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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第8章  神殿ノルン攻略編

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7  大罪の悪魔

 紫の瞳をフードの奥から覗かせ、その女性は言った。


「改めて自己紹介しよう。私はヘルガ・ルシッカ、フィルン魔導学園で学長をしている者だ。巷では『言霊使い』だとか、『氷の女』だとか呼ばれているな。……さて、君たち。ここで一つクイズを出そう」


 レストランには魔具レコードから穏やかな雰囲気の曲が流れ、そこにいる人々が楽しげに談笑する声も混じる。

 世俗的なものから離れた印象を受けるヘルガさんは、フードを外すと目を閉じてそれらの音へ耳を傾けた。


 ……本当に美しい人だ。晒された彼女の顔を見て、僕はそう思った。

 長い睫毛は繊細で、よく通った鼻筋は高い。艶やかな唇が微笑みの形を作り、静かな気品を醸し出していた。特徴的なのは尖った長い耳で、彼女がエルフの血筋であることを明確に表している。

 青みがかった紫の髪はショートヘア。僕が知る魔導士の女性は皆ロングヘアなので、魔法使いの衣装との組み合わせは新鮮に思えた。

 

「クイズ、ですか」

「そう、クイズだ。君たちの知識を試す、な」


 瞼が開かれると、その瞳に宿る光の強さに驚かされる。

 僕たちよりもずっと年上だろう彼女は、それでもなお若者のような生気に満ち溢れた目をしていた。知識を貪欲に求め、常に新たな書を読み耽っている──きっと、学園でのヘルガさんの姿はそんな感じなんだろう。

 

「『悪魔』とは何か? 君たちと話す前に、まずこの問いに答えてもらわないと始まらない。その回答次第でこちらの対応も変わってくるからな」

 

 組み合わせた手の上に顎を置いて、魔導士の女性は僕たちを順々に見ていった。

 そして彼女はまずシアンへ声をかける。 


「シアン、だったな。君は『悪魔』と呼ばれる存在についてどう思う? 何でも構わないから言ってみろ」


 最後に自分が声をかけられるとは思っていなかったのか、シアンはちょっと困ったような顔をした。ヘルガさんに答えを促され、少しの時間をおいて彼女は口を開く。

 

「えっと……。悪意を人間に振り撒く、邪悪な存在……だと思います。絶対に討たなくてはならない、私たちの敵──それが、悪魔です」

「模範解答だ。一般に悪魔とはそういった奴らのことを指す。君たちが【大罪の悪魔】について抱いている認識も、同じようなものだろう。だが──」


 おずおずと口にしたシアンに笑みを向けたヘルガさんだが、すぐに表情を険しくした。

 鋭利な刃物を思わせる視線が僕、そしてエルを刺し、言葉を投げ掛ける。


「だが、真実は違う。私が普段祓っている『悪魔』と、大罪の悪魔というものは根本的に異なるものなのだ。そうだな、『精霊の子』らよ」


 精霊の子ら──エルと僕のことだ。世界樹ユグドラシル以外の者からその名前で呼ばれることがこれまでなかったため、思わず驚きを顔に出してしまう。

 

「あなたは、僕たちの出生を知っているんですか……?」

「私も精霊の声を聞くことの出来る一人だからな。──そのことについても色々話したいことはあるが、私は立場上時間があまりないんだ」

「すみません。今のヘルガさんの話……一般に言われる悪魔と大罪の悪魔が別物であるということ、これは正しいです。ね、エル」


 フィルン魔導学園の長という立場のヘルガさんに詫びつつ、僕は彼女の説を肯定した。

 念のためエルに確かめると、緑髪の少女は頷きを返してくる。

 と、そこで首を傾げてヒューゴさんが訊ねた。


「俺は悪魔を直接見たことがないから分からないんだけど……具体的に、どんな風に違うんだ? 大罪の悪魔は普通の悪魔の親玉みたいに思ってたけど、その考えは間違いなのかい?」

「あ、私もそんな感じだと思ってました……。トーヤ、エルさん、その違いを教えてほしいです」


 シアンはヒューゴさんに同意し、僕たちに説明を求めてくる。

 真実を知らない者──実際に過去を見ていない僕に言えたことじゃないかもしれないけど、彼らみんながその様に考えているはずだ。

 これからもシアンたちが僕やエルの側にいて、大罪の悪魔と戦うというのなら。間違った認識は改めて、本当のことを知ってもらわなくちゃならない。 


「まず結論から言うね。──【七つの大罪】の悪魔は、『神』なんだ。僕に力を授けてくれた神オーディンやテュール、カイの神ロキ……これらの神様たちと大罪の悪魔たちは、いわば所属が違うだけでどちらも同じような存在なんだ」

