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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第9章 『ユグドラシル』編

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26  魔導士たちの聖譚曲

「ただいまー……」


 ノアとの会食を終え、シルが帰宅できたのは午後九時を過ぎた頃であった。

 学園を卒業してから今まで、彼女は王都アスガルドのアパートの一室を借りて暮らしている。といっても、多忙で王城で寝泊まりしたり出先のホテルを利用したりと、ここに帰る頻度はそこまでなかった。

 格安アパートで寝起きするシルを周囲はケチだといびってくるが、金銭面で削れる所は削るのが彼女の主義だ。使える金は、新たな魔導書や魔法道具に回したい。

 

「ここに帰るのも久々ね……後で掃除しないと」


 やるべきことがなくならずつい溜め息を吐きながら、シルは真っ暗な玄関の明かりをつける。

 と、そこで自分以外の靴が丁寧に揃えて置かれているのに気づき、彼女はぱっと笑みを浮かべた。

 パールだ。学園を卒業してから、恋人である彼には合鍵を渡してある。教師となったパールは学園の寮を普段は利用しているが、時おり暇を見つけてはここに来てくれるのだ。

 

「パール、ただいまー。私、外で食べてきたから今日はご飯いらないから」


 と、いつもの調子で声をかけつつ、ふと妙だなと思う。

 廊下にも、その奥の居間にも明かりがついていないのだ。パールが先に着いたのなら照明が点灯していないとおかしい。外へ出たのなら靴があるのも変だ。


 ――どういうこと?


 怪訝さに首をかしげながらも、玄関を上がって足早に居間へ向かう。

 パールに何かあったら……そんな不安と焦燥が彼女の胸に込み上げてくるのをどうにか飲み下し、廊下と居間の境目を踏んだその瞬間――。



「おかえり、シル! そして――お誕生日おめでとう!!」



 朗らかで優しい青年の声がシルを迎えた。

 次にはパッと部屋中の電気がつき、その眩さに彼女は目を細める。視界が光の白に染まる中、自分の背中に回される彼の大きな力強い腕を感じた。


「よく、帰ってきてくれたね。君が降りていった中層で紛争が起こったと聞いてから、俺は心配で仕方なかった。君なら何があっても、その戦を止めるために飛んでいくだろうってね。結局そうなったわけだけど……無事でいてくれて、本当によかった」


 耳元で囁いてくる彼の言葉は温かく、心からシルを愛している気持ちがダイレクトに伝わってきた。

 ここ一週間、殆ど知らない地で難問にぶつかってきたシルにとって、その温もりはこれ以上にない安心感をもたらしてくれた。

 シルの視界が光に慣れて戻ってくる中、パールは彼女から体を離して改めて向かい合う。

 青年の黒髪と薄桃色の瞳を懐かしく思いつつ、シルは弾んだ口調で言った。


「私の二十歳の誕生日、ちゃんと覚えていてくれたのね。それに……こんな飾り付けまでしてくれたなんて」


 彼の肩越しに覗けるのは、シルの帰還と誕生日を祝う手書きの垂れ幕と沢山の花飾りである。

 教師の仕事で疲れているだろう彼がわざわざ自分のためだけに用意してくれたことに、シルは目頭が熱くなった。


「当たり前でしょ。俺、シルのたった一人の恋人だもん。大切な人はどんなことがあっても手放さない――『あの時』から俺はそう決めて生きてきたんだから」


『あの時』とは、パールが学園時代に仲良くしていた三つ年上の友達が、『ミッドガルド』と『ヴァナヘイム』との戦争で命を落とした時のことだ。それからパールの信条は大きく変わった。自分の周りの大事なもの全てを愛し、守り抜いていかねばならない――ユグドラシルの平和を求めるシル以上の博愛精神を、彼は抱くようになったのだ。


「ふふっ、そうね。……パール、これから話したいことが山ほどあるの。付き合ってくれる?」

「わかってるって。俺も色々聞くのが楽しみだったからね」


 そう言葉を交わし、シルは一旦寝室で部屋着に着替えてからパールの待つテーブルへ戻った。

 彼が出してくれていた水で唇を湿し、それから彼女は語り出す。

 

