表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第10章 【強欲】悪魔マモン討伐編/【嫉妬】悪魔レヴィアタン討伐編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

312/400

10  集う王たち

 ルノウェルス王国――かつて【怠惰の悪魔】に憑かれた女王が支配していたこの国は、二ヶ月ほど前に現国王であるカイが起こした革命によって政治体制を大きく変えた。

 腐敗していた貴族を要職から退け、【怠惰】の悪意に侵されていなかった若手の政治家を主な閣僚に据え。保守からリベラルへと舵を切ったルノウェルスは、新たな王の下で開かれた国を目指して日々を重ねている。


「いよいよ、今日か」


 王宮の居室のバルコニーから眼下の街並みを眺め、カイ・ルノウェルスは呟いた。

 時刻は早朝。彼がいつにもまして早起きなのは、スウェルダ・フィンドラ両国の王がこの日、首都スオロにやって来るからだ。

 両国王とは父が存命していた頃に面識があったが、それ以来10年以上も会っていない。【神器】と厚い人望という力を兼ね備えたアレクシル・フィンドラ、高い政治手腕でスウェルダを安定成長させているケヴィン・スウェルダ――この二人との再会にカイは緊張していたが、同時に胸が躍るほど楽しみでもあった。

 尊敬する二人の王に、再生しつつあるこの国を見せたい。怠惰から脱して勤勉に変わった政府の姿、そして一人の人間として大きくなった自分も、彼らに示したい。


「――よし」


 両手で頬をペシッと叩き、眠気を吹き飛ばす。眼をしっかりと開いたカイは口元に小さく笑みを浮かべ、それから踵を翻して部屋の中へ戻っていった。



「おはよう、王子様。いや……もう、王様だったか」


 朝食を済ませたカイは、王宮から離れた都市北側の議事堂へと足を運んでいた。

 現在の政治の場はこの『議事堂』。何故わざわざ王宮外にこれを新設したのかというと、ひとえに王宮を政治の場にしたくなかったから。カイが思っていたよりも王宮に住まう者の腐敗は著しく、それらを全て切り捨てて新たなスタートを切るためにも、いっそ舞台から変えてしまえと思ったのだ。

 都市の北部を政治特区として整備し直し、各部署の省庁もそこに設置してある。現在の王宮はあくまでも王族の住まい、という形に落ち着いている。


「ルプス、おはよう。お前もいい加減、王様呼びに慣れてもらいたいものだな」


 まだ人気の少ない道路を歩くカイの肩を後ろから叩いたのは、狼の獣人のルプスだ。

 かつては『組織』の手駒としてスオロに『凶狼(ダイアウルフ)』の群れを呼び込み、カイたちを大いに苦しめた彼だったが、紆余曲折あって現在はカイの仲間として行動している。

 彼の中にあった憎しみを和らげ、その怒りを代弁しようと約束したカイにルプスは忠誠を誓っている。そしてカイもまた、彼を部下ではなく同志として対等な視点で信頼していた。


「しかし、私にとってはどうしても『王子様』だった頃の印象が抜けなくてな……。お前はまだ二十歳にもなっていないし、それらしい貫禄もあるとは思えん」

「……まぁ、それは否定しないが。それでも俺は王だ、今は許すが公の場ではきちんと『王』扱いしろ。お前の失言のせいで、俺は何度恥ずかしい思いをしたか……」


 大袈裟に首をがっくりと折ってみせるカイに、流石に申し訳なくなったのかルプスが慌てて謝る。


「そ、それは済まなかったな。だが一つ言わせてくれ、オリビエはお前を名前呼びしてるじゃないか。しかも、公私関係なしに。それはいいのか?」

「ん……オリビエは、オリビエだからな。8つの時に出会ってから9年、ずっとそう呼ばれてたし……それが当たり前になってしまったというか」

「ほぅ。家族同然の間柄、ってわけか」

「ああ。母さんや姉さんに並んで、俺にとっては大切な人だ」


 魔導士オリビエ――過去を多く語ろうとしない、飄々とした性格の優男。

 カイが王宮から脱するのに助力し、悪魔に対抗できるよう鍛え上げ、【神殿】攻略を持ちかけた張本人である。ルノウェルスの戦いでは戦術考案の軍師役を務め、王宮内の洗脳兵士たちを制圧することに尽力した。ヨルムンガンドとの戦いでは惜しくも敗れはしたものの、高い実力を持った俊秀たる魔導士だ。

