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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第10章 【強欲】悪魔マモン討伐編/【嫉妬】悪魔レヴィアタン討伐編

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9  家族の温度

 い、一緒に混浴風呂に入ってくれ、だって……!?

 魔導装置の『昇降箱(エレベーター)』まで続く廊下を歩く僕へ、リオからもたらされた爆弾発言。

 頬を淡く染めて上目遣いに見つめてくるリオに、僕はごくりと生唾を呑むしかなかった。


「……り、リオ……」


 常に男装していて女性らしさを隠していた彼女が、こうして『女の子』としての顔をさらけ出している。

 そんな彼女の表情は可愛くて、手を取ってしまいそうな魅力に満ちていたけど――


「ごめんっ! 僕にはエルがいる、そういう付き合いはできないよ」


 エルを思えば、断固としてそんな遊びは出来なかった。彼女が一途に僕を好いてくれるなら、僕だって同じように一途を貫くのが道理。他の女の子にうつつを抜かすなんて、言語道断だった。

 リオが命の恩人として僕に好意を抱いていることは、とっくの前から気づいている。それでも、彼女の想いを手折ることになっても、僕はエルへの愛を貫き通したい。

 そう頭を下げて断ると、リオはからからと笑い声を返した。


「ふふっ、お主が応えてくれぬことは分かっておった。万が一乗ってきたら、後でエルに説教を食らう姿を笑ってやろうと思っておったのじゃが……残念ながら、未然に終わってしまったな」

「な、なんだ、最初から悪戯のつもりだったの……。もうホント、びっくりしたよ」

 

 安堵に胸を撫で下ろしている僕に、先へ歩き出したリオは振り返りながら微笑する。


「私はお主の驚く顔も好きなものでな。――そうやってパートナーへの誠意を示す姿勢も、格好良くてうっかり惚れてしまいそうじゃ」

「……お、お友達でお願いします」

「ふっ、当たり前じゃ。末永く頼むぞ?」


 悪戯っぽく笑って言ってくるリオに、僕は冷や汗を流した。

 おかしそうに肩を揺らす彼女は、立ち止まって体ごとこちらへ向けると手を差し出してくる。そんなリオへ、もちろんさ、と僕は彼女の手を取って握り込んだ。

 僕という主に仕えるエルフの騎士は、胸に握り拳を当てるスウェルダ騎士の敬礼で応じた。

 

「永遠の友と呼べる相手に巡り会えた……これ以上の幸運は、この広大な世を探しても簡単には見つかるまいよ」


昇降箱(エレベーター)』に乗り込み、その壁面に背中を預けてリオは噛み締めるように言った。

 ヒューゴさんやエインと顔を見合わせて、僕はまったくだ、と何度も頷くのだった。



『紫玉塔』の最上階のほぼ全面を占める大浴場、『雲上温泉』。

 その大層な名に違わず、お湯に使った瞬間にじんわりと体のすみずみまで癒されていく感覚は、まさに天にも昇る心地だった。

 男湯と女湯で分割されているとは思えないほど広大な浴場には、趣向を凝らした幾つもの湯が用意されている。それぞれの湯は含まれている成分も様々で、中には入るだけで魔力を回復できるという魔力含有量の多いものもあるらしい。まさに特訓を終えたばかりの僕たちにぴったりの温泉だ。


「ふぅ……気持ちいいですねー」

「うん、そうだね。時間が時間だからか利用客も他にいないし、存分にのんびりできる」


 ガラス張りの壁際の湯に肩まで浸かり、そこから夜景を展望する。

 フィンドラの首都のさらに中央に位置する塔から見えるのは、夜更けでも騒ぐのを止めない歓楽街や繁華街、それから反対に寝静まった住宅街。見渡せば街中の人たちの営みが感じられる、そんな「都市の中心」に僕たちは今いるのだ。

 一年前の僕にこんなことを言っても、絶対に信じはしなかっただろう。前世様の時代から千年の時を越えてエルと再会し、【神器】を得て、沢山の仲間たちと僕は出会ってきた。その巡り合わせの果てに、僕はフィンドラの王様との繋がりを持ってここにいる。

