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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第9章 『ユグドラシル』編

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34  心意の力

「っ、地震……!?」


 二、三度に渡って地面の揺れは続いた。

 パールはよろめいたものの、どうにか踏ん張って倒れずには済んでいた。咄嗟にエルの肩を抱き、不安を露に見上げてくる彼女に「大丈夫だよ」と囁きかける。

 ぱらぱらと、天井の埃が粉雪のように降ってくる中、パールは心中で考えを巡らせた。


 ――エルには大丈夫と言ったけど、実際は大丈夫でも何でもない。魔法が使えないこの状況で、俺たちに何ができるのか。杖を剣がわりに戦うしか、手段はないのか……。


 二体の機械戦士、カインとアベルはシルを狙い、パールたちには目もくれない。シルさえ潰してしまえばこちらの作戦が破綻することを、彼らは感づいたのだろう。

 

 ――やるっきゃない。


 迷うこと自体が彼女への裏切りだ。剣術も体術も学園の体育の授業で触れた程度だが、もうそれしかない。

 意を決してパールは銀製の長杖を両手で握り、石突きを上にして剣のように構えた。


「カイン、アベルッ!!」


 鋭く叫び、青年は一心不乱に飛び出す。

 恐れを感じたら負けだ。刃が向かってくる切迫感も、肉体を斬られる痛みも怖がってはいけない。



『うるさいよ』


 パールの叫びは、カインの刃がシルに振り下ろされようとしたタイミングとほぼ同時だった。

 最上級の精密さを誇る機械の耳はその声を捉え、動きを僅かにでも鈍らせる。

 そのお陰で、カインが地を蹴った直後から追走していたノアの剣が、間一髪のところでカインとシルの間に割り込むことに成功する。

 右腕一本の力のみでレイピアの突きを受け止められ、カインは唸るように吐き捨てた。


「戦況を動かすのは、人の勇気と相場は決まっているのさ。そして――研鑽した技術を戦闘中に次なるステージに昇華させていけるなら、そいつはもう英雄さ」

『勇気だの、英雄だの……くだらないね。この世界に英雄はいない。いるのは神と、それを超える僕たちだけさ』


 力と力のぶつかり合い。カインの細剣は「力属性」の付与魔法で強化されているにもかかわらず、何の加護もないノアの剣を砕けなかった。

 両者がぎりぎりとせめぎ合うこと自体、本来なら有り得ない話なのだ。

 

 ――【堕ちた楽園フォールン・エデン)】の発動が不完全だった? いや、それでもおかしい。魔法を使える僕と使えないノアでは、武装した戦士と丸腰の平民ほどに力の差があるはずなのに……。


 カインの動揺を読み取ったかのように、ノアがニヤリと片頬で笑う。

 余裕さまでも感じさせる不敵な笑みは、カインの神経を逆撫でするには十分すぎた。


『人間ごときが、僕らに楯突くなッ!!』


 レイピアを包む光が激しく明滅する。

 その雷属性の魔力は、彼の激情に呼応するように一きわ眩さを増し――一気に放出された。

 魔法ですらない、ただ感情に任せて魔力を撒き散らすだけの行為。しかし、それでも生身の肉体を焼き殺すには過剰な火力であった。

 

 剣を持つノアの腕が跳ねる。眼と口を間抜けに開いた女の顔に、カインの嗜虐心は少しばかり満たされた。

 ショックに痙攣を起こした彼女の挙動は大きくぶれた。そのため、カインの一撃は狙いだった女傑の心臓から外れ、彼女の左肩を細く穿つのみに終わった。

 だが、不死者のノアに「終わり」はない。

 彼女は全身が焼け焦げてもなお、突き刺さったカインのレイピアを掴み、次の攻めに繋げさせようとはしなかった。

 ぎっちりと握り込まれた剣は梃子でも動かない。アベルが既に思い知らされた女の執念を、永遠に朽ち果てることのない呪いじみたその力をカインもようやく体感した。


『なに、この女……なんで、手を離さないんだ。何の防御もなしに僕の剣と魔法を受けて、どうして動ける……? なぜ、お前は折れないんだ!?』


 理解できない。

 ノアが不死者だということは、彼女が先ほどアベルとの戦闘中に口にしていたのを聞いて知っていた。死なない生命――この世の摂理に反した存在だが、魔術に不可能はない。まだ許容できる。

