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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第10章 【強欲】悪魔マモン討伐編/【嫉妬】悪魔レヴィアタン討伐編

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5  スクルドの力

「はああああああああッッ!!」


 裂帛れっぱくの咆哮を上げ、白髪の少年は猛進する。

 その手に握るのは真紅の二刀。かつて有していた【悪器】と同型の武器を携え、エインは巨体の怪物へ立ち向かっていく。


『――速いな』


 牛頭人体の怪物は、少年の俊敏さに目を剥いた。

 そう息を呑む間にも、戦闘に適応化された体は無意識的に動く。拳撃を飛ばす魔法、【空拳(くうけん)】を連打するが――彼の目の前でその拳の衝撃は、二刀によって逐一弾かれていく。

 ミノタウロスとの間合いを急速に詰めていくエイン。そんな彼を、アリスやヒューゴの【風の矢】が援護した。先程のリオの【風穹砲(ヴェントゥス・バリスタ)】とは異なり、矢という実体を持った武器に風を纏わせた攻撃に、怪物はつい舌打ちする。

 矢自体は食らってもさしたるダメージにはならない。が、こうして一瞬でも矢に意識を向けた時点で、アリスたちの役割は完了していたのだ。


「ぼくを見ていろ、怪物ッ!」


 視界の下から飛び上がってきた小柄な影。真っ赤な目に灼熱の炎を滾らせ、その少年は二刀を振り上げる。

 分厚い表皮を切り裂き、皮下脂肪や筋肉まで断ち切ろうという二撃が、怪物の剥き出しの胸に炸裂した。

 ――何だ、こいつは!?

 少年の身長は160センチにも満たない。にも関わらず、その攻撃は4メートルを超す体高の怪物の胸にまで達したのだ。その人間離れした跳躍力は、モンスターである彼をもってしても「化物だ」と思わざるを得なかった。


『このッ、ガキィ……!!』


 だがこれだけ接近されたのは、裏を返せば最大の好機だ。

 剣撃の勢いのまま宙に躍り出た少年へと、怪物は斧を持たない左手を伸ばす。目の前にいるのは、少し大きな蝿に過ぎない――捕らえるのは容易だった。

 握りつぶさない程度の力でエインの体を掴んだミノタウロスは、暗い瞳で彼を見下ろす。

 そして、怪物は離れた位置にいる他の子供たちに聞こえない微小な声で、エインに訊ねた。


『オマエ、リューズ家のモノか? その髪、その眼、あの一家にソックリじゃないか』

「何のことだか、わかりません。他人の空似、じゃないですか」


 ――やはり『組織』の手のものだったか。

 自分が裏切ったことへの罰を与えに来たのかもしれないと、少年は憶測する。が、恐れはなかった。全ては母親同然の存在であるシルを救うため。組織と戦い、倒すことが彼女の本当の救済になるのなら、エインに躊躇いはない。

 

『馬鹿を言うな。リューズ家以外でそんな見た目のニンゲンなんて見たことがない。オマエがエイン・リューズなんだろう』


 断言するミノタウロスに、エインも今度は否定しなかった。

 鼻息がかかるほど怪物の顔の近くまで吊り上げられたエインは、一切の恐れを感じさせない笑みを浮かべる。

 それが虚勢などではないと、ミノタウロスには分かった。これまで葬ってきた人間たちと彼は異なるのだということは、目を見れば明らかだった。

 あの男と――ノエル・リューズの目と同じだ。敵を敵だと思わない傲慢さ。自分の力量を理解した上で、絶対に負けることはないと言い切れる不遜な自信。

 ――気に食わない。


『ヴヴッ……!』


 ミノタウロスは苛立ちを隠さず唸り声を上げた。

 その瞬間――背後より迫り来る敵の存在に、彼は気づくのが僅かに遅れた。


「戦闘中にお喋りだなんて、よっぽど腕っ節に自信があるようね!」


 赤髪の巨人の女と、翡翠色をした眼の少年。それぞれ赤と翠の魔力光を帯びた杖を槍のように繰り出し、怪物の背中へ突き込んでいく。

 が。


『あぁ、そうだとも。自信はある。オレは少なくともオマエらよりも強いってな』


 怪物は面倒そうに吐き捨て、体が掻き消えて見えるほどの速度でくるりと身を翻した。

 下卑た笑みの彼の視線の先で、エインの細い腿に杖先が突き刺さる。

 魔力を纏った刺突攻撃は穿たれた傷をさらに広げ、放たれる電流が少年に苦痛をもたらす。トーヤの指示で生け捕りにするつもりであったため、その攻撃は致命打にはなりえなかったが、ジェードらの仲間を傷つけてしまったという精神的ショックは大きかった。


