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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第9章 『ユグドラシル』編

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42  豊穣の女神

 シルがヴァナヘイム東部辺境を発って一晩が明けた、早朝。

 彼女はヴァナヘイム王国の首都・『ヴァニア』の王宮前にやって来ていた。

 その門の前に立ちはだかる大岩のような番兵に、シルは開口一番に頼み込む。


「私はアースガルズの外交官、シル・ヴァルキュリアという者です。女神フレイヤに会わせていただけませんか」

「手形を見せてもらえますか?」


 シルは何の悪気も伺わせない表情で必要な手形を懐から取り出し、番兵に手渡した。

 予めノアから借りておいた外交官用の手形である。これを持てるのは外務大臣に認められた者のみである――というのが表向きの規則だが、大臣よりさらに立場が上の者に掛け合えば、抜け道を通ることも容易いのだ。「【女王の影】の立場を濫用するのは、本当はいけないことなんだけどね」とノアは言うが、もうなりふり構っていられる時期はとうに過ぎていた。


 シルは番兵の許可を得て王宮内へ通される。

 アスガルド王城のそれと引けを取らない前庭を歩き、玄関ホールへ。それから彼女が案内人に連れて行かれたのは、女王のいる『玉座の間』ではなく地下へと繋がる階段であった。

 

「女王と会うのに、地下へ向かうのですか……?」

「ええ。女神フレイヤのお達しですから」


 案内役の女性はにっこりと笑って答える。その上辺だけの笑みに同じく作り笑いを浮かべながら、シルは思考を巡らせた。

 ――どうにもあっさり事が運びすぎている気がする。この王宮の控え室が地下にあるだけなら、それでいいんだけど……。

 嫌な予感がどうにも拭えない中、しかしそれを外面に出すことはなくシルは足を進めた。不自然な態度を見せてはいけない。ここは敵陣の心臓部なのだ――アースガルズ王国の者に対して、悪意のある罠が仕掛けられていてもおかしくない。あくまでも自然体に、様子を見るのだ。


 踊り場を過ぎ、階段を下った先に見えてきた廊下は、妙に長かった。照明も申し訳程度のものしかなく、突き当たりは真っ暗で何があるのかさえ判然としない。

 

「……どうなさいましたか? ついて来てください」


 シルは案内人の言葉に無言で頷く。紺のブレザー姿がこちらに背を向けたのを見計らって、彼女は右腰の杖をいつでも握れるように手を沿わせた。

 ――この人は、「女神フレイヤのお達し」と言って私を地下へと案内した。彼女もおそらくアスモデウスの魔法の影響を多少なりとも受けているはずで、その行動には女王の意思が表れている。

 彼女の言動から女王の真意を探れる可能性がある以上、後に引き返すことは出来ない。


 案内人の女性が杖先に灯した光を頼りに、シルは彼女に従って足を進めた。

 無言のまま数分が過ぎ、廊下の突き当たりがようやく見えてきた頃――案内人は突然停止して、シルへ告げた。

 

「ここです。右手にある部屋に入っていただけますか」


 視線を右に移すと、灰色の壁に縦長の長方形の切れ目のようなものが入っている。完全に壁と同化した色のドア――案内人はその取っ手に触れ、軽い力で後ろ手にそれを引いた。

 彼女の黒い瞳を正視して、シルは「はい」と返答する。そして一歩踏み出し――


「【束縛魔法(オプリガーディオ)】!」

「――っ、【防衛魔法(ディフューズ)】!」


 シルが突き出した杖から放たれた光のリボンを、案内人の女は自身の全身を包むように発動したバリアで防ぐ。

 顔に纏った薄笑いを一切崩さないまま、その女はシルに問うた。


「なぜ攻撃なさったのですか? 予告もなしに仕掛けるなど、あなたには上流階級としての誇りがないのですか?」

「随分と薄っぺらい言葉ね。理由も説明せずに来訪者を独房へぶち込もうとする人には言われたくないわ。それに……予告もなしに、というならあなたの国も同じじゃないの」


 女が開いたドアの向こうに見えたのは、質素なベッドと便器、それに拘束具のような鎖。表側からはおそらくは光魔法によるカモフラージュがあって気づけなかったが、ドアの裏側には鉄格子が見て取れた。

