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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第10章 【強欲】悪魔マモン討伐編/【嫉妬】悪魔レヴィアタン討伐編

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8  ドリス・ベンディクスという女

「よく来て下さいましたね。さあ、入ってください」


 その建物のドアをノックすると、出迎えてくれたのは恰幅のよい中年男性だった。

 空の赤みも引き、辺りがすっかり暗くなった午後六時。指定の時刻ちょうどにリューズ商会の門を叩いた僕たちに、その男性はにこりと笑みを浮かべる。

 都市の中央から少し外れた東の通りの一角にある、流石はリューズというべきか『ギルド』本部にも劣らない大きなレンガ造りの建造物。それこそが『リューズ商会フィルン支部』の拠点であった。

 通されたエントランスホールの人気(ひとけ)はまばらだった。人の良い笑みを崩さない案内役の彼の後について、僕らは階段を上がった先の廊下へと移動する。


「……何だか、ホテルみたいな内装ですね」

「ええ、そうでしょう。この建物は来客がくつろげる場所、というコンセプトで設計されたのですよ」


 誇らしげに答えたふくよかな案内人に、僕も「へえ」とか適当な相槌を打った。

 廊下は無人で、明かりの光量は絞られていて寒々しい。どこがくつろげる場所だ、と内心で悪態を吐きながら、視線を周辺に巡らせていく。

 一緒に招かれているエルやシアンたちは口を噤み、やはり緊張しているようだった。リューズ家は僕ら【神器使い】の敵――いわばここは、敵の拠点にも等しい場所なのだ。警戒はするだけ損はない。

 

「こちらです、どうぞお入りください」


 応接間らしき部屋に着くまで、そう長くはかからなかった。

 通されたのは白を基調とした上品なインテリアの数々が並ぶ一室。そして上座に腰を下ろして待っていたのは、金髪碧眼に銀縁眼鏡をかけた、黒いスーツ姿の女性だった。


「――――」


 この場に足を踏み入れた瞬間、その女性は僕の目を確かに覗き込んでいた。

 無遠慮で無作法な、相手の心を探り、あまつさえ踏みにじってやろうという意思まで匂わせる視線。

 自分が僕たちに悪意を持っているのだと、この人は隠しもしていない。僕たちが『リューズ』に所属する者を最初から疑ってかかると断定した上で、開き直った立ち回りだ。


「こんばんは、そしてはじめまして。【()()使()()】のトーヤくん御一行ですね? 私はドリス・ベンディクス。今月から『リューズ商会フィルン支部』の支店長を務めている者です」


 ベンディクスさんは起立して慇懃に挨拶してくる。僕らも深く一礼してから同じく名乗った。


「はい、僕がトーヤです。はじめまして、よろしくお願いします。えと、緑髪の彼女がエル、それから……」

「シアンさんにジェードさん、アリスさん、ですよね。そちらの方たちはリューズ商会で働いていらしたのだと聞いています。残りの方々は初対面になりますが……」


 僕はベンディクスさんにユーミやリオ、ヒューゴさんを紹介する。

 ちなみにエインは来ていない。彼を『リューズ』の者と近づけるのは危険すぎるし、彼自身も望んでいないためだ。

 ベンディクスさんは眼鏡をくいと押し上げ、紹介された面々の顔を順に見ていく。エインに関しての情報をこの人が掴んでいるかは知らないけど、彼について言及されることはなかった。

 僕がソファに掛けてから彼女は向かいに座り、話を始めた。


「……さて。まず、お礼を申し上げておきましょう。あのミノタウロスは周辺住民や隊商、多くの人々に被害をもたらしてきた『災厄』にも等しい暴威でした。あれの討伐を成し遂げたのはまさしく快挙。ギルドの方から報奨金は支払われていると思いますが、それだけでは不十分でしょう」

「い、いえ、十分すぎるくらいの大金を頂きました。僕たちにはそれで――」

「遠慮なさらず、聞いてください。あなた方の戦いは()()()()()ものだったと聞き及んでいます。ですから、我々はその勇猛さを称えて追加の褒賞を差し上げたいのです」


 胸に手を当て、にっこりと女は言った。

 彼女が嘘を口にしていないのなら、彼女の関係者が僕らの戦いを目撃、もしくは観測していたということになる。その情報をこの人は敢えて教えた。……その意図は何だ? 僕らの警戒を促すことに、どういう意味があるんだ?


