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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第9章 『ユグドラシル』編

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11  記憶の鏡

「そうですね……綺麗な月です」


「……欲しかった返しとは違うけど、まぁいいわ。トーヤ君、よくここまで来てくれました。その様子だとエインに勝ってきたのね?」


 首を傾げかけた僕は首肯する。隣に立つエインの緊張をこちらも肌で感じながら、シルさんの宝石のような碧眼を見据えた。

 僕と視線を交わしたシルさんは、固くなった表情の僕らにくすくすと笑みを漏らす。


「うふふ……そんなに怯えなくてもいいのに。私、これでも貴方の恋人のお姉ちゃんなんだけど」


「だからって『お姉ちゃん』なんて呼べませんよ。僕たちは敵同士なんです」


「つれないなー。ねぇエル、トーヤ君っていっつもこんなに冷めてるの?」

 

 ニヤニヤと笑いながら【永久の魔導士】は実妹に訊ねた。

 露骨に顔をしかめるエルは、姉の問いにぶっきらぼうに答える。


「姉さんに対してだけさ。私たちには優しい」


「もう、貴方たちどうしたのよ? もっと和やかにいきましょ?」


 正直、この人がこんな風に話すとは思ってなかった。悪戯っ子の笑みで僕やエルをおちょくろうとしてくる姿は、『組織』のトップに立つ人間らしい威厳とはかけ離れている。

 側で仕えてきたエインすら彼女のこの一面は知らなかったらしく、目を丸くして固まっていた。

 シアンやジェードたちに視線をやると、彼女らはこの場の空気にむず痒そうな様子で立ち尽くしている。誰も発言できず、目だけが僕とエル、シルさんの間を行き来していた。

 黒のフーデッドローブの魔導士の女性は豊満な胸を押し上げるように腕を組み、んんっ、と喉の調子を整えると改まった口調で言った。


「では、本題に入りましょうか。私が貴方たちをここに呼んだ理由は、一言でいうと私の過去を知ってもらいたかったから。その上で、神という存在について考えてほしい。これから見せる『アナザーワールド』の歴史……それを見れば、貴方たちが信奉している『神』への認識は根底から変わるわ」


 確信をもって口にしたシルさんに、僕たちはしばし言葉を失った。

 神への認識が根底から変わる――彼女のいう根底とは、一体どこからなのか。僕たちの神器の存在意義なのか、それとも神が持つ正義についてなのか。

 

「神話というおとぎ話に隠されて本当の歴史は誰にも知られていない。トーヤ君、貴方が熱心に読んでいた《アスガルド神話》は、愚かな神たちによって都合よく作られた偽りのものなの」


 それは知っている。ルノウェルスでの戦いを終えた後のある夜に、ユーミとエルが語ってくれた。

 神話では悪役は悪魔や怪物だけで、神々が正義の鉄槌を下していたけど……実際は、神々同士の衝突から起こった大戦争もあったのだということ。そしてその戦でシルさんは恋人を失い、悲嘆と絶望の果てに破滅を選んでしまったことも。

 

 僕がそれについて知っていると明かすと、シルさんは目を軽く見張ってエルを見た。


「貴女は『アナザーワールド』のこと、現世の人にあんまり明かしてないと思ったのに。私を遠ざけ、都合の悪いことから逃げ続けていた貴女が……」


「逃げてたのは過去の話だ。私はこの時代で決着をつけるって決めたんだよ。姉さんとの因縁からも、目を逸らさない」


「ご立派な覚悟ね。これもトーヤ君と関われたお陰なのかしら? 千年の停滞を生きてきた者を変えてしまうなんて、トーヤ君、貴方やっぱり面白いわ!」


 瞳を輝かせるシルさんに僕は何とも言えない表情を作る。

 僕を見る彼女の目は苦手だ。珍しい動物を見るような、無遠慮に覗き込んでくる目。もしくは新しい玩具を見つけて歓喜に輝く子供の目。

 ――見て、何だか面白いものがあるわ。

 真正面からの無邪気な興味に晒され続ければ、気が滅入ってしまう。


「エルだけじゃなく、エインもトーヤ君に変えられた。そうでしょ? 私の前では滅多に表情を変えないあの子が、さっきから驚いたりびくついたり……ケルベロスやフェンリルたちもそうだったけど、私の子供たちはことごとく貴方に懐柔されてしまう。貴方のその人を動かす力、私は買ってるのよ」