「エイン――」

『クク、クハハハハッ……!! 当たり先は若干ズレたが、これでも十分だな』


 哄笑するミノタウロスはエインを手放し、ゴミ切れのように足元へ放り捨てる。

 脚を負傷すれば駆けることは不可能。白髪の少年の最大の武器である俊敏さは、失われた。激痛に襲われていては、満足に詠唱を行うこともできないだろう。

 エルフの少女に引き続き、二人目を無力化した。そして――三、四人目も。


「ぐあっ……!?」

「このっ――!!」


 エインの手からこぼれ落ちた魔剣に対し、ミノタウロスは【物質転換術】を使用した。

 刹那の間に生成された黒い刃が赤髪の巨人を斬り払い、獣人の少年も同様に弾き飛ばす。

 二人は【神器】でその攻撃を受け止め、致命傷を負うことは避けられた。が、それでも怪物の一撃は重く、吹き飛ばされた衝撃に再起することもままならない。


 ――く、そッ……。トーヤには強気なこと言ったけど、何もできなかった。こんな奴が相手だなんて、聞いてない……。


 ジェードは内心でたかが怪物だ、と相手を軽く見ているところがあった。それはユーミやリオたちも同じだった。

 ミノタウロス【神殿】に出現するような種の怪物だが、【神器】を得る前のトーヤにも倒せたのだ。当時の彼よりずっと強い自分たちが敗れるような相手ではない、そう思ってしまってもおかしくはない。

 ノルンの【神器】の能力は時を操る力。発動には長い詠唱が必要な上に、消費魔力量が多く、一度の戦闘で一回しか発動できない切り札である。

 ユーミやジェードはシアン同様、その魔法を発動するべく詠唱を続けていたが、リオやエインが怪物の手に屈したことで、見ていられずに飛び出してしまった。

 その選択は間違いだった――力に屈した二人の【神器使い】は、地面に血反吐を吐きながら思い知らされる。


『オイ、【神器使い】のトーヤ! いつまで黙って見てるつもりだ!』


 怪物が吠える。自分の狙いはお前なのだと、彼は少年へ誇示していた。

 仲間が倒れた今、少年は確実に挑発に乗る。怒りに冷静さを欠いた相手を葬るのは、そう難しいことではない。

 技量で成熟した【神器使い】に勝つには、相手のペースを乱すしかない――そう思っての行動だった。

 地面に倒れていた白髪の少年の腕を摘まみ上げ、ぶらぶらと揺らす。伏せられた少年の瞳には既に、戦意は残っていない。


「……君の名前は? ミノタウロスさん」

『あぁ? そんなものを聞いて何になる』


 少年の言葉はミノタウロスにとって拍子抜けだった。

 動揺を隠すように抑揚のない声音を繕った怪物だが、トーヤの刃のような視線に冷や汗を流す。

 ――コイツ、おかしい。普通なら仲間が倒された時点でもっと焦っているはず。ヒトは協調の生き物で、仲間が傷つけば怒るものではなかったか。


『来ないのならば、コチラから行くぞ!』


 エインの二刀を元に生み出した刃と石畳から生成した斧を融合させ、ミノタウロスは巨大な戦斧を担ぎ上げる。

 振り下ろせば巨象の頭も粉砕するだろう大戦斧にトーヤは僅かに目を見開いたが、すぐに唇を引き結ぶと駆け出した。

 彼が抜いたのは【魔剣・グラム】。テュールの剣よりも重く大きな両手剣は、確かに大型武器と打ち合うのに優れている。

 だが、とミノタウロスは内心で呟く。例え【神器】でも、この大戦斧を一撃で破壊することは不可能だろう。そしてミノタウロス自身も一度や二度の攻撃なら耐え抜ける確信がある。それに対し、少年側は一度でも食らえばひとたまりもなく死ぬのだ。

 どんな防御も寄せ付けない大質量の一撃――ミノタウロスの自信の源泉は、この存在だった。


「はああああッ!」


 少年の漆黒の剣が紫紺の輝きを帯びる。それと同時に刃が纏うのは、炎と雷の二属性の魔力だ。

 激しく火花を散らす神の剣。風のように躍動する少年の両脚に、得物を握る両腕。

 迫り来る獲物が初めて見せた勇猛さにミノタウロスは歓喜した。――これだ、この熱さこそが、戦いの楽しみなのだ!