 しかし、不死だからといって痛覚がないというわけではあるまい。彼女は今こうしている間にも肉と骨を貫かれる痛み、そして電撃を食らったショックを感じているはず。それなのに、なぜ……なぜ、この彼女は計り知れない痛みに苛まれながら、戦い続けられるのか。


『人間の癖に……脆弱な人間風情が、図に乗るなッ! 不死者など、生命への冒涜だ。お前という存在そのものが罪なんだ……!』


 ノアという人間に対し、イヴの代行者である少年は憤怒と憎悪をぶちまけた。

 その台詞には人と変わらない知能を持ちながら決して人間と同等になれないコンプレックスがありありと表れていたが、ノアはそこには触れず、切れ切れの言葉で自嘲的に言った。


「そう、か……。あたしは、罪人か……。ふ、ふ……それは、否定できないね……」


 ノアはこれまでイヴの命令で、彼女の邪魔となりうる者たちを葬ってきた。その人数は既に数え切れないほどに多い。直接手を下さなくとも彼女の暗躍の結果、命を落とした者もいる。この世に天国と地獄があるなら、彼女は確実に地獄行きだ。

 偽りの「神」ではない本物の神様がいたとしても、人間という生物の本来の寿命どころか、死さえも超越した彼女を許してくれるかどうか。


「でも、それは、あんたもじゃないの、カイン……。あんたの中で、イヴ女王は、絶対なはず。その女王が作った【アカシックレコード】を、傷つけようだなんて、そりゃあ、罪深い話じゃないか……」


 焼けただれた口元がみるみるうちに修復されていくのを見つめながら、カインは反駁できなかった。

 侵入者を殺さなくてはならないということと、イヴと彼女にとって必要なものを守ること。このどちらも双子に課せられた使命であり、破れば製作者イヴ)の意思に反抗したことになる。

 カインはその二つを天秤にかけ、侵入者を排除する方を選択した。【ユグドラシル】は絶対という理屈がそうさせた。

 しかし彼の中にあった人間らしい感情は、一抹の躊躇を胸に残していたのだ。ノアと会話した記憶が、生まれたばかりのカインの人格形成に少なくない影響を与えた彼女との思い出が、今こうして彼から反論の声を奪っている。


 ――僕は何も間違ってない。そうだろう、アベル……?


 カインは自身が思っているよりも、遥かに人間的だった。女王イヴが年を経るにつれて人の心を失っていったのと対照的に、彼の精神は時間と共に人間に近づいていたのだ。

 彼は判断を片割れに縋ろうとしたが、アベルはパールの相手をしていてカインに構える余裕はない。


 ノアはこの間を利用して、肉体の修復を速やかに進めていく。

 不死の彼女をこれから襲うのは、無限にもたらされる苦痛。決して逃れられない、「罪」への「罰」だ。


 ――身を切られる痛みが永劫に続こうとも、あたしは折れないさ。……けれど、もし折れてしまったら、その時があたしの「死」なのかもしれない。


 一部の例外を除き、魔法には一回あたりの制限時間がある。【堕ちた楽園フォールン・エデン)】がその例外でなければいいが、とノアは内心で呟いてカインを見上げた。



『ちっ……雑魚の癖に、しつこいんだよ!!』


 アベルの剣が大きく横薙ぎされ、パールはそれを長杖でどうにか受けた。

 杖ごと吹っ飛ばされる青年だが、床に体を打ち付けた側から起き上がり、機械の少年に突撃していく。

 それでも彼は、アベルの体に得物を触れさせることなく弾き返されてしまう。

 何度やっても結果は同じ。彼の攻撃はアベルに通らない。彼に、勝ち目はない。


『お前、馬鹿だよなぁ。いい加減学習しろよ、学園のガリ勉野郎には剣術なんて扱えねえんだ。お前は、俺には勝てない』

「はぁ、はぁ……勝てない、だって? それはどうかな……」


 戦局が覆らないのを承知の上で、パールは強気に笑みを浮かべてみせた。

 全身は打撲だらけ、剣が掠った腕や肩、頬からは血も流れている。破けた服は血と汗にまみれ、誰がどう見ても彼はボロボロだった。


 アベルにとって、こんな敵を相手にするのは初めてのことだった。

 揉み消された歴史の中で、シルのようにイヴの体制に疑念を抱いた者は何名かいた。世界樹にアクセスする方法を探り当てた彼らを、双子はこの場所で一人たりとも逃さずに切り伏せてきた。

