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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第8章  神殿ノルン攻略編

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20  運命の女神たちの試練

 神殿ノルンが僕たちに課す試練──その第一が『氷の迷宮』だ。

 その洞窟は気づいたときには道が入り組んでいると伝わり、古来から誰も入らないよう地元民たちは戒めているという。

 棲むモンスターもこの場所の寒さに適応しており、寒冷地に暮らす生物に似た形の種類が多いとのことだった。

 そのモンスターの一つ、『氷の巨人』の死体を僕たちが発見したのは、広い通路が二つに分岐する手前である。


「こんな巨大なモンスターの首が、真っ二つになってるなんて……。リオ、これって魔法でやったと思う?」

「いや、魔力の残滓は感じんな。この首は、何者かの手によって切断されたのじゃろう」


 巨人の体は六、七メートルはあるだろうか。その巨体を倒したのがアマンダさんたちなら、彼女らが魔法なしで巨人に勝てる力を有しているということになる。

 アマンダさんたちの手でなくとも、これだけ大きなモンスターの首を跳ねることが出来る敵がいることになるので、これはあまり歓迎されざる光景だった。


「にしても、ようやくモンスターに出会ったと思ったら、そいつが死んでるなんてな。この先も、もしかしたらリューズ商会の奴らが敵を一掃してくれてるかもしれないぞ」

「確かに、アマンダさんたちの後を付けていけばモンスターとの戦闘は避けられるでしょうが……。しかしジェード殿、それではあの人たちを追い抜けませんよ。私たちの目的は、彼女らよりも早く神器を手に入れることなのですから」


 巨人の死体に顔を近づけながら、ジェードが楽観的に言う。

 そんな彼にアリスは自分達の目標を改めて告げた。


「分かってるよ。立ち止まってる暇なんてない。……さて、トーヤ。この先の道だけど、アマンダさんたちは右の道を選んだみたいだぞ」

 

 後ろから声をかけてくるアリスに返事をし、獣人の少年は顔を上げて僕を見た。

 

「右、か……。君の嗅覚を疑う訳じゃないけど、念のため『答え合わせ』をしよう」


 岐路の前に一歩進み、僕は懐から小さな金貨を取り出した。

 洞窟のクリスタルが放つ青い光を受けて輝くコインは、ダンスパーティの夜にアマンダさんから貰ったものである。

 僕はこれが魔具ではないかと睨んでいた。ほんのりと熱を孕んでいるコインを親指の上に乗せ、細めた眼で見つめる。


「……右か左か、答えはどちらか」

 

 コインに問いかける。魔女の意思が込められたそれを、僕は弾き上げた。

 空中でくるくると回転しながら、金貨は跳ね上がり――そして静止した。


「止まった……!? やっぱりただの金貨じゃなかったのね」

「――さあ、教えてくれ」


 ユーミが驚愕する横で、僕は呟く。

 黄金の光を発し始めた金貨は、僕の言葉に応えるように『勝手に動き出し』、洞窟の分かれ道へ誘われていった。

 その方向は、右。ジェードの嗅覚は間違ってはいなかった……と見るのが正解だろう。

 

「コインが嘘をついている可能性もあるけど、アマンダさんがそれをするとは思えない。だってこれには『追尾魔法』がかかっているから。――そうだよね、エル?」

「ああ。トーヤくんもこういった『見えざる魔法』を見抜けるようになって、私は嬉しいよ」


 聞くと、エルは感慨深げに頷いた。

 このコインと、恐らくはアマンダさんが持つ対のコインは、互いに相手を『追尾』できるようになっている。二つのコインが生きている限り、僕たちがアマンダさんを追いかけることは可能だし、その逆も然り……というわけだ。


「トーヤ、お前はどっちへ進むべきだと思う? 俺は右を推すけど」

「でも、コインに従うのはなんだか敵の手のひらの上で踊らされてる感じがして、嫌じゃない?」


 前衛組のジェードが訊ね、ユーミが意見する。

 確かにユーミの言う通り、このコインを使えば渡してきた張本人であるアマンダさんの思惑のまま――そうなってしまう。けれど、アマンダさんらがモンスターを倒してくれた後を辿るのが一番の安全策であることも確かなのだ。

