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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第10章 【強欲】悪魔マモン討伐編/【嫉妬】悪魔レヴィアタン討伐編

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2  思春期症候群

 汗を滲ませる熱気。ひたむきにハンマーを叩く音と、職人たちの息づかい。

 それを鍛冶場の隅から眺めながら、僕は隣の椅子に座るエインに話しかけた。


「フロッティさんは、平和のために武器を売ってるんだって」

「え……どういうこと?」


 フィンドラに帰還してから一夜明け、僕はエルと一緒にエインを連れてフロッティさんの鍛冶場へやって来ていた。

 僕との戦いで、エインは肘から先の両腕を失った。悪魔に勝つためとはいえ、そのことは本当に申し訳なく思っている。その責任を取るべく、僕は有り金を叩いてフロッティさんに魔法の義手を作ってもらうことにしたのだ。


「先の『ルノウェルス革命』については、悪魔が関わってるし君も知ってるでしょ? あの時、カイ・ルノウェルス王子は国の平和を取り戻すために、仲間を集めて決起した。そういった人たちのために、フロッティさんは武器を作ってる。平和のために武器を売る――それが彼女の信条なんだ」


 武器を売るのは戦争に荷担する行為で、平和からはほど遠いことなのではないかという見方もある。

 だけど、世の中から戦がなくなることはない。断言していい。人が備える攻撃性が消えてなくならない限り、それは有り得ない。

 しかし、なくすことは叶わなくても減らすことは出来る。暴君を討ち、平和主義を掲げる王が人の上に立てば、国は変わる。


「それが彼女の理想で、少なくともルノウェルスは平和に近づいている。あの革命の後、目立った反乱は起こってない。まだ一ヶ月経たないくらいだから、安心は出来ないけど……カイの国作りは軌道に乗ってる。『組織』からしたら気にくわないことだと思うけど」

「彼女らのような武器商人や鍛冶師たちが支えていたからこそ、あの戦いで君たちが勝てたってことなんだね。平和のために武器を売る、か……確かに、『組織』のような勢力を抑えるには武力が不可欠だもんね。それと――『組織』にとって気にくわないことなら、どんどんやってもらって構わないよ。不幸を振り撒く悪魔の暗躍は、止めなきゃならないことだから」


 穏やかに語る僕に、エインもまた静かに応じた。

 確かな意思をもって口にする彼の横顔は、本当に頼もしくて――僕に負けて泣いていた昨日とは別人のようだった。

 シルさんの過去を見て、彼は変わったのだろう。自分にとって心から「これだ」と思える目標を、彼は初めて自発的に手に入れたのだ。

 と、そこでフロッティさんが手を止めてこちらに声を投げ掛けてくる。


「エインさん、エルさん、こちらへおいでください。最後の仕上げに入ります」


 呼ばれた二人は彼女の作業台へと早足で向かう。

 エルの魔法をかけてようやく、エインの義手は本物の腕同然に動かせるようになるのだ。その仕上げの作業をぼうっと見つめながら、僕はこれからのことを考える。

 エインの義手を作ることで、ルノウェルス革命が終わった際にカイから授与された宝石類の殆どが底をついた。僕たちにあった金銭面の余裕はなくなったと言っていい。

 でも、それで焦りはしなかった。僕は本来、一人の村人でしかなかった身分なのだ。いつまでも贅沢できるとは、もとより思っていない。というか、贅沢は性に合わない。ここ最近の稼ぎも大体、エルやシアンたち女の子の出費に消えてしまっていて、自分では大して使っていなかった。


「しばらくフィルンを拠点にするとは言ったけど、いつまでも王様のお世話になるわけにもいかないし……。この辺で僕らの腕っぷしを活かせる仕事でもあればいいんだけど」

「おっ、兄ちゃん仕事探してるのかい? 若いのに偉いなあ」


 顔を上げると、さっきまでいなかった作業着のおじさんが感心の面持ちで僕を見ていた。

 ニコニコとおおらかそうな雰囲気に、僕もつられて笑顔になる。


「おじさん、何かいいお仕事知ってませんか?」

「腕っぷしを活かしたいっつったよな。そういうことなら、この街の『ギルド』に行くといい。隊商キャラバンの護衛だとか、郊外で怪物退治だとか、剣士や魔法使い向けにそういう日雇いの仕事がある。失敗したら危ねぇが、そのぶん見返りは弾むからな。『神殿』とやらを攻略した兄ちゃんたちなら、いい稼ぎになると思うぜ」