 彼らの「処刑」の際、命乞いする者はあれど、叶わないと理解していながら立ち向かってくる人間はいなかったのだ。


 ――何を笑ってやがる、こいつ。弱い癖にいきがりやがって……。


 パールの態度はアベルを大いに苛つかせた。

 これだけの戦力差があるのに、諦め悪く付きまとってくる執念が彼には理解不能だった。

 物事をデータで推し量る彼にとっては、経験のないタイプの相手が何より苦手であった。そのため、負けるわけがないと確信していながらも、心のどこかで「何が起こるかわからない」と不安が首をもたげる。


「うああああああああッ!!」


 この細い体のどこから、と驚愕するほど張り裂けんばかりの声をパールは上げる。

 杖を槍のように構え、突進してくる青年に、アベルはこの時初めて【防衛魔法】を使用した。

 緑色の光の壁がすぐさまパールを跳ね返すが、少年は自分がこの魔法を発動したことに狼狽えていた。


 ――あれは剣のみで返せた攻撃だったはずだ。なのに……咄嗟に【防衛魔法】を出しちまっただと? どういうわけだ……俺が一瞬でもあいつに「恐れ」を抱くなんて、あってはならないことなのに。

 彼が人間の顔を持っていれば唇でも噛んでいるような場面だったが、機械の顔にはそれもできない。しかしそれは幸いだった。己が感じた恐怖を悟られては、青年に付け上がられてしまうだろうから。


『魔法も使えない魔導士が、無駄に足掻くんじゃねえ! 二度と口が利けないように、消し炭にしてやろうか!!』

 

 こいつは早く潰さないと不味い――アベルは直感的にそう悟った。

 アベルは自覚していなかったが、一方的に魔法で焼き殺すことへの躊躇いがこれまで彼に呪文を唱えさせていなかった。

 しかし、もう手段は選んでいられない。この男を見たくない、触れたくない……この得体の知れない怪物の相手をしていたら、自分がおかしくなってしまう。

 青年は壊れた機械のように薄笑いを浮かべながら、ひたむきに突撃を再開する。

 

 ――マジでやばい目をしてやがる、こいつ……!


 真珠色をした瞳が見据えるのは、アベルの黒いバイザーに隠された(レンズ)だ。

 パールの視界にはアベルしかない。それ以外の一切を思考から除外し、青年は奇しくも先刻交戦したカインと重なる構えで猛進する。 

 彼の目は獲物を狙う獣のそれとは異なっていた。――見覚えのあるこの目は、一体いつどこで見たものだったろうか? 


『【世界を燃やせ、世界を廻せ。昇る炎が古きを壊し、降りゆく炎は新しきへと変わる。我は女王の代行者、双星の片割れ。全てを見下し、全てを灼く、破壊の化身】』


 パールの槍撃を防衛魔法で受け止めつつ、アベルは呪文の詠唱を淀みなく進めていく。

 彼の剣の周りには、真紅の光粒が舞い散る花弁のように集束し始めた。

 カインの究極奥義【堕ちた楽園】とは真逆の特性を持つこの魔法は、放たれれば最後、対象を骨も残さず焼き尽くす炎を呼び起こす。

 その灼熱は敵を全て絶命させるまで、決して消えることはない。


 ――さぁ、ジ・エンドだ。


 アベルは声に出さず、眼前の青年に別れの言葉を贈った。



 エルは意識を失って床に倒れ込んだシルの側に寄り添い、パールとノアの戦いを見守っていた。

 二人と共に戦いたい思いがないと言えば、嘘になる。だが、姉を守ることはそれ以上に今のエルが為さねばならない使命なのだ。


「姉さん……ごめんね。今の私には、魔力を姉さんに注ぎ込むことさえできない……」


 エルは睫毛を伏せ、紙のように白くなってしまった姉の手を握り込む。

 シルが失神してしまった要因は、魔力の多量消費による「マインドブレイク」現象だ。彼女は後にエルたちから魔力の供給がある前提で、危険な記憶領域にアクセスする魔法を行使したのだ。

 エルもシルやパール、ノアへ魔力を受け渡す魔術がいつでも使えるよう、備えてきていた。

 しかしカインがこちらの魔法の一切を封じる奥義を用いたことで、彼女らの作戦はここに来て破綻してしまった。


「ノアさんもパール先輩も、魔法が使えない中でやれる限りのことをやっている。でも……もし、二人が敗れて、双子が私たちを襲ったとして、私は姉さんを守りきれるの……?」