 これを牢屋と言わずして何と呼ぶのか。そう女に訊きながら、シルは宣戦布告をしなかったヴァナヘイムをなじった。

 防衛魔法の発動を継続しつつ、案内役の女性は淡々と言葉を返す。


「その件については、非難されても仕方ないと思っています。ですが……それはフレイヤ陛下の決めたこと。私どもが意見を挟める余地はありません」


 シルは発作的に頭を抱えた。この女はシルの不意打ちにも瞬時に対応し、防ぎきるほどの魔導の才を有している。一介の役人にありながら、彼女の実力は確かなものなのだ。フレイヤの決定への非難を受け入れたことから、彼女を盲信しているわけでもない。

 それなのに――それでも、彼女は根本の部分で抗うことが出来ない。神は絶対だと、人が植え付けたから。絶対的なカーストに彼女や他の多くの者は縛られ、逆らえなくなっているのだ。


「女神フレイヤは、アースガルズからの使者を歓迎しない。それどころか捕縛しようとまでする……そういう見方でいいのかしら?」

「ええ、そうですとも。フレイヤ陛下はアースガルズの者を信用していません。あの方が抱いていたあなた方への信頼は、とうの昔にへし折れてしまった」


 開き直ったように女は言った。彼女に何を語りかけようが現状は変わらない――そう理解していながら、しかしシルは口から飛び出る言葉を止められない。


「一度信用を失ったからといって、それ以後全ての呼びかけをシャットアウトするなんて……それじゃあ、何も変わらないじゃない! こちらが改心して和睦を持ちかけてきたり、体制が新しくなって方針が変わったとしても、ヴァナヘイムは今後一切受け入れないつもりなの!? もし、聞こえているなら答えてくだ――」

「何を言っているのですか、口を閉ざしなさい! これ以上叫ぶようなら、強引にでもあなたを張り倒しますよ」


 女は防衛魔法を解除し、シルの束縛魔法をも振り払って彼女に近づき、その口を塞ごうと手を伸ばした。その速度たるやシルの対応が一瞬遅れるほどで、すんでのところで防衛魔法で阻めたが、コンマ一秒でも遅れたらシルの体に女の手が触れていた。

 案内人の女の白い手とシルの防衛魔法の緑の光がぶつかり合い、文字通り激しく火花を散らした。それを確認してシルは冷や汗を垂らす。やはり、この女は手に魔力を纏わせて攻撃する体勢に入っていたのだ。


 ――この女は強い。きっとヴァナヘイム側も戦闘になることを見越して、私とも張り合える強力な魔導士を用意したんだわ。彼女は特に瞬発力に優れている。少しでも隙を晒せば、そこを狙って鋭い一撃を叩き込んでくる……。


 とにかく、まずはこの場所から移動しなければ不味い。シルはまだ【転送魔法陣】を完璧に発動することが出来ないので、脱出するには地上まで出なければならなかった。

 

「――あなたなんかには負けられない! 次代の【神】となる資格を手に入れた私に、あなたは勝てない!」


 シルがそう強く突き放すように叫ぶと、彼女の防壁もまた一層強烈に輝いた。

 案内人は咄嗟に手を引っ込め――次には防壁が放つ斥力に耐えられずに吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付ける。