『ヴオオオオオオオオッ!!』


 視界の下から急速に間合いを詰める少年に、ミノタウロスは大戦斧を振り下ろした。

 全体重を掛けて放たれる必殺の一撃。真っ向から突撃してきた少年に、これは避けられまい――そう彼は思い込んでいたが、


「甘いよ」


 トーヤは目を細め、涼しい口調で一言いった。

 どこまでも余裕な少年に、怪物は頭に血が一気に上るのを自覚する。

 そして直ぐに「乗せられた」と挑発に反応してしまった自分を悔いるが――既に遅い。

 怒りから、怪物は腕に余分な力を込めてしまった。元々最大限の力を出したつもりではいたが、怒りというのは時に、本来よりも大きな力を発揮させる。過剰な力に、彼の斧は僅かながらブレてしまった。

 そのブレもあって、少年にクリーンヒットするはずだった斧は想定よりも右にずれた位置を打った。ブレた方向をも見切っていた少年は身体を捻って攻撃を回避、そして剣を大きく振り上げる。


『ウアアアアアッ!?』


 腹を切り開き、すぐさま股を潜って背後に回り込み、跳躍からの背中への一刀。

 エインにも劣らない跳躍力をもって怪物に連続斬りを浴びせるトーヤは、激しい動きに荒くなる呼吸で怪物へ問いかける。


「君はッ、何故っ、人間を襲う!? 組織に、指示されて、やったのか!?」


 一撃を見舞うごとに一言、少年は怪物に言葉を発した。

 地面に陥没した斧を引き抜き、反撃に移ろうとしたミノタウロスだが、何故だか腕に力が入らない。どういうわけだと舌打ちする彼は、攻撃を身に受ける痛みにひたすら耐えるしかなかった。

 曲芸じみた動きで剣の連撃を放ち続けるトーヤ。無言を貫く怪物に、彼は苛立ちも露に声を投げかける。


「君――もう、死ぬよ。最後に、言っておきたいことくらい、あるんじゃ……ないのか!?」

『はっ……じゃあ、聞かせてもらおうか。オマエ、何を仕掛けた?』


 先程の格子状の光魔法は何だったのか、と怪物は訊ねる。

 全身に深い切り傷を刻まれ、屹立する肉塊同然の姿にまで成り果てたミノタウロスを見上げて、トーヤは答え始める。


「【グリッド・レイ】は効果範囲内にいる敵の身体能力を著しく下げる技。君はさっきあの技を受けて、何も起こらなかったことに違和感を覚えただろうけど……それは当然のことなんだ。だって、あの時点で魔法は発動していなかったんだから」


 地面に膝を屈する怪物のそばで、トーヤも剣を杖がわりに体を支えて立ち尽くす。

 短時間中の苛烈な剣撃で、彼の体力も限界に近づいていた。


「シアンの魔法は『未来』に触れる効果を持っている。それを使って、数分後の未来の君に【グリッド・レイ】を届けたんだ。あの時、彼女の詠唱は中断されたみたいだったけど、僕の【グリッド・レイ】の光が消えるギリギリで完成は間に合った。君も予感はしていただろうけど、【グリッド・レイ】の効果の発動にはラグがある。シアンの魔法はそのラグの発動をさらに未来まで引き伸ばしてくれた、ってわけさ。

 僕の仲間たちを何人か倒し、そのことで慢心した君が僕と武器を交えたその直後――発動タイミングとしては、最良のものだったんじゃないかな」


 少年は淡々と説明を口にする。

 敵の埒外な魔法のからくりは分かった。だが、ミノタウロスに納得はできていない。

 本当にそれは最良のタイミングだったのか。わざわざ仲間たちを犠牲にせずとも、さっさとその光魔法を発動していれば良かったのではないか。

 虫の息の怪物がそう訊くと、少年は長い睫毛を伏せて答える。


「君からなるべく多くの情報を引き出したかったんだ。エインとの問答で、君がリューズ家の存在とエインの名を知っていることが分かった。他にも有益な情報を手に入れられたら、と思って戦いをなるべく引き伸ばすつもりでいたんだ。仲間たちを傷つけさせたのは悪いと思ってる。でも、彼女らは死なないと僕は信頼していた。信じられたからこそ、このプランを押し通せた」

『はっ……くだらないな。結果として、オマエがそうした意味もさしてなかったのだから』


 異端者(ハイレシス)の怪物は乾いた笑みを漏らす。

 少年は、顔に深い自嘲の感情を刻み込んだ。


「うん……君の口は思ったより固かった。エインとの会話で口にした以外の情報は、何度斬られようと断じて漏らさなかった。命乞いも決してしようとしなかった。分かったのは、君が強い忠誠心のもとに動いていたことくらいだったね」


