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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第2章  解放編

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4  エールブルーの人々

 スウェルダ王国最大の港町エールブルー。

 僕は今、久し振りにこの街に来ている。一緒にいるエルは初めてで、しきりに店や船を見て「へー」とか「ほー」とか言っていた。


「まずは、武具屋のおじさんの所に顔を出しに行こうかな」


 僕らは雑踏を掻き分け、裏路地の武具屋へと向かう。

 武具屋に入ると、店主のおじさんが僕を見て、目を大きく見開き固まった。


「ぼ、坊主……お前生きてたのか!?」


 流石にこの反応は無理がない。

 僕らが【神殿】にいる間、現実世界では三ヶ月もの時間が経っていたらしい。【神殿】に行くと言って三ヶ月も姿を見せなければ、普通は命を落としたと考えるだろう。


「はい。【神殿】攻略してきました」


 僕は胸を張って言う。

 後ろではエルが首を回して店中にある武器を眺めていた。

 僕は、彼女を店主に紹介する。


「この子はエル。僕の、家族です」


 店主はエルの美しい姿を見て目を細めた。


「ほう。恋人か?」

「そ、そんな関係じゃ!」


 エルが首をブンブンと振って否定する。……その割りにはとても嬉しそうな顔だったけど。


「あ、これが【神器】なんですけど……今日は少し頼みがあって」


 僕は【グラム】を店主の前に出した。

 店主は、じっくりとその目で【神器】を観察している。


「ふむ……おお……凄いな、これは」


 店主はまるで子供のように頬を上気させ、心なしか弾んだ声で言った。


「やっぱり、普通の剣とは違いますよね?」

「ああ。ワシはもう五十年武器を作り、売って来たが、こんなものは見たことがない。この剣はまだ誰も知らないであろう未知の金属から出来ているようだ」


 店主は【グラム】を僕へと返し、ぶっきらぼうな口調で訊く。


「それで、頼みは何だ?」

「はい、あの、この剣に合った鞘を作って欲しいんです」


 僕がそう言うと、店主はあからさまに嫌そうな顔をした。


「……坊主、金は、あるのか?」

「いや、もう殆どないんですけど……ダメ、ですか?」

「ダメダメ、まだこの前の武具代だって全部払ってないだろうが。さあ、もう用がないなら帰れ」


 エルが「危ないから鞘があった方がいい」って言うから、用意しようと思ったんだけどなぁ。

 僕は肩を落とし、店を出ようとする。

 するとエルが店主の前に立ち、にこやかに笑って言った。


「待って、おじさん。どうしても……駄目?」


 エルは最後にウィンクまでして、店主を説得しようとする。

 そして、店主のおじさんは……


「いいぞ。やってやろう」


 即答した。

 う、嘘でしょ? この人、こんなに女の子に甘い人だったのかよ。その強面からはとても想像がつかなかった。


「ふっ、ちょろいな……」


 エルがニヤリと小さく店主に見えないように笑う。

 僕は苦笑しながらエルが店主と取引を付ける様子を眺めていた。


「この大きさなら一日か二日で出来るな。型を取るから、剣を借せ」


 剣の型を取る作業はさほど時間はかからずに終わった。

 僕らは店主に礼を言って、店を一旦去った。


 僕らは店を出て港をぶらぶら歩いていた。波が波止場にぶつかって耳に心地よい音を立てる。


「ねえ、エル。おじさんとはどんな取引をしたの?」


 僕は気になって訊いてみた。


「え? ああ、あの人私が頼んだら、タダでやってくれるって。トーヤくん、私の美貌に感謝することだね。こんな可愛い女の子と一緒にいられるなんて、君は幸せ者なんだぞっ」


