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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第8章  神殿ノルン攻略編

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エピローグ  管理者たちの見る世界

 両足の裏が地面に触れるのを感じて、僕は目を開いた。

 

「ここが、神殿ノルンの中……!」


 僕たちは例のごとく洋館のような外観の建物の前ではなく、いきなり内部に飛ばされたようだった。

 白い大理石の床と壁の部屋は馬鹿みたいに広く、先程までいた『氷の迷宮』最奥の大部屋にも匹敵するくらいである。

 だだっ広いだけで特に何も配置されていない部屋を眺め回しながら、僕と手を繋いだままのエルに言う。


「神殿ロキの『神の間』も、ここと似たような場所だったよね。ということは……今回僕たちは神殿内の試練をすっ飛ばして、神様の元に来たってこと?」


 僕以外の面々も続々とこの場に転送されて来ていたが、皆一様にどうしたものかと辺りを見ていた。

 と、エルが口を開こうとしたその時――。


『ご明察です、少年』


 ソプラノの声がどこからか聞こえてきて、僕の疑問に答えてくれた。

 この人はさっきのスクルド様じゃないな。だとしたら、ウルズ様かベルザンディ様……?


『我が神殿に招かれし者たちよ……わたくしはウルズ。過去を司る運命の時女神ときめがみです。本来ならば神殿の試練を受けた者にのみ、神器を授ける規定になっておりましたが……今回はやむを得ぬ事情により、その試練は取り止めることとなりました』


 やむを得ぬ事情、だって? てっきり僕たちが悪魔を倒した功績を試練の代わりに認めたものだと思ったんだけど、違ったのか。

 シアンたちのどよめく声を耳に挟みつつ、女神様の話を一言一句聞き漏らさないように注意して聴く。


『神器使い、並びにそれを補佐する者たちよ、よく聞きなさい。――世界には今、巨大な危機が迫っています。お前たちが迷宮で戦っている間に【強欲】の悪魔が目覚め、【傲慢】と【嫉妬】もじきに動き出すでしょう。スクルドの予見に間違いはありませんからね』

「そんな、嘘だろう!? 三つの悪魔が連続で現れるとしたら、私たちだけじゃ対応しきれない」


 無情に告げられた宣告に、エルが悲鳴を上げた。

 今、この時も【強欲】の悪魔は行動を開始している。だけど僕たちはここでの戦いを終えて満身創痍だ。目に見える傷はノアさんの薬で治せたとしても、蓄積した疲労までは消してくれない。そしてそれの量は、あまりに多い。

 と、ここで女神ノルンの最後の一人、ベルザンディ様がウルズ様の言葉を継いで話し出した。ウルズ様とは対照的なハスキーな声が、全員の頭の中に響く。


『あたしはベルザンディ。運命のノルンの次女で、現在を司る時女神よ。さて――エルちゃん、お久しぶり。君の心配はもっともだけど、それを解消するためにあたしたちは神器を授けるの。三人の悪魔が覚醒したなら、三柱の女神の力を使う……これまで現世にもたらされた神器も含めれば、それなりの戦力になるはずよ』

『姉上の言う通り! 我らの神器があれば悪魔など恐れるに足らず! 大船に乗ったつもりでいるがよい』


 今、この地方にある神器は全部で七つ。僕が持つ二つに加え、カイのロキ、フィンドラ王家のトールとフレイ、フレイヤ、そして巨人王のスルトという内訳だ。

 ノルンの神器がここに足されれば十個。悪魔三人に対して、十分な戦力に思える。スクルド様の台詞通り、安心して臨めばいいのかもしれない。


「おい、神様とやら。そんなことはどうでもいいから、早く神器使いの選定に移ってくれよ!」

「って、リル君!! 神様への口の聞き方じゃないよね、それ!?」

「なんだトーヤ? そんなの知らねえよ」

「え…………そ、そうなの……?」


 これが価値観の違いってやつか。彼の口調からして、リル君は神話も宗教も知らないで育ったんだろうな……。それでも神器を知っているのは、彼が力を求めるからか、組織がそれを求めたからか……。