「追加の褒賞というのは、こちらになります」


 そう言ってベンディクスさんが部下に持ってこさせたものは、二つ。

 一つは銀色の首飾りで、メダルの表面にリューズ家の竜を象った紋章が刻まれている。そしてもう一つは黄金の小刀だった。懐に忍ばせるのに丁度いい、護身用ナイフである。


「ぜひ、受け取ってください。その首飾りは単なる装飾品ではなく、精霊の加護が込められています。そのナイフと併せて、あなたのこれからの戦いを支えてくれるでしょう」


 ありがとうございます、と素直に口にして、僕は小机に置かれたそれらを受け取った。

 銀の首飾りを首にかけ、ナイフはそのまま懐へ。その様子を見届けた金髪の女性は、満足げに微笑んだ。


「あなた方は『リューズ商会』本部で働いていた頃も、ルーカス様の下で活躍をなさったそうですね。その栄光はよく知っております。今までも、そしてこれからも――トーヤ君、あなた方の旅路は常に、開かれたものであるのでしょう」


 こちらに手を伸ばし、僕の手をそっと持ち上げて包み込む。

 眼鏡の奥で細められる瞳は、端から見れば深い慈愛に満ちているようにしか思えない。

 が――彼女の手のひらは酷く冷たかった。まるで血が通っていない怪物みたいに。

 僕の思いを知ってか知らずか、ベンディクスさんはその笑みをすっと収めた。



 ベンディクスさんも忙しいようで、それから長話することもなく僕らは帰途に着くこととなった。

 大通りを歩きながら、シアンやアリスたちは緊張から解放された安堵からか、いつもより饒舌に談笑している。


「『リューズ商会』の人と会うから、気まずくなると思ったんですが……案外、そうでもなかったですね。あのドリスさんという方も、優しそうな感じでしたし」

「はい。『リューズ商会』といっても悪いのはリューズ家の人くらいで、多くの従業員は悪魔に無関係なのでしょうね。少なくとも、『フィルン支部』は悪魔の影響下にないと見てもいいのではないでしょうか」

「あの報酬品もなかなか豪華でしたねー。精霊の加護が込められた道具なんて、滅多に手に入るものじゃないですから」

「小刀の方も、【ジャックナイフ】よりも遥かに良品に見えました。私の目が確かなら、あれも魔剣でしたよ」


 そんな二人の会話を耳にしつつ、僕はエルに目配せする。

 シアンたちは緊張のせいか事の全容が見えていない。ドリス・ベンディクスという女性は「いい人」などでは決してない。あの笑顔は仮面だ。悪意を覆い隠し、獲物に一切の警戒を抱かせない慈愛の微笑み。おそらく、あの人は商会内では人望に厚いはずだ。

 和やかに会話する二人へ、僕がベンディクスさんの裏の顔を告げようとすると――それに先回りして、幼い少年の声が二人を呼んだ。


「アリス、シアン……君たちはちょっと楽観的に捉えすぎてるね。あの人は俺らを、何らかの手を使って監視していた。少なくともあのミノタウロス戦は確実に見られていたんだ。あの人が悪党だとは断言できないけど、警戒すべき対象だとは言える。

 もちろん、俺だって綺麗なお姉さんは信じていたいさ……でも、相手は『リューズ』だ。リューズ家が『組織』に荷担している以上、商会すべてを敵と疑ってかかるべきなんだよ」


