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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第9章 『ユグドラシル』編

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32  双星の試練

『やあ、ノア。元気そうでなによりだ』

『よお、ノア。後ろの連中は誰だよ?』


 一方は穏やかに、もう一方は勝ち気そうな口調で、二人の少年が緑髪の女傑に声をかける。

 シルたちにとっては初めて聞く声だが、ここに来る前のノアの語りからして誰だかは明白だ。

 カインとアベル――イヴがアダムとの間にもうけ、『魔女計画』のもとに生まれた神童たる双子。

 だが、双子がこの時代に生きている訳がない。彼らの死があってこそセトや他の子供たちがいたのであって、彼らが死んだという過去は決して変わらない。


「察してると思うけど、こいつらがカインとアベルだ。彼らはこの空間の守護者としての役割を姉さんから任じられている」


 純白の光に包まれる、乳のように白い大理石で造られた大広間。イヴが作らせたのであろうこの場所は、しかし彼女の趣味に反して華美な装飾は何もなかった。この「双星の間」を一言で表すなら「ただ、だだっ広いだけの部屋」といえる。

 そして、ないものは装飾だけでなく、そこにいるはずの声の主も姿を見せていなかった。

 

「ノアさん……その、カインさんとアベルさんはどこにいるのですか? 声は上の方からしたようでしたが……」


 シルが訊く。もちろん天井を見上げてみても、そこに双子が魔法で浮いているわけでもない。

 怪訝そうな彼女やエルたちに、ノアは短く説明した。


「カインとアベルは生身の人間じゃない。彼らはAI……いわゆる人工知能なのさ。イヴがかつての双子に似た人格に設定した、『双星の間』の管理プログラムだよ」

「流石に世界の管理システムを自分以外の人間に任せちゃおけない、ってことか。敵はAI……どんな手を使ってくるのかな」


 横目で見たパールの顔は、未知の相手に興奮し期待を抱く少年の表情だった。

 そんな様子に微笑しつつ、シルは彼の肩に軽く手を置く。


「AIはデータの蓄積でしか何かを生み出せないわ。敵の予想外の手を打てば、勝機は十分にある」

「うん、そうだよね! 私たちの閃きがあればきっといける!」


 エルも俄然やれる気がしてきて頷いた。シルたちが杖を抜き、敵がいつ出現してもいいように構えていると――双子はノアに再度問うた。


『そこの人たちは一体誰なのかな、ノア? 教えられない事情でもあるの?』

『そいつら、強い魔力を内包しているように見えるぜ。ただ者じゃねぇ……その連中を使って何をするつもりだ、ノア!』


 カインが優しく揺さぶり、アベルは語気を強めて詰問する。

 

『ちょっと、怒鳴らないでよアベル……暑苦しい』

『カイン、お前は冷静でいすぎだぞ。一大事が起ころうとしてるって、お前にもわかるだろ』


 二つのAIが会話を交わしている間にも、この場を支配している魔力が徐々に高まっているのをシルたちは感じていた。

 ニブルヘイムの極寒のごとき冷気と、『炎の国』ムスペルヘイムのマグマよりも熱く脈打つオーラ。

 床の底から這い上がってくる力の波に、シルたちはその場に踏ん張っていることで精一杯だった。

 ほどなくして、その魔力は怪物として彼女らの前に顕現する。


『さぁ――僕たちと遊ぼうよ。可愛い侵入者さんたち』


 大広間の奥、音もなくそこの床にぽっかりと穴が開く。

 人ひとり抜けて出られるほどの穴から飛び出してきたのは、細身で角張ったシルエットだ。


「何……!?」


 二つの影はそこから現れたと思えば、既に姿を消している。

 どういうわけか、とパールが周囲に目を走らせた瞬間には、彼らの攻撃はもう放たれていた。


「がっ――!?」


 シルの隣で青年が()()()になって後方へ吹き飛ばされる。

 同時に、壁に激突して血反吐を吐くパールを嘲笑うような双子の輪唱が聞こえてきた。


『これこそが『双星の試練』! 母さんに害なす者はこの試練に挑み、塵芥となっていく……お前たちは僕らを倒せるかな』


 石の床を削りながらブレーキをかけ、その影はシルたちの目の前で静止した。

 