 アルフヘイムに降りた先で出会ったエストラスとの一日。

 ヘズやノート、ヴィーザルら神々と話し、得た真実。

 傲慢の悪魔ルシファーに憑かれた女王、ティターニアとの戦闘。

 そして、続けざまに起こったエルフとダークエルフとの紛争。そこでシルが一瞬のみ開花した、【時】を操る究極の魔法。

 ネメシスの神器使いフェイ少佐や、眷属のユリア大尉たち、その他お世話になったダークエルフ軍の人たちとの一幕。

 帰還してからのヘズやロキとの温かい時間。

 最後に、ノアとバーで話した『世界樹』に関すること。



 この一週間の出来事を全て話し終えたときには、時刻は既に0時を回っていた。

 シルが話す間、遮らず静かに聞いていたパールは、席を立ってキッチンへ向かいながら呟く。


「君は、本当に沢山の貴重な体験をしてきたんだね……。何だか、俺だけ置いてきぼりになっちゃったみたいだ」

「そんなことないわよ。パールだって、学園で生徒たちから多くのインスピレーションを貰ってるって言ってたじゃない。それは私にはできない、大事な体験よ」

「確かに、そうだよね。うん……変なこと言ってごめんね。飲み物、何がいい?」


 冷蔵庫を開ける彼の背中を見つめながら、シルは頬杖をついた。

 最近、昔のようにパールと長話する機会がめっきり減っている。もしかしたら彼の中には、シルに明かしていない不安や悩み事があるのかも――寡黙なその背に、彼女はそんな風に思った。

 頼んだアイスコーヒーを淹れてきてくれたパールに、シルは穏やかに言う。


「ねえ、パール。もし……もし、何か悩んでることがあるのなら、遠慮せずに言っていいのよ。互いに支え合っていこうって、ずっと前に約束したでしょ」


 目をぱちくりとするパールは、少し間を置いてから苦笑した。

 悪戯がばれた子供のような表情で、ばつが悪そうに答える。答えながら、彼の声音はどんどん細く、弱々しくなっていく。


「君には全てお見通しか……。正直、打ち明けるべきなのか迷ったんだけど――俺は、君がどこか遠く離れた所へ行ってしまうんじゃないか、手の届かない場所に飛んでいってしまうんじゃないかって、そんな嫌な予感がして……。怖いんだ。

 ティターニアとの戦いで君は『マインドブレイク』状態になったと言ったね。一歩間違えば、神器使いのフェイ少佐がいなければ、君は死んでいたんだ。これから先も同じような危険に、君は避けずに突っ込んでいくんだろう。そして、いつかは死神に手を引かれてしまうのかと思うと――俺は、これ以上君に無茶をしてほしくないんだ。

 だからお願いしたい。ノアさんと一緒に世界樹のコントロールルームに侵入するのは、止めてくれないか。それが世界を守るための戦いだということは分かってる。でも俺には、世界よりも君一人の命の方が大切なんだ」


 シルの瞳を真っ直ぐ見据えてパールは懇願した。

 これまで共に過ごし、育んだ絆はシルにとっても代え難い宝物だ。エルとハルマ、パールとシル――この四人の団欒の時は、できることなら手放したくない。

 しかし、シルには絶対に成し遂げると誓った使命がある。自分たちの未来の平和を守りたい、その思いはアルフヘイムでエストラスたちに出会ってからより強くなっていた。 


「その気持ちは、私だって分かってる。あなたの言葉を間違っているとは否定できない。でも……私は、戦わなくちゃいけないの。世界を変える力と、そのための強固な意志を持つ人間は、私しかいない。私がやらなきゃ……一刻も早く、私がやらなきゃいけないのよ」


 彼の想いを尊重した上で、シルは己の意志を曲げないとはっきり口にした。

 瞠目するパールは俯き、震える拳を握り込む。彼は止めようが走り続けようとするシルへ、怒りと悲しみを綯交ぜにした声を衝動的にぶつけた。

 