「へえ。面白そう!」


 危険だと言われても、そんなの足枷にもならない。悪魔との戦いに比べたら怪物の一体や二体、どうってことない。

 むしろワクワクが込み上げてくる。そう目を輝かせ――それから僕は苦笑した。危険を顧みない戦闘好きは、未だ直っていない。


「元気なのは結構だが、『ギルド』には色んな所から依頼が出てるからな。依頼と報酬が釣り合ってないようなのもたまにある。そこだけは気を付けとけよ」

「は、はい。努力します」

「何事も最初は慣れねぇもんだが、失敗から学ぶことだってある。どーんとぶつかっていきゃいいのよ。頑張れよ、兄ちゃん」

「はい! ありがとうございます!」


 親切に教えてくれたおじさんに、僕は深く頭を下げて礼を言った。

 作業台に足を運ぶおじさんの背中を見送りながら、ギルドかぁ、と呟く。

 今日の夜に皆に伝えて、明日にでも覗きに行こう。良さげな感じだったら、しばらくはそこで依頼に応えればいい。

 そんなことを考えているうちに、エインの義手作りは終わったようだった。銀色に光る両腕を胸の前に上げて、エインは手の指を曲げたり伸ばしたりしている。


「見てみてトーヤ君! すっごいねこれ、色が銀なだけで本物と変わらないよ。こんな正確な形で作製できるなんて、フロッティさんは鍛冶の神様みたいだね」


 弾む口調で銀の義手を見せてくるエイン。

 彼の隣で、今回も完璧な出来映えにしてくれたフロッティさんが控えめながら得意気な顔をしていた。

 

「神様は言い過ぎです。けれど、会心の出来であることは、我ながら間違いないと思います」


 鍛冶の魔法があってこその作製速度ではあるけど、それも含めて彼女の実力だ。度重なる練磨の果てに掴んだであろう鍛冶の奥義は、今日も僕たちに笑顔を贈ってくれる。

 長袖のワイシャツに黒のスラックスといった出で立ちの彼女は、セミロングの灰髪を弄りつつ照れ臭そうに微笑していた。


「エイン君、もちろん私の魔法のおかげで君の義手は完璧に動いてるんだ。それを忘れないでくれたまえよ」

「は、はい。わ、忘れません」

「エル、何でそんな偉そうなの……」

「魔導士というものは誇り高くて尊大な性質の人が多いと聞きますが、どうやら真実のようですね」

「そう言われると反論できないのが辛いところだなー……」


 魔導士のそういう性格は、彼らのルーツのアダムやイヴ、セトに遡って考えれば仕方のないことでもある。

 がくんと肩を落とすエルを「まあまあ」と慰め、それから僕はエインを一瞥した。彼も僕だけじゃなくて、エルたちにも心を許してくれるといいけど……シャイな子だからすぐには難しいのかな。

 それから僕たちは鍛冶場から店まで移り、料金の支払いを済ませる。


「お買い上げありがとうございました。トーヤさん、エルさん、それにエインさん。今後ともフロッティ武具店をよろしくお願い致します」


 前回と今回でかなりの金額を僕は彼女に払っている。太い金づるを手にした――そんな商人の笑みを浮かべているフロッティさんに、僕は思わず苦笑いした。


「神殿ノルン攻略でだいぶ武器も損耗しましたからね……また近いうちにお世話になりそうです」

「今度は魔剣を買いたいね。ここの魔剣、魔法を込める器としては【神器】にも匹敵するくらい優れてるから」

「お褒めいただき光栄です。……では、外までお見送りしましょう」


 フロッティさんはそう言って、鍛冶で暑くなったのか胸元のボタンを一つ外してパタパタと扇いだ。

 ちらりと見え隠れする胸元やそこに瑞々しく滴る汗に、僕はつい目を奪われる。……外ではマントを着けてるから分かりづらいけど、意外と胸の大きな人だ。


「トーヤくんのむっつりすけべ」


 ぐにっ、と軽い力で頬っぺたを(つね)られる。

 引きつった笑顔で視線だけ横に向けると、エルがリスみたいに頬を膨らませてご立腹の様子だった。

 そんな僕らを、フロッティさんもエインもぽかんと困惑顔で見つめていた。


「あの、どうなされました……?」

「むっつり……ってどういう意味? ねぇトーヤ君、むっつり何とかって何のことなの?」


 フロッティさんは小首を傾げているが、その口元が一瞬笑みを堪えるように動いたのを僕は見逃さなかった。

 ――この人、わざと分からないフリしてる! 意地悪、小悪魔、確信犯! フロッティさんにこんな一面があったなんて……!

