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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第9章 『ユグドラシル』編

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2  男女の営み

 その後、僕らはアレクシル王による夕食会に招待された。

 王族が普段から使っている最上階の大会食室にて、僕たちとアレクシル王、エミリア王女、それにエンシオさんも加え、他の者たちは除いた内密的な会となった。

 外交上の要人でもない僕らがこんな厚待遇を受けることに、始めは畏れ多さもあったけど……今、僕たちのパーティは四人の《神器使い》を有しているのだ。《神器》が秘める力の巨大さはアレクシル王が身をもって証明しているから、王城の人たちも僕たちへの待遇を疑問視しなかったのだろう。

 しかし本当に、一国の王様からこれほど懇意にしてもらえるなんて旅立った当初は思いもしなかった。


「スウェルダ王とは舞踏会に参加させて貰った時に話したけど、アレクシル王の思想は彼とはまた違うみたいだ」


 食事会を終えて客間に戻った僕は、机上の白紙とにらめっこしながら呟いた。

 ペンを握り、手の中で回して弄ぶ。ここに帰還してからのアレクシル王やエミリアさんとの会話を回顧し、そこから得られたことを整理していく。

 

「そうみたいだね。アレクシル王は神器の力を使うことにかなり積極的だ。スウェルダ王は神器について詳しくなかったし、前のルノウェルス王も神器を持っていなかった。けれどアレクシル王は神話の神器の存在を信じ、実際にそれを勝ち取って英雄となったわけだ。彼が力を得て、もう何年も経ってる。思想もまた変わるだろうさ」


 背後からエルが歌うような口調で言った。どうやら、僕が神器を持つ王について考えていることが嬉しいらしい。

 背もたれのない子に座る姿勢を正し、僕はペンを走らせつつ言葉を吐き出す。


「あの王様、自分が力を持って当然の人物だと思ってる。自信に満ちているんだ。現にその通りで、彼はあのリリスと互角に戦ってしまえるほど強い。僕なんかじゃ絶対に歯が立たないくらい、あの人は大きな存在なんだ。でも、僕はその強大さが危ういんだと思う」


 アレクシル王とリリスとの戦闘は視認できないレベルの速度で行われていて、それを目にした僕は彼らをまさしく《神》だと思った。

 人間がいくら束になっても敵わない、人智を超越した最強者。誇張抜きでアレクシル・フィンドラというのはそんな男なのだ。

 彼を止めることは誰にもできない。少なくとも、力で押し止めることは一切叶わない。


「だから……彼が神器のコピーを作って悪魔に備えるって言ったとき、怖くなった。本当に使い道はそれだけなのか? 侵略や破壊に利用したりはしないのかって……。王様が悪人じゃないって、悪魔と戦う僕らの味方だってことは分かってる。分かってるけど、どうしてもそう疑ってしまうんだ」


 エルは黙って僕の話を聞いていた。彼女の顔を見られず、僕は視線を紙に落としたまま続ける。


「ごめんね、エル。僕、疑心暗鬼になっちゃってるみたいだ。何だか最近は、人の『悪』にばかり目が行ってしまって、心の中で敵ばかり作ってる。アレクシル王もエミリアさんも、エンシオさんも……フラメル博士もルシッカ女史にも、何か裏があるんじゃないかって疑っちゃう。僕……君が望んだ僕とはかけ離れてしまったかもしれないね」


 エルは正直で善良な人格の《彼》を愛していたのだ。夢の中で見る彼の姿と比べて、僕は歪んでいる。幼い頃からの境遇――ほんの一年ばかり前まで村の少年達から苛められていた過去が、心に陰りを残していったのだ。

 苛めに触れ、差別に触れ、悪魔に触れ……そんな中で僕は《彼》とは全く違う何かになった。


「君は……そんなことを思ってたんだね」


 エルが囁く。衣擦れの音と、こちらに近づく足音。

 

「トーヤくんと、彼――ハルマくんは全くの別人さ。見た目はそっくりだけど、中身は全然違う。私が君に何かを望むとしたら、ハルマくんのようになって欲しいとは絶対に言わないよ。だって、君は君なんだから。この世にたった一人の、トーヤくんっていう人間なんだから」


 エルの腕が、僕の冷えきった胴をぎゅっと抱き締めてきた。

 その温度と言葉が胸にゆっくりと染み渡っていく。

 

「そうか……うん、僕は僕だ。他の誰でもない、トーヤという人間。ありがとう、エル。僕にそのことを気づかせてくれて」


 首を回して彼女を見上げる。にこやかな、春の日差しみたいに柔らかい笑みがそこにあった。

 密着していると、エルの纏う花の香りが感じられた。フィンドラまでの旅路の中で、僕が行商人から買ってあげた香水の匂いだ。

 エルは笑みを収め、視線を少し下に向けると言った。


「ううん、君が悩んだのは私のせいでもあるから……。私がハルマくんのことを話さなければ、君が彼を意識することもなかったはずだからね。私、君と出会って、そのことを話そうかずっと悩んでた。君と過ごしながら考えて、トーヤくんが十分成長したら明かそうって決めたんだ。でも、結果として君を深く悩ませてしまった。謝らなきゃいけないのは、私の方」


