだし、王妃様候補の女性とかいないの?」

「きゅ、急に俗な話題に変わったな。お前、俺が仕事に忙殺されてるの分かってて聞いただろ」

「あはは、バレた?」

「バレるよ、そりゃ。お前がただのいい子ちゃんじゃないことくらい、知ってんだからな。……あと、お前のそういう話はいらないぞ。政治屋のおっさんばっか相手取ってる人間にとっちゃ、あまりに毒だ」

「まぁまぁ、そんな頭の固いこと言わずに聞いてよ。恋愛話じゃないけど、アレクシル陛下の側近にとんでもない女の子がいてさ……」


 それから彼らは【神殿】ロキを目指して『ヴァンヘイム高原』を冒険した時のように、他愛なく談笑するのだった。

 が、思っていたより話に花が咲き、気づいたら夕刻に差し掛かっていて――それぞれ帰ったそばから仲間たちにこっぴどく叱られてしまうのだった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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