「なんでだよ! 世界樹のことはノアさんに任せておけばいいじゃないか。君が無理して危険な道に飛び込むことなんてないんだ。戦おうとしてるのは君だけじゃない、俺やハルマ、グリームニル、他にも理解のある神だっている! だから……そうやって、君ばかり戦場へ突っ走っていかなくてもいいんじゃないか!?」

「パール――あなたは分かってない! このまま世界の異変を放っておけば、近い未来必ず戦争が勃発するのよ。そうなったら失われるのは私一人の命だけじゃない。何万、何十万といった人たちが死ぬわ。さっきも言ったでしょう、イヴは世界を壊そうとしているのかもしれないって。このアスガルドも、ヴァナヘイムもミッドガルドもアルフヘイムも、中層や下層の国々も、全てを巻き込む世界大戦に陥る可能性だってゼロじゃない。文字通りの『破滅』がすぐそこに迫っているの。あなた一人の身勝手な感情で、私が戦場から身を引くわけにはいかないの」


 彼らしくもなく感情を露にするパールに対し、シルは努めて冷静に理性的に返した。

 自分の身だけを大事にして目前の試練から背くなど、使命に反するエゴイズムだ。もうとっくに個人の気持ちを優先して動ける段階は過ぎている。その猶予は僅か一年、いや半年――下手をすれば、一人でも早計な国主がいた場合明日にでも戦火が上がるのもありえない話ではない。


「身勝手、か。そう……だよね。これは俺のエゴだ。君がいなくなる可能性が少しでもあるならそれを潰してしまいたいという、俺のわがままだ。……ごめん、シル。柄にもなく、感情的になりすぎた」

 

 シルから視線を逸らしたまま、パールは席を立つ。

 彼女に問いを先回りして彼は告げた。


「ちょっと頭を冷やしてくる」


 力ない足取りで廊下の暗がりへ消えていく青年の背中を無言で見送りながら、「これでよかったのよ」とシルは自身に言い聞かせる。

 これから自分がノアと共に為すのは、これまでイヴ以外の誰も踏み込んだことがない領域への侵入だ。最強の女王のお膝元ということもあって、アルフヘイムで紛争を止めた時よりも困難な道のりになるだろう。世界を司る『世界樹』の人格にコンタクトし、その意志を変える――『コントロールルーム』を突破したとしても、必ずしもそれを成せるとは限らない。

 それでも、【永久の魔導士】シル・ヴァルキュリアはやらなければならない。二年前のイヴとの対面から、ずっとこのために動いてきたのだから。

 彼女はイヴの配下である王都の神々を知り、ヴァナヘイムに送り込んだグリームニルなど協力者も得た。蓄積してきた技術、情報、人脈……ここで足を止めれば、これまでの全てが無駄になってしまう。


「やると決めたら、やるの。私を信じてくれた多くの人のためにも、私を知らない多くの民たちのためにも……私は、この運命を変える」


 誰に腕を引かれようが、シルは決して止まらない。

 その過程で大切な人を振り払おうと、絶対に後悔してはならない。


 ――それでも。

 

「引き止めてくれて、嬉しかったわ。パール……」


 椅子の上で膝を抱えて座った彼女は、そこに顔を埋めて恋人の名を小さくこぼした。


 

 廊下越しに浴室からシャワーの水音が聞こえてくる中、ポケットの携帯のアラームが鳴ってシルはそれを取り出して見た。

 メールの受信ボックスに新着が一件。差出人は、ハルマ。

「夜更かししてるんじゃないわよ」とつい昔のように口を尖らせつつも、シルはさっと画面をタップしてメールを開いた。



『シル姉さんへ 


 こんばんわ。いつもより真面目な感じなんだけど、びっくりしないで見てね。


 ノアお姉さんからもう手帳は受け取ったかな? あれは俺が作った魔導書(グリモア)だよ。俺の作った特別な魔法が、中に込められてる。

 この魔法には世界を変える力がある。だから絶対、他の誰にも教えちゃいけない。もちろんパールさんにも明かしちゃダメ。

 俺はシル姉さんを信じて、これを書いたんだ。世界のために試練に臨むシル姉さんにしか伝えられない、魔法界に革命を巻き起こせる技がここにある。

 