『神器使いの選定は、候補者の信仰心は問わないわ。あたしたちが神器を任せられると思えば、それで結構なのよ。さぁ――時間もあまりないことだし、始めよっか』


 ベルザンディ様が明朗な口調で言った。直後、僕は天井の方から確かに視線を感じ、顔を振り仰ぐ。

 心、技、体。神様たちは僕たちの力の全てを見定めているのだ。

 自分が選ばれても、そうでなくてもどちらでもいい。神器使いが新たに増えるなら、この場の誰でも構わない。理屈ではそうだけど――やっぱり、気持ちとしては欲しかった。純粋に戦う力を究めるために、使命とか関係なしにトーヤという一人の人間として、それを望んでいる。


「…………」

 

 皆が沈黙し、女神様たちの決断を待つ中。

 肩を何者かに叩かれて僕は振り向いた。


「な、何ですか……?」


 ノアさんだった。険しい表情で僕を見据えてくる彼女は、僕の耳元まで顔を近づけると囁いてくる。


「あんたは神器を求めるな。万が一女神から選ばれても、断って」

「ど、どういうことですか……!? 何で……り、理由は?」

「…………」


 凄みをきかせた無言の睨みに、僕はそれ以上言うのを止めた。

 ノアさんが理由もなく僕の神器獲得を邪魔するはずがない。彼女にはそのメリットが何もないから。

 きっと、ここで言えない理由があるんだろう。その理由は検討もつかないけど……でも、でもなぁ……。

 未練たらたらの僕に、更に声を潜めたノアさんが耳打ちする。


「あんたに必要なのはノルンの神器じゃない、ってこと」


 ノルンの神器が僕には必要ない。では本当に必要なのは、もっと別の何かだというのか……?


「それは、一体――?」

『決まりましたわ。……神器よ!』


 ウルズ様の声が高らかに神器使いの決定を知らせ、僕たちの視線の先の空中に光のベールに包まれた《神器》が現れる。

 神殿ロキの時と同じだ。黄金の光輝と共に舞い降りる神器を、僕は目を凝らして確認する。

 三本の長い杖……に見える。それぞれ意匠が異なり、柄の先に紅、翠、碧の宝玉がはめられているようだ。紅いものは三日月、翠は鳥、碧は太陽をあしらったデザインとなっている。柄はどれも銀色をしていた。


「あれが、神器……! 凄いけど……私たちには眩しすぎるわ」

「腰抜けね、ヨル。あたしは絶対に選ばれるわ。元々、あれを手に入れることも目的だったわけだし」

「はっ、組織の犬が神器を得られると思うか? さっきまでは手を組んでたが、これからは違うぜ」


 怪物の子たちが神器の輝きに目を細め、各々の思いを口にする。瞳をぎらつかせるリルがケルベロスの台詞を一蹴するのを聞いて、そういえば彼女はこれからどうするのだろう、と僕は考えた。

 迷宮内で出会い、戦った後に共闘することになったケルベロス。初めは組織の刺客として現れた彼女だけど、今はそうじゃないはずだ。最後の戦いでアマンダさんに致命傷を与えたのは、彼女とリルなのだから。悪魔に反旗を翻した彼女は、少なくとも組織と敵対するつもりで行動を起こしたのだ。

 それに――。


「この迷宮での戦いを経て、あたしの中で『ケルベロス』という一人の人格ができたわ。何も考えず、組織の駒として動いていた頃とは違う。あたしはあの子と一緒に、これからも戦っていきたいって……そう思ったのよ」


 どうやら彼女は、僕を好いているようだし。

 きちんと自己を確立したケルベロスなら、もうシルさんの魔法に操られることもないだろう。きっと心強い味方になってくれる。


『ふふ、ではわたくしから。英雄たちの死を視る私が契約するのは――巨人族のユーミ、お前です』

「え――あ、あたし!?」


 まさに青天の霹靂、といった様子でユーミが叫んだ。

 皆の視線が一気に集まり、落ち着かなさそうな彼女にウルズ様は頷きかける。


『ええ。ここに集った者の中で私の能力を最も活かせるのは、お前なのです。世界の歴史を紐解き、現在は殆ど伝承が途絶えてしまった《方舟》伝説をも知っている巨人族の巫女……。過去を司る私に相応しい契約相手でしょう?』

『続けてあたしのパートナーだけど……これは、獣人族のジェードくん、君に頼むわ。君の心は誰よりも現在を生きようって活力に溢れている。それに、強くなりたいって向上心もありすぎるくらいだし……正直あたしのタイプだし』


 ユーミの選ばれた理由は誰もが納得するところだ。ジェードの強さも共に歩んできた僕はよく知っているけど――ベルザンディ様が最後に小声で付け加えたあれ、理由としてはどうなのかな……?