 こぼした問いに、はっきりとした答えは出せなかった。だが、それが答えのようなものでもあった。守れると断言できない以上、彼女は自分で守り抜ける可能性を否定している。

 

 ――きっとできる、私たちならやれる。そう皆を鼓舞してきたのに、魔法を奪われれば途端に何もできなくなった。私は……なんて、情けなく無力な人間なんだろう。これじゃあ姉さんにも面目が立たない……。


 エルはこの時、15年の人生で初めて窮地に追い詰められていた。

 これまでの学園生活で、事件や騒動に巻き込まれた経験は何度かある。だがそのどれも、彼女を死の淵まで誘おうとはしなかった。それはひとえに、魔導の天才・エルに不可能がなかったから。

 だが、積み上げてきたその自負も自信も打ち砕かれ、彼女の「天才魔導士」というペルソナは剥がれ落ちてしまった。


 ――ハルマくんがいてくれたら。


 この場にいない少年の横顔を脳裏に過らせる。

 これまではどんな窮境にあっても、ハルマが隣で手を握ってくれた。だが、今は違う。無二のパートナーである少年はこの場におらず、パールたちに何かあれば彼女一人で戦い抜かねばならない。

 エルの半身である彼はいない。彼は同行しない理由を告げてくれなかったが、エルはそれについて深く考えようともしていなかった。

 

 ――ハルマくん……もしかして、君が共に来れなかったのは、明確な訳があったからなの?


 彼女は顔を上げ、双子と戦う二人を見た。

 傷だらけになりながら、文字通り命を削りながら、彼らは懸命に運命に抗っている。

 彼らはそれぞれ一人で、強大な魔力と鋼の肉体を持つ双子に剣を向けている。勝てる見込みが限りなく低いと分かっていながら、それでも愚直に戦おうとする。


「はああああッ!!」


 パールが叫ぶ。杖の一撃が、アベルの剣に直撃する。

 金属と金属がぶつかり合う甲高い音と、鮮烈な火花が舞った。今のパールには魔力の加護はない。しかし彼の気迫が、目の前の相手を絶対に討ち取るのだという気持ちの強さが、彼の肉体の力と化していた。

 アベルは途中まで行った詠唱を中断せざるを得ず、魔力を溜めている心臓のあたりがチカチカと赤く瞬き出していた。

 大魔法の詠唱は、その過程で体内の魔力を急速に増幅させる。それは魔法を撃ち放つ瞬間まで止まらない。だから、詠唱の中断は体内で魔力を発生させる時間が伸び、魔力の溜めすぎによる暴発のリスクを高めるのだ。

 

「パール先輩……! すごい――」


 この瞬間、確かにパールという青年は、エルの中に一人の「英雄」として映った。

 彼はアベルの口許を執拗に狙って突きを放ち続ける。その速度は、完璧を誇るアベルをも後ずさらせるまでに加速していく。


 他方、ノアもまたカインとの剣戟を繰り広げていた。

 魔力を刃に纏わせたカインの技に対し、彼女はあまりに無防備だ。しかし、全身が血液と臓物で真っ赤になりながらも、辛うじて人の形を成している彼女は決して敗けを認めなかった。

 ノアの戦い方は、まさしく諸刃の剣。刃と一心同体になった彼女は、カインの攻撃をその身で受け止める。皮が捲れて骨の露出した手で少年の刀身を掴み、次の攻撃にすぐには移行させない。

 左手が敵の剣を止めている間隙を突いて、右腕一本で剣を押し込む。カインの腹部へ白銀の切っ先が吸い込まれるように向かっていった。

 

『離せッ、この女――!』

「離さ、ないさ。あんたには、負けるわけにはいかないから……姉さんを救い出すためには、【ユグドラシル】の管理室(コントロールルーム)にたどり着かなきゃいけないんだ!」


 胸に刻んだ決意を強い言葉として放つ。

 それは苦痛も絶望も吹き飛ばす、信念をもってして最高の力を発揮する一撃だった。確かにその瞬間、魔法を封印されたはずのノアの剣が純白の燐光を帯び、カインの鉄の肉体を徐々に穿っていく。

 

 ――なぜ。


 腹部に幾筋も罅が入り出したのを感じながら、カインは呟いた。

 彼の疑問は倒れるその時まで氷解することはなかったが、ノアを見つめていたエルは答えにたどり着いていた。

 