「…………」


 今の説明で完全に理解できたのは、この中ではユーミだけだった。腕を組んで押し黙る彼女は、先の神殿ロキ攻略戦で神様から話を聞いている。

 残りのメンバーにも分かるように、僕は手始めに皆の『常識』を取っ払うことから行った。


「『神』という存在が何なのか、君たちは考えたことがあるかな? ──僕はある。父さんが読み聞かせてくれた神話、そこから想像して、彼らがどんな存在なのか考えた。子供の僕は、神とは『絶対なる大きな力を持つもの』という理解をしていた。そして、彼らは正しく偉大であるとも信じていたんだ」


 真剣な瞳たちが静かに見つめてくる。

 かつての自分の認識を思い返しながら、僕は一拍挟んで言葉を続けた。


「宗教者が言う『神』と、ここで指す『神』は切り離して考えて構わない。その上で言うよ──神話には記述はないけど、大罪の悪魔のルーツは神様たちと同じなんだ。胸に宿す信条や正義が異なるだけで、殆ど変わらない。僕たちが大罪の悪魔と呼ぶ彼らは、悪意に犯された『神』というのが最も正しいんだ」


 この世界において、宗教を信じていようが信じていまいが神を崇めない人間はおそらくいない。

『亜人』族にだって、始祖の巨人ユミルの伝承や妖精女王ティターニアなど、先祖が神格化されたケースは多く見られるのだ。

 

「悪魔が、神……? 神と悪魔どもを同列に見る──そんなこと、宗教者がこの場で聞いたら卒倒ものじゃな」

「言い方次第では悪魔を崇める『邪神信仰』とも捉えられかねませんからね……。トーヤ殿に限ってそれはないと思いますが」

 

 リオとアリスの台詞に僕は心中で安堵する。

 幼い僕に今言ったことをそっくりそのまま聞かせたら、きっとそんなことがあるわけないと否定しただろう。神と悪魔は全くの別物で、相いれることのない関係──エルと出会い、過去の歴史を少しずつ知っていくまでは、完璧にそう思い込んでいた。

 そんな反応を返されたら、納得させるのに確実に一苦労する。

 話を進めやすくて助かる──そんなことを考えながら口を開こうとすると、今度はジェードが言った。


「トーヤ、俺たちには話のスケールがでかすぎて、正確に理解できてるか怪しい。けど……たとえ悪魔と神様のルーツが同じだとしても、悪魔は絶対に倒さなくちゃいけない奴らってのは分かる。悪い方向に堕ちてしまった奴らを放っておいたら、世界が酷いことになるんだろ? そんなの嫌だ」


 獣人の少年はぎりりと鋭い歯を食い縛る。

 彼、そしてシアンは、僕たちの中で最もこの世界の『過酷』を知っている。彼らはかつて奴隷として生き、僕たちと共に戦って悪魔の恐ろしさを体感してきた。

 悲痛な訴えにヘルガさんは首を縦に振りながら、誰に言うともなく呟いた。


「悲しみに泣く声はなるべく聞きたくないものだ。私が動くことで、それを僅かでも減らせたら良いのだが」


 紫に輝く瞳が、視線を宙へ投げ掛ける。

 彼女の願いと僕の願いは同じだった。呟いたきり口を閉ざすヘルガさんを待ちつつ、この人の「あり方」を推し測る。

 この魔導士の女性は、あのフロッティさんとも似ていた。だけどそれでいて違う。支援に徹した武器商人の少女と反対で、ヘルガさんは自分から不幸な人を救いに行こうとする人だ。

 その立場を利用して後世に魔導の技術を伝えながら、悪魔に憑かれた人を見つけたらいつでも飛んでいく。この国に入ってから耳にした評判だが、それは嘘偽りない真実だろう。

 

「ヘルガさんは、いい人なんですね……」

「そう言ってもらえると少しは楽になる。一部では私に反発する勢力もいるからな……。──さて、まだ本題に入っていなかったな。ここに来てすぐ私は『悪魔払いの方法を教える』と言ったが、実はそれは『大罪の悪魔』には効くと断言できない。

 しかし──私にはかつて、大罪の悪魔と一戦交えた経験がある。今日はそれを話すつもりで来た」


 本当に、大罪の悪魔と……!?

 僕は目を大きく開き、ヘルガさんの深い色をした瞳をまっすぐ見つめた。

 エルたちも程度は違えど皆一様に驚いた顔になる。

 悪魔の恐怖を思い出し、この場が重苦しい空気に満たされていく中、魔導士の女性は語り始めた。


 

 ヘルガがその男と始めて会ったのは、雪が厚く降り積もる季節のことだった。

 まだ彼女が魔導学園の長に就く前、修行のため旅を続けていた頃の話である。

 

「──はぁ、はぁ……。くそっ、私としたことがこんなヘマをやらかすなんて、師匠にバレたら大目玉だな」


 何度目とも知れない呟きを溢す。

 深い深い、森の中。誰もいない、動物の気配すら感じられない静寂に満ちた空間。雪で真っ白く染まる森を歩いてもう二日経つが、どこまで歩いても出口が見えてくる気がしなかった。