 ――一年後の僕は、いったい何をしているんだろう。それを想像してみて、僕はひとり微笑んでいた。

 去年までの自分とは違って、未来はちゃんと思い浮かべられた。僕の、僕たちの未来には必ず希望がある。この大切な仲間たちとなら、それを掴み取れる。そう、確信できた。


「ん、エイン君、どうしたの?」


 と、ヒューゴさんが心配そうにエインに訊ねたので、僕は彼らに視線を向けた。

 浴槽の隅っこで膝を抱えて顔を赤らめているエインは、ヒューゴさんに声をかけられてびくりと肩を震わせる。


「あ、あの、その……。ぼ、ぼく温泉とか入ったことなくて……その、人前で裸になったことも、なくて……あの……」

「エイン君はずっと『組織』で育てられてきたもんね。あの薬臭い場所にいたんじゃ、温泉という文化を知らなくても当然だ。慣れないことだろうけど、肩の力を抜いてみてごらん。すぐに凝りが解れて疲れも取れるはずだよ」


 そういえば小人族の里は極東の人間の文化が入り混じっていて温泉も幾つかあったな、と思い返す。

 巨人族の谷でもエルフ族の森でもこうした温泉は全く見られなかったから、温泉文化は『亜人』ではなく人間特有のものなのだろう。

『組織』を抜けてから知らないことだらけで驚きの連続だったのだろうエインに、僕も穏やかな口調で言う。


「色々あって、君もかなり疲労が溜まってるはずだよ。目の下の隈……あのミノタウロス戦以降、夜な夜な部屋を抜け出して特訓してたのはお見通しさ」

「き、気づいて、たの」

「自覚してなかったと思うけど、エインは隠し事が下手すぎだよ」

「…………元『組織』の一員として、ちょっとプライドが傷ついたよ……」


 少ししょげた顔になるエインを「まあまあ」と宥めていると、がらっと大浴場の引き戸が開けられる音が響いた。

 エインが肩を跳ねさせてそちらを振り仰ぐ中、やって来た少年は大乱闘を終えた僕らに負けず劣らず疲労困憊の様相を呈していた。


「ジェード、随分へとへとだね?」

「おう、トーヤ……シアンのやつが最後に魔法の打ち合いしようとか言い出してさ。一発でかいのぶちかましてきたとこ……」

「なるほどね。その顔を見るに、なかなか上手くいったみたいだね」

「へへ、あったりまえだ」


 達成感に満たされた表情で大きく笑い、ジェードは流し場へと足を運んでいった。

 ジェードが来たってことは、女湯(むこう)で一人だったリオも話し相手ができて喜んでそうだ。

 お風呂で女の子たちは何を話してるんだろう、とか思いながら僕は脚をうーんと伸ばした。



「アリスのお家で入ったお風呂とは比べ物にならないくらい広いですねー! この塔の設計士さんはよくわかってます!」

「ほんと、あたしでも泳ぎまわれそうなくらい大きいわね……。一体、完成までにいくらつぎ込んだのかしら」


 シアンが大はしゃぎで尻尾を振り、ユーミは豊かな双丘を腕で覆い隠しながら浴場を見渡した。

 流し場で汗を流し、髪や身体を清めた彼女らは、バリエーション豊かな湯をそれぞれ試していく。


「このお湯、すごいぬるっとしてるわね。どんな成分が含まれてるのかしら……」