 ジェード自身もぱっと顔を輝かせた後、口を小さく開けて唖然としている。

 

『ではわれが最後だな。我の選ぶ神器使いは、獣人族のシアン、お前だ!』

「ほ、ほんとですか!? わたしが、神器使い……!?』


 指名された中でも一番驚いていたのが、シアンである。

 これまで何度も逆境に立たされた彼女は、同じ数だけ挫折感を味わってきた。自らの弱さに最も大きなコンプレックスを抱いていたのは、シアンだったのだ。

 そんな彼女がようやく、僕と同じ強さを――《神器》を手にすることができる。


「よかったね、シアン。神殿ロキで言ってた願いが、ようやく実を結んだんだ」

「は、はい! これであなたと対等なステージに立てると思うと……何だか感極まって泣いちゃいそうです」


 犬の尻尾を嬉しそうに振りながら、シアンは目元を拭った。

 彼女に微笑みつつ、僕はスクルド様にシアンを選んだ訳を聞いてみる。


「スクルド様は何故、シアンを? 彼女に聞かせてやってくださいよ」

『ふむ、そうだな。シアンよ、ノルンでも末っ子の我はお前の気持ちが痛いほど理解できるのでな。卑屈になりがちなお前を、つい自分と重ねて見ていたよ。だから、お前を選んだ一番の理由は《共通点》を見出だしたから……ということになるな。加えて、お前には神器を扱う資質も存分にある。お前自身は気づいていなかったがな。皮肉なことに、悪魔に操られたお前の戦いぶりを見てわかったことだが』


 スクルド様は誇らしげな調子でシアンを褒め称えた。

 まだ実感のないような顔でいる獣人の少女は、目の前で停止した浮遊する《神器》の杖を見つめる。

 

「これが、わたしの《神器》……!」

『今お前たちに与えた神器は、それぞれ我らノルンの名が銘として刻まれている。シアン、《未来の杖》をよろしく頼むぞ』


 ユーミとジェードも神器をその手に掴み取っていた。この瞬間から彼らも僕と同じ《神器使い》となるのだ。二人の表情は早くも力を持つ者としての覚悟に満ちているように見えた。

 

「ウルズ様、この力は必ず平和のために活かします」

「俺も同じく。決して使い道を間違えないよう、きちんと自分を律していきます」

『頼もしいですね。私も、お前たちが使命を果たしてくれると信じています』

『あたしたちは世界に直接干渉はできないけど、神殿からあんたたちを見守っているわ。あんたたちが強い心で悪魔に打ち勝てるよう、あたしは常に祈ってるから』


 二人が誓いの言葉を神様に捧げると、ウルズ様もベルザンディ様も穏やかな声音で応える。二柱の女神様は自分の神器にようやく持ち主ができて、安堵したような様子だった。

 シアンやジェード、ユーミが神器を得る中――選ばれなかった悔しさに俯く者たちもいる。

 リルとケルベロスは顔を歪め、やや赤らんだ目でシアンたちを睨み付けていた。


「やっぱ、無理だったな。しょせん、俺たちやなんか人間のなり損ないだもんな。……でもな」

「悔しいけど、認めるしかないですね。あなたたちは神器使いで、あたしたちとは違うのだと……。――でもね、あたしたちの力だって負けちゃいないわ。いつか戦う時が来たら、その時は驚くことになるんですから!」


 しかし、怪物の子たちは僕の想像以上のハングリーさを見せつけていた。

 彼らと戦う未来は果たして来るのだろうか――それは置いておいて、僕はにやりと笑うと言い返す。


「僕たちだって進化し続けるよ。どんな障壁が目の前に現れようと、止まらず突き進むさ」

「はっ、その方が張り合いがあるってもんだ」


 すかさず言ってくるリルに、僕は笑みを崩さなかった。

 睨み合う僕とリル、ケルベロスに端から呆れた視線を送るヨルが、神様たちに言う。


「ねえ、女神様。私、さっさと元の世界に帰りたいのだけれど、転送魔法陣を出してよ」

『わかってるわよ、時間もないしね。――皆、部屋の真ん中に集合なさい!』


 ベルザンディ様の号令で僕たちは大部屋の中央に固まった。

 ヴァルグさんたち傭兵団、モアさんたちリューズ商会の面々と一緒になり、魔法陣の出現を待つ。

 今回はシアンたちが神器という栄誉を手にしたわけだけど、この人たちも僕らと等しく迷宮を生き抜いた戦士であり、《英雄》たりうる存在なのだ。道は違えど同じ迷宮を進んだ同士たちに、僕は内心で労いと尊敬の念を抱く。