 衝撃に呻く彼女の姿を確かめ、シルは足元の防壁を解除してもと来た道を全力疾走した。

 腰から上を緑のバリアに守られた彼女の背中を、床に崩折れた案内人はしな垂れたまま見送ることさえ出来なかった。

 カーストの呪縛から逃れられなかった女には、『次代の【神】』とのシルの台詞を受けてもなお立ち向かう気力は残されていなかった。


 ――これでこの場は切り抜けられた。あとは、玄関ホールから外に出るだけ。


 そう、シルは油断してしまったのだ。そしてそれが、彼女にとって最大の命取りとなった。

 階段を駆け上がり、踊り場を抜けてさらに上へ。最後の段を踏み越えて、伸ばした手の先にドアノブを見つける。磨かれて汚れもない取っ手を掴み、ドアを開けると――


「はじめまして、シル・ヴァルキュリア。中層のエルフたちを救った英雄さん……」


 ゆるりとウェーブのかかった金色の長髪が煌めき、青い瞳がシルを射抜く。

 その声は、その相貌は、この世で最上の美しさ。見る者の心を打ち、畏怖さえも植え付ける美貌は、まさしく美と愛の女神と呼ぶに相応しかった。

 

「女神、フレイヤ……!? あなたは玉座の間にいたはずじゃ……!?」


 タイミングが良すぎる。まるで、シルが脱出する瞬間を待ち伏せていたかのようだ。

 シルの驚愕にフレイヤはくすりと笑む。黒い扇で口許を隠す彼女は、「呆れた」と憚らずシルを評した。


「あなた、地下で私へ向けて叫んだわよね? 聞こえているなら答えてください、って。だから答えに来てやったまでよ」

「ほ、本当に聞こえているとは思いませんでしたよ。とんだ地獄耳ですね、あなたも」


 冗談めかして言うが、シルの身体は石像のごとく固まって動かない。眼前の女神が放つ圧倒的なオーラに、全身がすくんでしまっているのだ。それは小動物が大型の天敵に抱くものと同種の恐怖であり、理屈以前の本能的な部分から来る感覚であった。

 鼓動が激しく乱れていくのを感じる。フレイヤと同格の神とはこれまで何度も対面してきた。にも関わらず、なぜ彼女に限ってシルは縛られたように硬直してしまうのか。


「先の問いについては、答えはノーよ。アスガルドの女王イヴは信用ならない。そのイヴの代理人という女も一緒。理由はそれで十分でしょ?」

 

 フレイヤの返答に、シルはすぐに反論できなかった。彼女自身もイヴに対しての感情を同じくしており、また国家間の信頼関係が崩壊して国交が断絶するケースも歴史上何度かあったことなのだ。それ自体は、理由として否定しきれるものではない。


「……しかし、だからといって宣戦布告なしに侵攻するなど、ユグドラシル九国間の条約に明確に違反しています。ヴァナヘイムは規則を逸脱した危険な国家、そのイメージが後々にまでついて回る可能性をあなたは考えなかったのですか」


 深呼吸して精神を落ち着け、冷静に言葉を選びながらシルは訊ねた。

 多くの人々に根付いた印象はそう簡単には覆らない。一国の長として、それは弁えていなくてはならないのに――。


「当たり前のことを聞かないでくれるかしら? 考えたわよ、もちろん。考えた上で決定した。ねえ、シル・ヴァルキュリア――私にとってはね、国家の威信や国民の命よりも、たった一人愛したひとの方が遥かに大事なのよ。

 だって私は愛の女神だから。その愛を求め続けて何が悪いの?」


 自らの肩書きを振りかざしてフレイヤはのたまう。

 己のことのみを優先し、国民を顧みないその態度は、エルフの女王ティターニアと全く変わらない。悪魔に憑かれた者の、究極の利己主義――歯止めの効かなくなった欲望が、今の彼女を突き動かしていた。

 この女神から悪魔が離れない限り、いくら話し合おうが戦争は止められないのだとシルは悟った。


「女神フレイヤ、いえ、悪魔アスモデウス! ここであなたを倒します!!」


 すくんだ体を奮い立たせ、シルは決意を宿した瞳でフレイヤを見据える。

 恐怖を言葉で誤魔化していた彼女の変化に女神も気づき、目をすっと細めた。

 フレイヤは他に人のいない玄関ホールを広げた両腕で指し示しながら、大仰に作った口調で言う。


「やれるものならやってみることね、英雄さん。一柱の女神として、ヴァナヘイムの女王として、ヴァナヘイム軍の元帥として――そして、【色欲】との契約者として、全力をもってあなたを潰してあげるから」


