22 新たなる挑戦者
「ようやく着いたぜ、神殿ノルン!」
威勢いい少年の声が荒波の音にも負けず響いた。
ヴェンド諸島の中心部、ギュルヴィ島。激しい雷雨に見舞われるその海岸の砂を踏んだ少年──リルは、後ろに続く「同行者」たちを振り向いた。
白い髪の前を触角のように二つに束ねた赤目の少年は、不敵な笑みを浮かべて彼らを見る。
「ちゃんと先に来てるみたいだな、あいつらは。ヨル、これであいつに──トーヤにリベンジできる! 俺たちはもう負けるつもりなんてねえッ!」
「……暑苦しい。少しは落ち着いたら」
リルという少年に呆れ顔を返すのは、青い長髪の少女ヨルだ。
風に煽られ雨に濡れた髪を払いながら、彼女は大型船から降りてくる一人の男へ言う。
「ここまで、どうもありがとうございました。非常に、助かりました」
「いいってことよ。お前らのことが俺は気に入った、だから力を貸した。それに、トーヤは俺の戦友だからな。この国で再会できるのならしたかった。神殿まで来たのはそのついでさ」
青紫のツンツン髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、『影の傭兵団』団長のヴァルグが答えた。その隣ではアマゾネスのリリアンが微笑んでいる。
この一行のあらましを簡潔に説明してみよう。
二人の若い男女、リルとヨル──その正体はルノウェルスでトーヤと戦った【魔獣化】使い、コードネーム『02』と『08』──は、自分達を打ち破った少年にリベンジするべく、少年たちの後を追って東へ向かっていた。
その道中、同じく東方のフィンドラを目指していた『影の傭兵団』と出会い、二人は同行させてもらえないかと頼み込んだ。ただ闇雲に東へ行くよりも彼らの力を借りた方がいい、そんなリルの考えからだった。
ヴァルグは、少年たちの頼みに応えることにした。旅をするのに子供が二人増えても、カイから受け取った金さえあればある程度は養っていける。特に断る理由もなかったため、傭兵団の長は二人に首を縦に振っていた。
「ヴァルグさん、神殿ノルンのある洞窟へ急ぎましょう。いつまでもこの雨に打たれてちゃ、堪ったもんじゃないっすからね」
エルフの青年魔導士が雨具のフードを押さえながらヴァルグへ促す。
ヴァルグは彼に頷き、皆に声を飛ばした。
「お前たち、さっさと神殿へ行くぞ! ガキどももそうだが、俺は神器が欲しい! フィルンでトーヤと再開する前に、あいつと同じ力を手にしておきてーんだ。お前たちはどうだ!?」
傭兵団の仕事とは関係なく、一人の戦士としてヴァルグは求めていた。
男の叫びに仲間たちも同調する。閧の声を上げる戦士たちに気圧されるように、リルとヨルはその影で縮こまった。
「うへっ、すげえ気迫だな。獣みたいに吠えてやがる」
「あの人たちも、あなたにだけは言われなくないと思うけど」
リルの台詞にヨルが突っ込む。08と呼ばれていた頃と比べて、今の少女は明らかに変化していた。表情や言葉遣いが、怪物として組織の下にいた時よりも柔らかくなっている。それはきっと、ヴァルグやリリアンたち、そしてリルとこの一ヶ月間触れ合えたお陰だろう。
自分の連れである少女が変わってくれたことに、リルは喜びを抱いていた。言葉には出さなかったが、しかしヨルも彼のその思いを敏感に察している。
「この先はどうするの? ヴァルグさんたちの力を借りる?」
「俺たちの能力を使うなら、二人きりで行くのが一番だ。あいつらとはここでお別れだよ」
今まで旅路を共にしてくれたヴァルグたちに恩義は感じている。が、それとこれとは話が別だ。
ヴァルグたちは神器を狙っていて、リルとヨルもトーヤやシルたちに勝つためにそれが欲しい。