 カイはオリビエのことを内心で『先生』と呼ぶくらい尊敬しているのだが、その呼び名を使えば彼は間違いなく調子に乗るので言ってはいない。


「今日からの会談にはオリビエも出席するのだろう? 何しろ、テーマがテーマだ」

「ああ、当然だ。百歩譲ってもあいつに直接言いたかないが、正直なところ安心している。王に就いてから初めて他国の王と顔を合わせるわけだが、あいつがいれば少しは落ち着いていけると思う」


 彼は自分にとって、何も言わずに背中を預けられる存在なのだとカイは言葉にせず語った。

 そんな横顔を見ていると、ルプスはどうしても意地悪したくなって言う。


「ふむ……では、後で伝えておこう」

「お、おいやめろっ!? そんなこと言ったら無駄にからかいのネタが増えるだけだろう! いいか、絶対言うなよ、絶対だぞ!」

「昔からそういうのは『前フリ』っていうもんでしてな」

「フリじゃない、ガチだ! 俺は本気だからな!」


 と、そこで――顔を真っ赤にして叫び散らすおよそ王様らしくない姿に、嘆息混じりの声がかかった。

 

「ちょっと、朝からなに喧嘩してんのよ?」


 二人が視線を上向けた先にあるのは、純白のマントをはためかせてふわりと飛翔する女性の影だ。

 虹色の大きな宝玉の上に腰掛ける、金髪のセミロングに碧眼をした妙齢の美女。彼女こそがカイの実の姉、ミウ・ルノウェルスである。


「ね、姉さん……! 違うんだ、これはルプスがふざけた発言をしたから俺が叱っただけで」

「はいはい、言い訳は結構よ。どんな事情があろうとあなたは王様なんだから、そんな子供じみた言い争いはしないこと。――まぁ、喧嘩するほどなんとやら、とも言うし、ルプスさんと友好的な関係を築けてるのなら良い事だけど」


 カイの申し開きをあしらい、彼らの前まで降りてきたミウは腰元に宝玉を浮遊させたまま目を眇める。

 さっきまでの騒がしさはどこへやら、すっかり消沈した声で「ごめんなさい」と謝るカイに、ミウもルプスもつい噴き出してしまった。

 ばつが悪くなって赤面するカイはつかつかと歩調を早める。

 彼の後を追い、ミウは懐から取り出したものを弟へ手渡した。


「はい、これ」

「? これは……えっと」


 カイが姉から受け取ったのは、赤い縁の眼鏡だった。かけてみると度は入っておらず、どうやら伊達眼鏡のようだった。

 怪訝そうに見つめてくる弟へ、ミウは微笑んで言った。


「王様として、少しは理知的に見えるようにした方がいいでしょ? 何なら私のマントも貸してあげてもいいわよ。今日はフィンドラ、スウェルダ両国の王に会うんだから、スマートな格好でいかなきゃ」

「マントは姉さんのトレードマーク兼、護身の魔道具だろう。遠慮しとくよ。……しかし、これ似合うか……?」


 切れ長の目に高く通った鼻筋、形のいい楕円形の輪郭と、もともとカイの顔立ちはよく整っている。普段は無表情でいることの多い彼だが、眼鏡をかけたことにより更にシャープな印象が加わっていた。色を赤にしたのは少しでも温厚に見えるように、とのミウの配慮である。

 ルプスとミウが口を揃えて「似合ってる」と答えると、青年は照れくさそうに頬を染めた。こうして心を許せる相手には、彼も多彩な表情を見せてくれる。


「カイ、笑って」

「えっ」

「いいからほら。はい、チーズ!」

「ち、チーズ……?」


 聞きなれない掛け声に困惑しながらも、カイは広角を上げて笑みを作る。

 ちょっとまだぎこちないわねー、と姉に言われ、彼は悪かったなと内心でこぼした。


「三国の王族、それから【神器使い】の集う大切な会談よ。笑顔でいきましょう、ね?」


 白い歯を見せて目を細めるミウに、カイは勢いよく頷いた。



 会談、と一言でいっても、それは一日やそこらであっさり終わるものでもない。

 まず初日は久々に対面する三国の王たちの顔合わせ、それから【神器使い】たちの交流会を行う。

 これはフィンドラのアレクシル王からの提案で、ひとまず打ち解けるもとい腹を探り合うことで、翌日からの会談に備えようという意図があった。

 その後の会談は『平和条約』と『三国同盟』への王たちの署名をはじめ、今後の対『組織』についてや経済、環境問題、『亜人』への差別問題など、様々なテーマから議論を行う予定である。