 最早そこに、慈愛を湛えた女神の微笑はない。あるのは暴虐さを露にした、亀裂のような笑みだけだ。

 腰から杖を抜いたフレイヤは、全身から発していた魔力をさらに強める。瞬間、ビリビリと体を震わせる衝撃の波に襲われて、シルは数歩後ずさった。

 しかし、それでも負けないと魔女は踏ん張り、どうにか階段に達する前に踏みとどまった。

 シルもまた、己の得物に魔力を込め始めた。

 ただ女神を倒すだけならば、最も高威力な【時幻展開じげんてんかい】魔法を発動すれば良い。だがその技は、多大な魔力を代償として必要としてしまう。敵陣で「マインドブレイク」現象を起こすわけにはいかないため、その手は使えない。


 ――まずは、これ!


「【召喚魔法インヴォカーレ】!」


 シルが初めて完成させた、彼女のオリジナルの魔法。詠唱をすっ飛ばし、発動過程を簡略化したものだが、効果はそのままに怪物を呼び起こしてくれる。

 呪文名を唱えると同時、漆黒の魔法陣がシルの背後に描き出され、そこから巨大な体躯を持つ影が這い出でた。

 頭や口許、手の指や足にまで触手を生やした、たこのような容貌をした不定形のモンスター。シルがとある古い書物から発想を得て生み出した魔導生物である。

 

『ォォオオオオオオ……!!』


 魔法陣の奥の深淵より伸ばされた触手の数々が、フレイヤへと迫り行く。

 上下左右、全方向から囲んでくる暗き魔手に、しかし女神は一切動じることはなかった。

 不敵に微笑みを浮かべたまま、彼女は杖を高々と掲げ、一言小さく声を発した。


「【女神の魅了(デア・ファスキナーレ)】」


 そしてシルの召喚した怪物へ、恋人にするのと同様にウィンクを送る。

 見た目に分かるアクションはそれだけ――だがその瞬間には、抗いがたき苦難がシルを苛もうとしていた。それに対して、怪物には興奮とそれに伴う快楽がもたらされている。

 次には漆黒の怪物は触手を引っ込め、フレイヤへ背中を向けていた。


「うふふ、いい子ね。――シル・ヴァルキュリア、私に新しい兵士を寄越してくれたこと、感謝するわ」


 礼を言ってくるフレイヤに、シルは絶句するしかない。

 彼女自身も自覚はしていた。シルはフレイヤを恐れるあまり、直接攻撃をぶつけずに怪物にそれを命じる選択を取ったのだ。そうすれば恐れが多少は軽減でき、過度な緊張による硬直からも解放されると考えた。

 だが、フレイヤにだけはその戦略を選んではならなかった。何人も魅了する、と名高い彼女の魔法は、対象を人に限らず生物ならあらゆるものを虜にしてしまうのだから。

 フレイヤに力で劣る全ての生命は彼女のものに等しい。彼女が女王となった今、その自負が「心意の力」となってさらに魔法を強化していた。


「ふふふっ……淑女を蹂躙する触手の化け物だなんて、悪趣味だとは思うけれど。同時にとても官能的なものだとも思うのよね。シルちゃん、あなたの恐怖する顔、たーっぷり見せて頂戴ね?」


 フレイヤがその細い指でシルを指すと、呼応して怪物が彼女へと急迫する。

 

「やらせない――【破邪の防へっ!?」


 立方体をした純白の防壁が完成する間際、粘りけを帯びた黒い触手がその隙間へ滑り込んだ。

 めり、めりと、壁を強引にこじ開けて侵入してくる無数の吸盤を有する触手。その初撃の速度に、シルは驚愕を隠せず喘ぐ。


「っ、なんで……この怪物はそこまで速さに優れない。パワーと耐久に特化した種類の、はずなのに……」


 この怪物を作り出したのはシルなのだから、それは確実なのだ。だというのに、何故。

 彼女の問いに、フレイヤは律儀にも種を明かした。


「私が何属性の魔法を得意とするか知っていて? 私の魔法でこいつの能力を強化した、それだけのことよ」


 フレイヤは美や愛の他に【豊穣】も司っており、得意とするのは『命属性』の魔法だ。生き物の筋力や魔力を高める術を、恐らく彼女は使ったのだろう。

 

