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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第9章 『ユグドラシル』編

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6  白の少年の力

 空に走った黒い裂け目から降りてきたエインは、裸足で着地すると辺りをぐるりと見回した。

 

「ここが《古の森》……何だか、息の詰まりそうな場所だね」

「全くもって同感だけど、まずは君の話を聞かせてよ。シルさんから伝言はあるのかい?」


 エインだけがわざわざ来たってことは、彼は恐らくシルさんの伝令役だろう。

 彼女のもとに着く前に他にやるべきことがあったのか、それともエイン自身が僕たちをシルさんのもとへ連れていってくれるのか――何でもいいから、情報を得たい。

 そう思っているのはエルたちも同じで、皆が一様にそわそわした表情でエインの返事を待ち望んでいた。


「まぁ、そう焦らないで。僕は君とまた話がしたかったんだ、トーヤ君」


 僕らの心情とは真逆で、エインは極めて穏やかな声音で言った。

 一歩前に出て僕との距離を詰めると、白髪の少年はこちらを見上げて目を細める。


「君はすごい人だよ、トーヤ君。神殿ロキで君と戦った時、僕は君の戦いへの執念を強く感じた。絶対に勝つんだっていう激しい気持ちをぶつけられて、僕の心は熱く燃え上がった。――あの感覚をもう一度、味わいたい。僕の退屈な人生に鮮やかな色をつけてくれた君への感謝も込めて、僕は君とまた戦いたい」


 挑戦的な瞳。赤い光が妖しく揺らめき、見ていると何だか引き込まれそうになってしまう。

 

「戦うって、今、ここでかい? 僕は早くシルさんの所へ向かいたいのに……」

「だから戦うんだよ! 君も言ったじゃない、命を懸ける者をオーディンは選ぶって。ちょうどいいじゃないか。僕と君との戦いなら、きっと死闘になるよ」


 エインは僕の手を握り、さっきより語気を強めて言った。

 彼の両眼の光はさらに強まる。魔族特有の魔力の光――見るものを惑わす蠱惑的なそれに対し、僕はなるべく心を平静に保つべく雑念を取り払おうとする。

 今考えるべきはシルさんに会いに行くこと、ただそれだけだ。

 

「僕は君のことが好きだ。君は僕を最高に楽しませてくれるから。だから、殺す。ぶっ壊れる寸前まで追い詰めて、追い詰めて、追い詰める。その余裕綽々な顔を、絶望に染めてやりたい。勝負を受けてくれるよね、トーヤ君!」


 満開の花のようなエインの笑顔がアマンダさんのそれと重なる。

 やはり彼も同じなのか。人の苦しみを何よりの甘美とする、そんな心の持ち主なのか。

 初めて彼と会った時は、彼はとてもシャイな男の子という印象だった。だが慣れない場所でおどおどしていたあの姿は、今は全く見られない。

 

「驚いた? 僕がこんなこと言うなんて――って顔をしているよ。その表情も素敵だね……」

「――っ、何も素敵なことなんてない。僕は君と戦い、その上で必ず勝つ! 君の思い通りにはさせないさ」


 ここでエインと邂逅してしまった以上、戦いは避けられない。逃げても延々と追いかけ回されるだけだろう。

 エインの思惑に乗ることになるけど、結果として勝てばいいのだ。僕は前よりも格段に力を増している。フェンリルやリューズとの戦いやノルン攻略戦を経て、成長したところを見せてやる!