 ――だから、貴方が欲しい。

 続くであろう彼女の台詞を予測し、それが当たると小さく溜め息を吐く。


「私は貴方を手に入れたい。最高の宝石である貴方は、私という持ち主が磨けば更なる輝きを持つようになるわ。――ユグドさん」


 シルさんは恍惚とした瞳をこちらに向け、それから頭上の『精霊樹』を仰いだ。

 僕らの目もトネリコの大木に集中する。名を呼ばれた『世界樹』の魂は、しわがれた老人の声で応じた。


『シル……。何じゃね、わしは眠いのじゃが』

「ごめんなさいね。ちょっと泉を借りるけど、いいかしら? トーヤ君たちに見せたいものがあって」

『何、トーヤじゃと? 本当に――戻って、きたのか』


 ユグドの声音は張り詰め、大樹全体が醸していた穏やかな雰囲気も、一気に冷たいものになる。

 彼はシルさんと僕を会わせたくなかった? 


「そうだよ。僕は帰ってきたんだ、おじいちゃん」


 以前のように僕は彼を祖父と呼ぶ。慕う気持ちは、離れていようが何ら変わらなかった。

 僕の心に触れ、相談役になってくれた偉大な老人。彼は声に笑みを滲ませながら、僕の言葉にこう返した。


『見違えたな、トーヤ。神器使いとして強くなっただけでなく、お前の心は大きく温かなものになった。あの、ニブルヘイムの極寒のようだった心が嘘のようじゃ』


 エルと出会う前の僕は、家族を失った上に村の少年たちから虐めという名の虐待を受けていた。肉体的、精神的、性的な部分でも傷つけられた僕を、ユグドおじいちゃんは隣で見守ってくれた。彼がいなくては、僕はとっくに潰れていただろう。何とか生きることを諦めずにいられたのは、彼の存在があったから。

 おじいちゃんには、いくら感謝してもしきれない。


「おじいちゃんは、動けない樹の体を歯痒く思っていたかも知れないけれど……僕には、そこにいてくれるだけで十分だった。当時は照れ臭くて言えなかった言葉も、今なら胸を張って言えるよ。――おじいちゃん、ありがとう」


『泣かせるのぅ……。こんなに、美しい心の孫になって……』


「孫と爺の話は後にしてちょうだい。ユグドさん、このニブルヘイムの泉、私の《鏡》として使わせてもらうわよ」


 しみじみと涙声になるユグドにシルさんは舌打ちした。

 確かに水面は月光を反射しているが、《鏡》とは何だろう。意味合いとしては何かを映し出すもの、といった感じだろうか。

 僕が怪訝に思っていると、隣まで移動してきたエルが耳打ちしてくる。


「……見ていればわかるよ」


 魔法だろうか。無言でシルさんの挙動を見つめていると、彼女は僕が思いもしなかった行為に出た。

 白く細い左手の人差し指の先を口元まで運び、そのまま躊躇せずに噛み付いたのだ。


「え」


 僕が小さく声を漏らす中、シルさんはそんなの意に介さない様子で白い犬歯で指先に傷を付ける。

 鮮血が滴り出すのを碧眼が確認し――腰に差した銀色の杖を右手で抜いた。魅惑的な紅の唇を震わせ、魔女は呪文を唱える。


「【血の記憶を呼び覚まし、世界を映し出せ】――《真紅の鏡》」


 彼女の長杖の先端から、魔法名と同じく真っ赤な光が放出された。その光が泉の水面に触れた瞬間、僕は再び息を呑む。

 透明な青だった水の色が、血の紅に染まったのだ。唇を引き結んだシルさんは前に突き出した左腕を振るい、流れ出す血液の雫を泉の表面に落とす。

 波紋を広げて彼女の血が泉に溶け合った、その時――。


 僕が予想もしなかった光景が、泉の水面に浮き出した。

 