 亡くした人のためにも、この迷宮で得たものは絶対に次に役立てる。そうも誓った。

 

『《転送魔法陣》――っ!!』


 ベルザンディ様の詠唱と共に、あの紫の魔法陣が足元の床に浮かび上がった。

 僕ら全員をカバーする超巨大な陣。そいつに載っている僕は最後に女神様たちと言葉を交わす。


「ノルンの女神様たちは、僕たちに世界の全てを語るつもりはありますか?」

『面白い質問だな、少年。我らの意思はただ一つ、《アナザーワールド》の子供たちのことは彼らに任せる……それだけだ』

「それでは、真実を知りたければ僕ら自身で何とかしなくちゃいけないというのですね!?』

『その通りです。神々の仕事は世界を無為に引っ掻き回すことではない。子供たちの背中を押し、時に力を与えること――あの黄昏から生き残った私たちの役目は、その一点に限るのですよ』


 ウルズ様たちの返答を煮え切らなく思いつつも、僕はそれ以上口を開かなかった。

 隣のエルに目を向けるが、彼女も今は何も言う気ではないらしい。唇を引き結んでただ足元を見つめていた。

 

『ただ言えるのは……鍵は、そこの《方舟の管理者》が握っているということでしょうか』


 ノアさんは《アナザーワールド》の知識を持つ、《アナザーワールド人》だ。僕は彼女についてそれしか知らなかった。

 ウルズ様の発言が真実ならば……この人は絶対離しちゃいけない人になる。


「ウルズ……人の情報を勝手にベラベラと喋りやがって。全く、昔から変わらないな……」

『ふふ、すみません』

「謝る気ないだろあんた……」


 茶目っ気たっぷりに言うウルズ様にノアさんはご立腹のようだった。

 しかし彼女が何か攻撃する前にベルザンディ様の陣が完成してしまい、その機会を失う。

 発光する円形の陣のまばゆい紫は僕らを包み込み、魔力の力場を作り出していった。間もなく、先程と同様の浮遊感が体に襲い来る。


『神器使いに栄光あれ』


 三人の女神は最後に揃ってそう口にした。

 僕はエルの手を握る力を強め、神様たちに頷きかける。

 視界が白い光に塗り尽くされ――神殿と名付けられた停滞した空間を抜けて、世界は再び時を取り戻す。

 


 こうして彼らの神殿攻略戦は幕を閉じた。

 少年たちはマリー島のホテルに戻った後、アレクシル王の居城へと報告のため向かうことになる。三人が神器使いとして新たに力を得、彼の王はそれは驚愕したそうだ。


 アマンダ・リューズの部隊は解散した。リューズ商会で働きに戻る者、そこから巣立つ者、流浪の傭兵として歩み続ける者――各々の抱える者は違えど、誰もが前へと進もうとしていた。

 

《怪物の子》たちは『影の傭兵団』と共に行くことを決めたようだった。氷の迷宮で邂逅したケルベロスも、フェンリルやヨルムンガンドらと志を同じくし、自らの実力を高めるため旅の中で修練に励むようになる。

 

 そして、《方舟の管理者》ノアは――神殿ノルンのあるギュルヴィ島で少年らと言葉を交わした直後、姿を消した。



『組織の動きも気になるが……私にとっては、彼女が最も気になる人物だ。あの娘の思惑……いや、あの娘を「送り出した」者の思惑はどこにあるのか? 果たして……私には未だ見通せない』


 

 閉じていた瞳を開け、一人の男が呟く。

 白い光に支配された空間で佇む彼は、退屈そうな顔で手の中の絡まった銀の輪を弄くっていた。

 たった数年――それでもずっと前に思える記憶を回想しながら、男は囁いた。


『トーヤよ……私はお前を愛している。そして、期待している。お前が悪魔を滅する英雄になることを――その先の景色を私に見せてくれることを』

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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