「お肌の角質とか取ってくれる効果があるらしいですよ! ほら、ここのプレートに書いてあります」

「へー。最近は戦いばっかりでお肌のケアとか忘れてたから、助かるわね」


 陶器のように白く(すべ)らかな腕をさすって目を細めるユーミ。シアンの目から見てもその肌は十分に綺麗に思えるが……十分じゃ足りない、ということだろうか。


「どうせなら、顔だけじゃなくて指先まで美しくしておきたいじゃない? こう見えてあたし、美容にはうるさいのよ」

「流石です、ユーミさん! 私も見習わなきゃ」

「ふふ……じゃんじゃん見習いなさい! パートナーが綺麗な方があの子(ジェード)も喜ぶでしょ」


『ヨトゥン渓谷』にいた頃のユーミは、髪もボサボサで身だしなみに気を使う性格ではなかった。そんな彼女が変わったのは、間違いなくトーヤと出会ったから。

 人は恋をするだけでこんなにも変化するのかと、我ながらユーミは驚いている。

 魅力的な女性になって彼の目を引きたい。その一心でユーミは伸ばしっぱなしの髪を整えて纏め、全身の美容ケアにこっそりと力を入れていたのだ。

 だが、そんなことをしても少年の恋心が自分に向きはしないと、彼女は知ってしまっている。

 

「おお、ユーミ、シアン! 今日の特訓はどうだったのじゃ?」

「上々の結果よ、リオ。さっきまで姿が見えなかったけど、どこにいたのよ?」

「ああ、そっちのサウナ室にな。いい汗を流せたのぅ」


 ユーミの問いに答えながら、彼女の左隣で肩までお湯に浸かるリオ。

 シアンは巨人族の女性を挟んで向こうにいるエルフの少女の裸体を目にし――男装の麗人には似つかわしくない瑞々しい双丘がそこにはあった――、すっと目を逸らした。

 リオは以前「乳房など無駄な脂肪の塊だ、欲しけりゃくれてやるわ」などと吐き捨てていたが、叶うのならそれを少しでもいいから分けてほしい、とこの時シアンは切実に思った。


「……うぅ、神様は不公平です……」

「何じゃ、浮かない顔じゃな? 特訓は上々の結果ではなかったのか?」

「いえ、特訓の話ではなくてですね。……えっと、その……」


 言ってもどうしようもないですよね、とシアンが言葉を濁らせていると――リオは首を傾げ、竹のように真っ直ぐな眼差しでシアンの瞳を覗いた。


「何を悩んでいるかは知らぬが、煮詰まったら一度それを天秤にかけてみるがいい。そこまで大事ではない、と思ったらバッサリと切り捨てるのも手じゃ。いつまでもウジウジと悩むのは、精神衛生的にもよくないぞ」


 単なるコンプレックスに対してここまで真剣なアドバイスを貰ったことに、シアンは物凄く申し訳なさを感じてしまう。

 獣人の少女のそんな内心はいざ知らず、ユーミの心にはリオの台詞が突き刺さっていた。

 ユーミにとってトーヤへの恋心は大切なもので、彼のために変わった自分も同じく大切だと思っている。だが、叶わない恋慕の感情をいつまでも胸に宿しておくのは、この先の自分を苦しめるだけではないのか。バッサリと切り捨てる――はじめからそう出来ていたら苦労はしないが、その苦労をしてでも切り捨てる決断をするべきなのかもしれない。

