3 魔力
「……じゃあ、行こうか」
僕らは顔を見合わせ、少し頬を染めた。
二人で街へ行くのは初めてだ。
僕らは軽い足取りで森を沿うように歩いていく。
エルは僕があげた杖を早速持ち出している。長さ70センチくらいの杖はエルにぴったりで、彼女は気に入ってくれたようだった。
「ありがとう、トーヤくん! ほら、見て見て!」
エルは杖の先に白い光を灯してみせた。
『古の森』の時よりも光が明るくなっている。杖によって、魔法の使いやすさは変わるらしい。
「父さんも母さんも魔導士だったのに……どうして僕は魔法が使えないんだろう」
エルの魔法を見て、僕はいつもの事ながら半分諦めの気持ちで呟いた。
「遺伝的には問題ない筈なんだけどね。君が魔法を発現出来ないのには、何か他に原因があるのかもしれない」
エルは眉間を寄せて考えていた。
僕たちは他愛のない話をしながら、村を出て街の東門に続く道を進んでいたが、後ろから誰かが僕らに向けて何かを叫んでいる声が聞こえ、足を止めた。
「何だろう?」
振り返ると、声の主と目が合った。
がっしりとした体格の男が僕にじりじりと近づいてくる。
この村の村長だ。彼は僕らを睨み付け、こめかみには青筋が浮き出ていた。
エルが怯えたように僕の背中に身を隠す。
「な、何ですか……?」
村長は唾を飛ばしながら、怒鳴るように言った。
「お前が、私の息子を殺したのか!? お前が村から去ったその日に、マティアスも姿を消した! 白状しろ、お前がやったのか!?」
村長は白目を剥いていて、とても正気だとは思えなかった。
……家族を失う辛さは、皆同じなんだ。
「あの、村長」
「なんだ!?」
僕は慎重に言葉を選び、言った。
「彼、マティアスは……【神殿】で、僕らを助けてくれました。彼があの時来てくれなかったら、僕らは生きて戻って来ることは出来なかったと思います。
……あれが、彼なりの償いだったんでしょう。彼は、今までの行いを悔いていました。彼は本当に自分に絶望していたんです。その彼を……そこまで追い詰めたのは、あなたですよね?」
僕は、何を言っているんだ。身内を亡くした人にこんなこと……。
でも、言い出してしまったら止められなかった。
エルが僕の服の裾をぎゅっと掴む。
「あなたが最初から彼を認めてやればよかったんですよ。そうすれば、彼も、僕も……こんな結果にはならなかったのかもしれないのに。
全てあなたが原因なんですよ、村長」
村長は顔を真っ赤にし、今にも僕に殴りかかろうとしていた。
「やめておいた方がいいですよ。僕は今、【神器】を持っているんです。ユダグル教徒のあなたでも、【神器】の存在くらいは聞いたことがあるはずです」
僕は剣を抜いた。村長が、数歩後ずさる。
「神様は僕を認めてくれたんだ。……誰にも僕の邪魔はさせやしない!」
僕は【グラム】の柄を握り締めた。黒い刀身が紫紺の光をうっすらと纏う。
僕の感情に呼応するように、【神器】は力を少しずつ発散していた。
「チッ」
村長は小さく舌打ちすると、そのまま走り去っていった。
僕は、溜め息をついた。どっと疲れが押し寄せてきて、木陰にへたりこむ。
「はぁ……ごめんね、エル。少し休んでも、いいかな?」
「ああ、構わないよ」
エルは僕の隣にちょこんと腰を下ろした。
【グラム】を見ると、さっきまで放たれていた紫紺の光は消えていた。
「何で急に疲れが出たんだろう。村長と話してただけなのに……」
「君が急激に疲れてしまったのは、【神器】を使ったから、だと思う」
エルが言い、僕はまさかと目を見開く。
「さっき一瞬【グラム】が光ったけど……あれだけで、僕の体は疲れてしまったってこと?」
エルは静かに頷く。
「厳密には、体力と言うより、魔力を消費したというべきかな。【神器】は、魔剣や魔法道具とは違って、普通より魔力を多く消費するんだと思う」
僕はいまいち理解できない。
「エル、その魔力って、魔法が使えない人にもあるものなの?」
「全ての生命には、どれも平等に、魔力が宿っているんだ。一般に魔導士とか魔法使いと言われる者たちは、生まれつき魔力を上手く魔法として使うことに長けている。トーヤくんは魔法が使えないって自分を嘆いていたけど、誰にでも、魔法を使える可能性はあるんだよ」
エルが丁寧に、僕にもわかるよう教えてくれる。僕は納得した。
じゃあ、【神器】をちょっと使っただけで魔力を激しく消耗してしまう僕は、魔力が少ないということだろうか。
エルに訊ねると、それは否定された。
「君が思っている以上に、【神器】は多く魔力を消費するんだ。君は【神殿】で【ジャックナイフ】を使ってもここまで疲れはしなかったろう? 魔剣を使いこなせるなら、並み以上の魔力はあるはずだよ」
魔力に、【神器】。僕にはわからないことも多いけど、それもこの先色々な世界を見ていくことでわかるようになるのだろう。
十分くらい休むと僕の魔力は回復してきて、立ち上がれるようになった。
エルが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
「もう大丈夫だよ。街までは、歩いて行けると思う」
海風が僕の前髪を揺らし、潮の香りが鼻腔を満たす。
久し振りのエールブルーの街は、もう少しだ。