 魔導書のパスワードは【シル姉さんが初めて編み出したオリジナル魔法の名前】さ。


 シル姉さんが世界のためにこれを役立ててくれることを、期待してる。

 じゃあね。

 

 ハルマより』


 

 しばらくシルは、茫然と弟分からの文面を眺めていた。

「特別な魔法」、「世界を変える力」、「魔法界に革命を巻き起こせる技」。いったいどのようなものなのか、想像すらつかない。

 

「パールは……まだ浴室ね」


 携帯を握りしめながら、彼女は足早に寝室へ戻った。ハルマの手帳は先ほど着替えた時、机の引き出しにしまってある。

 それを机上に置き、一度ドアを振り返って青年の気配を念入りに確かめてから、青い無地の表紙に向き合う。

 胸に手を当てて深呼吸し、彼女はパスワードと成り得る魔法の呪文を潜めた声で唱えた。


「【汝、偉大なる獣の王にして、黒き爪牙。這い寄り湧き出でる、深淵からの使者。召喚の門は今、開かれる】」


 詠唱し、最後にその正式名を口にすることで魔法は完成する。発動してしまえばとんでもない化け物が出現してしまうため、シルは詠唱までの寸止めにとどめた。

 小さなノートに手をかざし、反応を待っていると……二秒ほど間を空けてから一瞬だけ、その表紙が強烈な青い光を発した。

 

「っ、いよいよね」


 魔導士の性か、グリモアを前にして胸を躍らせる彼女はごくりと唾を呑む。

 慎重な手つきでノートの表紙をめくろうとすると、これまで接着剤でがっちり固められていたのが嘘のようにはらりと捲れた。


「……これは――」


 何ページにも渡って連ねられた膨大な魔法式に、シルは思わず目をみはった。

 ページを繰る手がどんどん早くなる。先が見たい――この式の答えを知り、自分のものにしたい。

 最後の一文に到達した瞬間、彼女は呼吸することも忘れてその単語を指でなぞっていた。


【空間転移魔法】。

 後にエルが『転送魔法陣』としてトーヤたちのために使用することになる魔法の原型である。


 手帳を閉じ、引き出しに仕舞って鍵をかけた後も彼女の高揚は収まらなかった。

 これこそがシルの求めていたものだ。世界樹のコントロールルームの障壁を破り得る、空間に干渉する究極の魔法。

 イヴにしか至れなかった魔導の境地に、ハルマは己の力のみでのし上がってしまった。生意気な弟分の技を借りるのは少々癪だが、そんなちっぽけなプライドなど気にする価値もない。

 