 

「何の声も聞こえない──それどころか、『魔法』すら使えなくなるとはな……」


 どういうわけか、この森に入ってからヘルガの魔法は思うように発動出来なくなっていた。

 それに気づいたのは、入り口からだいぶ離れた所で休憩しようとした時。巨樹の根っこに腰を下ろし、暖を取るため火を起こそうとした時だった。

 いくら杖を振っても、呪文を唱えても炎は発生しない。精霊たちに呼び掛けても、返ってくる声はやはりない。

 何かがおかしい──。そう気がついた時にはもう手遅れだった。脂汗を流しながらもと来た道を駆け戻り、森から抜け出そうと試みるも、走っても走っても見えてくるのは雪を被って沈黙する木々だけだ。

 

「悪戯にしては手が込みすぎている上に、何より面白味がない。一体誰が、こんな罠を……?」


 この二日間でヘルガの手持ちの食料は底を尽きつつあった。元々森を半日もかけずに抜け、街へ辿り着く予定であったから、余分な荷物など持っているはずもなかった。

 もしこのまま森から脱出できなければ、確実に自分は餓死してしまう。狩りをしようにも獲物の動物がいなくては話にならない。


 厚手のコートを纏っても寒さはごまかしきれず、ヘルガは両腕で身体を抱くようにした。

 昨日と比べると明らかに遅くなった足取りで、彼女は先へひたすら進んでいく。

 少し経って、木々の中にぽっかりと穴を開けたような空き地に出た。

 ずっと樹木が密集していた中で現れた空間──ヘルガはそれに何かを感じ、顔を上げて曇天に声を飛ばす。


「おい、そこで私を見ているお前! 誰だか知らないが出てこい! 私に用があるのなら、今ここで姿を現したらどうだ!」


 正直なところ、罠の術者が出てくるとは思っていない。だが声は聞いているはずだ。どこかで確実に、ヘルガを見ているはずだ。

 

「私と直接戦って、勝てる自信がないからそうやって隠れているんだろう!? 臆病者が、いいからこっちに来な!」


 強い言葉で、挑発的に。

 ヘルガは叫び、そこにいる者を呼び寄せようとした。

 と、その瞬間──風が吹きすさび、それに乗ってどこからか男の声が聞こえてくる。

 

「ようやく、呼んでくれたね。君がそこで叫ばず、ただ力尽きるのを待つ人間であったなら、僕は君に価値を見いだせなくなるところだったよ」


 男は敵意を感じさせない、柔らかな声音で歌うように言った。

 ふわり──風が止むと同時、マントをはためかせながらその者は雪の上に降り立つ。

 

「ヘルガ・ルシッカ、だったかな。君の『言霊使い』としての名声は聞いている。ありとあらゆる生命の声を聞き、『魂』に干渉できる──その君の力が、僕は欲しい」


 知らない男だった。長身で痩せ形、整った顔立ちは中性的で、貴公子のようなイメージをヘルガに植え付ける。

 黒い三角帽子とマント、ローブは魔導士のものだ。相手の全身をさっと眺め──ヘルガはその胸にある印に気づいた。


「『マギア魔導学校』の制服か……。まさか相手がこんな若者だとは思わなかったな」

「期待通りの反応ありがとう。君の名はマギア本国にも広く知れ渡っているから、一度話してみたいと考えてたんだけど……残念なことに予定変更だ。さっさと力を渡してもらうことにするよ」


 男──というより少年を睨むヘルガだが、相手は全くの余裕で笑みを崩さない。

 懐から杖を抜きだす彼に身構え、鋭く問いかける。


「お前は誰だ? ただの魔導士……ではないだろう? 戦う前に、それだけ聞かせてくれ」

「へえ、もっと焦るものかと思ったよ。ヘルガ・ルシッカ、君のその勇気に免じて教えてあげよう。僕の名は──」


 開かれた口から発された単語に、ヘルガは耳を疑った。

 信じられない。第一奴らは神々によって大昔に封印されたはずではなかったのか。きっとこの少年は、悪魔に憧れてそれを名乗っているだけなのだ──そういう年頃で、格好つけてみたいだけなのだろう。

 そう、ヘルガは考えた。だが少年は真顔だった。

 

「信じてくれないんだね。ちょっと悲しいな……でも、分かってくれないなら仕方ない。僕の魔法を受ければ、どんな愚か者でも気づくだろうさ……」

 

 囁くように言いながら、彼は杖を握る手に力を込めた。

 まっすぐそれを前へ伸ばし、魔導士の少年は改めて告げる。


「僕は『マモン』。【大罪の悪魔】の一柱で、強欲を司るものさ。僕と勝負をしよう、ヘルガ・ルシッカ。そして僕の力の『糧』となるんだ」

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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