エピローグ 永久の魔導士
『さて、お前たちを元の世界に戻してやらんとな……』
感慨深げに神オーディンが言うと、床に青みがかった丸い魔法陣が浮かび上がる。
──ついに神器をこの手に収めることが出来た。これで、エルに託された使命を果たすのに一歩近付いた。
僕は笑顔になり、最後に神オーディンに礼を言う。
「神様! 僕に力を与えてくれて、本当にありがとうございました」
『礼を言われるようなことではない。私はお前の思いを──正義を認め、力を与えたまでだ。……それより、連れが待っているぞ。早く行ってやったらどうだ』
神様の声に視線を魔法陣へと向けると、エルがそこに足を踏み入れていた。
「早く早く」と頻りに手招きしている。
『うむ。……外に私の愛馬を待たせてある。これから旅立つ時、その馬を使いなさい』
僕が魔法陣の中に入るのを確認し、神オーディンは『転送魔法』を発動した。
体が引っ張られるような不思議な感覚とともに、意識が遠く飛ばされていく……。
目覚めると、僕たちは『古の森』の前で倒れていた。
むっしゃむっしゃと何かが草を食んでいる音が耳に入ってくる。
音のする方を目だけ向けて見てみると、八本の足を持つ奇妙な姿をした馬が森の下草を食んでいた。
この馬が、神オーディンの愛馬なのだろうか。
「──トーヤくん、良かった、無事に起きてくれたね。……あぁ、あれはオーディン様の愛馬、スレイプニルだよ」
前髪を撫でる柔らかい感触。エルは僕の頭を膝に載せ、顔を見下ろしてきている。
スレイプニルと呼ばれた馬は、名前を呼ばれると応えるように鳴いた。
「僕たち、【神殿】を攻略したんだね……」
仰向けに倒れた体勢になっても神器を握り続けていたらしく、手に硬い鉄の温度が伝わってきた。【神器】を手に持ち、未だ実感できずに僕は呟いた。
「うん。これからは、どうしようか?」
エルがワクワクした様子で言う。
「うーん、どうしよう? とりあえず、ミトガルド地方を回ってみたいかな」
「いいね! 一緒に行こう!」
顔を見合わせ、笑い合う。
身体を起こして立ち上がり、僕はエルの手を引いて立つのを手伝ってあげた。
【グラム】をスレイプニルの鞍に置き、エルと一緒にスレイプニルの背に跨がる。
「さあ、森へ帰ろう。ユグドのおじいちゃんが待ってるしね」
「飛ばしてくれよ、スレイプニル!」
* * *
――同じ頃。とある森の中で、一人の女が『古の森』の方角を見上げて小さく笑った。
漆黒のローブに、銀の長杖。一見して魔導士とわかる出で立ちである。
「『特異点』が、【神器】を手にしたようね……まあ、いいわ」
かつて『永久の魔導士』と呼ばれた彼女は、そう呟くとローブを翻し、姿を消す。
彼女が消えた後、冷たい風が彼女がいた辺りを吹き抜けた。