 彼女がその魔法を《鏡》と形容した意味がようやく分かった。

 しかし泉に反射しているのは僕たちの立ち姿ではなく、僕の全く知らない人たち。水が揺らいでいて見辛いが、それは確かに言える。

 エメラルドグリーンの長髪を背中に流した背の高い女性と、その側に付く同色の短髪をした女性。並んだ二人の前にいるのは、黒髪の男性らしき背中だ。

 三人がいる場所は白い幾本もの柱に囲まれた場所で、昔本で見たことがある《魔導帝国マギア》の神殿を思わせた。

 そして、その男性の後ろから前に踏み出す金髪の女性。


「あれが私よ」


 シルさんがこちらを見て微笑み、囁きかけてきた。


「このままじゃ見づらいでしょうから――ほら」


 それから彼女は自らの髪の毛を数本抜き取り、ふっと息を吹きかけた。直後、髪の毛たちはそれぞれが純白の魔力(マナ)の光に包まれ、姿を変えていく。

 足元に出現した中央がやや凹んだ銀色の円盤のようなものを指して、シルさんは言った。


「これに座って。即席の《浮遊椅子》よ」


 浮遊椅子は僕たち全員分が用意されていた。発動した魔法に精霊たちが特にざわめく様子もなく、エルやリオと顔を見合わせた僕はその椅子に手を触れてみる。大丈夫そうか――そう呟き、思ったよりふかふかした感触の椅子に腰を下ろす。すると名前の通り椅子はふわりと浮き上がり、泉のちょうど真ん中辺り、高さ5メートルの空中で停止した。


「うわっ、すごいな……さすがは永久の魔導士」


 ジェードが感嘆するのを横目に、泉を眺めていた僕はシルさんへ視線を移した。 


「これからあなたたちは、幾つかの場面を見ることになるけど……最初のは私たちが『アナザーワールド』の女王『イヴ』と謁見した時のこと。もしかしたら、あなたたちが知ってる誰かさんも出てくるかもね」


 浮遊椅子に腰掛けて長い足を投げ出すように組んだ女性は、小さく笑みつつ赤い水面を見下ろす。

 揺らぎ不鮮明であった泉の映像は、しばらくすると凪いで透明感を取り戻した。澄んだ青色のスクリーンに僕らは目を釘付け、シルさんの記憶の世界に没頭していく――。



「この世界の現状について、分かっていますよね、女王様。いや――イヴ殿」


 パールは眼前の長身の女性を見据え、普段の彼とは似つかない硬い口調で訊ねた。

 やや癖のある柔らかい黒髪に切れ長の薄ピンクの瞳をした青年は、端正な顔を歪めて魔導士の女性に相対する。

 場所はアスガルド王城の『女王の間』。白い円柱に囲まれた、神殿を模した【神の母】との謁見場。


「ええ……お前に言われるまでもなく、この窮状は理解しているつもりよ。だけど、私にはもうどうにも出来ないの」


 神々が【大罪の悪魔】を戦争の果てに封印してから1000年の時が経った時代。

 他の誰も知り得ない不老不死の魔術を用い、長きに渡って世界を治めてきた女王イヴは、自分より遥かに年若い青年と目も合わせず溜め息を吐いた。

 

「…………」


 イヴには【神の母】という異称がある。1000年以上も前に夫アダムとの間に、後に【神】と呼ばれる異能の子を授かったために付けられた名だ。

 彼女自身はそのあざなを嫌っていたらしいが、シルもその異名については違和感を抱いている。この女は【神の母】ではなく本物の、【神】といえる人間なのではないかと。

 シルは一歩前に出てパートナーである青年の隣に並ぶ。女王イヴの翡翠の瞳を覗き、そこに宿る色褪せた光を認識しながら口を開いた。

 