神器を巡って彼らと戦うことになるのは必然だ。そんな人たちとその瞬間まで共にいて、いきなり刃を向けることがヨルに出来るのか。リルはそう危惧していた。
土砂降りの雨の下、『傭兵団』は神殿へと通じる一本道を駆けていく。トーヤやアマンダらも踏んだ石畳を彼らも辿り、死火山の麓に開いた大穴を目指した。
黒髪のショートヘアを揺らしながら、リリアンは最前列を走るリルとヨルに声をかける。
「ねえ、君たち。──君たちが、私たちに話してない『何か』を持ってること、私は気づいてるよ。でも……二人だけで神殿に挑むのはやめて欲しいの」
「リリアン……さん、何でだよ? 俺たちはあんたらの手がなくても戦える。あんたらに足を引っ張られたくないんだよ」
心配するアマゾネスの言葉をリルは突っぱねた。
彼らに怪物としての姿を見せれば、途端に自分達は彼らの敵となってしまう。リルたちが戦いたいのはヴァルグたちではなく、あくまでもトーヤ一人なのだ。傭兵団よりずっと先に神器を手にし、彼らと争う間もなく神殿を攻略する──これがリルにとっての最善の選択だ。
「私たちが足を引っ張る? 本気で言ってるなら、君は傭兵団を見くびっているよ。私たちは幾つもの戦場を渡り歩き、生き残ってきた兵士……君たち子供よりも潜った修羅場の数が違う。それを知っていて、君はそう言うのかな?」
軽い口調に反して、リリアンは真顔で口にした。
彼女の言うことは正論だ。反論しようにも、リルたちが傭兵団と共に行けない理由は彼らに話せない。
どうやって断ろうか──リルは考えるも咄嗟に言い分が思い付かなかった。
「私たちを信じてよ、リル君。どうせここまで一緒に来たんだし、最後までご一緒させて? ね、いいでしょう?」
リルは走りながらリリアンを振り返り、その目を見た。
彼女の瞳からはリルを心から信頼する気持ちが伝わってきて、赤目の少年は思わず顔を伏せてしまう。
顔を前へ戻し、唇をぎゅっと噛む。──悔しいけど、どうやら俺はあいつらを信じてみたい……のか。
「…………わかった」
少し考えてから、自分の胸の中に生まれた感情をリルは正直に受け入れることにした。
自分達の能力を解放せずとも、身に付けた戦闘の技を使えば普通のモンスター程度なら蹴散らせる。ヴァルグらがいれば、大量のモンスターに襲われても対処が間に合わなくなることはないはずだ。──何とかなる、かもしれない。
「ヨル、お前はどう思う?」
「いいんじゃない? 変に怪しまれても困るし」
ヨルは小声で答えた。彼女の返答に頷いて、リルはヴァルグに首を向けた。
「神器は俺のもんだ! あんたには絶対負けない!」
「言ってくれるじゃねーか。その台詞、そのままお前に返してやるよ」
挑戦的な少年の叫びに、ヴァルグはにやりと笑う。
二刀を帯びる異国の剣士は道の先にある大穴を見据え、呟きをこぼす。
「あれが、神の在る場所……その入り口ってわけか」
外からの光も全て吸い取り、闇に帰してしまう巨大な穴。そこに飛び込めばもう、神器を手にするまで外界には戻れない。
初めて挑む神殿に、この場の皆が武者震いしていた。どのような強敵が現れるのか、どのような出来事が起こるのか──恐ろしく感じながらも、楽しみで仕方ない。
「聞くところによると、神器は三つ──団長と私が一つずつ、それにリル君かヨルちゃんのどちらかが一つ、ってところかしら。今からどんな神器なのか、ワクワクしちゃう!」
両手を挙げて子供のようにリリアンがはしゃぐ。それを苦笑いでヴァルグは見、他の団員たちも表情を同じくした。
リルとヨルも、リリアンと気持ちを共有している。腰の短剣を抜き、二人は穴に飛び込んですぐ戦闘に移れるよう備えた。
こうして、ここに『神殿ノルン』攻略に挑む第三の勢力が誕生する──。