 ヒューゴさんはアリスの肩に手を置き、それからシアンを見上げた。

 少女の青い瞳が狼狽に揺れる。そんな彼女に追い打ちをかけるように、小人族の青年は言葉を続ける。


「君やアリスは優しいから、残酷に感じるかもしれないけど……俺たちは【神器使い】とその仲間、って立ち位置なんだ。そうなった以上、絶対に相容れない敵も存在するわけ。相手の人となりがどれほど良くても、そこに『所属している』ってだけで無条件に敵視する必要も出てくる」


 ヒューゴさんが突き付けた現実に、シアンとアリスは絶句していた。

 自分の甘さを自覚して消沈した様子の彼女らに、僕は自嘲混じりの笑みを浮かべる。


「始めから他人を疑ってかからず、信じてみようと思えるのは君たちの美点だよ。相手に歩み寄りつつ、心の片隅でも疑うことを忘れないでいてくれたらそれでいい」


 もしかしたら最初から敵対視していた僕よりも、信じる姿勢を持って接しようとしているシアンたちの方が、あの女性に隙を作らせる可能性があるかもしれない。

 敵を見る姿勢ひとつをとっても、やり口は多い方がいい。

 そんな風に僕がシアンたちに言い聞かせている傍らで、ユーミとリオは仲良くやりあっていた。


「何だかお腹すいてきちゃったわね。早く帰ってご飯にしましょ!」

「うむ、そうじゃな。シェフに頼んでおいたのじゃが、今日の夕飯はエルフの森で取れた果実のサラダが出るのじゃ。ユーミ、お主もちゃんと食べるのじゃぞ」

「え、リオ、あんた王城のシェフと繋がってたの!? い、いつの間に……!」

「エルフは健康志向じゃからな。食に気を使うのは当然の事よ」

「そ、それは知ってるわよ。シェフとのパイプがあるならあたしにも紹介を――」

「偏食を直すと誓うのなら、してやっても良いが。その野菜嫌いがどうにかなるとは思えんのう」

「な、直すわよ! 鼻つまめば食べれるわ……多分」

「ふん、どうだかな」


 先日のミノタウロス戦では活躍できず、【神器】も得られずにシアンたちと差を付けられてしまったリオ。だが彼女は、持ち前の楽天的さを発揮してそれを気にせずにいた。

 あの戦いの後、彼女をフォローする言葉をかけたら「この程度の敗戦で落ち込むと思ったのなら、私を見くびりすぎじゃな」と鼻で笑われた。

 彼女は強い。そのハングリーさは、僕らの中でダントツ一番だ。そんなリオの姿に僕も励まされるし、共に頑張ろうと思えるんだ。


「これから夕飯を食い終わったらまた特訓じゃ! トーヤ、今夜も頼むぞ?」

「うん、もちろん。僕ももっと剣術を磨きたいし、リオとの斬り合いは楽しいからね」


 リオからの誘いに快く応じると、視界の下からヒューゴさんの黒髪がぴょこっと飛び出る。


「何それ面白そう、俺も混ぜてよ」

「む、乱戦か。良いぞヒューゴ殿、相手が増えても私には関係ないのでな」

「ちょっと待ってよ、ヒューゴさん搦め手ばっか使うじゃん。流石のリオでもきつくない?」

「平気じゃ、平気じゃ! 多少の暗器くらいどうとでもなる。何ならエインも誘って良いぞ。四人で大乱闘といこうではないか!」


 一体誰が勝つのだろう――と一瞬でも考えてしまった時点で、僕の負けなのだろう。

 苦笑しつつ頷いた僕に、リオはにへらっと笑うのだった。



 その夜。


「はぁ、はぁ……。お主ら、なかなかやるではないか。もう、ヘトヘトじゃぞ……」


 木刀を杖がわりに芝生に立つリオだったけど、その足腰は既に限界に近づいていた。

 僕たちの特訓が恒例行事となった王城の中庭にて、宣言通り僕とリオ、ヒューゴさんとエインというメンバーで、魔法と魔具抜きの大乱闘は行われた。

 結果は引き分け――全員の実力は互角で、結局一番は決められなかった。

 肩で息をしながら芝生に仰向けになる僕の隣で、エインも同じように息をついている。ヒューゴさんも汗を滝のように流し、芝に腰を下ろしていた。