 

「エル、これは僕たちの戦いだ。手出しするなよ」

「わかった。――信じてるからね」


 突如舞い降りた決闘だったが、エルは僕の頼みを素直に聞いてくれた。

 シアン達も僕の意を汲んで頷く。彼女らは僕とエインから後ずさって距離を取り、それ以上の言葉は発しなかった。

 エインは彼女たちのその様子に満足そうな笑みを浮かべる。


「それでいい。戦士の戦いに邪魔はいらないからね。さぁ、始めようか、トーヤ君!」


 白髪の少年は細剣レイピアを手に執り、対峙する僕へ向けた。

 僕も背中に吊っていた《魔剣グラム》を抜き、両手でしっかりと柄を握り込む。

 エインの赤い瞳の中に映っている自分の立ち姿は以前の僕より大きく見えた。どうやら最近成長期に入ったらしい僕は、ここ一ヶ月で五センチ近く身長が伸びている。加えて、毎日欠かさずトレーニングしているおかげで筋肉もそれなりに付いていた。エインとの体格差は、正直かなりある。

 

「《ベルゼブブ》よ……力を貸しておくれ」


 だけど、《魔法使い》には体格差なんて関係ないのだ。覆せない体格差をエインは確実に魔術で埋めてくる。

 剣戟のみで済んだ前回と比べて、厄介な戦いになりそうだ。


「オーディン様――行きますッ!」


 この勝負は早めに終わらせたい。一気に攻め、一気に潰す!

 僕は魔剣グラムを上段に構え、地面を蹴り飛ばしつつ眼前の少年へ振り下ろす。

 体重、そして駆ける勢いを乗せた大威力の一撃。

 ドガッ! と金属が何かに衝突する鈍重な音が鳴り――しかし僕の渾身の初撃は、エインの細剣に受け止められてしまった。

 

「……重い……!」


 横向けの細剣の刃はミシ、ミシと軋んでいた。その持ち主である少年も歯を食い縛り、踏ん張って僕の剣に耐えている。

 小さく細い腕にこの大剣の攻撃を支える力など――ましては弾き返す力などありはしないはず。

 いける。このまま行けば、エインのレイピアが折れることは確定だ。武器を奪えば、あとは魔法に頼るしかなくなる。

 その魔法も――。


「《悪器》を破壊されればそこに込められた力は失われ、僕はベルゼブブと一つになれなくなる。君の目論みは正しいやり方だよ。でも、ね……ベルゼブブが司る大罪が何か、君は知ってるかな?」


 どういう意味だ、と考えてから僕がその答えにたどり着くまでさして時間はかからなかった。

 ベルゼブブの大罪は【暴食】。色欲が対象の心身を惑わし、怠惰が停滞させる効果を持っていたなら、この大罪は文字どおり『喰う』ことが能力だろう。

 エインがまだ余裕なのはそのせいだ。力を『喰らう』魔法が働いて、グラムに込めた僕の力を奪うことが出来るから。


「ちくしょう、そんなのありか……!?」

「ごめんね? 流石にこれくらいはしないと勝てないと思って」


 僕の推測通り、エインの細剣は血のような赤色に輝き始め、ドクン、と一瞬大きく脈動した。

 次にはもう彼の剣は長さも太さも増し、対する僕の剣の漆黒の光沢は色褪せてきている。

 外野からエルが驚愕の声を上げるのが聞こえた。


「グラムの魔力を吸い取ったのか!? あの剣は常に強い魔力を纏っていたから……それが無くなれば、普通の剣と変わらなくなってしまう」

「そんな、じゃあトーヤは……」


 言わなくても分かってるよ、シアン。僕はもう、神オーディンの《神化》を使えない。剣の魔力は時間が経てば自然回復するけど、エインがそれを律儀に待つわけはないのだ。

 

「ふふっ、これで君の神器はあと一つだね」


 エインは得意気な顔で言い、一回り大きくなった剣で下から僕のグラムを押し飛ばした。

 弾かれた漆黒の剣から右手を瞬時に離し、《テュールの剣》を差した腰元へ持っていこうとするが、しかし。


「はっ!」


 エインの剣を持たない左手がぬっと伸び、僕の手首を掴んだ。

 氷のように冷たい手。その感触にドキリとしながらも、僕は彼を強引に振り払おうとする。

 したんだ、けど……力が、入らない。


「っ、くそっ……!」

 