 その反面、本気でエインは何が何だか理解していない様子だった。まあ、そういう俗な言葉をシルさんは教えなかっただろうし当然ではある。

 知的好奇心に駆られる無垢な瞳が、今ばかりは痛くてしょうがなかった。


「エイン、そう何度も聞かないで……君が知るにはまだ早いんだ」

「えー、意地悪ー。どうしても教えてくれないの?」

「い、いつか教えるから! だから今は勘弁して!」


 ――エイン、君はいつまでもそのままでいてくれ。

 内心でそんなことを呟きながら、僕はエルとエインの手を引いて店を出る。


「では皆さん、お気をつけてお帰りください。またのご来店をお待ちしております」


 丁寧に一礼するフロッティさんに、僕たちもお礼を言ってから通りへと繰り出していく。

 空は雲一つない快晴だ。往来の多い正午過ぎということもあって、通りは活気あふれる喧騒に満ちている。

 酒場や服飾店、道具屋に占い屋、お菓子の屋台や小型の鳥っぽい魔導生物を喋らせる見世物まで、多岐にわたる店々が僕らの目を楽しませてくれた。

 フィルンの商店街に来るのはもう三度目くらいになるけど、歩いているだけで胸が踊る感じがするのは変わらない。たくさんの人が行き交い、商売という営みを繰り返すこの空間が僕は好きだった。

 こういう所に来るたび、本当に幼い頃、父さんと一緒に港町エールブルーの商店街を訪れたことを思い出す。

 あの時の僕はエインのような純真な子供で、痛みも汚れも知らなかった。母親も妹も元気で、一家四人の幸せな時間がそこにはあった。


「トーヤくんもほっとけないよなー。ま、あのハルマくんが前世ならそういう興味が多少はあってもおかしくはないけど。私以外の女の子を変な目で見るのは良くないと思うんだ。エインくんも同意してくれるよね?」

「えっと……あの、ぼくには何のことかさっぱり……」

「んー、君はまだギリギリ思春期じゃないから分からないか。でも、そのうち分かるさ。好き合った二人が交わすキスの意味も、とろけるような甘い感情も、体を迸る熱の理由もね」

「あ、キスなら、ぼくもシル様にしてもらったことあるよ。ほっぺとかおでことか、任務に出る前はいつもしてくれてた」

「ふふ、それなら私もトーヤくんにいっぱいしているよ。昔は恥ずかしがってあまりさせてくれなかったけど、最近は拒まれることもなくなったな」


 過去に思いを馳せながら、ぼうっと二人の会話を耳にする。

 それから、昨日のエミリアさんとの話を思い返した。誰も信じられない彼女は、本当の愛を知らない。

 もしかしたら――いや、確実にエインも『組織』にいたままならそうなっていただろう。悪魔のために生きる【悪器使い】として、戦闘以外の何を教えられることもなく、孤独に戦って最後に死ぬ。

【悪魔】に憑かれていた頃の彼は歪んだ破壊願望を抱えていたが、今はそれもない。純朴でシャイな等身大の一人の少年だ。彼ならきっと、僕らが教えるまでもなくいずれは恋も愛も知るのだろう。


「二人とも、そろそろお昼にしよう。食事がてら今後についても話をしておきたい」

「じゃあ、この前ヘルガさんと会った所にしよう! あそこのパンケーキすごく美味しかったし」

「甘いものならぼくも好きだなー。ぜひ食べてみたいです」

「よし、決まりだね! それじゃ急いで行こう!」


 小走りで僕らの手を引いていくエルに、僕は微笑んで応じる。

 こういう勢いのあるところも大好きだ。食に関しては貪欲で、甘いものには目がないところも、愛おしくてたまらない。

 そういえば最初に出会った頃、パンを喉に詰まらせそうになって大慌てしたことがあったなぁ……。もう遥か昔に感じられる記憶を、僕は胸のうちでそっと愛でた。

 ――最近になって、こんな風に過去の記憶を掘り返すことが増えた。楽しかったことも、悲しかったことも、色んな思い出が胸に浮かんでは泡沫のように消えていく。

 そろそろ、決着をつけなくてはいけないのだと思う。清算したつもりで蓋をしていた、過去の「彼」と。自分が「彼」に与えた罰を含めて、全て。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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