「えっ、これが……?」


 シルが驚くのも無理はなかった。

 怪物の体躯は彼女よりも小柄で、高く見積もっても165センチ程度。その見た目も、怪物というよりはロボットと言った方が正しいだろう。白を基調にした流線型のボディに、眼部に黒い覆いが付けられた他には装飾のない頭。二足歩行の脚はいやに細く、剥き出しの関節もあってか、どこか昆虫めいた印象を見る者に与える。

 一体には青、もう一体には赤の宝玉が、それぞれの胸に嵌められていた。彼らが手にしている剣の柄にも、同じ色の石が埋め込まれている。


「青い方がカイン、赤いのがアベルのアバターだ。あの怪物の意識はAIの二人と完全にリンクしている。つまり……姉さんの生み出した神童のコピーと、あたしたちは直接対決しなくちゃいけないってことさ」

『身内とはいえ容赦はなしだぜ、ノア。その連中に手を貸すのなら、お前は敵と同じだ』


 白銀の美しい刀身を持つ長剣を中段に構えながら、ノアが呟く。

 刃の白い煌めきを黒いレンズで捉えたアベルは、彼女を見上げてそう唾棄した。


「そんなこと……言われなくとも、わかってるよ!」


 これまで何度も彼らと会い、話してきた。AIとしての彼らの誕生から今に至るまでの全てをノアは知っている。いや、知っていたというべきだろう。カインとアベルの進化は決して止まらない。それこそシステムが強制停止されない限り、彼らは自己学習で力を伸ばしていくのだ。今こうして対面している最中でも、双子のプログラムは膨大な世界のデータベースから最適な手を選出している。

 彼らに勝つということは、イヴの最愛の息子たちを殺すということに他ならない。ユグドラシルの意思を変えるのを彼らは絶対に許さないからだ。説得して譲歩させるなど不可能。何故なら、彼らはそう作られた存在だから。


「シル、あたしはアベルをやる! あんたはカインに当たれ! エルはそこでへばってる先生を助けてやりな!」

「了解です!!」

「は、はいっ!」


 エルの緑髪が猛スピードで後方へ離脱していくのを尻目に、シルは杖をカインのアバターへ向けた。

 この敵は規格外の速度で攻撃をしかけてくる。だが、決して見切れないことはないはずだ。シルは【永久の魔導士】――一瞬を永遠に感じられるほどに、彼女はその瞬間を捉えて離さない。


『君の名を、聞かせてもらおうか――』


 少年は確かに微笑んで、無音でシルに肉薄した。

 彼の武器は細剣レイピア。サファイアの光を薄く纏った【魔剣】が瞬く間に繰り出される。

 

「――っ!」


 シルは杖を横たえて胸の前に引き寄せ、防壁魔法を展開した。

 魔力と魔力がせめぎあい、鮮烈なスパークと共に氷を削るような鋭い擦過音が鳴り響く。

 魔女の得物を握る腕が震えた。何という出力――これがあの、枝のように細い腕から打ち出された刺突だとは思えない。

 聖魔導学園をパールに次ぐ二位の成績で卒業し、王城ではフレイのもとで鍛錬を積んできたシルは、一流の魔導士といって差し支えない才能を有している。その彼女の張った防壁をたった一突きで揺るがそうというのだから、このカインの操るアバターの力が常人を遥かに超えていることは明白だ。


「ただの機械だなんて甘く見てもいられないようね、カイン君!」

『当然さ。僕らは【緑の魔女】イヴの息子なんだから。たとえ身体が機械になろうとも、その実力が劣化することは決してない!』


 誇らしげにカインは言う。彼は一旦腕を引いて床を蹴り、舞うように後退した。

 即座に追撃をかまそうとしたシルだが、そこは思い直す。カインの動きについていこうとしては駄目だ。彼の動きにまともに対応しようとしたら、自分の足が持たない。

 ならば、採るべき戦術は自ずと決まってくる。


「カイン君……私の名前はシル。【永久の魔導士】シル・ヴァルキュリアよ! 歴史に名を残す偉大な魔女になる予定だから、覚えておくことね」

『随分と強気で、尊大な発言だね。恐れ多くも母さんや他の女神たちと肩を並べようというのかい? ――百年早いよ!』


 空いている左手を水平に横薙ぎしたカインは、開いたその手のひらから黄金色に輝く球体を出現させた。

 煌く玉を握って、人間で言うと口にあたる部分までそれを運ぶと――突然口元に亀裂が走り、ぎっしりと牙の並んだ灰色の口内が露になる。

 機械の癖に妙に生物じみた機構にシルが思わず肌を粟立たせるなか、彼女の反応も意に介さないカインは瑞々しく光るその苹果(りんご)に齧り付き、笑うように唇のない口を歪めた。