「不老不死だとか言われてるけど、本当はもう限界に近いんでしょ? 女王様」

「貴様、陛下になんという口の利き方をする!?」


 ――ああ、鬱陶しい。シルは内心で舌打ちする。

 女王イヴの実妹である女、『ノア』だ。姉と同じく緑の髪をした彼女は、黒いマントに鎧姿という武骨な雰囲気から政府の者たちからも近寄りがたく思われている。加えて普段から不機嫌そうに唇を曲げているため、イヴ以外に進んで彼女に声をかけようとする者はいない。

 

「いいのよ、ノア。彼女と私たちに本質的な差はないわ」

「それはどうも。私達は【神】なんていう大層な称号を持つだけの、同じ人間。――そうだったわね」


 この世界の【神】は、宗教や神話で語られる話の中の存在ではない。いや、そうではなくなったのだ。

 かつて世界に少数のみが生き残っていた魔法使いの一族――その一人であるイヴが授かった子供が、原初の【神】。ある魔女の産み落とした子供が奇跡としか形容できない偶然により、それまでの魔法使いを遥かに超える異能を宿したのだ。


 その子供は人々の魔法使いに対する認識をひっくり返した。忌み嫌われ、虐げられるべき『悪』の一族から、彼らは人々に崇められる救世主に変わった。


 当時、魔法使いの使える魔法は軽いものを少し浮かせたり火種を生み出したりなど、現在と比べて脆弱なものであった。しかし【神】と呼ばれた最初の子供は根本から異なっていた。彼はその手で干ばつに苦しむ地域に雨を降らせ、命を育む魔法を広範囲に発動して作物を育てたり、電力を生み出して人々に分け与えた。

 これだけでも彼は誰からも一目置かれるようになり得たのだが、決定的だったのは「錬金魔法」の存在だった。彼はその国の王に、自らが生み出した黄金を献上したのだ。


 こうして少年は王に認められ、魔導士たちもまた彼の手引きもあって確固とした地位を手に入れた。

 【神】と呼ばれた彼はやがて成長し、子供を作る。その子供も同じように他より抜きん出た異能を有しており、その子供もまた……といった具合に【神】の一族が形作られ、いつしか『王家』として権力を握るようになった。


 ――というのがシルやパール、エルたちの知る【神】の歴史だ。

 ちなみにシル達の血筋は王家に幾つかある分家の一つであり、政権の中枢に起用されるような立場にはない。


「世界は今、戦乱に満ちている。イヴ殿……あなたが全域の権限を手放し、この『中枢国家』のみを統治するようになってから、各地の【神】の分家が戦旗を掲げて領地争いを繰り広げているんです。以前から分家の者たちは地方を治めていましたが、それもイヴ殿の下で一つの国として行っていたこと。しかし、その地方での実権を得た彼らは今、そこの王として振舞うようになっています。イヴ殿の力が弱まったことで、彼らは自分たちの国を作り上げる機会だと思い上がっている」

  

 パールは肩をいからせ、イヴを睨み据える。彼も【神】の分家の出だが、戦争で友を亡くして以来「戦」というものに疑念を抱いていた。

 勝利した暁には新たな領地が増えて国は潤うかもしれない。けれど、その戦で死んだ者の命は帰ってこないのだ。どんなに嘆き、悲しんでも死者は蘇らない。大切な人との永遠の離別――それが生む不幸を広げたくない、パールは続けて女王イヴにそう主張した。


「……言ったでしょう、私にはどうにも出来ないのよ。人間の闘争心までは私にも消せないもの。そういう運命だと思って諦めることね」


「貴女が統治した1000年間、世界には目立った戦争はなかったそうじゃないですか。貴女は【太母】だ。貴女が世界を治め続ければ、永久の平和がもたらされる! そうではありませんか」


 シルは咄嗟にパールの左腕をぐっと掴んだ。前に出すぎるなという警告の意味もあったが、一番は彼が離れていってしまうのではないか、そんな理由の分からない恐怖からだった。