「最後まで立っていたから、私の勝ちで良いか……?」

「そんなに脚をガクガクさせてちゃ、流石に説得力がないなぁ、リオちゃん……」


 リオの台詞にヒューゴさんが苦笑する。力尽きたエルフは地面にへたり込み、空笑いした。


「は、はっ……それは確かに」


 顔を横に向けると、頬を上気させたエインと目が合った。汗で額に前髪が張り付いた互いの顔を見て、何故だかおかしくなって笑う。


「すごい、戦いだったね。ぼく、トーヤ君が【神器】や魔法なしでも強いなんて、思ってなかった……」

「それは、こっちの台詞さ。君の二刀流の冴えも、とても良かった」


 これまで沢山の敵やライバルと戦ってきたけど、気心の知れた仲間と本気でぶつかるバトルも悪くない。

 疲労感を気持ちよく感じながら、僕らは晴れ渡った夜空を仰いだ。


「……君とこうして『組織』なんて関係のない勝負をしてみたい、って前から思ってたんだよ。その願いが叶って嬉しい」

「うん……ぼくもそうだったかも」

 

 エインとそう言葉を交わし、僕は脳裏に彼とそっくりな【怪物の子】の顔を思い浮かべる。リル君こと、フェンリル――彼と神殿ノルンで再会した際、勝負の約束をしたけど結局叶わずじまいになってしまっていたのだ。彼だけじゃない、ヨルムンガンドやケルベロスといった【怪物の子】たちとも、いつかは同じようにまた全力で戦いたい。

 今はヴァルグさん率いる『影の傭兵団』に同行している少年たちに僕が思いを馳せる中、そこでリオがふと思い立ったように口にした。


「どっと疲れて汗もかいたことだし、これからひとっ風呂浴びるとしよう。『紫玉塔』の最上階にある『雲上温泉』――限られた者しか使用できない大浴場、お主らも入ってみたくはないか?」


『紫玉塔』というのはフィンドラ王城の城郭内にある四つの塔の一つで、僕たち食客が宿泊している場所である。

 僕たちはここに来てから入浴は部屋に備え付けの浴室で済ましており、最上階の温泉なんて使ったことはなかった。


「え、まぁ、確かにお風呂には入りたいと思うけど……『雲上温泉』って、勝手に使っていいものなの?」

「なんじゃ、知らなかったのか? あの浴場は『紫玉塔』に泊まっている者なら誰でも使えるのじゃぞ。使用料は少々お高いがな」


 ミノタウロス討伐で懐は温まっている。少しの贅沢くらいはいいだろう。

 芝生から上体を起こした僕は、離れた位置で特訓を続けているジェードたちへ目を向ける。

 と、僕が口を開く前にリオがよく通る声で彼らを呼んだ。


「シアン、ユーミ、ジェード! 今日はその辺で止めにしないか!? これから一緒に『雲上温泉』に浸かろうと思ってな!」

「リオさーん、それいいですねー! 先に向かっててください、すぐ行きますからー!」


 何時間も魔法の練習をしながら精彩を欠かないシアンの声に、リオは目を弓なりにした。

「では行こう」とリオに背中を押され、僕たちは『紫玉塔』へと戻っていく。

 ――お風呂といえば、小人族の村に滞在した際に『リューズ商会』のモアさんやベアトリスさん、シェスティンさんを交えての一件があったのを思い出した。あの時は散々女性陣の暴走に振り回された僕だけど、今回は何もないと信じたい。


「ふんふーん♪ ――あぁそうじゃ、『雲上温泉』はカップルもしくは家族なら混浴風呂に入れるらしいぞ。そこでじゃ、トーヤ、今夜だけでいいから私の彼氏になってはくれないかの?」


 ……案の上の爆弾発言。神様、前世様、僕は一体どうしたら良いのでしょうか。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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