 ミノタウロスはもう、何も言わなかった。

 彼は静かに己の死を待っている。強靭な肉体に溢れんばかりの生命力を備えた彼も、ここまで追い詰められてはあと数分も持たないだろう。

 

「エル、アリス、ヒューゴさん! リオたちの介抱を頼む! ――それから、シアン」


 ミノタウロスから目を離したトーヤは、控えさせていたエルたちに指示を出す。彼女らがそれぞれ介抱に向かったのを確認し、彼は獣人の少女に声を掛けた。

 生える麦をかき分けて走り寄ってくるシアンに微笑み、言う。


「【未来(スクルド)】様の力、実戦での初成功だね。よくやったよ、シアン」

「トーヤ……わたし、どうなるのかと胸が張り裂けそうでした。戦いを引き伸ばすためとはいえ、こんな作戦とってほしくなかったです」


 泣きそうな顔でシアンは首を横に振った。

 彼女だけが、トーヤから今回の作戦を知らされていたのだ。仲間たちに犠牲を強いようというトーヤに当初はシアンも反対したが、彼の真剣な眼差しに折れてしまった。

 本当にトーヤに弱いのだと、自分で呆れる。それでも、スクルドの神器の能力を実戦で扱えたことは大きな成果だ。

 エルたちがリオたちの生存を伝えると、シアンはようやく安堵に胸を撫で下ろす。


「……リオさんたちには、謝らなくちゃいけませんね」


 シアンの言葉にトーヤは静かに頷く。

 少女と顔を見合わせた少年は、治癒魔法と回復薬の併用でどうにか立ち上がれるまで回復したリオたちを道路で待った。

 エルフの少女らが麦畑から出てきて即、二人は彼女らに勢いよく頭を下げた。


「リオ、ジェード、ユーミ、エイン。本当にごめんなさい。君たちを助けようと思えば出来たはずだったのに、僕はそれをしなかった。何も指示を出さなかった。パーティのリーダーとして失格の行為をしたと思う」

「すみません、皆さん! 私もトーヤの作戦を知ってたんです。隠していて申し訳ありませんでした……!」

「――ちょっと待って、それ、どういうことよ?」


 開口一番謝罪したトーヤとシアンに、ユーミが困惑しきった口調で言う。

 少年たちから事情の説明を聞き終えた彼女らは、二人に怒りはしなかった。


「無茶をするわね、とだけ言っとく。もし、本当にあたしたちが死んでたらどうするつもりだったのよ? まぁでも、あたしたちが耐えるっていう信頼があっての作戦なんでしょう。信じてくれた結果なら、それは受け入れる。あたしたちが耐えて、あんたが決めて――ヒーローってのは、最後に敵を倒してくれるものでしょ?」

「だったら最初から言っとけ、とも思うけどな。お前は肝心な所でコミュ障なんだから」

「うむ。まったくもってその通りじゃな。トーヤよ、次にこういう作戦を採るなら言うのじゃ。良いな?」


 ユーミが穏やかな声音で言い、ジェードは呆れ顔で肩を竦め、リオはトーヤの頭を軽く叩く。

 母親に叱られた子供のように「ごめん」と謝るトーヤに、エルフの少女はやれやれ、と苦笑した。


「……あのミノタウロス、やっぱり組織の息がかかってる。彼はぼくのことを知っていて……本気で殺すつもりはなかったけど、捕らえようとはしていたみたいだった」


 そう口にしたのはエインだ。銀色の両手を胸の前で見つめる白髪の少年は、自分のせいで今後も組織の手の者が現れる可能性があると主張する。

 せっかく仲間として受け入れてくれたトーヤたちだが、やはり共にいると迷惑をかけてしまう。トーヤたちとまだ一緒にいたい――その思いを押し殺してエインは彼らに別れを告げようとしたが、


「だから、ぼくなんかと一緒にいちゃいけない……君はそう言うのかい?」

「うん。ぼくのせいで君たちに危害が加えられるのは、絶対に嫌だ。信じてもらえないかもしれないけど、ぼくは君たちのことが本当に大切だと思ってる。ぼくに手を差し伸べてくれたのは、君たちが初めてだったから……そんな君たちが傷つくのは、自分の身が引き裂かれるより痛いんだ」


