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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第8章  神殿ノルン攻略編

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4  アマンダ・リューズとは

「なぜ、あなたがここに……!?」


 微笑を浮かべるアマンダ・リューズを見、僕は驚愕の声を漏らした。

 アマンダさんはその台詞を意外に思ったようで、怪訝そうな口調で訊ねてくる。


「あら、聞いていなかった? 今日と明日に大事な商談があるから、リューズ商会の代表として私がこの国に来たってこと」

「初耳でした。……では、ノエルさんはいないんですね」

 

 リューズ商会のボスであり、【七つの大罪】の『悪器』を手中にしている男──それがノエル・リューズだ。

 僕らの倒すべき敵の一人である彼の所在について問うと、アマンダさんは首を縦に振る。


「お父様には今、別の大事な仕事があるの。それにこの国のお偉方も、五十のおじ様より若い美女の方が喜ぶしね」


 左手の薬指に嵌められた指輪に、彼女はなぞるように指を沿わせた。銀に輝くそれには紫の宝玉が飾られている。

 ──悪魔アスモデウスの『悪器』。これを使って、この人はどんな人にも言うことを聞かせられる。

 

「それを使えば、商談なんて簡単に終わるでしょうね。苦労してたみたいな口ぶりでしたけど、本当は別の目的があったんじゃあないですか?」

「随分と踏み込んだ質問をするのね。私が真実を答えると思う?」


 アマンダさんは微笑みを崩さない。優しげな笑みを顔に貼り付けたまま、彼女は僕の頭に手を伸ばした。

 表情を強ばらせる僕に対し、静かな声音で言う。


「私のことが怖い……今も、そう思ってるの?」

 

 髪をすくように撫でられながら、僕はその質問にどう答えるか迷った。

 怖くないと言うと嘘になる。アマンダさんと過ごしたかつての日々は楽しかったし、その思い出を忘れたいとは思わない。でも、その気持ちが僕の彼女への恐れを増幅させている気がした。

 あの頃の彼女の姿が偽りのものなのか、それとも本物だったのか──考えてもわからないのに、考えてしまう。

『わからない』という現実が不気味なイメージを起こさせ、それは恐怖へと変わっていく。


「僕は……」

 

 言葉に詰まっていると、その時──。


「と、トーヤくん!」


 鋭く発されたエルの声が耳に届いた。

 脳内に現れた悪魔的イメージは消え去り、僕は意識を現実へ引き戻される。

 警戒の色を表情に浮かべるエル、彼女の方に振り返るアマンダさん。白髪の女性はエルたちを見渡して手を振りながら声を弾ませた。


「エルちゃん、久しぶり。シアンちゃんやジェードくん、アリスちゃんも! そちらの巨人族、エルフ族、小人族の方には、はじめましてね。私はリューズ商会のアマンダよ。覚えて貰えると嬉しいわ」

「アマンダ・リューズ……? あなたが──」


 ヒューゴさんの呟きにアマンダさんが小さく笑みをこぼす。

 先程のエミリアさんからの話を受け、一歩後ずさった小人族の青年は次いで僕へ視線を向けた。

 これはどういうことだと、彼は目で訊いてくる。


「よかったわね、アリスちゃん。お兄さんにまた会えて。屋敷からあなたを送り出して、私それだけが気がかりだったのよ」


 彼女の言葉にぎこちなくアリスが頷きを返した。


「この女が『悪器使い』……? とてもそんな風には見えんな」

「人は見た目じゃ計れないっていうけど……」


 初めてアマンダさんと相対するリオとユーミは、警戒よりも戸惑いの気持ちを顔に出している。

 目の前にいるのは穏やかな笑みを浮かべた、一見無害そうな美人のお姉さんなのだ。知らない人が見れば、とても悪魔を操る悪人には見えないだろう。


「まずは君たちを祝福しておきましょう。悪魔ベルフェゴールを巡る『ルノウェルス動乱』では、獅子奮迅の活躍っぷりだったそうね。その戦いの中でどれだけ君たちが成長したのか──目を見るだけで分かる。みんな、前とは比べ物にならないくらい強くなってるって」


 豊満な胸の前で腕を組み、しみじみとアマンダさんは口にした。その表情には焦りも揺らぎもない。挑戦される側である彼女は、強くなった僕たちなんて怖くないとでも言うように余裕に溢れている。

 