 左の道が右側より近道である可能性もまた、存在する。そうでない可能性も、同じだけある。

 僕は少しの間考えてから、結論を出した。


「この先に何があるか分からない以上、僕は右へ行くのが最善だと思う。どちらの道にも危険はあるだろうけど、こっちなら多少は進みやすくなっているはずだ」


 結局どちらを取っても、結果は進んでみないと分からない。ここは、本当は迷うべきところではないのだ。

 もしかしたらアマンダさんは、僕を迷わせたかったのかもしれない。自分の示した道を僕が信じてくれるのか、それを知りたかったのかも。……考え過ぎか。

 

「さあ、行こう。アマンダさんたちが先に歩いた道とはいえ、モンスターがいつ湧いて出てもおかしくない。警戒は怠らず、入念に――いいね?」


「「「了解!」」」


 周囲をぐるりと見渡しつつ、僕は皆に呼びかける。

 返ってくる声をしっかりとこの耳で聞き、先へ進んだ。



 分かれ道からは道幅が狭くなり、光り輝いていたクリスタルも明るさをぐっと落としていた。

 温度をさらに下げる薄闇の洞窟。僕は手のひらに再び光魔法の灯火を宿し、パーティーの中心から周りを照らした。

 ゴツゴツとした岩窟は霜が張っており、滑らないように慎重に歩かなくてはならない。いつ現れるか知れないモンスターへの警戒とも合わせて、迷宮は冷気と共に僕たちの心身を削ってくる。


「……不自然だとは思いませんか? 道中、アマンダさんたちが倒したモンスターの死体を何度か見ましたが、その数があまりに少ないような……。『神殿ロキ』の時は、神ロキが私たちを本気で殺しにかかってきたというのに、この迷宮からは私たちを阻もうとする意思が感じられない、といいますか……」


 後衛のアリスがこぼすのを僕は無言で聞いていた。

 彼女の発言は一見したところ正しく思えるが、実は違う。女神ノルンは、自らの司る事象に則って迷宮を作り出したに過ぎないのだ。その試練こそが、さっきの分かれ道である。

『運命』の女神たちは僕たちの『運』を見ている。今歩いている道にモンスターが少ないのも、僕達――いや、アマンダさんたちが掴み取った『幸運』でしかないのだ。きっと左の道はもっとモンスターがいて、挑戦者を今か今かと待ち構えているに違いない。

 おそらく、先ほどのように道が分岐している地点がまた現れる。選択肢は二つに限らず、三つ、四つとどんどん増えていくかもしれない。その度に自らの信じる道を選び取れ――女神たちの神意はそれだろう。

 

「アマンダさんたちが行った道を、僕たちが選んだか選ばなかったか……選んだ結果、そこがモンスターのいない楽な道だっただけだよ。アマンダさんたちは運が良かったんだ」


 全てはその人の運で決定する。本当に幸運な人は無傷で『神の間』にたどり着くことも出来るし、不運な人は無情にも最初の岐路で脱落するのだ。

 ある意味では実力なんて関係ないように見える。でも、僕はそれも違うと考えていた。

 不運にも苦難の道を取ってしまった者でも、力さえあれば強敵を切り抜けることが出来る。そう――例えば、『ヨトゥン渓谷』でリザードマン率いるモンスターの群れに立ち向かった僕のように。『神化』を得た神器使いならば、体力が持つ限りはあらゆるモンスターに敗れることもないはずだ。

 だからここは、実力者をないがしろにする迷宮なんかじゃない。弱者に力を得るチャンスを与えながらも、強者にとっては他の神殿とさほど変わらない――運が悪けりゃかなり苦労するかもしれないが――迷宮なのだ。

 

