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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第8章  神殿ノルン攻略編

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9  少女たちからの贈り物

 ヴェンド諸島は王都フィルンの南西に位置する島々だ。

 都市から3キロも離れていないこの場所には、国家運営の研究施設や遺跡、リゾート施設などがあり、常に人の往来が絶えない。

 特殊な海流のおかげで北国にありながら気温がさほど低くないことも、人気に一役買っていた。

 城郭都市であるフィルンにとって、このヴェンド諸島は海の玄関口といっていい。異邦から多くの船舶がこの島を中継点として訪れ、都市の門へ向かっていくのだ。

 その特性上、ここには様々な種族の者たちがいる。使われる言語も根付いた文化も多種多様で、日々やって来る観光客を飽きさせることはない。

 

 僕たちが足を運んでいるのは、そんなヴェンド諸島の最南端、マリー島だ。

 この諸島で最も大きく、また人口も約2000人と一番多い。船に乗って訪れる商人や観光客を含めれば、その数はさらに膨れ上がる。

 開かれた市場は活気と熱気に溢れ、ここへ来てまず僕はその賑やかさに圧倒されていた。


「あっちもこっちも、人、人、人! すごいな、ここがマリー島……!」


 島の南部に広がる市街地、そこに敷かれた石畳の大通りに沿って商店が軒を連ね、僅かでも空いたスペースがあれば露店商がすかさず店を出す。

 旅をする中で色んな街を訪ねてきたけれど、ここの人たちの勢いはとにかく凄かった。日差しが燦々と降り注ぐ陽気もあって、余計に熱く感じられる。

 

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! エルフの森の恵み、今ならお安く売ってあげるよ! 不思議で珍しい果物たち、ぜひぜひ食べてみてよ!」

「やあお兄ちゃん! 見慣れない顔だけど、どこの国の人? よければ見ていかないかい!?」


 エルフの少女が路地に声を響かせたと思えば、人間ヒューマンの青年が軒先に並べた宝石の数々を示して言う。

 

「ほ、宝石……ちょっと遠慮しとこうかな」

「おっかしいなー、お金の匂いがしたと思ったのに。ま、いいや。宝石商のヴィリーって名前、覚えといて!」

 

 僕の隣で、エルたちも目を丸くして周囲を見回していた。

 黒い魔導士のローブの裾を捲りながら、エルは耳打ちしてくる。


「すごいねぇ、商人って。君のお金の匂い、完璧に嗅ぎ取られてるよ」

「あ、あはは……」


 僕たちは三ヶ月ほど前にノエル・リューズから受け取った金貨に加え、先のルノウェルス革命の際に褒賞として宝石を幾つか貰っている。あの時僕たちはそれを断ろうとしたけど、カイがどうしても貰ってくれと言うので折れたという経緯があった。

 僕は肩に掛けたバッグをさすりながら苦笑いするしかなかった。


「さて、どうしましょうか……買い物でもする? 懐には困ってないし、たまには奮発してもいいんじゃない?」

「ユーミさん、私たち昨日フィルンで買い物したばっかりじゃないですか!? 遠慮しておいた方が……」

「細かいこと言わないの、シアン! なんせここはフィンドラ一の観光地よ? 楽しまなきゃそんってもんよ」

「そ、そうかもしれませんが……うぅ~」


 ケラケラと笑うユーミ、うーっと唸るシアン。ユーミの発言を諌める獣人の少女だが、視線はある店にぴたりと留まっている。

 あれは……ネックレスとかブレスレットとか、装飾品のお店みたいだ。そういえば前も、ああいうお店に目を輝かせていたっけ。

 

「まあいいじゃないか、シアン。この前死ぬ気で戦ったばかりなんだ、いくら自分を甘やかしてもお釣りがくるくらいだよ」

「と、トーヤが言うなら……。で、でも私、結構贅沢したがるタイプですからね」

「構わないよ。羽目を外せとは言わないけど、そのくらいなら許容範囲さ」


 目を細めながら僕が言うと、シアンは兎のように跳ねて嬉しそうにお店へ向かった。

 僕達は顔を見合わせ、互いにこくりと頷き合う。そしてシアンの背中に大きく声を投じた。

 

「シアンー! 今から自由行動にするから、正午になったらホテル前の広場に集合すること! いいね!?」

「りょーかいですー!」


 元気な返事を聞き届け、僕はとりあえず辺りを見回しつつゆっくりと歩を進めていった。

 エルとアリスがシアンの見ている店、ユーミがエルフの果物屋に立ち寄る中、隣からヒューゴさんが訊ねてくる。


「トーヤ君。何か気になる店はあった?」

「うーん……色々珍しくて、興味が全くないわけじゃあないんですけど……。特別、気持ちを引かれるものはないかなぁ」

「む、そんなトーヤが好きそうな店がそこにあるぞ」


 僕がざっと周りを見渡して答えると、前を行っていたリオがこちらを振り返ってくる。

 彼女が指さす先には、外国の武具の専門店があった。

 

「あ、うん。あそこ行ってみたいかも……。でも、なんかごめんね。僕が強く惹かれるのは、あれだけみたいで」

「何故謝る? 良いではないか、武の道に打ち込むことは恥ずかしいことなどではない。――どれ、私も共に見に行こうかのぅ」

「小人族用の武器ってあるのかな……一応、見ておこうかな」


 僕が縋れるものは、夢中になれるのは剣の道だけ。もしそれを取り上げられたら、そこには何も残らない。それでいいのかと最近、思うようになった。他に誇れるものがあったほうが、この先にとってもいいことなのではないか。