 ――情けないわね、あたし。シアンたちにはトーヤへの想いを諦めたとか言っときながら、実は未練たらしく好きでいたなんて。


「ありがとう、リオ。おかげで決心がついたわ」

「お、おう。……何だかさっきから、お主らの考えがいまいち分からんな」


 リオは困惑しつつも、ユーミからのお礼の言葉をありがたく受け取った。

 そんな彼女にユーミはうふふ、と笑って曖昧なまま流す。

 思えばこの場の全員が、トーヤを異性として好きになった上で諦める決断をした者なのだ。もしかしたらシアンもリオも、何のことなのか察しているかもしれない。


「ね……この三人だけで話す機会もあんまりないし、恋バナでもしない?」

「む、そりゃあいい。では始めにシアン、最近の進捗はどうなのじゃ? どこまで進んだ? 手は繋いだか、キスはしたか?」

「えっ!? えっと、わたしですか!? ……あ、あの、手を繋ぐくらいはしましたけど……。き、キスとかは、恥ずかしくて、まだ……」


 ユーミが振った話題にリオがすかさず乗り、水を向けられたシアンは狼狽えつつも答える。

 赤面する彼女に色めき立つユーミにリオ。乙女は他人の恋愛事情に興味津々であった。


「ほほう。じゃが、キスも――その先のことも、してみたいとは思っているのじゃろう?」

「へっ!? そ、それは……ジェードが望むなら、応えたいですけど……で、でも、やっぱり恥ずかしいぃ……!」


 意地悪なリオの問いかけに、シアンは赤面が最高潮に達してバシャンと頭までお湯に浸かり込む。

 もう酷いですよぅ、と涙目になるシアンの声は、ぶくぶくと湧き上がる泡となって水面で弾けた。



「――し、シアンっ……!?」

「ん? シアンちゃんがどうかしたのかい、ジェード君」


 くつろいでいたのが一転、いきなり獣の耳をピンと立てると顔を赤くして彼女の名を口にするジェード。

 僕とヒューゴさんが怪訝な視線を向けると、彼は何故だか恥ずかしそうに俯きながら僕たちから距離を取った。

 ほんのりと頬を上気させたヒューゴさんは、細い顎に手を当ててニヤリと笑む。


「ふむ。さてはジェード君、エッチな妄想でもしてしまったのかな」

「ええ――獣人族は聴力に優れてるといいますし、シアンの名前を呼んだことから考えれば、壁越しに彼女らの会話を聞いて反応してしまったんでしょうね」

「まっ、真面目に考察するなっ! いいだろ別にー!」


 ただ、獣人の耳でもかなり集中してないと壁の向こうの会話も聞こえないはずだ。そのせいか、ジェードの横顔には若干の疲れが見える。

 天井を見上げてため息を吐く獣人の少年を横目に、僕はヒューゴさんへ訊ねた。


「あの、ヒューゴさん。ヒューゴさんは、これからどうしたいとか考えてますか……?」


 ヒューゴさんは小人族の族長の長男で、いずれは父から立場を継ぐのだ。村では優れた狩人として名を馳せていた彼は、同胞からの人望も厚いという。

 

「村に帰らなくていいのか、ってこと? その点については心配いらないよ」

「え、じゃあ」

「ああ。結構前になるけど、エルちゃんに頼んで【転送魔法陣】で『レータサンド村』まで送ってもらったんだ。親父とはちゃんと話をつけてある。この先もアリスと一緒に、俺は君を支えていくよ」


 じんわりと胸の奥が温まるのを感じ、僕はそこに手を当てながら頷く。

 そんな僕の仕草に、ヒューゴさんは目を弓なりにして柔らかく笑った。


「もしかしたら俺は、君に殺されてたかもしれなかったんだよね。君が俺を倒して、それから守ってくれたから、今も俺はここにいられる。本当に、ありがとうな」

「それはこっちの台詞です。ヒューゴさんがいたからアリスは満たされてるし、僕たちの旅もより充実したものになってる。何より、年の近いお兄さんって存在は僕にとって貴重なんです。ヒューゴさんと話すの、楽しいですし」

「よく言ってくれた、ほんとにいい子だなートーヤ君は。よし、今からきみは俺の名誉弟1号に任命してやろう! ちなみに2号はジェード君、3号はエイン君だ!」

「お、弟……?」

「俺たちはトーヤ君とエルちゃんの出会いから広がった、大切な仲間なんだ。強い絆で結ばれた、家族とも言える関係性――そうだろう?」


 僕の頭に手を伸ばして髪をわしゃわしゃと撫でるヒューゴさん。彼のその言葉にジェードが頷き、エインは目をぱちくりさせる。

 困惑するエインに小さな青年が力説し――白髪の少年も、とびきりの笑顔で「うん」と答えるのだった。

 僕は、僕たちは、本当に温かく柔らかい優しさに包まれている。

 それからお風呂を上がっても身体があったかく感じたのは、きっとそれを心の底から実感できたからに違いなかった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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