 エルは僕の鼻の頭に指を突き立て、ウィンクして言った。

 そのウィンク、気に入ったのか……。仕草が可愛くて一々ドキドキさせられる。

 と、僕のお腹がクグーッと音を立てた。

 僕は気恥ずかしくなり、空笑いで誤魔化す。


「あはははは……そろそろお昼にしようか? いいところ知ってるんだ」 


 エルが何か言おうとしたが、手を引っ張って目的の場所へ連れて行く。


「こっちだよ、僕が良く来る宿なんだ」




 港からすぐの所の宿屋の看板には、『潮騒の家』と書かれている。少し古い宿だが、ここは父さんの友人だった人が経営していて、僕はお得意様にさせてもらっていた。


「こんにちはー」


 僕は宿屋のドアを押し開ける。立て付けの悪いドアは僕が押すとギギーッと音を立てた。

 宿屋に入ると、まず待っているのは食堂である。


「あら、久し振りね……。トーヤ」


 メイド服を着た茶色いボサボサのロングヘアの女性が、テーブルの上のグラスを片付けながら僕に声を掛けた。

 この人は宿屋で働いているお姉さん、サーナさんだ。彼女は眠たげな半眼で僕を一瞥する。


「何で、何ヵ月も顔を出さなかったの……」


 サーナさんは気だるげに言う。

 彼女の目が静かに怒っているのを感じ、僕は慌てて弁明した。


「まずはこの子を紹介するね。彼女はエル。色々あって、今は僕と一緒にいるんだ」

「こんにちは~」


 エルはぺこりとお辞儀をした。

 サーナさんは欠伸を噛み殺しながら、僕に続きを促す。


「それで、こんなことがあって……」


 僕が事の顛末を話すとサーナさんは少し驚いた顔をして、店の奥に引っ込んでいく。

 そして、宿屋のおじさんとおばさんを連れて来た。


「まあトーヤくん! どうしたのよ、もう心配したんだから!」

「本当に【神殿】とやらを攻略したのか? よくやったな」


 少しふくよかで温厚なおばさんと、痩身で穏やかな性格のおじさんが僕らを暖かく迎え入れてくれた。


「あ、ありがとうございます」


 おばさんにぎゅうぎゅうに抱き締められ、胸が苦しい。

 横からエルとサーナさんの射殺すような鋭い視線が、おばさんと僕に注がれた。

 サーナさんが怒気をはらませた声で言う。


「おばさん。トーヤから離れてください」


 おばさんもサーナさんの恐ろしいオーラを感じ取ったのか、突き放すように僕から身を離して苦笑した。


「いやあね、サーナったら」


 僕はほっとして胸を撫で下ろした。

 サーナさんが僕に好意を抱いていることは、僕もおばさんたちも知っている。

 でも、僕はエルが好きになってしまった。僕は、彼女の気持ちにどう答えたらいいんだろう……?


「トーヤ、お腹が空いたんでしょ? 昼食を準備するから、待ってて」


 サーナさんが調理場に向かい、さっさと昼食の準備を始めだした。

 エルはライバルが出現して、何故かメラメラと瞳に炎を宿していた。


「トーヤくんは、誰にも渡さないぞ……」


 彼女が何か小声で呟いたが、僕には聞き取れなかった。


「トーヤ、今日は二階のいつもの部屋でいいー?」


 食堂からすこし離れた調理場からサーナさんの間延びした声が聞こえてきた。


「いいですよー!」


 僕も大きめの声で返す。

 僕がいつもここに来るときは、必ず泊まる部屋が決まっていた。二階の南の部屋でテラスからは海が見渡せる、美しい景色を眺めることの出来る部屋だ。

 ここに来るのが初めてのエルのために、おじさんが二階の部屋まで案内する。

 部屋に入ると窓が開け放たれており、海風が心地よく吹き抜けていた。


「いい風だね……」


 エルがすうっと風が運んだ空気を吸い込み、感動したように呟く。


「そうだろう? ここは俺たちの宿で一番人気の部屋だからな」


 おじさんが得意気に言う。

 サーナさんが盆に載った昼食を二人分持ってきた。

 僕はそれを受け取り礼を言った。


「ありがとう。お金は……」

「いい。困っているんでしょ? ……ただし、あんたは払ってね」


 サーナさんはエルを激しい敵意のこもった目で睨みつける。

 エルも、負けてはいなかった。元精霊の睨みは伊達ではない。


 サーナさんが一瞬怯んだ! 

 エルはニヤリと笑い、そして形の良い割と大きな胸をドンと張ってみせる。

 それを見たサーナさんは自分の足りない胸を見下ろし、唇を噛む。


 ……一体何の勝負なんだ、これは。


 エルは勝ち誇った笑みを浮かべ、静かに言った。


「私の勝ちだね。私もトーヤくんと同じ扱いにしてくれよ。代金はタダでいいだろう?」

「くっ、仕方がない……だけど、いつか必ず、勝ってトーヤを私のものにする」


 ……なんか怖い。

 サーナさんの目はギラギラと光っていた。


「あはは……じゃあ、食べようか?」


 僕はテラスに移動し、テーブルに料理を置いた。

 エルも僕の隣の椅子に座り、この宿の名物である白身魚のバター焼きにナイフを差し込む。

 僕もそれを口に入れると、途端に口の中に白身魚のジューシーな脂が染み渡り、バターのこってりとした旨味が口内を満たした。


「美味しい……美味しいです! サーナさん!」


 僕が魚料理に勢いよく食らいつくとサーナさんは嬉しそうに微笑んだ。


「トーヤくん、もっと行儀よく食べないと。マナーは大事だよ」


 エルは優雅な仕草で食事を進めていた。今朝パンを一口で丸飲みしたのはどこの誰だったか言ってやりたくなったけど、言うのは止めた。

 僕は下の通りを歩く一団に、目を奪われていた。



 

 鎖に繋がれ、死んだような顔で歩かされている、薄汚れた人々。

 中には頭から耳がぴょこんと飛び出て尻尾を持つ獣人や、身長2メートルを越す巨人族の人達もいた。


「あれは……」


 僕は持っていたフォークとナイフを取り落とした。

 人に物のように扱われ、死ぬまで家畜のようにこき使われる人々。


『奴隷』だった。

 でっぷりと太った男に引かれ、ノロノロと歩いている。

 一人の獣人の少女が、一瞬こちらを見上げた。

 僕と同じくらいの年の少女だ。彼女の目が「助けて」と悲痛な叫びを上げているように、僕には思えた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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