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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第8章  神殿ノルン攻略編

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10  この心臓に誓う

「ほら、トーヤくん! 冷たくて気持ちいいよ!」


 元気な女の子の声が僕を呼んだ。

 日差しが燦々と降り注ぐ真っ昼間。日中で最も暑さを増すこの時間帯は、マリー島西海岸のビーチの賑わいも最高潮に達している。

 市街地での買い物を終え、ひとまずホテルに荷物を置いた僕たちは今、みんなで海を楽しもうというところだった。

 

「早く、こっちこっち! みんなも遠慮しないでおいでよ!」


 白いビキニタイプの水着を纏ったエルがはしゃいだ様子で手招きしてくる。頭の後ろで一つに結った髪をぴょこぴょこ揺らす彼女に、僕は「すぐ行くよ!」と返事をした。

 あらかじめ言っておくと、実は僕は海で泳いだことがない。ついでにそもそも泳ぐことができない。それは森暮らしだったリオや内陸の村出身のアリスも同じで、エルの「一緒に泳ごう」という発言に最初はどうすべきか悩んだ。

 けれど、「海」への好奇心には勝てず、結局みんなで水着を購入して今に至る。


「と、トーヤ……。に、似合ってるでしょうか……? 変ではないですよね……?」


 顔を真っ赤にして胸元を腕で隠しながらシアンが訊いてきた。

 彼女が着ているのはピンク色の布地をした水着で、上半身は慎ましい胸を覆う小さな布のみ、下はパレオを巻いている。

 パレオから出た獣人の尻尾は忙しなく左右に揺れていた。

 

「だ、大丈夫。素敵だよ!」

「そうですか!? ありがとうございますっ……!」


 そんな彼女の様子につられて僕も顔を紅潮させてしまう。

 シアンの水着姿を見るのは初めてだ。いや、彼女だけでなくエルたちみんなのも。

 こんな格好の彼女たちを見ていると、否応にも普段意識していない部分にドキドキさせられた。

 ユーミの豊かな双丘、リオのしなやかな腰つきや艶かしい臀部など、色々と刺激が強すぎる。

 目線のやりどころに困っていると、一番のお姉さんであるユーミはおおらかに笑った。

 

「トーヤもウブねぇ~。私のおっぱいがそんなに気になる?」

「わ、私は逆に、あんまり見られると、その……少し困る」

「どちらかといえば、ここではユーミ殿の方が少数派のようですね。……かくいう私も、うぅ~っ、恥ずかしいです……」


 反対にリオとアリスはシアン同様、腕で体を抱いて恥じらった。

 普段なら絶対にありえない肌の露出に戸惑っているエルフの少女に、僕は苦笑する。


「あはは……でも良く似合ってると思うよ。リオがこんなに綺麗なスタイルだったなんて、正直驚かされた」

「なっ、何をいきなり……!? そ、そんなの今さらじゃろう! むしろ今までなぜ気づかなかった!?」

 

 照れ隠しか、彼女は声を大きくして捲し立てる。

 そういえば最初に森で会った時、この子のこと男だと思ってたんだよね。リオが女性だと気づいたのは、彼女が胸のさらしを外して、負傷したエルのために包帯として差し出した時だった。あの時は本当に驚いたなぁ……。

 

「っ、トーヤ、お主は卑怯じゃ! 私たちがこれほど肌を日の下に晒しておるのに、お主はなぜ上着を着ている!? ジェードやヒューゴ殿は着てないぞ!」


 僕の隣に立っている二人をびしっと指して、リオは上目遣いで睨んできた。

 彼女の語気に押され、口ごもりながら僕は答える。

 

「ああ、これは……その、ちょっと寒いかなーって……それに、日焼けしたくないし」

「だーっ! お主は男じゃろ、そんな乙女じみたこと言うな! ちょっと動けばすぐ暖かくなるし、日焼けなら日焼け止めを塗れば何とかなる! だからほら、それを脱げーっ!!」

「あっ、ちょっ! って、わわっ!?」


 強引に上着を剥ぎ取られ、よろめいた僕は砂の上に背中から倒れ込んだ。

 いったた……。さすがに少し無理矢理すぎやしないかと文句の一つでも言おうとして──出かけた言葉が引っ込んだ。

 