 初日の顔合わせを含め計四日間、このルノウェルスにて三国の王と【神器】使いが集うことになるのだ。

 やってくるのは彼らだけでなく、外交団として各国の政治家以外にも専門家や各亜人族の長が招かれている。スウェルダからは『アールヴの森』のエルフ族、『レータサンド村』の小人族、ルノウェルスからはダークエルフ族、フィンドラからはドワーフ族や獣人族の長が来るが――中でもひときわ存在感を放つのは、『ヨトゥン渓谷』の巨人族の王だろう。彼は亜人族の中で唯一の【神器使い】だ。政治力は未知数だが、持ち得る武力が桁違いなのは間違いない。

『平和』を掲げた建前の裏で、多くの思惑が渦巻く三国会談。

 ――その幕が遂にこの日、開かれる。



 スウェルダ、フィンドラの王及び外交団は会談の間、議事堂付近のホテルに滞在することになる。

 その二国のうち、はじめにルノウェルス入りを果たしたのはスウェルダだった。

 ぐるりと壁に囲まれた都市の門を、豪奢な馬車が続々と潜っていく。ここ最近、他国の者が訪れることのなかったスオロの住人たちは、家々の窓から顔を突き出して興味津々な様子でその光景を眺めていた。

 中でも、白馬に曳かれる馬車の群れの先頭――際立って大きく絢爛豪華な金の装飾が施された一台は、住民たちの注目の的だった。


「うふふ……いいお天気ねぇ」


 馬車の窓にかかっていたカーテンを開け、外の者たちに視線を向ける一人の少女。

 ガラス窓に手を触れて街の風景を目に焼き付けていた彼女だったが、道路脇に集まった人々の声に応えずにいるのも性に合わず、窓を全開にして手を振り返す。


 ――思ったより、歓迎されてるみたいね。


 第一王女、ミラ・スウェルダ。王家の証である炎のような赤髪を腰まで流し、髪と同じく派手な赤色のドレスを纏った淑女――というのが表の顔だが、実際のところは宴とお酒好きなお転婆娘である。

 彼女は以前、【色欲】の悪魔アスモデウスに憑かれたマーデル国の王子に拐われてトーヤたちに助けられている。それ以来少年に好意を抱いていたミラは、今回の会談にトーヤら【神器】使いたちも来ると聞いて胸を躍らせていた。

 ワクワクを隠しきれない王女の横顔に、微笑混じりの若い女性の声がかかる。


「やはりあの少年が気になるでありますか、王女殿下?」

「ええ……あなたも会えば分かるわ。あの子は無責任にも数多の女性を惚れさせる、魔性の男なのよ」

「ふふっ、それは楽しみでありますな。しかし小官は王女様一筋でありますゆえ、ご心配は無用なのであります」


 王女の親衛隊の一人として彼女が行く先に常に付いているイルヴァ大尉は、底抜けに明るい笑顔で答える。

 女性にしては高い170センチを超す身長に、細身だが鍛えられているのが分かる引き締まった体型。艶やかな濃紺の髪はうなじで切りそろえ、整った顔には化粧一つしていない。男性社会の軍という世界で、女性ながら士官の立場に食らいついている根っからの武闘派である。

 真っ直ぐで正義感に満ちた性格の彼女をミラは気に入っており、ことあるごとに重用していた。


「この会談の間、小官どもが出動する羽目にならないと良いでありますが……」

「心配はいらないわ。この地方中の【神器】使いが一堂に会する大舞台に、無謀に突っ込んでくる愚か者なんていやしない。それに、仮にもしいたとしても(わたくし)たちならば撃退できる。そうでしょう?」