「ねえ、君たち。私から提案なんだけれど、一つ『勝負』をしましょう。私の力、そして君たちの力を賭けた勝負よ」


 アマンダさんは片目をつむり、悪戯っぽく言った。

 懐から取り出した金色のコインを弄んでから、彼女はそれを僕へ放ってよこす。

 パーティー会場に流れていたオルゴールの音が、止んだ。


「……勝負とは、一体どういう」

「簡単よ。殺し合うの」


 至極当然のことだとでもいうようにアマンダさんが答える。

 やっぱり、この人がここに来た目的はそれだったのか。だけどエミリアさんの「依頼」を受諾し、そうなる覚悟はできている。僕は努めて平静な口調で返した。


「それはいつ、どこで?」

「そうね……私がここに滞在していられるのが一週間だから、それまでに終わればいつでも構わない。場所は、なるべく人の少ない所がいいわ。私の立場もあるし、無駄に人を傷つけたくはないし」


 僕の耳元に口を寄せて彼女は囁く。

 固唾を飲んで見守ってくるエルたちに目線を向けながら、僕はこくりと頷いた。


「ありがとう。そのコインはこれから一週間、肌身離さず持っていて。君たちを必ず導いてくれるから」


 アマンダさんが渡した金貨の表裏を確認する。

 表面にはリューズ家の紋章、裏には眼鏡をかけた若い男の顔──ノエル・リューズ──が刻印されていた。それは一見、この地方全域で流通している金貨『リュー』となんら変わらないように思える。

 僕たちを導いてくれる――もしかして、魔道具、かな……?


「わかりました。無くさないようにしっかり持ってます」


 コインをポケットにしまったのと丁度同じタイミングで、アレクシル王の声で会場にアナウンスが響き渡った。

 パーティーの終幕を告げる合図に談笑していた人々が静まり、ステージを向く。そこに立った王は拡声器(マイク)の魔具を手に取り、咳払いしてから口を開く。

 僕たちもアマンダさんも彼の話に耳を傾けた。


「皆、今夜は共にパーティーを楽しんでくれてありがとう。とても楽しく、有意義な時間が過ごせたと思ったのだが、皆はどうかな? 主催者として、そしてフィンドラの王として、皆がこの宴を良い思い出にしてくれるだけで私は嬉しいよ。――民の笑顔が、王にとって最も励みになるエネルギーであり、希望だ。この催しはいずれまた開こう。では、その時にまた、この場所で」


 アレクシル王は会場全体を見渡して、笑顔で皆に手を振った。両隣に控えたエミリアさん、エンシオさんと一緒にお辞儀すると、舞台上から退出していく。

 この国に来て一日目のイベント、ダンスパーティーがこれにて終わりを迎えた。


「さて……私はもう寝ることにするから、後のことはトーヤ君に聞いてね。じゃあ、おやすみ」


 大きく伸びをし、あくび混じりにアマンダさんは言う。

 彼女は僕たちともう話をする気は完全にないようで、最後に翻った白髪に呼びかけても振り向いてはくれなかった。

 吸い込まれるように人の波に消えていくアマンダさんの後ろ姿を、僕は胸にちくりとした痛みを覚えながら見送った。


「……トーヤくん」


 心配そうな目でエルに顔を覗き込まれる。

 さっきのアマンダさんの質問――私が怖いか、というのはエミリアさんも僕に対して投げかけた問いだ。しかし同じ問いでありながら、そこに秘められた感情は全く別物である。

 純粋な善意による心配と、純粋な悪意を込めた問いかけ。今のアマンダさんは昔とは違って明確な『悪意』をもって僕たちに向かってくる――そのことを頭では理解しながら、なぜ僕は胸を痛めているのか……?


「エル……僕は間違っていると思う?」

 

 あの優しさが幻想ではないと、信じるのは間違いだろうか。

 アマンダさんのコインを握り締める僕の右手に自分の手を重ね、エルは答えた。


「君が信じたいと思うなら、私は否定しないよ。誰を信じるか、何を信じるのか……それは他人ではなく、自分で決めるべきだから。自分を信じて行動すればいい。そうすれば、自然と道は開けるさ」


 エルの瞳は曇りなく、まっすぐ前を見据えている。

 彼女の言葉がすうっと胸に染み渡っていくのを感じながら、僕は言った。


「……そうだよね。――ありがとう。僕は僕を信じてみることにするよ」

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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