「す、すまない! 痛くはないか!? 怪我は……なさそうか、良かった。私としたことが、つい熱くなってしまった。本当にすまなかった」


 しょげた表情で謝るリオだけど、僕はそれを聞き流して彼女のある一点だけを見ていた。

 すぐ目の前、手を伸ばせば届く距離にある、艶やかで弾力のありそうな二つの膨らみ。

 自分の顔が熱を上げていくのが分かる。何か言葉を返さなくてはと声を出そうとするが、頭がよく回らずただ口を開閉することしか出来なかった。その様子を、彼女は不思議そうに見ている。


「どうしたのじゃ……? 私の身体に、何かついているか? ──あ」


 リオは砂の地面に膝をつき、身体を乗り出すようにして僕の顔を覗き込んでいた。しかし僕の視線の先に何があるかに気づいて、尖った耳の先まで赤く染める。

 

「どっ、どこを見ている!?」

「ご、ごめん! もう見ないから!」


 僕はぎゅっと瞼を閉じ、慌てて顔を背けた。

 リオの立ち上がる気配。それに続き、ヒューゴさんたちの笑い声が聞こえてくる。


「ははは……何だかんだでリオちゃんも楽しんでるみたいだね。さて、俺たちも行くか」

「おーい、トーヤ? お前もさっさと起き上がってこいよ」


 水面へ向かって駆けていくジェードの声に、僕は右手を軽く上げて答えた。

 瞼を開く。見えてくるのは、雲一つない青空と太陽だ。これから起こるであろう戦いの前にしては、いささか明るすぎる気もする。

 見える景色も聞こえてくる音たちも、争いとはほど遠い。この島の時間は平穏と共に流れ、それは今日この日まで変わらなかった。


『──明日、ヴェンド諸島の《神話研究所》という施設にアマンダ・リューズが訪れます。君たちはそこで彼女と合流した後、諸島中央の《神殿ノルン》へ向かってください。それが私から君たちに頼む、任務です』


 今日の朝、王都フィルンを発つ直前にエミリアさんに告げられた「任務」。

 神殿という他からの干渉を受けない場所で、あの悪魔を討て──王女はそう言って僕たちを送り出した。

 彼女やエンシオさん、アレクシル王の期待を僕たちは一身に背負っている。失敗は許されない。

『魔族』であるアマンダさんの力は計り知れない。だが、あのモーガンさんと違って悪魔の能力を最大限に引き出してくる、それだけは確信できた。


『私が怖い?』


 そんなことはない──はずだ。あの頃の臆病だった僕はもういない。大切なものを失い、そして得た僕は、昔とは「繋がっていても別の自分」だ。

 だから、どんな恐怖も超克できる。どんなに大きな障壁が立ち塞がろうと、関係ない。そのはずだ。


「トーヤ」


 少女が僕の名前を呼ぶ。

 寄り添ってくれている彼女に笑みを向け、僕は立ち上がって前を見た。

 そこには日差しを反射してきらめく海がある。


「シアン……海は好き?」

「嫌いではないです。エールブルーの海は私の中で大切な思い出の一つとなっていますし、この海もとても美しいと思います」


 潮風にシアンの肩口まで伸ばされた茶色の髪が揺れた。隣から見る彼女の、やや緑がかった明るい青の瞳は、懐かしむような感情を宿していた。

 

「私の故郷にも、海があったんですよ。小さい頃はよくそこで遊んでいました。海に潜って魚を捕ったり、みんなでどこまで泳げるか競争したり……思い出が一杯あったんです」


 波打ち際で笑い合う、幼い少女たちの光景を僕は思い浮かべた。

 その日常が壊されずに続いていれば、彼女は今よりもっと笑顔でいられたかもしれない。だけど、現実は違った。シアンたち《亜人》の多くは奴隷狩りに遭い、その故郷から引き離されてしまっている。

 

「海を見るたびに故郷を思い出します。あの場所は今、どうなっているのか──幼馴染みのあの子たちは、元気に過ごしているだろうか。そう考えてしまうのです。もう戻れないと、分かっていても」