「無論であります、王女殿下。『力』を持つのは我が国も同じなのだと、フィンドラやルノウェルスに示してやりましょう」


 強気に言い切るミラ王女に、不敵に笑ってイルヴァ大尉は答える。

 その言葉に呼応するように、王女の腰元では純白の鞘に収まった細剣がきらめくのだった。



 スウェルダに続き、それから30分後にフィンドラの外交団もスオロに到着した。

 その到着の仕方は現地の住民たちだけでなく、他二国側の外交団をも仰天させるものであった。

 これから利用することになるホテルの前の広場、その上空に巨大な魔法陣が出現し、そこから40名程度の外交団が降り立ったのだ。

 奇想天外な登場方法に腰を抜かしたホテルの老支配人に、アレクシル王はなんてことのないように笑って手を差し伸べる。


「魔導先進国の我々からすれば、このくらいは些事に過ぎませんよ。短い間ですがよろしく頼みます、支配人殿」


 へこへこと頭を下げる老支配人と、涼しい顔のアレクシル王。

 その二人を後ろから見つめながら、エルはぼそりと不平を漏らす。


「何が些事だい。私がどれほど魔力を振り絞ってこれを出しているのか、あの王様は全然わかっちゃいないよ」

「まぁまぁ……これはパフォーマンスの一環だし、誇張くらいするでしょ。にしても、あの口ぶりだと今後【転送魔法陣】を普及させるつもりに思えるけど……もしかしたら、そういう魔道具をヘルガさんたちと開発しているのかもしれないね」

「さっすがトーヤきゅん、鋭いなー」


 毒づくエルを宥めながらトーヤがアレクシルの展望を推測すると、彼らを振り向いて小柄なピンク髪の少女が呟く。

 が、トーヤが何か問いただす前にティーナの口は同僚の青年に塞がれてしまった。小言を言われている学園長の娘に、少年は思わず苦笑を漏らした。

 既にスウェルダ側は指定のホテル――当然ながらフィンドラとは別の所だ――に着いており、この後の顔合わせの準備を進めているという。フィンドラの王と【神器】使い、そして外交団もホテルに荷物を預け、円滑な動きで会場への移動を開始した。

 フィンドラ側の人員はアレクシル王とエミリア王女、エンシオ王子は勿論のこと、トーヤたち【神器】使いとその眷属、さらにはヘルガ・ルシッカ学長や【神杖】の製作者アダム・フラメル博士も含まれている。ドワーフ族、獣人族の長もやや肩身狭そうにしながらも、彼らの後に続いて『議事堂』へと入場していった。



 王たちの会談が行われる『議事堂』のメインホールは、中央に円環(リング)型の巨大な卓が置かれ、その周囲の一段高くなった位置に席がずらりと並べられた作りとなっていた。

 さしずめ舞台とそれを眺める観客席、といった構図である。

 60名は座れるであろう円環の席は既に、ルノウェルス陣営とスウェルダ陣営で三分の二が埋められていた。


「お主はいつも最後だな、アレクシル王よ」

「ふふ、主役は遅れて登場するものなのですよ、ケヴィン王」


 静かに諌めるスウェルダの王に、微笑して受け流すフィンドラの王。

 そのやり取りにさっそく胃袋を痛め始めるカイだったが、十数年ぶりに再会するアレクシル王を見上げて着席を促した。


「貴殿らが席に着き次第、顔合わせを開始する。さっ、早急に着席願おう」

「久しぶりだね、カイ君。そう緊張せずに、楽しくやろうじゃないか」


 ガチガチに緊張しているカイに反して、アレクシルは場違いなまでに呑気な態度だ。

 その甘いマスクも仮面のような笑みも、台詞一つで場の主導権を握ってしまう(したた)かさも、あの頃から全く変わっていない。あれから十年以上も経つはずなのに、彼は見た目すら恐ろしいほどに老けていなかった。それはノエル・リューズ同様に魔法で老化を遅らせているためなのだが、その秘術の存在を知らない者からしてみたら彼は畏怖すべき存在に映る。

 この男だけは敵に回せない――アレクシル・フィンドラという男は、そこに立っているだけで見る者にそう思わせるほどの魔力を有した王者だった。


 三国の王、そして彼らの眷属たちがそれぞれの思いを胸に臨む『三国会談』。

 その『顔合わせ』はまず、フィンドラの王が場の雰囲気を支配したところから始まるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