「くっ、来ないでっ……!?」


 シルは新しい防壁を築こうとするも、既に遅かった。

 触手の一本が彼女の左足に絡み付き、物凄い力で怪物本体の元へと引きずり寄せようとしてくる。両足で精一杯踏ん張るシルだが、その体勢が崩れるのも時間の問題と言えた。

 

「やっ……いやだ、止めて……っ!」


 歯を食い縛り、二本、三本と数を増して足元から這い上がってくる触手の感触に耐える。

 この触手を魔女一人の力で剥がすのは至難の技だ。それどころか大の男ですらびくとも動かせないほど、吸盤により強固に付着してしまう。さらには触手の表面には毒性の粘液が滲み出ており、触れているだけで相手の体力を奪っていくのだ。

 捕らえた者を決して生かして返さない、異形のモノ。両親を亡くし、様々な葛藤の中にいた13歳のシル・ヴァルキュリアの心の闇が生んだ、敵意と憎悪の怪物。かつて運命を呪った彼女が作った魔導生物は今や、その創造主に容赦なく牙を剥いている。


 ――して、やられたわね……。


 脚の感覚は早くも消失しかけていた。そんな中で、シルは己の失敗を認める。

 だがしかし、彼女は全く諦めてはいなかった。追い詰められれば追い詰められるほどに闘志を増すのが、シルという戦士。使命のために、ここで朽ちるわけにはいかない――強い意志が、彼女に秘められた魔力を呼び覚ましていく。


「女神フレイヤ、私はこんなところで終わらないわ!」


 純白の光――エルから伝授された治癒魔法と、パールから継承した呪詛カース解除魔法の二つが混じりあった清き光が、シルの全身を包み込んだ。

 すると彼女の体に触れていた怪物の魔手が、みるみるうちに黒い魔力の粒となって霧散していく。浄化の光に触手の先端を溶かされた怪物は、危険を感じたのかその腕を一旦引っ込めた。

 

「やられっぱなしじゃいない、ってわけね。面白いじゃない。でも……あなたに長々と付き合っていられる時間は、残念ながらないの。――ねえ、シル・ヴァルキュリア。ここらで一騎討ちとでもいきましょうか? 純粋に、単純に、魔法の威力で決着をつける。その方があなたも納得がいく結果になるでしょう?」


 搦め手で倒されるよりも、正面からの激突で負けた方がシルには堪えるのだと、フレイヤは見抜いていた。その誘いをシルが断れないことも、彼女には分かっている。


「そう、ですか。いいでしょう、受けて立ちます」

「ふふ――最大限の力を出していいわ」


 そう口にして、フレイヤがさっと後退する。

 広大な玄関ホールの中、二者は対極の位置に構え――それから、魔法陣の鮮明な輝きを足元に浮き上がらせた。


「【飢えた大地に天の恵みを。枯れた世界に雫を授け、瑞々しき実りを。我が名はフレイヤ、豊穣を司る者】――」

「【時を超え、次元を超え、全ての理をも超え。一瞬を永遠に、永遠を刹那に、時を切り取り固着する、真理を逆転する反骨の禁術】」


 それぞれの持ち得る最大の魔術が、詠唱と共に完成へと近づいていく。

 やがて、その魔力の高まりが最高潮に達し――限界を超えた瞬間、それらは解放され、激突した。


「【時幻領域】――【時幻展開】!!」


 七色の光がシルのもとに後光のように現れ、七属性の攻撃を一斉に撃ち放つ。

 流麗に繋がる二つの魔法がフレイヤへと飛来する中、彼女は――。


「【神恵(ベネフィキウム・カエリー)】!」


 命属性の緑のオーラが女神に纏い、直後――轟音を引き連れて彼女の足元から巨大な影が屹立する。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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