「戻れないって……どういうこと? シアン」


 シアンの唇が固く引き結ばれる。僕は強く拳を握り込む彼女へ、訊ねずにはいられなかった。

 伏し目がちになる獣人の少女は、静かに言葉を返す。


「……以前、故郷について話したことを覚えていますか? 南の帝国に支配され、見違えるように変わった小国の話です」

「うん──覚えてるよ。ルノウェルスに着いた日、馬車の中で話してくれたことだよね」


 僕が頷くとシアンは話を続けた。


「《魔導帝国》マギア──それがその帝国の名。の皇帝は『神器』を持ち、偉大な帝として世界中に勇名を轟かせています。ですが、彼は《魔法使い第一》主義を掲げていて、魔法を扱える種族──人間やエルフなどです──以外の者には差別的な政策を採っているのです。

 故郷から亜人の多くが姿を消したのも、帝国の支配下に入ってから。……他の人間たちにとっては、魔導士と歩む新たな世界が始まった、それだけに過ぎないことだったのかもしれません。しかし──私たちは全く逆の運命を強いられた。あの帝国に支配された時点で、私たちの居場所はもう故郷にはなくなってしまったのです」


 周囲の喧騒が遠い。彼女が語り終えると、僕たちの間に沈黙が降りた。

 僕の母親は遥か遠い島国の出身だけど、僕自身はその国のことを一切覚えていない。だから、故郷へ戻れないというシアンの苦しみ、悲しみを完全に共有できはしないのかもしれない。

 けれど、彼女の声を聴き、隣に寄り添い、手を差し伸べることはできる。


「シアン、こんなの君からしてみれば夢物語に聞こえるだろうけど──近い将来、僕は君と一緒に君の故郷へ行く。そしてその国を見て、どうしたら君たちの居場所ができるか考える。考えて導いた答えをもとに、行動する! マギアの皇帝だって一人の人間なんだ、うまく掛け合えば何とかなる。必ず成し遂げるって、約束するよ」


 何もせずに諦めて過去を振り返るくらいなら、行動した方がいい。

 僕はシアンの右手を取り、自分の剥き出しの左胸に押し当てた。彼女の瞳をまっすぐ見て、告げる。

 

「この心臓に誓おう。僕は君の願いを叶えてみせる」


 少女の瞳が震えた。間を置かず、そこから滴が静かにあふれ出してくる。

 彼女は細い指で目元を拭いながら口を開いた。


「……ありがとうございます、トーヤ。私、本当に嬉しいです……」

「うん。……泣くのもいいけど、今は笑って。みんなが笑顔でいてくれることが、僕にとって一番嬉しいんだ」


 涙声で礼を言うシアンに、僕は笑いかける。

 それから彼女の手を引いて、エルたちの待つ波打ち際へ向かった。

 皆は、エルの作った水のバルーンを落とさないように打ち合う遊びをしている。強く打ち過ぎると割れてしまうため、慎重に、真剣にゲームを楽しむ様子は微笑ましかった。

 

「トーヤくん、シアン! 一緒に遊ぼう!」


 こちらを向いて手を振りながらエルが言う。

 僕は頷き、彼女の側まで駆け寄った。エルたちはどうやら二チームに別れてゲームをしていたようだったので、シアンには僕とは別のチームに入ってもらう。

 ジェードとユーミ、アリスがシアンを迎え入れ、そこで彼女らは獣人の少女の様子に気がついた。

 

「おい、シアン? どうしたんだ?」

「泣いていたのですか……?」

「ちょっとトーヤ、シアンに何言ったのよー? 二人でしんみりと話してたと思ったら……」

「いや、僕は特に変なことは言ってないよ」


 心配そうにジェードとアリスが彼女の顔を覗き込み、ユーミは僕は非難の視線を向ける。

 半眼を作るユーミに苦笑しつつ弁解していると、シアンは「気にしないでください」とみんなへ笑顔を見せた。


「トーヤに励まされて、それが嬉しくて涙が出ただけですから……。悲しくはありません」


 その言葉に皆が安堵の表情になる。

 目の前に落ちてきた水魔法のバルーンをシアンは両手ですくい、ふわりと空へ投げ上げた。

 僕は、それを目で追う。水風船は陽の光に煌めきながら、高く舞い上がっていく。

 

 ──いつか、シアンもあの風船のように、心の重石を取り払って飛び立っていくことができたら。

 

 彼女の笑顔と、その裏に隠した苦しみや悲しみに触れた僕は、誰に言うでもなく呟いた。

 彼女に心から笑ってもらうために──約束を、守りたい。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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