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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第9章 『ユグドラシル』編

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7  心を壊すもの

 感情のない、無機質な瞳が僕を見つめてくる。

 暴食の悪魔ベルゼブブの《神化》を発動したエインだ。白い髪に触角のように結ばれた前髪は変わらず、瞳だけが虫のごとき複眼となっている。

 また、変化したのは単純に身体的な部分だけでもなかった。


「剣の戦いにこれは邪魔。やっぱり、ベストな装備で臨まなきゃね」


 エインはにこっと笑いながら、身に纏っていた黒いローブを脱ぎ捨てた。

 防具を最低限のものに留めた軽装。上下とも白を基調にデザインされており、袖は短い。裾から伸びる細い脚には黒のスパッツ、腕や首もとにも同色のアンダーウェアが見える。

 

「どう? シル様が僕のために作ってくれた特注品だよ。僕の身体にフィットして、本当に動きやすいんだ。君のやぼったい鎧とは違ってね」

「いちいち嫌味を挟まないと喋れないのかい? ま、僕の鎧も神化してしまえば無いようなものだけど」


 テュールの神化は防御の殆どを捨て、攻撃に特化したものだ。バランス型の神化オーディンよりも扱いに癖があるが、使いこなせれば比類なき爆発力を発揮する。

 前回のエインとの戦闘以降、テュールの神化は何度も発動してきた。大丈夫、これまで通りやればいける。

 朱色の短髪に剥き出しの筋骨隆々な上半身、下半身は黒の長衣。腰帯や首から下げた鎖は黄金に彩られ、神の華美さを控えめながら表現していた。

 全身の体温が微かに上昇した気がする。こうして神と一体化したことで、鼓動は早まり気分は高揚していく。

 

「さぁ――行くぞッ!」

「望むところさ!」


 僕の叫びに答えたエインの背中にその瞬間、透明な二対のはねが生えた。

 彼の加速を大いに支えた強力な翅――今回も苦しめられることになりそうだ。

 けれど。


「スピードでは誰にも負けない! いや、負けたくない!!」


 最初から僕にあったのは敏捷さだ。それが強みだと、かつてルーカス・リューズさんは言っていたのだ。

 そのスピードで他に追随されるなんてありえない。神化しているなら、尚更だ。

 駆け出した僕は黄金の片手剣をエインへ上段から振り下ろす。動きは大振りすぎるくらいで構わない。

 なぜならこれは、彼の剣に直接ぶつけるわけじゃないからだ。


「食らえッ!」


 テュールの剣の斬撃を自在に操る《力魔法》。振り下ろした剣は勢いをそのままに、逆方向へV字を描くように跳ね上げていく。そうすればV字型の空気の剣がそのままエインへ飛んでいくのだ。

 さらに僕は横薙ぎ、縦に垂直斬りと連続して技を放った。

 僕らの決闘を見守るジェードたちが、それを目にして驚きの声を上げる。


「速い……! 前からすげぇと思ってたけど、今まで以上の早さなんじゃねえか、トーヤ!」

「ええ。しかし、エイン殿も負けてはいない」


 近づかなくとも斬れる僕の技も大概だが、エインの翅による加速力もインチキじみていた。

 僕が瞬く間に出した連続技を赤い複眼で見切った彼は、神化により形を変えた《悪器》の二刀で斬撃を打ち返す。

 

「遅れはとらないよ。僕だって、速さには自信があるんだ」


 エインの複眼がギラリと輝いた。彼は薄い唇を弓形に曲げ、楽しそうに言う。


「もっともっと、君の剣で僕を楽しませてよ!」


 エインの翅が超高速で振動し始め、キィィ――ン、と細く高い音が鳴った。

 彼の背中のそれは赤々とした光を発し、同時に爆発的な加速を生み出していく。

 

 ――来るッ!


 バンッ! と地面を蹴る強烈な音が響いたその時には、少年の姿は眼前から消えている。

 どこへ行ったんだ……!? 