 ――ベルゼブブの能力か。

 接近戦に持ち込んでしまった時点で、僕の大幅な不利は決まっていたのだ。

 相手の体力や魔力を奪う、未知なる魔法――エンシオさんとの戦いの時と同じだ。彼とは異なり直接力を吸い取る悪魔の技だが、対策は出来たはずだと僕は後悔する。

 エルが使っていた加護の魔法、あれを予めかけておけば恐らく被害は最小限に留められた。それを行わず剣で早期決着を狙う、その目論見が始めから間違っていたのだ。


「君が成長したように僕も変わってたんだよ、トーヤ君! ベルゼブブの力をさらに引き出したことで、僕は新たにこの魔法を手に入れた。これさえあれば僕に触れられる者は誰もいなくなる。そうしたら最後、抵抗することなんて出来なくなるからね」


 随分とお喋りだね、エイン。余裕なのはいいけど、僕のことをあんまり甘く見るなよ!

 内心で叫び、僕は《無音詠唱》を開始する。目の前の敵に気取られないように、表情は驚きと苦しみを示しながら。

 僕の魔力の全てがエインに吸い取られてしまう前に、詠唱を終わらせよう。


 ――【我が名は闇精霊ノクス、暗黒の化身、夜の王。深淵より這い出で、あまねく魂を支配せん】


 魔法を完成させることだけを、詠唱した先に起こる現象のみを確かに心に思い浮かべる。

 エインを僕ごと包み込む黒いエネルギー……そいつが彼の魔法の力を打ち消すとまではいかないだろうが、弱めるくらいは叶うはずだ。

 

「悪いねエイン、魔法を使うのは僕だって同じさ」


 白髪の少年の手は僕の手首を掴んで離さない。彼の剣尖が喉元に向けられているなか、僕は不敵に笑ってみせた。

 彼と繋がっていることは幸いだった。こうして直接触れていれば、この魔法から逃れることは不可能だろうから。

 

「これでおあいこだ。【闇精霊の奥義】!!」


 今度はエインの瞳が驚愕の色に染まった。

 僕の手からは黒い靄のように魔力が湧き出し、エインの手から腕を伝ってどんどん這い上がっていく。

 黒の靄はエインの身体に纏わり付き、彼がかけていた魔法の効果を打ち消していった。

 

「くっ……! そんな技が――」


 僕の手を離したエインは素早く飛び退いた。彼の赤い眼はこちらをきつく睨んでおり、悔しさと殺意が滲んでいる。

 互いの距離が開いた。僕は胸に手を当て呼吸を整えながら、腰のテュールの剣を抜く。

【闇精霊の奥義】をはじめとする精霊の奥義は、普通の魔法と比べて強力な代わりに魔力消費量が著しく多い。これを使った後で魔法を連発することは、今の僕には出来ないのだ。

 けれど使った価値はあった。ベルゼブブの技の一つを封じ、テュールの剣が機能停止する最悪の事態は防げたのだから。

 魔族相手に魔法で勝てるとは始めから思っていない。どうにかして剣の戦いに持ち込み、その上で勝利する――それしかない。


「エイン、魔法なんてまどろっこしいことやめて、《神化》で勝負しよう。あの時と同じように」

「一応言っておくけど、僕は型にはまった戦い方なんてしない。何をされても文句は言わないでよね」


 非道な手を使うことも厭わないってことか。

 前回、異端者ハイレシスの巨人ギガを葬ったあの技をまた使われては、防ぎようがない。だが幸い、あの魔法は発動まで数秒間の溜めがあったはずだ。そこを妨害し、何としてもあれを出されないようにしなくては。

 

「じゃあ、改めて……【暴食】の力、思い知らせてあげる」


 エインのレイピアから禍々しい赤の光が放たれる。

 それと同時に、僕も神テュールの《神化》を発動させた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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