「……もしかしたら、ここは神ロキの迷宮よりも遥かに恐ろしいところかもしれんな。その時の選択で、全てが決まる。ヒントは何もなく、ハズレを引いたら死が待っている……大げさかもしれんが、そう考えて良いじゃろうな」

「それが本当だとしたら、これでとは随分と変わった『迷宮』ってことになりますね。私たちに突破できるのでしょうか……?」


 腕組みしつつリオが言い、シアンは不安げな囁きを漏らす。

 僕は前に立つ二人の肩に後ろから軽く手を乗せ、強い口調で言った。


「突破できるかどうかじゃない、何としてでも突破するんだ。どんな道を選んだとしても、僕たちは全力を尽くす。そうでしょ?」


 僕たちはアマンダさんの目的を阻止しようと動いていると同時に、女神様に試されている身だ。決して手を抜くことは許されない。

 自分たちの最高のパーティで、目の前の障壁を全て打ち破る──それが僕たちが今帯びている使命だ。 

 僕の言葉に中衛の二人は頷いて答えてくれる。

 

「そうですよね──わたし、ルノウェルスの戦いを経て、自分の力をよく知れたと思うんです。カイさんたちと神殿攻略に挑んだり、街でモンスターと戦ったり、組織の奴らと戦ったりして気づいたんです。わたしはまだまだ弱い、だから強くならなきゃいけないんだって。──そのために、わたしは力を手に入れる」


 こちらを見る獣人の少女の青い瞳は、激しく燃え上がる炎を宿していた。

 シアンが目指す場所とは、すなわち僕だ。彼女にとっての恩人であり、神器使いであるトーヤに追いつきたい、追い越したいと願っている。

 

「今回は本気ですよ、トーヤ。わたし、絶対に神器をこの手に収めますから! 見ていてくださいね!」

「うん、期待してるよ。君が強くなりたいって積み重ねてきた努力の成果、ここで見せてほしい」


 シアンはルノウェルスの戦いの後から、毎日欠かさず僕の下で武術の稽古を行っていた。

 まず彼女が修めるべきは弓と最低限の体術──持てる技を彼女へ授けた僕は、この場所でシアンがもっと伸びてくれることを祈って言う。

 獣人の少女は、やはり何時ものような快活な笑みを浮かべてくれた。

 


「……ん、ちょっと待って。今、何か聞こえなかったかしら?」


 氷の洞窟を淡々と歩き進めていた僕たちだが、ふとこぼされたユーミの呟きに足を止めた。

 確かに聞こえる。前方から、恐怖におののく人の叫びのような音が。

 この迷宮に挑戦している人間は、僕たちの他にはアマンダさんたちしかいないはずだ。彼女たちに何か危機があった。そう見るのが妥当だろう。

 

「おい、これって、行くべきなのか……?」


 ジェードが低く囁くように、誰に言うともなく聞いた。

 僕たちは立ち止まったまま動けない。女性の金切り声が洞窟の奥から響いてくる中、誰もが判断を迷っていた。

 このまま見過ごせば、きっとアマンダさんたちの陣営はそれなりの損害を被ることになる。最悪の場合、モンスターの攻撃で死者も出るかもしれない。それでは寝覚めが悪くなる──そんなことを思う。

 だが、アマンダさんは今や僕たちの明確な敵だ。悪魔を呼び出し、この世に悪意をもたらさんとする彼女らの行為は決して許されない。彼女らを倒すべく戦うのなら、手を貸すなどもってのほかだ。


 

『アハハハハハハハハ!!』


 

 ──今の声は!?

 首筋に嫌な汗を流しながら、一歩前に出る。

 氷の迷宮を反響する女の笑い声に、僕は底知れない寒気を感じた。

 そして続けざまに聞こえてくるのは、何かが壁に叩きつけられるような重い音である。


「みんな、前進してくれ。嫌な予感がする。──何が起こっているのか、そこに何がいるのか……この目で確かめなければ」


 アマンダさんたちに手を貸すかは後で決める。

 とにかく今は、この先に現れた怪物の正体を見るんだ。

 

 

 

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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