 イヴの表情を窺うと彼女は笑っていた。

 ――うふふ、おかしい。常に神秘的な彼女にふさわしくない、無邪気な子供めいた笑み。


「盲目的ね。1000年の平和? そんなもの、本当にあったと思っているの? 思っていたとしたら貴方、そこらの平民と変わらない愚図よ」


「――っ!?」


 パールの体がぐらりと揺れ、シルは彼の背中に手を回した。言葉を発することもできない青年に代わって彼女はイヴに確認する。


「やっぱりね。どうもおかしいと思っていたのよ、1000年の平和なんて。今のこの有様が権力者の、人間の本質ならば、どうやってそれを押さえ込んでいたのかって……ずっと考えていたけど、そもそも『押さえ込んでなどいなかった』ってことなのね?」


「パールと違って貴女は聡明なのね。そうよ……戦争が起こり、その後処理が済んで民の記憶から薄れ始めた頃を見計らって、私は人々の頭から『戦争があった』との事実を抹消した。それに関する記録も、ノアを始めとする影の部隊に書き換えさせたの。ここまで上手くいくとは正直思っていなかったけれど……残念なことに、私の民たちは疑うことを知らなかった」


 ――このアスガルドの人々の記憶を操作し、戦争が起こった過去を実質的に消した。まさか、そんなことがあり得るの?

 そこまで考えて、シルは開こうとした口をきつく閉じた。

 ――方法としてはあり得る。あの【神】の、いや【悪魔】の能力があれば。世界中に生きるあらゆる者を洗脳してのける、【大罪の悪魔】の力ならば可能だ。


「気がついたようね。これを明かせば、パール、貴方卒倒するわよ。民草に聖母だとか呼ばれる私が、どんな手を使って世界を支配していたのか。後でシルに教えてもらいなさい」


 イヴは自分から真実を語ろうとはしなかった。彼女を崇拝する青年に対してあまりに残酷な告白を、彼が恋慕する女にさせる。

 この性悪女が――シルは胸の内で女王を盛大に罵倒した。


「イヴ女王、私たちは貴女に戦争の調停を頼みたかったんだけど、それに応じる気はないのね?」


「ええ。戦争なんて好きにやらせておけばいいのよ。魔導を発展させ、【神】の更なる強化をもたらす戦争をなくすなんて言語道断。私が望むのは停滞ではなく、限りない進歩だから」


 この女は目先の人を見ていない。彼女の視線の先にあるのは遥か先の未来と、そこにある世界だけ。

 彼女にとって世界とは、都合の悪いことがあれば自由に上書きできる箱庭に過ぎないのだ。


 

 ――この時、シルの中でイヴが敵であるとはっきり定まった。

 イヴの導く世界のレールを進む、それが本当に私たちにとって正しいことだとは思えなかった。一人の女に手綱を握られ、全ての運命が決まっていく、そんな世界に何の意味があるというのか。



「イヴ殿……俺は、貴女が分からない。だけど、皆に母と呼ばれる姿が偽りのものだというのなら……もう貴女の下にはいられない。俺が欲しいのは争いを繰り返して発展する世界でなく、人々が穏やかに暮らせる平和な世界なんだ! 大切な人たちと笑って過ごせる時間が、一番大事なんだ!」


 パールの叫びにイヴは眉をしかめ、ノアは無表情を貫き、シルは心を震わせた。

 大切な人。シルにとってはエルとハルマ、そしてパールだ。

 魔導士の学園で知り合った真面目で気弱そうな少年。始めは彼に大した興味もなかった。けれど彼の後輩でありエルと仲良しのハルマがパールとシルをくっつけようとし、何度か話すうちに共感する部分も出てきた。

 この気持ちが恋であるのか、シルにはよく分からない。だが自分がパールを大切に思っていることは確かだ。彼の主張には賛同するし、懸命に支えていきたいと思う。

 

「貴方がイヴの前でそう言ってくれて嬉しいわ。私も思いは同じよ」


 偽りの平和も、【神】も、【神の母】もいらない。

 手に入れるべき真実の世界のために、シルたちはこの時戦う覚悟を決めたのだった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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