 僕はエルの言葉を静かに受け止めた。その上で、彼女を責め立てたりはしなかった。

 誰にだって誤りはあるし、そもそもこれに関しては僕が懊悩しなければよかった話なのだ。勝手にアイデンティティを見失いかけた、僕がいけないんだ。


「いや、許すよ、そのくらい。――この話はそれで終わりにしよう。なんかしんみりしちゃったし、せっかくだから楽しい話でもしようよ」


 そうして声の調子を上げ、笑う。

 いつまでもくよくよ考えてちゃ始まらない。《組織》のシルさんとの対話が、明明後日しあさってにも迫っているのだ。僕にとっては倒すべき敵、またエルにとっては実の姉である彼女と会う前くらい、明るくしてた方がいい。

 

「ふふっ、そうだね。こうして二人きりになれるのも今くらいだし……リオ達が嫉妬に燃え上がるくらい、今夜はイチャイチャしちゃおっと!」

「さ、流石にその言いぐさは……ちょっとは遠慮しないの?」

「何言ってるの、トーヤくんが一番好きな女の子は私でしょ? ……それに、この前の答えまだ聞いてないよ」


 ひきつった笑みを浮かべて訊くと、当然だろと返される。さらに神殿ノルン攻略前の朝のことを蒸し返され、僕はどうしたものかと口ごもる。

 はっきりとノーと言えば、エルは傷ついてしまうかもしれない。けれど、僕たちはまだ子供なのだ。万が一エルが授かってしまったとして、僕にその責任が負えるとは思えない。それに、今の旅の生活を変えたくない。エルやシアンたちと共に過ごす今が、僕は大好きだ。この旅を、この関係を壊したくない。


「こ、こんな僕でいいの? この見た目のせいで、僕はもう、汚されてしまっているんだよ……。それでも、構わないっていうの?」


 僕と妹のルリアは、異民族であるのを理由に村で虐げられる立場だった。加えて当時は忌々しいとしか思えなかったこの顔のせいで、僕らは奴らの格好の餌だった。

 今言ったことは偽らざる事実だ。過去の記憶はあの神殿オーディン攻略後に清算したつもりだから、現在はほとんど思い返すこともないけど、それを知ればエルもきっと嫌がるだろう。

 そう、思っていたのに――。


「構わないよ。私がそんなこと気にするような小さい人間だと思う?」


 彼女の腕の中で身を捩った僕を、エルは真っ正面から笑い飛ばした。

 それから椅子をくるっと回転させ、僕を彼女と向き合わせる。

 煌めく翠の瞳に見つめられた僕は思わず息を呑んでいた。宝石に勝るとも劣らず、本当に美しい。こんな綺麗な眼を持つ人を、僕なんかが触れて良いのかと考えてしまうほどに。

 僕がしばし言葉を失っている間に――エルはこちらに顔を寄せ、小振りな桃色の唇を僕のそれと重ね合わせた。


「――んっ、あっ……エ、エル……」


 蕩けてしまいそうな甘さの、身体を痺れさせるようなキスだった。

 僕は彼女の名前を呼ぶだけで精一杯。この一瞬で完璧に主導権を握られてしまっている。

 心臓の鼓動が高まる。身体がどんどん熱くなる。互いの唾液が絡み合うほど密な、これまでとは違う口づけに、僕はもう抵抗できない。

 

「トーヤくん、大好き」


 エルに手を引かれて立ち上がる。快楽に麻痺したままの頭で、僕はそのままベッドまで連れ込まれた。

 倒れ込んだベッドの中で彼女の身体を掻き抱く。そしてまた、キスをする。今度はこちらから――さっきより長く、それでいて優しく。

 僕は身も心も揺らめいていた。これから自分がしちゃいけない行為に及ぶのだと分かっていても、止められない。花の香りに惑わされる蝶みたいに、エルに引き寄せられてしまう。

 

「エルっ……僕も、好き。君のこと……出会った時からずっと、愛してる」

 

 脳裏に初対面の頃の彼女が甦った。僕たちの家の前で行き倒れていた、黒いぼろマント姿のエル。呆れるくらいの大ぐらいで、ハプニングだって起こしていたけど――彼女との時間は楽しさしかなかった。彼女の導きで僕は力を得て、彼女が先を示した旅で仲間も出来た。

 今の僕の全ては彼女がいたからあるのだ。エルは孤独の殻に閉じ籠っていた僕を引き出してくれた、大切な恩人だ。

 

「ありがとう、エル」

「こちらこそだよ、トーヤくん。君がいれば、誇張抜きで私は何でも出来るんだ。君は私に勇気をくれる。私を癒してくれる。笑顔をくれる。君にはとてもたくさんのものを貰ってきた。だから……」


 ――今夜はその、お礼をしたい。これで全ての恩返しとは言えないけれど、君に喜んでもらえたらいいな。


 囁いたエルに僕は頷く。魔導士の黒ローブを脱ぎ去り下着姿になった彼女に倣い、僕も上着を放り捨てた。

 きっと一夜限りの夢になる。今が終われば、次に来るのは未知の出来事なのだ。だから、それまでは――この熱に身体を任せるのも、許されることではないだろうか。


 彼女の白く細い指が、僕の肩から胸板までをなぞっていく。擦り寄せられた頬の感触はお菓子みたいに柔らかく、弾力があった。

 僕も彼女の背中に腕を回し、抱き締める。そしてもう一度、口づけする。

 肌と肌が密着し、お互いの体温をじかに感じた。熱と同時に早くなる鼓動も、息遣いも一つになっていく。

 

 開かれた夜の扉は、互いが満足するまで閉ざされることはない。

 一瞬すら永遠に感じるような特別な時間を、僕らは求めるままに堪能した。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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