「これさえあれば――」


 イヴの守る世界樹の『核』に触れられる。問題の解決へ大きく前進できるのだ。

 あとはこの魔法を使いこなせるよう特訓するのみ。

 一人やる気をみなぎらせ笑みを深めるシルは、しかし、浴室からの水音がとっくに止んでいることに気付いていなかった。


「これさえあれば、何だって?」


 首にタオルを下げ、寝間着姿でドアの前に立ち尽くすパール。

 恐る恐る彼を振り返るシルは、咄嗟にどう繕うべきか考えを巡らせた。

 嘘で誤魔化そうが彼にはお見通しだろう。正直に明かすのが得策か。


「イヴの防壁を突破できるかも、ってこと。いい策が見つかったの」

「そう……君はやっぱり、戦う意志は曲げないんだね」


 二人の瞳が交錯し、互いに別々の笑みを浮かべる。

 シルは強い信念と自信に満ちた顔。対してパールは、感情をはっきりとさせない儚げな笑顔。

 パールの問いに、シルは笑みを収めて頷きを返した。


「ええ。私の気持ちは変わらないわ」


 揺るぎない声音で答えたシルに、パールは静かな足取りで近づいた。

 彼は床に膝をついて椅子に掛けるシルを見上げ、囁くように言う。


「少し考えて、整理がついた。俺が君を好きになった原点は何なのか、振り返って気付いたんだ。俺は、どんな苦境にも懸命に抗おうとする君の雄姿が、何よりも頼もしく、愛おしく思ったんだってね。君が胸に悩みを抱えていたことや、闇魔術に長けているせいで周囲に白い目で見られ、時には敵意にさらされていたことも知っていた。そんな中でも孤高で居続けた君の姿……それは、今も変わってない。変わってしまったのは、俺の方さ」


 パールは小さく吐息し、力なく笑みをこぼした。

 それでも視線をシルから逸らすことなく、彼は続ける。


「無二の友を亡くしてから、俺は臆病になった。イヴに抗おうと言いながら、君にだけ荊の道を進ませて自分は学園でぬくぬくと過ごしていた。それだけじゃ飽き足りず、信念を貫こうという君を阻もうとさえした。シル。もう一度、謝らせてくれ。すまなか」

「何、馬鹿なこと言ってるのよ」


 青年の謝罪をシルは鋭く遮った。

 彼がどれほどの子供たちを、才能の種を導いてきたかシルは知っている。学園にいながらシルやグリームニルをサポートするため、日々の情報や魔導書を送ってきてくれたことも忘れはしない。だから、ぬくぬくと過ごしたとは言わせない。


「あなたは何も間違ってないわ。好きな人に離れてほしくない、そう思うのは人として当然のことよ。むしろ、謝らなきゃいけないのは私の方。あなたの気持ちを踏みにじって戦いに挑む、私にこそ非があるわ」

「いや、それは……。まぁともかく、シル、俺は君を止めることはもうしないよ。でも、二つお願いがあるんだ」


 パールは頭を下げるシルに首を横に振りかけるも、話を当初から伝えたかったことへと戻した。

 膝の上に置かれていたシルの手を握り込み、パールは切に願う。

 

「一つは、決して無茶をするなということ。戦うのは構わないけれど、絶対に死なないでほしい。命を犠牲にしてまで勝利を求めないでほしいんだ。そして二つ目は、俺も共に行かせてほしいということ。学生時代のように、また君を隣で支えたい。どう、かな?」


 胸の奥底から熱いものが込み上げてきて、シルは誤魔化そうと目線を下げ、自分の手を包んでくる彼の一回り大きな手を強く握り返した。

 神ヘズは純粋さが服を着て歩いている人だったが、同じように例えるならばパールは優しさの人だ。

 たくさんの愛を、たくさんの人に注ぐ。守りたいもののために全力を尽くし、どんな難敵にも立ち向かっていける――それがパールという人間なのだ。


「もちろん、構わないわ。あなたがついていてくれたら心強い。ありがとう、パール」


 そう言ってからシルは帰宅直後にパールがしたように、彼の背中に腕を回して抱きしめた。

 ウインクと一緒に彼の唇へそっとキスをすると、青年は途端に真っ赤になる。シルはその反応にくすりと笑みを漏らしながら、やっぱりパールはパールなのだと安堵した。

 

「シ、シル……恥ずかしいよ」

「パール、じゃあ私シャワー浴びてくるわね。アルフヘイムでお土産に本を買ってきたから、それでも読んでて」

「え……うん。わかった」


 ハルマなら変な期待にがっついてくるんだろうな、と内心で呟き、浴室へ向かいながらシルは考える。

 時間的な余裕はほとんどない。あの魔導書の魔法をいち早く習得し、何としてでも神のみぞ知る領域を突破しなくては。

 

「イヴ……私は、あなたを超えてみせる」


 覚悟を言葉として口に出す。これまで積み重ねてきた大切な人たちとの日常や、大好きなこの世界を守るために――彼女は改めて、その誓いを胸に刻むのだった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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