 そう、彼女に力を与えたのは「心の力」だ。

 大切な人を救おうという優しさと、愛。強大な敵へ立ち向かっていける勇気。

 ノアの剣が輝きを取り戻したわけは、理屈では説明できない。だが、確かに剣は魔力を得てカインに傷を付けた。その事実さえあれば、他は何もいらない。


 ――結末を決めるのは、魔法の有無なんかじゃない。勝利の女神はきっと、勇気を持って戦いに臨む人に微笑むんだ。

 

 立ち上がったエルは瞼を閉じ、すうっと深く息を吸った。

 やることは、決まっている。


「ノアさんっ! パール先輩! 頑張ってぇ――っ!!」


 勇気が力になるのなら、エルの声は二人にとってかけがえのない武器になる。

 彼女の応援が二人に翼を与え、その剣戟を後押しするのだ。

 その証に――パールの横顔は確かに微笑んでいたし、ノアも刹那のことだがエルに視線を向けてくれた。


「うお……おおおおおおおおッ!!」

「決めるよ……これで、終わりさ!!」


 青年の雄叫びに、女傑の高らかな宣告。

 二人の得物がそれぞれ桃色と青色のオーラを纏った、その直後――パールの杖先がアベルの喉を掻っ切り、ノアの剣がカインの腹から背中までを貫通する。


『ぐはあっ――!?』

『っあ、馬鹿なっ……!?』


 機械の口から軋むような悲鳴が漏れ、双子の視界は赤いベールに覆われた。

 アバターの異常を知らせる眼部の警告ランプ――双子はその存在にこれまで気付かなかったが――が点灯し、傷口からはバチバチと火花が散る。

 咄嗟に手を当て、傷に治癒魔法をかけようとするが、彼らにそれは出来ない。

 カインは生まれて初めて味わう激痛に声を出せず、アベルに至っては喉を切られてそもそも発声することすら叶わなかった。

 地面に屈した彼らを見下ろして、肩で息をするパールは言った。


「はぁ、はぁ……君たちは、この世界の魔法の真実を、見誤っていたんだ。魔法を生むのはイマジネーション……ただ魔力を放つだけじゃ魔法にならない、それは知ってるよね。その基本を……君たちは、軽く見ていたんじゃないのか。心の力が、どんなに強大な魔法でも書き換えることが有り得るのだと……おそらく、考えたこともなかったんじゃないのかい……?」


 ――妄言だ。

 カインは否定しようとしたが、それが絶対に起こらない現象だとは言い切れなかった。

 いや、実際過去に同じ事象を目撃したことが一度あったのだ。それを体現してみせたのはイヴ女王で、彼女は暴走した【禁忌の獣】ヨルムンガンドを鎮めるために、魔法を封じる大蛇に対して心意の力でその能力を改竄し、逆に大蛇の魔法を制限した。

 女王にしか扱えない神業だと、これまでカインたちは信じて疑わなかった。しかし現実に、その異能を発現する者が登場してしまった。


「パール、どいて。止めはあたしが」


 掠れた声でノアが言い、青年の背中を軽く叩いた。

 既に限界に近く、足取りの覚束無い彼女にパールは肩を貸そうとしたが、ノアは首を横に振って拒む。

 パールの杖の燐光は途絶えてしまっていたが、ノアの剣の青色はまだ息をしている。【フォールン・エデン】の効果を未だなかったこととして塗り替えている彼女は、双子の前に立つと剣を上段に掲げた。


「カイン、アベル……あんたたちはAIなんかじゃない。正真正銘の人間だったよ。少なくとも、あたしなんかよりずっと」


 アバターを壊されても『管理室』にある彼らのメインコンピュータは無傷なため、彼らが死ぬことはない。だが分身を破壊される瞬間、彼らは人間と殆ど変わらない痛覚で「痛み」を感じる。

 ――この場で激痛を刻み込まれるのは、あたしだけで済ませられればどれだけよかったか。

 瞼を閉じ、ノアは一度深く息を吸い込んだ。


「――――っ!!」


 エルやパールが息を詰める気配を感じながら、一切の躊躇いを捨て去った彼女は剣を一息に振り下ろした。

 まず一撃、アベルの頭部が真っ二つに割れる。

 次に二擊、斜め左下から切り上げられた刃が、カインの首を胴体から分離させる。

 悲鳴を上げることも許されず、双子のアバターは最期に一際眩い赤と青の魔力の光を放ち――体内に溜められていた全ての魔力と共に、肉体が爆砕した。  

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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