 しかし首を回して捜す間もなく、エインの剣は僕の背に冷たい刃を触れさせ――。


「がはっ……!?」


 肌を引き裂かれる灼熱のような痛みが僕を襲った。

 嘘だろ、こんな加速聞いてない。不味い、不味い、不味い! どうする、どうしたらいい!? 

 

「ぐっ――!」


 振り返り、テュールの剣でエインの上からの二撃目を何とか受けた。

 火花が散って衝撃が全身に負荷を強いるなか、三撃目――エインの二刀のもう片方が、紅の軌跡を引いて迫り来る。

 

「あああああっっ!!」


 気合いとすら言えないような絶叫と共に、僕はテュールの剣を最後まで振り上げた。エインの二撃目を弾き、即座に引き戻して三撃目を防ごうとするも……間に合わない。

 

「ごめんね……僕はもう、なりふり構ってられないんだ」


 エインの囁きの意味なんて考える余裕はなかった。

 痛い、痛い、痛い――歯を食い縛って耐える、それができたらどんなにいいか。

 剣から瞬間的に離した右腕を胸の前に持ってきて、僕はエインの攻撃を肉体で受けた。

 

「――、鋼に、なれ……ッ!」


 持てる魔力を全て右腕に注ぎ込む。そうすりゃあ、僕の身体は必ず応えてくれる! 

 なりふり構わないのはこっちも同じだ。動きに追い付いて防御することが敵わないのなら、無理矢理にでも肉体で止めるだけ。

 魔力を一点に集中させることで、テュールの神化を発動した僕は筋肉の『硬質化』を可能にできるのだ。

 魔力、そして何よりも固い『意思力』があれば、肉体は鋼も凌駕する硬さに変貌する。

 

「まだそんな技が……!? 君はとことん、僕の予想の上を行くようだね!」


 玩具を与えられてはしゃぐ子供のようにエインは歓喜していた。満面の笑みで剣を突き出し、僕の腕に何度も刃を刺そうとしてくる。子供が虫を殺すような無邪気な残酷さに、僕は額から脂汗が流れるのを感じた。

 ガッ、ガッ、とエインの剣が僕を責める。これまでの加速を捨て、攻撃されても一滴の血も出ない硬質化した腕を彼は興味深げに見ていた。

 

 ――なんだ、こいつ。僕が大人しくやられっぱなしでいてくれると、本気で思ってるのか? 

 なりふり構わないと言いながら、こんな行為に出るなんて……。


 頭にかっと血が上る感覚を覚えながら、僕は至近距離で向き合ったエインを睨み付けた。

 それから《硬質化》させた腕を思いっきり横薙ぎし、エインの剣の一本を離れた木々の根本まで弾き飛ばす。

 右腕を派手に投げ出すエインは一瞬目を大きく見開いた。

 

「僕を何だと思ってる? 舐めるな、エイン!!」


 引き戻したテュールの剣を振り下ろし、怒鳴り付ける。いくら敵対しているからといって、剣士の戦いで相手を尊重しないやり方が許されるとは思えない。僕に剣を教えた父さんは言っていた――本気でぶつかり合えば、どんな相手とだってわかり合える。

 僕はその言葉を信じている。この戦いを通して、エインを知ることが出来ればと期待している。


 痛みも忘れて打ち放った大上段からの一撃を、エインは難なく短剣で受けてみせた。

 僕を見上げる赤い瞳はゆらゆらと妖しい炎を灯している。


「君は僕を高めてくれる、たぐいまれな存在さ。でも、それとは別に僕は君を虐めたいんだ。君が痛みに苦しむ顔や声をすぐ側で感じたい……はは、どうしてかな。前はこんなんじゃなかったのに、今、君と再会してからはこの欲望を止められないんだ」