『【理想郷に降り立つ双星の光、粘らかなる禁断の果実の蜜と混じり、混沌を極めよ。(かつ)える者よ、奪い取れ。罪を知りし者よ、飽くなき欲望を解き放て】』

 

 その詠唱を聞くだけで、これから発動されようとしている魔法が何をも食らう無常で残酷なものであることは察知できた。

 ――推測に過ぎないけど、あれは闇属性の技! それならば……。


「【汝の邪なる意思を打ち砕く】! ――『破邪の防壁』!!」


 相反する光属性の防壁魔法であれば、どんなに高威力でも闇の攻撃はある程度防げる。

 防げる、はずだった。


『はぁ……甘いね。この苹果よりもずっと、君の考えは……。思い知るがいいさ――【フォーリン・エデン】』


 落胆したように少年は囁いて、レイピアの切っ先を自らへ向けた。銀色の剣尖に吐息を吹き付けた彼は、魔法名を厳かに言葉として紡ぐ。

 上段に構えた細剣を垂直に一閃、一度動きを僅かに止め、それから続けて右に持ち上げ、左に横薙ぎ。

 剣が描いた十字は禍々しい黒の魔力に染まり、ギリギリと軋んでいた。十字に結ばれた二つのエネルギーの軌跡は、今にも反発して解き放たれようとしている。

 最後に少年がレイピアを十字の交差点に押し込むと、加わった第三の力に耐えられなくなった結び目は一気に綻んだ。

 堰を切った魔力の奔流が、魔女の視界を漆黒に塗り替えていく。


「っ、負けないんだから……って、あれっ……?」


 防壁に漆黒の濁流がぶつかっても、先ほどの激突のような衝撃も圧力もシルには感じられなかった。

 ただ普通に風が吹き抜けていく程度の感触に、つい拍子抜けしてしまう。

 だが、その裏に何かがあることだけはわかっていた。けれどもその「何か」が何なのかは断定できない。何しろ初見の魔法なのだ。判断材料が彼女の知識には一切ない。

 敵の技を解明するには、己の体で受ける他に方法が存在しなかった。


「カイン君……あなたが何を仕掛けたのかは知らないけど、私たちを侮らないことね。――エル、パール! 頼むわよッ!!」


 黒ローブの魔女の背後から、颯爽と緑と真珠色の魔力光を纏って二人の人影が飛び出してくる。

 純白の防壁の前に立った彼らは、目配せし合うと口を揃えて呪文を唱えた。


「【マギア・サクセサー】!」


 シルの杖に宿っていた白の光が途絶え、代わりに二人の杖先に同じ光が灯る。

「魔法継承」呪文――その名の通り、既に魔法を発動している者から同種のそれをそのまま引き継ぐ技である。


「一人より二人! これで防御力は二倍さ!」

「俺たちが君を守り抜く! だから、頼んだよ」


 少女と青年が二重に展開した立方体の防壁の中心に立つシルは、二人の言葉に深く頷く。

 彼女らが採るべき戦略は、シルの【時幻領域(じげんりょういき)】魔法を用いてコントロールルームへの壁を強引にこじ開けることだ。それが達成されればいいのであって、必ずしもカインとアベルを殺さなくてはならないわけではない。

 パールとエルが戦線に復帰した今、シルは二人に防御を任せて魔法の発動に専念するのみ。

 余計な心配はいらない。先程は不意に来た拳に吹き飛ばされたパールも、防衛魔法に関してはシルを凌駕する魔導士だ。どんな魔法も通さない【神盾の守護者(ゴッド・ガーディアン)】……それが学園時代からの彼の二つ名だった。