 だけどリオは僕の台詞を疑問に感じたようだった。小首をかしげながら、彼女は自分の意見をはっきりと言う。

 いつもリオの言葉には迷いがない。自分の中にちゃんと『芯』があるのだ。どうも近頃悩みがちな僕からしたら、本当に尊敬するべき人だと思った。


「多分ある。この地方ではあまりないけど、外国では『亜人』向けの武具も普通に売られているらしいから」

「お、そりゃ本当か。へぇ、外国じゃ当たり前なんだな……」


 頭の後ろに両手を回し、ジェードが真顔で解説する。ヒューゴさんと一緒に僕は感心した。

 ジェードがそんなことを知ってるなんて、意外だな……。いやでも、彼はもともと海外から連れてこられた奴隷なのだ。外国の知識を持っていてもおかしくはない。

 彼とシアンが奴隷であった――その過去を忘れ、対等な関係を築いてきた中で、時折こうして思い出させられることがあった。

 その度に、あの時抱いた怒りを胸に刻み直す。ヘルガさんが常に悪魔を恨み続けたように、フロッティさんが悲しみの唄を歌い続けたように。

 ――誰かが辛い思いをする、苦しみ、痛みを感じる……そのことを強要するなんて間違っていると、声をあげられるように。


「トーヤ、どうした? 早く来い、時間は有限だぞ。……って、トーヤ? 聞いておるのか?」

「…………えっと、何だっけ」


 気づいたら呆れた顔が目の前にあった。

 リオは僕の眉間をつんと指で押すと、柔らかい口調で言ってくる。


「そこの店を見に行くのだろう? 考え事をするのも良いが、周りが見えなくなるのは感心できないぞ」

「……そ、そうだよね。ごめん」

「さ、行こうではないか」


 エルフの白い手が僕の右手を取る。行き交う人の群れの中を軽やかな足取りで突っ切り、彼女は僕を店へ連れ出した。


「り、リオ、待ってくれよ!」

「追っかけようか、ジェード君。あの子の勢いは並みの女の子を超えてるからね」


 ジェードとヒューゴさんの声が後ろから響いてくる。

 リオに引っ張られながら、彼らへ振り返った。汗を流しつつ追いかけてくる小人族と獣人の少年に、僕は笑顔になる。


 ――なんか、こういうのいいな。胸が温かくなって、嬉しさが溢れ出してくる。

 大切な仲間たちと紡ぐ、何より愛おしい時間。僕が守りたい瞬間が、確かに今ここにあった。

 


「前にアリスの故郷で……小人族の村(レータサンド)で買い物したときのこと、シアンは覚えているかい?」


 アクセサリー店の前で屈み込んでいたシアンは、そこで遠い目をしたエルに訊かれた。

 こくりと彼女は首肯する。彼女にとってあの街は、生まれて初めて観光した場所だった。そこでエルたちとした買い物など、絶対に忘れるはずがない。

 

「前にも、似たような店で買い物しましたよね。私たちの選んだアクセサリーを、トーヤは笑顔で褒めてくれました」

「そんなことがあったのですね。……あの時私は別行動していましたから、初耳です」

 

 青い滴のネックレスを手に取りながらアリスは驚いて見せる。彼女はエルたちが楽しそうに買い物している姿を想像し、笑みを浮かべた。


「あの、お二人とも……これ、似合っていると思いますか?」


 ネックレスを目の前にぶら下げて見せ、彼女は感想を求める。


「綺麗……。アリスにはぴったりだと思うよ」

「そうですね。アリスの瞳とお揃いの青、とってもいいと思います!」

「……い、いえ、私ではなくてですね……!」


 二人が率直に口にすると、アリスは慌てて首を横に振った。

 どういうこと? と視線で聞かれ、小人族の少女は照れ臭そうに頬をかきながら答える。


「と、トーヤ殿に何かプレゼントしようと思って……。この国に来てから何が良いのかずっと考えていたのですが、こういうのもありかと。普段あまり着飾らない方ですから、たまには遠慮せずおしゃれしてもらいたいですしね」

「うーん、でもトーヤっておしゃれとか興味ありますかね……? 彼がそういう話をするの、そんなに聞いたことがないような」


 アリスの考えにシアンは首を捻った。

 いつもトーヤは剣や魔法の話ばかりで、服とか装飾品については特に意識していない感じだった。普段着も何着かあるのを洗って着回しているだけだ。新しいものを欲しがることもない。

 

「あ、だけど、一昨日のダンスパーティーの時はさすがに見た目を気にしてたよ。そういうイベントだからかもしれないけど……もしかしたら、いつもは遠慮してるだけってこともあるんじゃないかな」


 トーヤと一番付き合いの長い緑髪の少女は、彼の心情をそう読んだ。

 少年は無駄遣いとは縁遠いタイプの人間だ。内心では色々欲しいものがあっても、我慢しているのではないか。

 

「ま、ほんとに興味ないって可能性もゼロではないけどね。真相は彼に直接聞けばいいさ。──ともかく、アリスの考えは全然ありだと思う。シアン、私たちもトーヤくんにプレゼント買わないかい? もちろん私たちの分もだけど」


 肩に下ろした長い髪を手櫛ですきつつ、エルはシアンに笑いかける。

 獣人の少女は明るく頷いた。


「ですね! 先の戦いで一番の功労者はトーヤです。彼は気持ちで十分って言うかもしれませんが、私たちから贈り物を渡しましょう!」


 三人娘は顔を見合わせ、さっそく張り切ってプレゼント選びに向かう。

 アリスが青のネックレスを購入し、彼女らは次の店へと入っていった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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