 欲望。人のそれに取り付き、悪意に変える存在こそが悪魔だ。

 エインは元々こうした性格だったわけじゃなく、悪魔が以前よりも彼の心を深く蝕んでいるからこうなったのだろう。前との差異や違和感もこれなら納得が行く。

 

「おお、おおおおっ!!」


 雄叫びと共に剣戟が始まった。僕もエインも互いに得物は一本のみで、それを失えばもう後はない。

 僕は悪魔を許さない。そして、悪魔の《宿主》となってしまった人を救えなかった自分も許容できない。マーデルの王子様も、もしかしたらアマンダ・リューズさんも僕の行動次第では助けられたかもしれなかったのだ。

 神殿オーディンでマティアスを殺した僕は悪で、罪人だ。彼が死を懇願してきても、それはやってはいけないことに変わりはない。

 こんな僕が正義を語るなど、笑止の沙汰だろうけど……それでも、僕は悪魔に憑かれた人を助けたいんだ。長きに渡って悪魔に支配されたモーガン前女王のような犠牲者は二度と出しちゃならない。悪魔に人生を狂わされる、そんな悲しいことは起こってほしくない。

 

「僕は……誰かを救うことで、罪を償えたらと……そう思ってここまでやってきた! エイン、君が悪魔に呑まれそうになっているのなら、僕が助け出す!」


 背中の痛みなんて、傷口を《硬質化》させて強引に塞いでしまえばいい。今気にするべきはエインだ。真に怒りを向けるべき相手は、暴食の悪魔ベルゼブブだ。

 

「予定にはなかったけど、ベルゼブブ、お前はここで倒す。エインの心を壊したお前を野放しにはできない!」

「……心を壊したぁ~~? それは心外だなぁ、《神器使い》さんよぉ」


 ――悪魔が表に出てきたか。この悪魔、もうとっくにエインの制御から外れてしまっている。

 エインの口調が変化したことで僕はそう悟った。

 汗を散らしながら剣の猛攻を仕掛ける僕に対し、悪魔ベルゼブブは面倒くさそうに舌打ちしつつ応じる。


「オレが働きかけなくても、コイツの心は勝手に壊れてたさ。いや……ある意味じゃ、とっくに壊れてた。コイツは普通の人間じゃねぇからなぁ」


 激しい動きの中でもエイン、いやベルゼブブは会話をする余裕を残していた。

 普通の人間じゃない……? 魔族だからそうだということか、それとも他に理由があるのか? 

 疑念に感じたが、それは後回しだ。ベルゼブブを圧倒させるくらいの勢いを出せないと、彼を凌駕することは不可能。余計な思考を削ぎ落とし、集中しなくては。

 僕は炎の《魔素まそ》を神器に付与し、それから魔力を送り込むことで《魔法》へと昇華させた。


「【蒼炎剣そうえんけん】!」


 青い炎が黄金の剣に纏い、輝きを放つ。触れたものを斬った上で燃やし尽くせる僕のオリジナルの魔法だ。

 ベルゼブブの悪器の短剣は、燃え盛る剣と激突した。交差しせめぎ合う二つの武器。僕が魔法を発動したにも関わらず、両者は互角であった。

 エインの剣を見ると赤い光の粒のようなものが輪郭を縁取っている。おそらく、ベルゼブブ固有の《付与魔法》だろう。


「オレが求めるのは人間の血と肉、それだけよ。その欲求を満たすにはエインは絶好の触媒だった。小さい体だが魔力は強く、何より戦う理由を持っているからなぁ。これまでに葬った相手も数えきれんくらいだ」


 剣と剣を触れ合わせ、僕らは膠着状態となった。

 エインの剣からは激しく脈打つ魔力と熱が伝わってくる。

 ベルゼブブは気だるげな口調だが、それとは裏腹に本気のようだ。


「さぁ、トーヤよぉ……オレともっと遊ぼうぜ! お前の心もオレが喰い、ぶっ壊してやるからよ」

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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