『へえ……あくまで守りに徹するってことかい? それで君たちの負け筋は限りなく減るかもしれないけれど、裏を返せば「勝ち筋を手放している」とも言えるよ。僕の魔力切れを待っているようなら、それは見込み違いだね』


 シルたちの作戦を、少年はつまらなさそうにそう評した。

 彼の背中には半透明の(はね)のようなものが二対、いつの間にか出現している。開かれた翅は小刻みに震え出し、同時に燐光を纏い始めた。

 それは魔力の光であり、彼は翅を広げることでこの空間に存在する魔力のリソース「魔素」を吸収し、己の魔力として転換することができた。


『さぁ、いくよ』


 床に片膝と両手を突いたカインは、次の瞬間にはパールたちの目の前から姿を消していた。

 ダンッ!! と銃声に似た轟音を上げ、少年の操る機械の体は純白の防壁へと猛進する。

 その背中の翅は超高速で振動し、力属性の魔力を発生させて彼の突進に更なるブーストをかけていた。

 青い炎を燃やす彼は、今や一本の短槍だ。その進撃を止められる者はどこにもいない。


『全てを貫く、無双の槍――【グロリアスランス】!!』


 高らかに少年はその技の名を叫んだ。

 この槍に裁かれる名誉ある犠牲者としてパールとエルを見据え、彼は造られた牙を剥き出しにして笑う。

 

 ――絶対に止める! もう無様な姿は見せられない……!


 パールは歯を食いしばり、汗に濡れる手で杖を固く握った。

 魔力の出力を可能な限り上げて、上げて、上げまくって……シルに指一本触れさせないために、全身全霊で護る。

 それが青年に出来ること。彼女を誰よりも愛し、支え、寄り添ってきた彼にしかできない使命なのだ。


「【星よ、聞いてくれ――我が願いを、我が祈りを】」


 淀みなく穏やかに、パールは歌う。

 彼が魔法を紡ぎ上げはじめたのと、カインの【グロリアスランス】が【破邪の防壁】に激突したのは全く同時であった。



『っと、激しくやりすぎじゃねーか、カイン!? 俺も負けてられねえ!』

「持ちこたえてくれよ……エル、パール」


 ノアの背後で城壁に破城搥を打ち込んだ時のような激突音が鳴り響いた。

 だがしかし、三人を心配してそちらに視線を向けるなど決して許されない。

 今、彼女が見るべきは眼前の機械人形(アベル)だ。もう何合とも知れない剣の斬り合いに決着をつけなくては、世界を変えることは叶わない。

 

「アベル、あんたはあたしに勝てない。あたしは姉さんと記憶を共有しているからね……あんたのデータは完璧に把握できているんだよ!」

『強い言葉で俺を揺さぶろうとしたんだろうが、残念ながらそうはいかねえよ! 俺のことを知り尽くしてるってんなら分かるだろ、俺たちの進化は止まらねえってな!』


 アベルの長剣が熱された鉄のように赤く輝く。

 否、その剣は文字通り熱を持っていた。対面しているだけで肌を焦がす熱。だがこれが大技の前触れだということは、ノア当人が一番理解している。

 彼との間合いは約五メートル。近づけばあの剣に焼かれてしまう、ここはさらに距離を取るべきか――ノアがそう判断する間にも、少年の剣が放散する熱波は力を増していく。


『白の魔法剣術――【灼熱斬】!』


 カインは矢を引き絞るがごとく剣を構え、一気に前方へ突き出した。

 その赤の剣筋を確認するまでもなく、ノアは無心で剣を振るう。

 彼女はシルやパールたちのように防御魔法に優れてはいない。あるのはただ攻めるための剣術と、補助魔法のみ。

 冷徹に任務をこなす【女王の影】としての顔を露にした女は、その機械の体を獲物として捉えた。


「吹き荒れろ、【刃風じんぷう】!」


 強引すぎるくらいでいい。むしろ強引でなければこの獲物は殺せない。

 ノアは口許に小さく笑みを浮かべ、そして剣を床に思い切り突き立てた。

 途端、巻き上がる大旋風――それは彼女の全身を包み、迫る炎熱から守る盾となった。


「はああああああああッッ!!」


 腹の底から吼え、彼女は石の床を踏み砕きながらアベルへ突撃した。

 刹那にして敵との距離を詰めたノアだが、力に任せて振り下ろした刃は少年に簡単に打ち返されてしまう。

 ドガッ!! と跳ね上がった自らの剣を見て、しかし女は表情を変えることはなかった。

 