 俯いて震える声を絞り出すエイン。背を向けて去ろうとする彼の肩を、少年の手ががっしりと掴んで止めた。


「僕とユーミ、ジェード、シアンは【神器使い】で、他の皆もこれまで悪魔と戦ってきた面子だ。『組織』からしたら、潰しておきたい対象なのは変わらない。だから、君のせいで『組織』に狙われるっていうのはお門違いさ」

 

 振り返ったエインは、目を僅かに(みは)って言葉を失う。

 今にも泣き出しそうな顔の彼に笑いかけながら、トーヤは言った。


「君が元々敵だったことも、僕たちは気にしていないよ。ね、皆?」


 トーヤが訊ねると、エルやアリスたちも揃って首肯する。皆の表情は穏やかで温かい。トーヤと出会って彼の愛情に救われた彼女らは、少年と願いを同じくしていた。

 

「今日の任務はこれで終わったんだ。だから一緒に、『ギルド』へ戻ろう」

「うん。――ありがとう、トーヤくん、皆」


 潤んだ目元を擦りながら、エインは笑顔で大きく頷く。

 麦畑の中で石像のように動かなくなったミノタウロス。怪物にひとり近づいていくトーヤは、彼が絶命しているのを確認すると、その頭によじ登って『テュールの剣』で角を一本切り落とした。

 ギルドの者が討伐の確認のために後でここを訪れるだろうから、証拠として角を採取したのではない。自分たちがこの戦士に勝った証として、これを持ち帰ろうと思ったのだ。

 ミノタウロスの角は金属のように硬く、武具の素材として使える。トーヤは角から武器を作り出し、それを携えることで戦士への敬意を表することにした。



異端者(ハイレシス)】のミノタウロスとの戦いはこうして終わり、街道を封鎖するに至った事態は無事に解決した。

 怪物を討伐した少年らはフィルンに帰還、その戦果を確認したギルド職員からその日のうちに報酬が支払われた。

 そして、依頼主であった『リューズ商会フィルン支部』にもその報は伝えられた。

 支部の応接間に通されていた「依頼主」の女は、もたらされた朗報に口元を緩める。


「そうですか。あれは本当に危険な怪物でしたから、一安心です。手柄を上げたその少年たちは確か、フィンドラ王のお気に入り、とか言われてましたよね」

「ええ。興味があるようなら会ってみては? 望むならこちらから手紙を出しますが……」

「そうしてくださるというなら、ぜひお願いします」


 くすんだ金髪に銀縁眼鏡、黒色のスーツを着用した地味な格好の女は、あくまでも目の前の男が提案したことになるよう誘導した。

 女はルーカス・リューズを恐れさせている少年が一体どのような人物なのか、実際に見ることで知りたかった。その強さの理由を探り、弱点を炙り出す――まずはそこからだ。

 

 ――お話しましょう、ガキども。この宿主(ドリス)なら、ボロを出さずにあんたらに対峙できる。あたしがやるのはその後の戦いで十分。そうでしょ?

 ――よく分かってるじゃないですか、レヴィアタン。相手は戦闘ばかりで人間関係の経験に乏しい子供。この私が話術で勝つのも当然のことです。あなたは安心して、『種』を育てていればいい。


 心に宿した悪魔が、女自身に囁きかける。それに内心で答えながら、ほっそりとした脚を組み替えて女は笑みを消した。

 茶色味がかった黒髪の少年。大きめな瞳は髪と似た色で、鼻筋はすらっとしていて唇は小振り。よく整った顔は女の子にも見紛うほどで、実際過去に女性に変装して悪魔へ近づいたことがあったそうだ。体格は小柄で細身だが、華奢というほどか弱くもない。魔法にも剣術にも優れるオールラウンダーな戦士。そしてその黒い瞳には、僅かに影があるという。

 

「考えれば考えるほど、魅力的な子。本当に、穢してしまいたいくらい」

「……えっ? ドリスさん、何の話ですか?」

「いえ、お気になさらず。白昼夢のようなものですので」


 言い訳としては若干苦しいが、幸いにも追求されることはなかった。

 ドリスが列挙した少年の特徴――その中には彼の明確な弱点がある。

 瞳に映る黒い影……そこを突けば、おそらくは崩せるはずだ。悪魔が人の心を支配するための最大の糸口こそが、その人の心の『欠落』した部位。傷さえ探り当ててしまえば、そこから侵入するのはいとも容易いのだ。ルーカスは言わずもがな、アマンダもあのノエルでさえも、それに抗うことは出来なかった。

【嫉妬】を宿した女は静かに瞳を閉じ、少しの間を置いてから目を開くと立ち上がった。


「――三日後の夕方6時に会いたいと、その少年たちには伝えておいてください」

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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