『吠えるだけの獣に成り下がったか、ノア!』


 アベルは嘲笑し、すかさず追撃を打ち込む。

 緋色の刃が体勢を崩した女の胸部を裂き、彼は黒のバイザー越しに鮮血と破れた服の破片が舞うのを確かめた。

 ノアが痛みに喘ぐ声、視界の下へ落ち行く姿、そこからアベルは戦局が自分に大いに傾いたと認識する。


『骨も残さず焼き尽くす! 抵抗なんざ許さねえ!!』


 カインとアベルは完璧だ。この世界で最強の魔導士に生み出された彼らが、そうでなくて何なのか。

 ノアの思う以上に彼らは人間だった。AIでありながら、双子は人間と大差ない感情を有していた。

 彼らはイヴが捨てた人間らしさを、既に手にしていたのだ。

 

 背中から倒れたノアに馬乗りになり、機械仕掛けの少年は裂けた口に嗜虐的な笑みを作った。

 緑髪の女は目を見開いて瞳をぷるぷると震わせている。少年に追い詰められ、あろうことか涙まで浮かべていた。


『憐れだな、【方舟の管理者】さんよぉ。【冷血】と恐れられたお前が地面に背中を付けてるなんて、とんだ笑い種だと思わねえか? …………あぁ、笑い種にもならねえか。なんたってお前は誰にも知られることなく、ここでひっそりと死んでいくんだから』


 カインと比べ、アベルの心の残虐性は一際強かった。

 オリジナルの人間だった双子とは異なる、AIの彼らだけが持つ苛烈さは、イヴが彼に植え付けたものだ。

 元々の優しい善良な人格では、侵入者を完膚なきまでに叩きのめすなど決して出来ない。人を痛めつけることを躊躇わず、戦いだけに興味を示す――そんな戦闘狂のモンスターとして、双子は実母の手によって蘇ったのだ。


『俺の身体はお前を喰らえない。だが、お前の命、心、魂はデータとして俺の中で生き続ける! だから安心して眠れよ、【方舟の管理者】ノア――!』


 そろそろカインも小娘たちに止めを刺している頃だろう。

 兄に遅れをとるわけにはいかない、と彼は対抗心を沸き上がらせ、逆手に持ち直した剣をノアへ向けた。

 

『くくっ……お前の全部、スキャニングさせてもらうぜ』


 刃の側面に刻まれた数字の羅列がギラギラと赤く発光する。

 それが意味するところをノアは知っていた。双子は殺した相手の脳みそを特殊な電波でスキャンし、そこに蓄積されていたデータを根こそぎ奪うことが出来るのだ。


「くそっ……まさか、本当に……ここが死に場所になるとは、思わなかった、な……」


 視線を横に逸らすと、白光の中に立つ三つのシルエットが見えた。

 彼女らは無事なのだろうか――【冷血】と蔑まれた女は、最後にそう仲間を思った。


「アベル……殺すなら、一息でやってくれ。心臓を、一突きだよ……いいね……? これは、あんたの母の分身の言葉だ……ちゃんと言うことを聞いてくれよ、可愛い息子よ……」


 腕を伸ばし、滑らかな金属の手首に触れて、ノアは囁いた。

 機械の少年の返答はない。彼がその時何を思ったのか、彼以外に知る者は一人としていなかった。


 

 すうっ、と赤く燃える刃が肌を裂き、肋骨の隙間から差し込まれたそれは心臓まで達した。

 開いた目から涙を流しながら、それでもノアの口元は笑っている。

 ――血が流れているから何だ? 胸を抉られ内蔵を刃に犯されているからどうした? 

 それを望んだのはノアだ。たとえ身を削られようと、血が絶えず抜けていこうと関係ない。

 


「何かを成すには、少しばかりの痛みも必要なのさ。――そうだろ、セト」 

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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